元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ルーニー
「はぁっ!」
ヒュンッとナイフの振るう音がダンジョン内に響く。同時に水気のある肉を切る音と共にモンスターの悲鳴がダンジョン内で大きく響いた。それが致命傷になったのか、モンスターは悲鳴が小さくなりながら力なく倒れて行った。
「ふぅ……。これで10体っと……」
ピッとナイフについた血を振り払うように落として鞘にしまう。さっきまで僕と戦っていたモンスターは灰と魔石だけとなり、音もなく地面に転がっている。それを拾い集め、ポーチに魔石がたまっていく音を聞きながら今朝のことを思い出していた。
「……あんな兄さん久々に見た」
説教をされるのは何度もあることだけど、説教の途中から過去を思い出すかのような、そんな遠い目をしたのは今回が初めてだった。それからすぐに何でもないかのような表情になったけど、でも落ち込んでいる表情もわずかにだけど見えていた。悲しんでいた、と言ってもいいのかもしれない。そんな表情を見せたのはもう何年前のことだろうか。僕の記憶が正しければ、最後にあんな表情を見たのは僕を鍛え始めてからすぐぐらいの時間だったかもしれない。それまではまるで後悔するかのように空を眺めていたこともたまに見たことがあった。何に対して後悔しているのか、何をして落ち込んでいるのか。おじいちゃんに助けられる前のことを教えてくれたことのない僕には、わからないことだ。
そもそも、僕がフィース兄さんと初めて出会ったのは4歳の頃だった。おじいちゃんが山で倒れていたところを助けたのがきっかけだ。おじいちゃんが山から助けてきたときには全身から血を流していて、包帯を巻かない部分がないほどに傷だらけだった。フィース兄さんが目を覚ましてからは傷が治っていないのに、それが普通だと言わんばかりに働いていた。同時に、僕の年上らしくおじいちゃんにも僕にも優しくしてくれて、いつの間にか本当のお兄ちゃんだとすら思っていた。
傷が治ってしばらくしたら、フィース兄さんはよく山に登っては何かしていた。今思えば『六式』の鍛錬をしていたんだと思うけど、同時に斧だけを持ってオオカミやクマなんて大きな動物を狩っては村のみんなにそのお肉をふるまっていた。最初の頃は子供だけでなんて危ないことをしているんだ、と村の人たちに怒られていたけど、それも何回も肉をふるまわれていけば仕方がないと誰も怒るようなことにはならなくなった。
子供とは思えない怪力で以って多くの丸太やクマの死体といった大荷物を運び、子供とは思えない器用さで柵や道具を作り、子供とは思えない思慮深さで僕たちのような子供たちをまとめ上げてきていた。まるで子供とは思えないその存在感に、村のみんなはフィース兄さんを頼りにしていた。その様子を見て、僕はフィース兄さんに憧れを抱くようになった。その中でも、一層尊敬や憧れが強くなったのは、あの落石事故の件だろう。あの時誰からも助けられないと思っていたのに、フィース兄さんが『六式』最強の技で助けてくれた、あの時に。
「……『六王銃』、か」
『六王銃』。『六式』を極めた者だけが使える六式の究極奥義。兄さん曰く、『指銃』の打ち込む速度、『嵐脚』の足さばき、『鉄塊』の硬度、『紙絵』の柔軟さ、『剃』の踏み込む速度、『月歩』の踏み込む強さを絶妙なバランスで一瞬の間に打ち込む、『六式』の集大成ともいえる技。まだ『四式』使いの僕には到底使うことのできない技だ。大きな岩を一瞬で砕いたあの技は、僕の憧れの技だ。
それだけじゃない。フィース兄さんは『六式』を自在に使いこなすだけでなく、その応用技を多く持っている。僕に見せてくれたのは『指銃』の速度で打ち込むパンチの『獣厳』、鎌風を1点に集中させる『嵐脚・線』、『月歩』と『剃』を合わせた技の『剃刀』といった比較的に僕でも習得しやすい技を見せてくれた。まだ『四式』使いとしては未熟なせいか応用技はまだ使える技もかなり少ない。でも、頑張れば『六式』を使うことだって、応用技を使うことだってできるって、フィース兄さんは保証してくれた。
こんなすごい技をどうしてフィース兄さんが使えるようになっているのか、どこからこの技を知ったのかは僕は知らない。一回だけフィース兄さんにどこから『六式』を知ったのかと聞いたことがあったけど、ここに来る前に教えてもらったとだけしか教えてくれなかった。だけど、フィース兄さんはこの技を正義のために使われていた、ということを教えてくれた。フィース兄さんもこの技のことを誇りに思っているように僕は見えた。そんな技を教えてくれたということは、僕も将来何かを成せるのだと思ってくれていたのかもしれない。
「……やるんだ。僕も、きっと兄さんと一緒に並んで戦えるようになるんだ。そうすれば、きっとヴァレンシュタインさんの隣にだって……」
脳裏に浮かんだのは、ミノタウロスの強制停止で動けなくなった僕を助けてくれた長い金色の髪の少女。ミノタウロスの血の舞う景色の中、僕は、彼女に一目惚れした。オラリオではきっと素敵な出会いがあるっておじいちゃんが言っていたけど、あの言葉を信じてよかったと思ったほどに、運命的な出会いだったと僕は思った。
だけど、今の僕じゃヴァレンシュタインさんの隣に立つことなんてできるはずもない。レベル1のままだし、兄さんからも『六式』の免許皆伝ももらっていない未熟者だ。だから、今できるのはダンジョンでフィース兄さんに鍛えてもらってもっと強くなることだ。
「……そうだ。強くなるんだ!強くなって、兄さんにも認めてもらって!ヴァレンシュタインさんの隣に立つんだ!」
グッと拳を握り、けれど同時にぐぅっとお腹が鳴った。朝からダンジョンに潜ってしばらく何も口にしていないことを思い出した。
「あ、あははは……。もうそんな時間なのかなぁ」
キョロキョロと周りを確認する。モンスターの影はおろか、冒険者がいる様子もない。これだけ倒しているというのにフィース兄さんがまだ来ていないということに眉を顰めそうになるが、朝の様子を考えればしょうがないかもしれないと思いなおす。
「お昼にしよっかな」
周りを警戒しながらも、モンスターが湧く気配がないことを確認してかばんからお弁当を取り出す。このお弁当はダンジョンに来るまでに酒場で働いているという人からもらったお弁当だ。
「……おいしい!」
お弁当を1口食べると、さすが飲食店で働いている人の料理だと思えるほどにおいしかった。思わず気を抜いてしまいそうになるが、何とか気を引き締めてお弁当に手を伸ばす。
そこまで量が多いわけではなかったからものの数分で食べ終わることができた。ふぅ、と一息して口の中をすっきりさせるために水袋から水を飲む。
カツン、とダンジョンの奥から足音が聞こえた。モンスターの歩くような音ではなかったから多分冒険者なんだろうと思い、念のために水袋をしまってナイフを手に取る。カツン。カツン、と徐々に近づいてくる足音に、いつでも奇襲できる位置に陣取ってナイフを構える。そして足音がすぐ近くまで来て、誰がここに来たのかがわかって脱力した。
「兄さん、もうよかったの?」
そこにいたのはフィース兄さんだった。朝に見たような表情に陰は見当たらず、いつも通りのフィース兄さんがこっちに歩いてきた。
「あぁ。遅くなって悪かった。もう大丈夫だ」
なんでもないように笑みを浮かべ、僕の隣に座り込む。お昼はもう食べてきたのか、それとも食べなくても問題ないと思っているのか僕と一緒にお昼ご飯を食べようとしている様子はなく、ただお昼を食べている僕を見ていた。
「兄さん、ごはんは食べてきたの?」
「ん?あぁ、まぁ、そんな気分じゃないんだ。腹が減ったら干し肉でもかじっているさ」
兄さんは苦笑いを浮かべて何でもないように手を横に振る。何でもないようにふるまっているけど、まだ落ち込んでいるのかもしれない。
「……兄さん。僕じゃ頼りにならないかもしれないけど、よかったら相談してね?」
こんなことを言われるとは思っていなかったのか、兄さんは少し目を丸くした。そしてクツクツとのどを鳴らしながらはにかんで僕の頭に手を置いた。
「あぁ。ありがとうな。気持ちの整理ができたらそのうち相談するかもな」
ゆっくりと僕の頭をなで、最後にポンポンと軽く僕の頭を叩いた。さっきとは違う、優しい笑みを浮かべているのが分かった。フィース兄さんの中で、何かが変わったのだろうか。
「ここももう鍛錬にもなりそうにないか?」
「うん。やっぱり、少し物足りなさはあるかな」
お昼も食べ終え、食後に軽く運動をしているとフィース兄さんが真面目な表情を浮かべながらそう聞いてきた。
『六式』を使ってもいいならこの階層のモンスターは何の障害にもならない程度には鍛えることはできている。今は剣術を鍛えるためにナイフだけを使っている状態なんだけど、それでもこの階層のモンスターでは数が多くても相手にならないぐらいだった。
「なら、お昼を食べたら下に行こうか。6階層にはウォーシャドウがいるしな。強さとしては物足りないかもしれないが、剣術の鍛錬をする相手としてなら大丈夫だろう」
「ウォーシャドウ……。わかったよ兄さん」
エイナさんの講義で聞いた、いわゆる新人殺しの1体だ。兄さんは初見で難なく倒しているし、それを相手にしても問題ないって判断をして僕に提案してくれているのだから僕でも倒せるモンスターなんだろう。
兄さんの先導でダンジョンを下る。途中モンスターが出現したりしたけど、僕でも2、3回は切りつけなくちゃ倒せないモンスターでもフィース兄さんは『指銃・撥』で接敵することなくすぐに倒している。僕も兄さんみたいに強くなるのはまだまだ先なんだな、と改めて目指す先の遠さを感じた。でも、僕には剣術の才能がある。フィース兄さんにはなかった、剣という選択肢が僕にはある。僕は、いつかフィース兄さんの隣で戦えるようになるんだ。改めてそう心に誓って、フィース兄さんの後を追った。
今回はベルくんの心情になりました。どうしてかこういう話だと筆が進むんですよね……。原作進めたいなぁ……。
どこかでダンジョンに傷をつけるとしばらくはダンジョンの自動修復が行われてモンスターは湧かないって話を見たんですけど、それが原作でだったか二次創作でだったか覚えてないので描写しませんでした。記憶力ないって辛いね。