元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ルーニー
ベルがアイズ・ヴァレンシュタインから逃げて早数時間。ダンジョンにベルがいるかどうかを確認し、上層のどこにもいなかったことを確認できるまでに結構な時間をかけてしまった。
「ベルの奴、どこまで行ったんだ?」
ダンジョンから出て、バベルの塔から出てから辺りを見回す。もしダンジョンから一直線に外に出ていたのなら俺がダンジョンで探し回っていた時間を使えば広い範囲を移動できるはずだ。
「……ん?」
辺りを見回して何か手掛かりはないかを探していると、視界の下の端に何かが落ちていることに気が付いた。近づいて見ると、雑踏の中で踏まれているせいで薄くなっているが、よく見ると血のようにも見える。ケガしたままダンジョンから生還して誰かが去っていったのか、と思ったが、ベルも頭から血を被っていたことを思い出す。確かに、ダンジョンに潜る際にナイフについた血を拭うものは持って行っているが、タオルなどといったものは持ってきていない。血を被ったまま移動していてもおかしくはない。
「……とはいえ、この雑踏で踏まれている血を追うってのもなぁ……」
これがベルのものと仮定しても、俺がダンジョンの中で探している間も時間は経っている。様々な人が行き来している場所で地面についた痕跡を追うというのは不可能に近い。ある程度の量があれば大体どこへ向かって行ったのかは予想は立てられるけど、果たしてそれも残っているのか
「なんだったんだろうな、あの血まみれの野郎は」
「さぁ、慌てて走っていったが、怯えていたような表情じゃなかったな」
ふと、ザワザワと冒険者の往来でにぎやかな空間の中でふとそんな笑い声が聞こえてきた。血まみれで慌てて走っていった様子。もしかするとベルかもしれない。
「あ~。すまん、ちょっといいか」
ダンジョンに入り口でたむろしていた冒険者の集団に声をかける。冒険者らしい荒くれ者といった風貌で声をかけたこちらを睨みつけてきたが、特に気にすることなく言葉を続ける。
「いや、さっき血まみれの野郎が走っていったって話を聞いてな。そいつがどこに行ったのか、ちょっと教えてもらいたくてな」
「あぁ、あのちっこいのな。血まみれなのにかなりの速さで走って行ってたから辺りは何事かと騒然となってたなぁ」
その時の様子が面白かったのか、クツクツと笑っている。話を聞くと、どうも少し前にダンジョンから頭から血を被った少年が猛ダッシュでダンジョンから出てきたらしい。それを見た周りは何事かと慌てふためいていたが、時間が経つにつれてダンジョン内で大ポカをやらかした冒険者だろうという空気になり、今では何をやらかしたんだという推察で大笑いしていたそうだ。
「どこに行ったのかは知らんが、あの方角ならたぶんギルドの方だろうな」
機嫌がいいのか、そのまま向かって行った方向まで教えてもらえた。ここで情報を出し渋られると思っていたのだが、よほどその光景が愉快だったのだろうか、クツクツとした笑みは止まらない様子だった。
「そうか。助かった。これは礼だ」
そういってポーチの中にある魔石を一掴みして教えてもらった冒険者に渡す。上層のものだが、量はそれなりにある。稼ぎとしては半分ぐらいの喪失になるが、特にド貧相な生活を送っているわけでもない。それに、この騒ぎはベルにも責任はある。ベルの財布口から生活費を差し引いても問題はないだろう。
「おっと、わりぃな兄ちゃん」
「情報料だ。あまり額はないだろうが、ないよりはいいだろう」
そりゃそうだ、と愉快気に笑う冒険者に最後に礼だけ言ってギルドへ向かう。ベルを笑われたことに関してはあまり怒りはない。理不尽な笑いならば怒りもするが、今回に関してはベルがおかしな格好をしたまま走っていったのが原因なのだから怒る気力も湧かない。
有力な情報も手に入れたことで急いでギルドへ向かう。『剃』などは使っていないごく普通の移動だが、常人のそれよりも早く移動している。あの冒険者の話に嘘はなかった。話の内容からほぼベルの話だろうとは思うが、万が一にも間違いだという可能性はある。そうだった場合、無駄に時間をかけたことになる上にまたゼロから探さないといけない羽目になる。そうならないためにも急いでギルドに向かうことにした。
途中血の跡に困惑していた露店の店主もいたことに目を向けつつも急いで向かっていたおかげか、普段の何倍も早くギルドについた。多くの冒険者が出入口を行き来している中、見聞色の覇気でベルの気配が中にないかを確認する。殺気と意思と気配だけを感じ取るならば数百mの範囲を確認できる程度には鍛え上げている見聞色の覇気は、ギルド内にベルの気配があることを感じることができた。あの冒険者の言葉は間違っていなかった。無駄な時間をかけずに済んだことにホッとしながらギルドの中に入る。
いつもの受付にはエイナさんはおらず、代わりに見知ってはいる受付嬢、ミイシャ・フロットがいた。いっぱいいっぱい、と言ったような表情はしていないのを見るに今日は仕事はそこまで切羽詰まってはいないのだろう。
「どうも」
「あ、フィースさん。今日は弟君とは別だったんですね」
「……まぁ、いろいろあってな。ベルはどこに?」
「エイナと一緒にお話ししてますよ。奥のラウンジにいます」
そういって指さした先に、確かにベルとエイナさんが話し合っていた。遠いから何を話しているのかはわからないが、ベルが遠めから見てもわかるほどにモジモジとしながらエイナさんと話をしている。
「何やってんだあいつは」
「エイナとお話ししている間ずっとあんな感じでしたよ」
楽しそうに語るミイシャ。少しの間眺めていたが、正直わが弟ながら見ていて非常に女々しい。それこそ村や町の娘などといった女の子がしそうな行動なだけに思わずため息もつきたくなる。ミイシャにお礼を言ってベルたちのいる一角へと向かう。
「ベル、お前何モジモジしてるんだ」
「あ、兄さん」
声をかけたことで俺に気が付いたのか、ベルが普段よりも甘さ数割増しの声を出している。頬を赤く染めていることもあり、その童顔も相まって非常に女性に受けそうな表情をしている。いやぁ、だの、そのぉ、だのと俺には言いたくないのか要領を得ない言葉ばかりが出ている。
「すまないな、エイナさん。こいつのよくわからない話に付き合ってもらっていたようで」
「い、いえ。別にいいんですよ。アドバイザーとしての仕事でもありますし」
何を話していたのか、と聞けばわかるのだろうけど、ベルにもプライベートはある。あまり根掘り葉掘り聞くようなことでもないかと思いとりあえずベルの頭に軽く拳骨をする。ゴッといい音がベルの頭から鳴り殴られた頭を押さえて悶えるベル。戦場から逃げ出した挙句勝手にダンジョンを出た罰だ。
「そういえば、フィースさん。あのミノタウロスに立ち向かったそうじゃないですか」
そういうエイナさんの顔は少し表情を強張らせている。ベルからミノタウロスの件については話しているようだが、それほど大きく怒っている様子もないのを見るに細かな話はしていないようだ。
「あぁ。いやぁ、ベルが攻撃されかけて大変だったなぁ」
「そんなのんきなことを言っている場合じゃないんです!危うく死ぬところだったんですよ!」
よそ事のようにそう言うとエイナさんは注意するような声を上げる。アドバイザーとして死に至るような行動は慎んでもらいたいのだろう。かつて1日中ダンジョンをソロで潜ったと言ったときにそういっていたから今回もそれで心配をして言っているんだろう。前回もそうだったが、こちらを心配してくれていると言うのはうれしいのだが、同時に頭が固いのもあって正直苦手だ。
「とは言っても、以後気を付けます、というような内容じゃないだろうに。中層まで行ってミノタウロスに遭ったんならともかく、今回は向こうから
「それは、そうですけど……」
実際、これから気を付けてくださいと言われても何に気を付ければいいんだと言うのが今回の騒動だ。普通ならあり得ないということを気をつけてください、なんて言われても、ダンジョンで起きることはたとえ石が転がっているだけのような小さなことでも1つ1つに注意を払えというのだろうか。まぁ、それも間違ってはいないだろうけどそんな集中力は普通持つはずがない。むしろそんなことに集中力を使うぐらいならもっと別のことで使うべきだろう。
「ダンジョンに行く以上、危険がないように、とは言えませんがそれでも細心の注意は払ってください。今回みたいに助かる可能性はそう高くはないんですから」
「えぇ。そうさせていただきますよ」
まぁ、今回の騒動に関してはベルの鍛錬に利用させてもらっていたわけなんだが、それを言ってしまえばまた怒りを買ってしまうことになる。表面上だけ取り繕り、ベルの分の魔石を受け取って換金に向かった。ベルはまだ話があるらしいため先に帰ってほしいとの言葉もあって換金を終えればすぐにギルドを出た。
「さて。買い物してから帰るか」
スリに財布を抜き取られないように注意しながら、八百屋や鮮魚店を見回る。成長期のベルには栄養が必要だから毎日ダンジョンの帰りには買い物をしている。それなりにはお金を使うことになるが、できたものを買うよりも安くつく。
そういえば、ベルが一緒にいない買い物は初めてだな。いつもなら何が食べたい、何を作ろう、なんてことを言いながら買い物をしているんだが、1人で買い物は久しぶりだな。
隣にベルがいないことに少し寂しさを覚えながら、食物を買って拠点へと戻っていった。
プロットの時は2000字ぐらい使ってエイナさんとバチバチに口論してたんですけど、なんか一方的にケンカしている感じがして書いてて気分良く無かったので変更しました。