元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ルーニー
「みんな!遠征お疲れさまや!さぁ飲もうや!かんぱぁい!」
わいわいやいのやいのと飲み食いを始めるロキファミリアの面々。遠征であったことを話しているのだろうか、隣り合っている人同士で楽しそうな笑みを浮かべて会話をしている。酒の入った瓶を回し、大皿を回して食べ物を共有し、とてもおいしそうに声を上げていた。
「……なんか、ベートさん機嫌悪そうっすね」
「……うるせぇ」
ガヤガヤと周りがにぎやかに酒を飲んでいる中、ベートは不機嫌そうな表情を崩さずチビチビと酒を飲んでいた。ダンジョンから帰ってきてからここ数日、ベートは機嫌がよくなることはなかった。ダンジョンから帰ってきても何かを考えるように眉間にしわを寄せ続けていた。今でもせっかくの宴会だというのにムスッとした表情を崩すことなく乱暴に料理を口に運んでいる。
事実、ベートの機嫌はいいものではなかった。ミノタウロスを逃がした遠征の帰りに出会った男、フィースが気になっており、遠征から帰った後で上級冒険者を確認してみたのだが、どこにもあのフィースの情報は載っていなかった。他の誰かにミノタウロスを倒してもらっておいてなお自分の手柄のような態度をした雑魚だと思ったのだが、ミノタウロスを倒す一歩手前まで戦えていたらしい血で真っ赤になった少年をさして鍛錬と言い切ったあの態度が違和感を覚えていた。
状況と言動、そして予想がかみ合わない男。虎の威を借りる狐でもない、小動物のようにしているわけでもない、強者であることを誇っているわけでもない。まるで化かされているようだとすら感じることに、ベートは苛立ちを覚えていた。
不機嫌な中でヒクリと鼻が動く。ここの料理は確かに美味だが、今それを味わえるような精神状態でもない。そう思っていたのだが、様々な料理の匂いの中で一瞬1回だけ嗅いだことのある臭いが鼻についた。
ガタンッと椅子を蹴り飛ばすように立ち上がる。椅子が倒れた音に周りは何事だと音の発生源であるベートを見るが、ベートはそれも意に介さない。辺りを見回す。周りの机にはいない。驚いたような表情をしている冒険者だらけだ。あのすかした顔は見えない。カウンターを見る。いた。あの黒髪に冒険者とは思えないほどにキッチリとした服装。間違いない。ダンジョンで出会った、気に食わないあの男だ。
「…………」
「ちょ、ベートさん?」
周りの制止を聞かずにその男の元へ歩く。さっきまでにぎやかだった店内は、いつの間にか静かになっていた。静かな空間で特に足音を隠そうともせずに歩いていたからか、男はすぐにこちらに気が付いた。
「テメェ、なんでここにいやがる」
不機嫌さを隠そうともせず睨みつける。レベル5として有名なベートに睨まれれば大抵の者は怯えるものだが男、フィースは誰かを確認した後で何でもないかのように食事を続けた。
「別に、俺が料理屋にいても問題はないだろう?無銭飲食を目論んでいるわけでもない、普通に食事を楽しみにきただけの客だ」
店内はベートの動向を気にするかのように静まり返っている。見てわかるほどにピリピリとしているベートに、咀嚼する音すらもしてはマズいと思っているのか誰もが口を動かしていない。そんな中フィースは後ろにいるベートを何でもないかのように扱ってパスタを食べる。カチャリ、カチャリ、とフィースの食事を進めている音だけが、ベートの耳に静かに響いた。
「……気に食わねぇな、テメェ」
ポツリとベートが漏らす。高レベルの自分に睨まれているのに何の反応もないことにいら立ちを感じているわけではなかった。いや、無名が高レベルの自分を無視しているこの状況にいら立ちがないわけではないが、それ以上にベートが最も嫌う態度にいら立ちが隠せずにいた。
「あぁ、気に食わねぇ。強者たる態度でもねぇ、その飄々とした態度。そのくせ弱者みたいに他人に守ってもらっているようなこともしねぇ。イラつきが止まらねぇ」
強者は強者らしくしていなければならない。弱者は強者に守られているだけならそのまま引っ込んでいればいい。その持論を持つベートには、強者が甘んじて弱者であるように見せているフィースが気に食わなかった。
「強さを、強くあろうとすることをすべてに求めるか」
視線を合わせることなく、しかし言葉の真意を
「強さがすべて。なるほど。その言葉は否定できない。強さがなければこの世界を生き抜くことは難しいだろう。弱者は強者に守られている。その点も俺は間違えてはいないと思っている。強者の庇護があるからこそ弱者は生きることができる」
フィースの脳裏に浮かんでいるのは、海賊によって苦しめられていたとある街の様子だった。海軍として介入し、海賊を倒すまでその街は海賊に怯え、海賊が好き勝手しているまさに弱肉強食の世界だった。海賊の規模がとても大きかったことと高額の賞金首だったこともあってかなり苦労したが、何とか船長の首を打ち取ることができてその町に平穏は訪れたが、海賊によって搾取されている街は他にも多くあることはフィースもわかっていた。
「その考えは俺も否定はしない。しかし、これだけは覚えておくがいい。強者だけの世界は、ただ惨いものだぞ」
強者とは、すなわち己の意志を、信念を貫き通す者だ。強者と呼ばれている海賊や海軍は、誰もが絶対に譲らない一本の芯があった。それを貫き通し続け、それが世界に憧れであれ恐怖であれどんな形であれ認められているからこそ強者として君臨していたのだろう。
世界を震撼させたあのマリンフォード頂上戦争も、家族を救うと誓った海賊と1人を殺すことに執念をかけた海軍の衝突から起きたものだ。強者同士の戦争は、最強の一角と言われた白ひげの死と海軍の大きな消耗は世界に大きな傷跡を残していっただろうとフィースは思っている。
「……その達観したかのような物言い。気に食わねぇ」
ギロリ、と睨みつける強さが増した。苛立ちを隠そうともせずにいるベートに、フィースの隣にいるベルはどうすればいいのかわからないと言ったようにオロオロとしている。
「表に出ろ。その化けの皮剥がしてやる」
ベートはすでにフィースのことを弱者とは思っていなかった。強者の真似をする弱者はいくらでもいたが、しかしフィースのように強者であることを見せようともしない者は、少なくともベートは見た事もなかった。だからこそ、ベートはフィースが気に食わなかった。
「断る。ここは料理屋だ。料理を楽しむ場だ。ケンカをするような場じゃない」
カチャリ、とパスタの皿にフォークが置かれる音が鳴った。さっきのやり取りの中で全部食べ終えていたのか、皿の中のパスタはすべてなくなっていた。周りからすれば上級冒険者に睨まれていてもなお、料理を楽しんでいるその肝の太さに逆に感心するほどだった。
「ベート!いい加減にしろ!ほかの客にそうやって当たるんじゃない!」
ガッとベートの肩が掴まれる。ベートが苛立たし気に後ろを見ると、端麗な顔立ちを大きく歪ませてベートを睨んでいるリヴェリアがいた。いら立ちを隠そうともせずに口を開こうとするが、レベル差もあってか肩をさらに強く掴まれると痛さのせいか軽く顔をしかめた。
「すまない、うちのものが迷惑をかけた」
「別に構わないさ。酒の席ではよくあることだ」
これ以上何かを言わせないようにベートを引いて謝るリヴェリアにフィースは軽く手を振って応える。これが身内をバカにされていたのならばもっと違っていただろうが、今回はやっかみのようなもので絡まれただけだったからかフィースは特に気にする様子はなかった。
ふと、まだ騒いでいるベートを尻目に見ていたらフィースの視界の端に見覚えのある金色の髪の少女が見えた。
「あぁ、そうだ。アイズ・ヴァレンシュタイン。その子に用があるんだ」
フィースはベルの肩を叩いてアイズのところへ行くよう促す。しかし、ベルはビクリと体を震わせただけで動こうとしなかったことに、フィースは深くため息を吐いた。
「ベル、いつまでそうやってるんだ」
「あ、あぅぅ……」
アイズのことをどう思っているのかはフィース本人はどうでもいいとは思っているが、ここまで硬直するとなると何かしらの行動をとった方がいいのかもしれない。しかし、予想外の場所で出会うことになるとは思ってもいなかったが、いい加減本人に直接礼をさせるべきだとすら思っていたフィースは引きずるようにベルを立たせてアイズの下へと歩いていく。
こちらに近づいてきていることに周りから警戒をされている中、それを気にすることなくアイズの下へと向かう。アイズは無感情にこちらを見ていたが、少なくともこっちを見ているということはそれなりに興味があるということだとフィースは判断した。ある程度まで近づいてからフィースはベルの背中を押し、アイズとの距離を詰めたベルは顔を赤らめながらアイズの顔を見た。
「あ、あの、その、えっと……。ミノタウロスの時、助けてくれて、ありがとう、ございました」
「ううん。その人にも言ったけど、ミノタウロスはこっちも悪いから気にしないで」
「あ、あうぅ……」
アイズが首を横に振るう。近くにいたベルはどんな言葉を出せばいいのかわからないのかうまく言葉を出せずにいた。その様子を見たフィースは軽くため息を吐いてベルの隣まで移動する。
「しつこく言うようで申し訳ないが、本当にありがとう。ベルが礼も言わずに逃げ出してすまなかった」
「あ、あの、ごめんなさい!」
「い、いえ。こっちは大丈夫なので……」
何度かお礼とお詫びは言ってきたフィースだったが、改めて頭を下げる。ベルもそれに倣ってお詫びを言いながら頭を下げた。アイズは少し慌てるように手を横に振り、少ししてから2人は頭を上げた。
「ほうか、うちのアイズたんが助けた子ってのがあんたはんやったんか」
赤毛の女性がアイズの肩に腕をかけながら話しかけた。片手に酒の入ったコップを持ち、それなりに飲んでいるのか酒気を帯びた息を吐いている。
「いやぁ、悪かったな。今朝門番からお礼の品もろたけど、実はあのことについてはこっちに責があんねん」
酒気を帯びている顔にしては、申し訳なさげにはしている。しかし、わずかに見えた目は理性が宿っている。まるでこちらを見定めようとしているようにも見えたフィースは見聞色の覇気を使った。心を読み取る前に、ふと気配が常人ではないことに気が付く。全くの別物だが、同時にヘスティア神にどこか近い気配。おそらく、この赤毛の女性は神なのだろう。
「いえ。大体は察していました。ベルも特に大ケガを負うこともなく終わりましたから、こちらとしてはこれ以上何か言うつもりはないです」
「なんや、すまんなぁ」
アイズの主神とわかった瞬間、フィースの中で警戒度がグンと上がった。もう薄っすらとした記憶しかない中でも覚えている、トリックスターとして有名なあの悪神ロキが目の前にいるとなれば、フィースは警戒を強める。
表面上は恩人に対するように接し、しかし内面は言葉に気を付けながら警戒する。この警戒心も長い時間を策謀に身を浸けた神相手なら察していることだろう。しかし、あくまでもフィースは警戒を崩そうともしなかった。それを知ってか知らずかはわからないが、ロキも酒の席という雰囲気を崩さずにフィースと会話を続けていた。
「そや。あんたらに1つ聞きたいことがあったんや。聞いてもええか?」
「……そろそろお暇させてもらおうかと思っていたのですが、まぁ、1つだけならお答えしましょう」
長々と、とまではいわないがそれなりにロキと会話をしていたフィースは若干ではあるが疲れたような表情を浮かべている。腹を探られないように、探られても問題ないようになんとかしようとしていた結果、普段は活用しない頭をフルに活用した結果だ。それに気が付かずにか、それとも気づいてあえて質問しているのか、ロキは表情を崩さずにフィースに問うた。
「アイズたんたちから話は聞いとったんやけど、どうも逃げたミノタウロスの中で1匹だけどこに行ったのかわかっとらんのや。なんか知らんか?」
ピクリと、ほんのわずかにフィースの眉が動いた。注意深く見ていなければ気づきもしない程度の動きだったが、フィースは気づかれていると思ったのか、あえて唸り声をあげたうえで大きく眉を動かした。
「……あぁ、それなら倒しましたよ」
時間も多く取れない今、考えた結果は正直に言うことだった。ヘスティア神の言うことによれば神が相手では嘘をついても嘘だとわかるということだ。現にあのヘスティア神に何度か嘘を見破られたことがあるからその情報も間違いではないだろう。
そんな中で今嘘をつけばどうなるか。策謀家でもあったロキにそんな弱みを見せてしまえばそこを突き詰められて面倒なことになってしまう可能性が高い。そう判断した結果だった。
「……ほう?」
「えぇ。2体来たので倒そうとしたんですが、どうにも時間がかかりまして。そうこうしているうちに助けられた、というわけです」
「……ふぅん」
この応えに対し、ロキはなんの反応も示さなかった。嘘はついていない。確かにこっちが逃した2体のミノタウロスをこの2人が対応していたということが分かった。
「……まぁ、ええわ。ありがとな兄ちゃん。これで後腐れなく処理ができるってもんや」
「そうですか」
ロキの言葉に大して反応しなかったフィース。そのままロキたちに一礼をしてベルを連れ、席に戻っていく。その後ろをジッと見つめるロキに、興味津々といったようにフィースを見ていたアイズ。
「……なんや、えらい臭うやつやな」
ロキはコップの中身を一気に飲み込む。主にフィースとだがあの2人と話していてわかったことは少ない。酔っていても謀略を主とした神だ。フィースに神であることを警戒されていることも分かっていたがゆえにそれ相応に会話をしていたが、うまいことはぐらかされていたことはわかった。嘘はついていない。しかし本当のことにも触れていないように会話をしていたのも分かった。だからこそ、何を考えているのかはなんとなくはわかった。あの男は、あまり方々から干渉を受けたくはないのだ。
「……まぁ、ええか。こっちに害のないような兄ちゃんやし、しばらくは様子見やな」
ベートの様子もあって警戒をするに越したことはないが、それでも害をなそうとするような様子は見られなかった。もしかするとベートが会うたびに喧嘩を吹っ掛けるようなことをするかもしれないが、あの様子では受けることもないだろう。
もし何かがこじれてファミリア同士で抗争を起こすことになったところで、ウチのファミリアは最強だ。第一あの2人の所属はあのにっくきヘスティアファミリアだ。いまだに2人しかいないのにそう易々と瓦解するようなことにはなりえないだろう。そう判断したロキはいまだにジッとフィースを見ているアイズに愉快気な声を出して絡みに行った。
ロキに注目されるようになった主人公。しかし大人しくしているおかげで脅威度も高くなく警戒しておくか程度に収まりました。ヘスティアファミリアのメンバーなのにやけに大人しいと思うかもしれないですが、ダンジョンでモンスターを押し付け、こっちが悪いのにお礼をしに来られ、挙句の果てに家族の1人がケンカを売りに行ったことを考えれば、テメェとこの親が気に食わんのじゃボケェとやってしまえば方々から信頼をなくしたり仁義精神の有無の疑われそうなんだからすることはないだろう、と思ったのでロキには大人しくしてもらいました。
ベートも原作とは違ってベルの失態を笑いものにするようなことはなくなりました。ここに関しては『いや、ベートなんだから酔って告白玉砕からベルをバカにしてベルが逃げ出すまでがワンセットなんだ!』という考えの人もいると思います。それはそれで需要のあるものだとは思うのですが、私個人にベートの咬ませ犬感にだんだんと違和感を持ったのでこうしました。私もベートは読み始めたころは咬ませ犬として認識していたんですが、なんか読み進めているうちに最初の咬ませ犬ムーブしているのが違和感を感じるようになったので主人公に違和感を覚えてもらうことにしました。酔っていたとはいえ、あんな恥ずかしいことをするのは、なんか、個人的には解釈違いと感じるのです。だからここでは原作のように声を大にして挑発的な言葉を口にするのではなく、消化しきれないところにその原因と会った、という話の流れにしました。
にしても、原作で言うリリの話は全く進まないのに原作で言う対強化ミノタウロス戦の話の筆が進むのはどうしてだろ。
あと、仕事が忙しくなりそうで残業が増えつつあるので週一更新ももしかしたらできなくなるかもしれないです。仕事の合間に書いているのでその分更新も遅くなりそうです。本当に申し訳ないです。