元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ルーニー
タンタンと包丁でまな板を叩く音が室内に響いていた。クツクツとシチューの香りも室内に漂っている。シチューが焦げないようにゆっくりとお玉を動かし、ベルが隣で野菜を切る。
ベルがサラダを盛り付けている様子を見ながら、シチューの味の濃さを確かめるためにスプーンを入れてひとさじ分を舐める。濃すぎず、薄すぎずでちょうどいい塩梅の濃さのシチューに満足する。
「たっだいま~!」
ベルがサラダを盛り付け終えたちょうどいいタイミングにヘスティア神がバイトから戻ってきた。声の様子からかなり機嫌がいいようだ。
「おかえりなさい、神様」
「ただいまベルくん!今日はお土産があるんだよ!」
ベルはサラダを盛り付けた皿を持って机に向かって歩いていく。ヘスティア神も機嫌がいいまま手に持っていた袋を中身が落ちない程度に大きく開けた。
「わぁ、じゃが丸くんがこんなにたくさん」
「ふっふっふ。ベルくん、今夜はパーティとしゃれこもうじゃないか」
サラダを机に置いてじゃが丸くんが入った袋を受け取るベル。そのまま皿を取り出してじゃが丸くんを盛り付け、それも机に置いた。
「何馬鹿なことを言っているんですかヘスティア神」
興奮気味なヘスティア神に苦笑しながらシチューをかき混ぜる。その片手間に小麦粉にまぶした魚を油で敷いたフライパンで焼いていく。
「あ、フィースくん!どうだい!バイト先の店主くんからもらったんだ!」
「へぇ。じゃが丸くんをこんなに」
チラリとヘスティア神が自慢気に掲げている皿を見る。確かに数百ヴァリスはかかりそうなほどの量が盛り付けてある皿を見て、ヘスティア神の興奮の理由も分かった。
「ベル、ムニエルができるまでまだ少し時間はかかる。先にステイタスでも更新してもらったらどうだ?」
「うん。それじゃ、先に更新してもらうね」
シチューの火を止めてムニエルが焦げないように集中する。6人分となればそれなりに時間はかかるからその合間にベルにステイタスを更新してもらうよう促す。ベルも手持ち無沙汰になるのをわかってかヘスティア神にステイタスの更新を頼んでいる。ヘスティア神もそれを承諾してベルをベッドへと促す。
ベルは割と頻繁にステイタスを更新している。それこそダンジョンに潜った日は毎回更新してもらっていると言ってもいいだろう。対して俺はベルとは違ってほとんど更新はしていない。1割にも満たない力でダンジョンのモンスターを倒している、必死になってダンジョンで行動しているわけでもない俺がステイタスの更新をしても大して数値が上がるわけでもないだろう。それに、ベルがステイタスを更新するたびに一喜一憂している様子を見るのも師としては面白い。成長が目に見えているのだからその分喜びも哀しみも一入なのだろう。
ムニエルの焼ける音が静かになった室内に響く。焦げないように注意しながら裏返し、ちょうどいい焼き目になっているムニエルに満足して次のムニエルの準備に取り掛かる。後ろから聞こえるベルの様子を見るに、今回戦ったミノタウロスの分で多少は上がったのか声が少し上ずっている。倒せばもっと数値は上がっていたのだろうか。
「さてと。2人とも、そろそろ完成するぞ」
ベルのステイタスの更新が終わり、少ししてムニエルも6人分出来上がった。2人を呼んで夕飯とすることにしよう。今日はシチューにサラダ、パン、魚のムニエル、そしてじゃが丸くんだ。
「運ぶの手伝うよフィースくん!」
「あ、僕も手伝います」
「ベルくんは座っててもいいよ!」
動こうとするベルを制し、足早にこちらに来るヘスティア神。皿を取り出してムニエルを乗せている間に、ベルには聞こえない音量でヘスティア神が俺に話しかけてきた。
「……フィースくん、あとで話があるんだ」
コソコソとしている様子に少し怪訝な表情になる。が、それもすぐに消してその言葉の意味を考える。
「……ベルは、いない方がいいんですね?」
「うん。できることなら、ベルくんはいない方がいい」
チラリとベルの方を見るヘスティア神。こっちの様子に気付いていないのかベルは特に気にすることなく気分よさげにステイタス更新のために脱いだ服を着ている。
「わかりました。それでは後で」
ベルを溺愛しているヘスティア神にしては珍しいことだが、だからこそベルの不都合になるようなことはしないとわかっている。ベルには知らせないようにして、かつ俺には知ってもらった方がいいと判断しての行動だろう。
ヘスティア神もこの答えにコクリとうなずき、先ほどまでの神妙な表情を一転させいつもの笑みを浮かばせる。ムニエルの乗った皿を受け取ってはしゃぐように机へと向かっていく。
変わり身の早さにわずかに苦笑を浮かべる。自分もムニエルの乗った皿を持って机へと向かい、皿を机に乗せる。ヘスティア神は待ちきれない犬のように目を輝かせ、服を着終えたベルも机についた。料理も全部机に移動できたことで、調理器具を水に浸けてから机に着いた。
全員が座ったことを確認したヘスティア神がいただきます、と号令をかけてワッとムニエルにかぶりつく。それを見てベルはニコニコとしながらシチューを口につける。
「やっぱりおいしいよフィースくん!」
「男料理で申し訳ないですが、気に入っていただけたのならそれで」
満面の笑みを浮かべて料理にがっつくヘスティア神。俺たちが来る前はパンと水だけなんてことはざらにあったようで、よくても売れ残れのじゃが丸くんを口にできるだけだったらしい。そんな状態を考えれば、男料理であってもちゃんとしたものを食べられるだけいいようだ。
ヘスティア神がバイトでどんなことがあった、ベルはどうだった、といった会話をしながら食事を進めている。しばらくすれば机の上にあった料理もすべてなくなっていていた。
「ふぅ。満足満足」
ポンポンと満足げな表情を浮かべてお腹を叩いているヘスティア神。食後のお茶をすすっているベルも満足そうな表情をしている。
食事が終わり、食後のお茶も十分に飲んだ。ふぅ、と一息を入れてベルに向かうと、ベルも今から何をするのか察したのか背を伸ばした。
「ベル。今日のダンジョンでの反省会をするぞ」
「はい」
毎日行っているわけではないが、今回のような大きな出来事があった場合に行っている反省会。ベルもミノタウロスとの戦いは反省すべき点が多いと思っているのか表情に余裕はない。
「まず、ナイフ捌きについてだが、これについてはあまり言うことはない。俺の教えた基本をしっかりと意識して振っているのが分かる。あとはそれを無意識でできるようにするのが目標だ」
「はい!」
剣術に才能はなかった俺だが、基礎に関しては海軍下っ端時代にちゃんと修めている。長年振ってもいなかったせいか腕は錆びついていたが、それでもベルには教えられるだけ教えることはできた。ベル本人に剣術の才能があってか、教えてからわずか半月で基礎中の基礎ではあるがものにできている。これに関しては俺から言うことは何もない。
「あと、ミノタウロスとの戦いだが、途中まではよかった。言った通り『嵐脚』を多用せず、ナイフも使ってかく乱させていたのはいい。けど、とどめをさす時に受けた強制停止で体を硬直させたのはいただけない」
「はい……」
しゅん、と目に見えて落ち込むベル。強制停止で動きを止められ、助けられなければ大ケガを負っていたことを思えば当然と言えば当然だろう。
しかし、俺としては強制停止で動きを止めたこと以外に関しては特に言うことはないと思っている。ミノタウロスとの戦いでナイフで切りつけるよりもダメージを与えることができた『嵐脚』を多用しなかったのは、偏に俺の言葉が原因だ。『嵐脚』は技によっては近距離~遠距離までこなす万能な技だ。ベルはまだ鎌風を飛ばすだけしかできないため基本的な『嵐脚』しか出すことができないが、それでも距離を置いて『嵐脚』を使えば大抵の雑魚には勝てるだろう。
しかし、今回はモンスターとはいえ中層のモンスターであるミノタウロスが相手となれば中距離から『嵐脚』だけでは倒すことも難しいだろう。モンスターは知能がないとはいえ、中層レベルにもなると直感で物を考えるだけの知能はあるのだ。ベルの『嵐脚』は初見ならば避けることは難しいが、知能がある相手なら何度も受ければタイミングはわかってしまう。だから使うならばナイフと一緒にかく乱させるように使えと常々言っている。ミノタウロスに近づかないといけない分、『嵐脚』ばかりを使う可能性を考えていたが、ちゃんとナイフでも戦っていた部分に関しては問題ないと思う。
「恐怖を感じるだけならいい。それは強者に対するセンサーとなる。しかし、あの程度の殺気で体を強張らせるのは以ての外だ。仮にも『四式』を習得しているんだから恐怖に対する抵抗力をつける。これがこれからの課題だ」
恐怖とはつまり死んでもおかしくはないという状況下にあるということを感じていることだ。恐怖におびえることは間違っていない。死ぬことは誰でも怖い。それにおびえることは動物として当然のことだ。
だが、それを克服してこその人。夢を掲げることのできる人ができる、決して知能のない動物にはできない覚悟。それができなければ、前に進むことはできないと、それを海軍で生きていた中で学んだ。
「だから、これからの組手には殺気をこもらせる。徐々に強くはするが、そのうちミノタウロスの殺気なんて目じゃないレベルには上げていくから覚悟するように」
「はい!」
ベルの気合の入った返事に満足しながら軽く頷く。ベル本人も恐怖心を抑えるのは越えなくてはならない壁だとは理解しているらしく、真剣な表情をしている。
「よし。それはそうと、ミノタウロスを倒す際に助けてもらっておいて礼も言わずに逃げるとはどういうつもりだったのか、聞かせてもらおうか、ベル」
「え?あっ……」
俺の言葉にサッと顔を青くするベル。徐々に口角も上がってきている俺に、怒っていると分かってきたのか冷や汗も出てきている。ギルドでは他の人の目もあったから特になにも言わなかったが、ここでは他の人の目もない。まぁ、正直雷を落とすほどには怒ってはいないのだが、仮にも命を救われた相手に逃げるとは一体どういうことなのか。その点に関しては俺も命を救われたことのある身として重点的に説教した。
「説教と反省会はここまでにしようか。ミノタウロスとの戦闘での動き方は悪くはなかった。それを忘れないうちに体を動かしてくるといい」
「は、はい……」
ベルからの言い訳もなく、十分もかからず説教は終わったが若干涙目になりつつあるベル。対して反論はなかったのだが、チクチク正論を言ったのが心に来たのか、ナイフを両手に持ってフラフラと外へと向かって行った。
「……これでしばらくは来ないでしょう」
「いや、さすがにベルくんかわいそうじゃないかな……」
少し涙目になっていたベルに同情気味なヘスティア神。何を言うか。命の恩人とも言える相手に礼を言わないどころか逃げたんだぞ。いつかはお礼を言いに行くのは当たり前だとして、説教で済ませていいものでもないだろう。
「……というか、すごく聞きたくなかったんだけど、ベルくんミノタウロスなんてものを相手にしていたの?」
「えぇ。今のベルにはちょうどいいと思っていたのですが、体術よりも心の方が思っていたよりも成長していなかったのが残念ですよ」
「それ、レベル1に対する言葉じゃないってこと自覚してるかい?」
かつての組手で俺が常識的ではないと思っているのか、ヘスティア神はジトっとした目で俺を見る。
失礼な。俺だってできそうにないことをしろとは言う気はない。今のベルでもできると思って戦うように指示したんだ。まぁ、確かに殺気に対する耐性がなかったのはちょっと予想外だったのは間違いないけど。
「……まぁ、そのことは後で聞くことにするよ。今はベルくんのことだ」
ハァ、と諦めの含んだため息を吐く。チラリとベルがまだ帰ってきていないことを確認したヘスティア神は羊皮紙を俺へと差し出した。
「これを見てほしいんだ」
渡された羊皮紙を確認する。その中にはベルのステイタスが書かれていて、特に上昇値やステイタスの数値におかしな場所は見られなかった。
「……ベルのステイタスがなにか?」
「見てほしいのはスキルなんだ」
そういわれて視線を下へと動かす。魔法の欄にも何も書かれていなかったが、スキルの欄には俺の知らない名前が書かれていた。
「……憧憬一途?」
俺が知らない、ということに関しては別におかしいことではない。他人のステイタスを見るのは同じファミリアでもタブーとされているところが多いという話は知っている。確かにプライバシーとしてはかなり明細に書かれているものだからタブー視されていてもおかしくはない。だから俺もベルのステイタスについては詳しいことは知らない。
だが、これをわざわざ俺に言うということは、それなりに厄介なものなのだろう。内容を読めば、『相手を想う心に比例して成長する』、ということになるこのスキルが、どういう厄を運んでくるというのだろうか。
「ベルくんにはこのスキルは伏せてある物を渡してあるんだ」
ヘスティア神が神妙そうな表情を浮かべている。憧憬一途の効果をもう1度確認するに、ステイタスの上昇数値を上げてくれるような効果のようにも読み取れる。
「……なるほど。しかし、なぜこれをベルに伝えなかったので?」
「……たぶん、このスキルはステイタスの成長に大きく関わってくるスキルだと思うんだ。ステイタスに干渉するスキルは多くあれど、成長に干渉するスキルは今まで聞いたことのないものなんだ。だから、もしこれを他の神に聞かれてしまえば、ベルくんは玩具にされてしまうかもしれないんだ」
ヘスティア神の言葉に納得はできた。成長が早いということはそれだけ強くなるのが早いということだ。それを知れば、それを利用とする神も出てきてもおかしくはないということか。
「情報の漏洩口は少ない方がいい。そういうことですか」
「うん。一応、君はベルくんの師匠だし、口は堅いから言っても問題ないと思っている。だから伝えたんだ」
ベルはその性格のせいか不安視されるのはまぁ仕方ない。成長しつつあるとはいえ、まだ14歳の子供だ。何かの拍子でポロリと口に出してしまう可能性は確かにある。一応ヘスティア神から俺にはそれなりの信頼はあったようだ。
「……話はわかりました。このことは俺からも言わないでおきます」
「お願いするね。成長具合についても色々と言われるかもしれないけど、君の方からも注意しておいてくれよ」
「えぇ。微力ではありますが全力を尽くします」
成長が早いということは数値にわかりやすく表示される。それをどうごまかせばいいのかはこれから考えるとして、ベルの成長が早いことは俺としても喜ばしいことだ。
「それじゃ、ベルの様子を見てきます」
「うん。片づけは僕がやっておくね」
水に浸けてある食器を洗いに向かっていったヘスティア神を尻目に、ベルの様子を見るために外へと向かう。ベルの成長が早い、というのはいいとして、しかし体の成長が早くても心の成長までは早める効果はあのスキルにはないだろう。その面をどうするかに少し悩みながら、ベルの元へと進んでいった。
地味にヘスティアのいる時間を変えました。これぐらいは許されるよね(震え声)
というか食事に行くまでだけで3000字超えちゃったことに驚きが隠せない。ちなみに主人公が料理できるのはこの世界で10年近く過ごしてきて交代制で料理していたからです。原作でもおじいちゃんだけと一緒にすごしてきたんだからベルくんも簡単なものなら作れると思うんですけどねぇ。主人公はONE PIECE世界でも簡単なものなら作れる程度には料理はできてました。あとルフィ並ではないけど大食らいです。
憧憬一途の発現した理由として、あぁなりたい、ではなくあの人のとなりにいたい、という気持ちが強くなって発現したことにします。あぁなりたいと思ってるのは主人公への気持ちにしたいですからね。