元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ルーニー
ズシャリ、と水気を多く含んだものが砂利の多い地面に倒れる音が響く。倒れた主であるモンスターは胸を大きく切り裂かれ、デロンと舌を出していた。その正面にはベルがナイフを握ってモンスターを見ていた。
「いいぞベル。まだ半月ぐらいしか経ってないにしては十分だ」
モンスターが灰になっていくのを見ながらベルを褒める。実際、鍛錬を始めてから半月とは思えないぐらいに成長している。とは言ってもまだまだな部分も多くあるが、実戦で鍛錬をしているとはいえ期間を考えれば上達が早い。このままいけば剣の腕で俺を超えるのもそう遠くはないだろう。遅くても5、6年、早ければ2年後ぐらいには俺と同じぐらいになるかもしれない。
「でも、6階層までのモンスター相手だと強くなったって気がしないね」
「まぁ、本当なら中層に行ってミノタウロスやらで鍛錬したいところなんだが、バレたらエイナさんに大目玉食らいそうだからな。基礎的な部分しか教えていないからそう感じるのも仕方ないだろうさ」
実際ベルは『六式』の鍛錬で中層のモンスターなら勝てるぐらいには鍛えてある。以前にロキ・ファミリアが逃がしたミノタウロスを相手に優位に戦闘を進めていたのがその証拠だ。まぁ、そのミノタウロスとの戦闘も最後には強制停止で身動きが取れなくなってしまったのだが、それも今じゃミノタウロス程度の殺気でも問題ないぐらいには鍛えてある。あとは本番で調整を図りたいところなんだが、それを目的として中層まで行くと間違いなく担当アドバイザーのエイナさんから説教を食らうのも目に見えている。ベルの鍛錬はおろか、俺の鍛錬にもならないから早く中層に進みたいのは山々だが、レベルの関係でエイナさんからキツく咎められるのは目に見えている。仲良くしてもらっているエイナさんと事を構えることはしたくない。
このままだとダンジョンでは何ヶ月もの間ベルの剣術の基礎しかできない。俺自身の鍛錬もしたい。いつかベルに課題を出しておいて数日間をダンジョンで潜って鍛錬をすることになりそうだ。
「兄さん、そろそろお昼にしない?」
「ん?あぁ、もうそんな時間か」
残り1体だけとなったモンスターをナイフで倒し、ナイフについた血をナイフを振って落とす。戦闘も一区切りしたところでベルが思いついたかのように提案し、特に断る理由もなかったからお昼に入ることにした。
壁に背を持たれかけてダンジョンの壁にナイフで切れ目を入れる。ダンジョンに傷をつけておけばダンジョンは傷の修復をするためにモンスターを出現させないという習性がある。まるで生き物だな、と初めて聞いたときはそう思ったが、食事をするときにはこの習性に助けられているのだから文句は言うまい。
俺は自分の作ったものを、ベルは豊穣の女主人でもらった弁当を広げる。ダンジョンの習性があるとはいえ、油断しないように手軽に食べられるものを持ってきた。ベルの方は箱にきれいに並んだサンドイッチだった。
「いただきます」
大きく口を開けてサンドイッチを頬張る。もごもごと口を動かしていたベルだったが、だんだんと咀嚼する回数が減り、さらには表情も何とも言えないような表情へと変化していた。
「ど、どうした?なんか、変な顔してるぞ?」
「……い、いや、その、なんというか……」
口の中のものを飲み込み、なんとも言いにくそうな表情でサンドイッチを見る。なぜそんな表情をするのかわからず、一言断りを入れてベルのサンドイッチを食べてみる。シャクリ、と野菜の歯ごたえが口内に響くが青臭さが鼻を突き、同時にソースらしきものが湧き出てその香りと野菜の青臭さとが悪い意味で相乗的になった。野菜の歯ごたえの中に肉らしきものもあるが、火が通りきっていないのかまるでゴムを噛んでいるかのような弾力がある。それはそれで噛めば噛むほど味が出てくるのだが、ソースとの相性が悪くさらに生っぽいにおいが口の中で広がって野菜の青臭さとソースの香りとが混ざり合って不自然としか言えない風味へと変化していく。
「……不味いな」
ダンジョン内の上層では貴重な水を口に含み、口の中を洗い流すように飲み込んでポツリと呟く。食えないことはない。我慢しなければ食えないというわけでもない。が、不味い。少なくとも飲食店で出せるようなものではない。ベルが微妙な表情をしていたのもわかる。
「に、兄さん、そこは味付けが独特だって言おうよ」
「いや、さすがにこれは、不味いだろ?まぁ、食えないわけじゃないけど、なぁ?」
少し顔をしかめながらサンドイッチに視線を送る。見た目は少し不揃いだがサンドイッチとしてはおいしそうに見える。パンの間から見える具材も問題ないように見えるが、まさか全部があの絶妙に食えないことのない不味さの物なのだろうか。
「どうするベル。俺の弁当と交換するか?」
「ううん。僕に作ってくれたんだ。僕が食べるよ」
そういうとベルはサンドイッチに手を伸ばして食べていく。不幸中の幸いというのか、何度も言っているがこのサンドイッチは食えないことはないのだ。ただ絶妙に不味いというだけだからベルも食べれているのだろう。
次々とサンドイッチを口の中に入れていき、10分もしない間にサンドイッチを食べ終わった。吐き気を催すような表情はしていないが、なんとも微妙そうな表情をして水を飲んでいる。
「俺の弁当、一口食べるか?」
「……うん。ありがとう」
俺の弁当から味の濃いものを渡し、ベルはそれに大きくかぶりつく。食べなれたものを食べたからか、それともサンドイッチの絶妙な不味さがなくなったからかさっきまでの微妙そうな表情はなくなった。
「ありがとう、兄さん」
「別にいいんだが、そのサンドイッチ初心者が失敗したみたいな不味さだったな」
「……う、うん。まぁ、独特の味付けだったね。でも食べられなくはなかったよ」
もらったものを悪くは言いたくないのかベルは言葉を濁す。まぁ、好意でもらったものを非難するようなことはしたくないだろう。不味いと言っても吐き出したり体調を悪くしたりするようなものでもない。そこまで目くじらを立てるようなことでもない。
昼ご飯を食べ終え、腹ごなしの運動として軽くウォーシャドウと戦う。大勢の中でどうやって動くのかを体で覚えさせるためと戦闘の勘を取り戻すためにあえてウォーシャドウを倒すようなことをせずに戦闘をこなす。しばらくそうした後に10体近くのウォーシャドウをどれだけ早く倒せるかを計測するためにベルに『四式』を使わせたうえで戦闘をさせる。新米殺し、なんて別名があるがそこらの賞金もかけられていない海賊と大差ない強さだ。『四式』を使えるベルなら傷一つなく倒せる。
実際、ベルはウォーシャドウから攻撃を受けることなく10体近くのウォーシャドウを数分も経たずにすべて倒した。
「お疲れさん。『四式』も特に問題なさそうだな」
ウォーシャドウが灰になっていく中、ベルはナイフに着いた血を振り払って鞘に収める。久々に全力で『四式』を使わせたが、特にさび付いているというわけでもなさそうで安心した。
「今日はここで剣術の鍛錬を兼ねて狩り続けるぞ。『四式』は使わないように」
「はい!」
6階層を中心にモンスターを狩り続ける。ウォーシャドウばかりが出るわけではないが、ウォーシャドウを中心に狩り続ける。ウォーシャドウは人型に近いから俺と鍛錬し続けていたベルには狩りやすい対象だったようで特に大きな出来事もなく狩ることができていた。
休憩も挟んでいたとはいえ、かなりの時間モンスターを狩り続けていた。どれだけの時間を狩り続けていたのかはわからないが、俺とベルでモンスターを狩り続けていたおかげか背負っていたカバンがドロップアイテムや魔石、持って来た道具で膨らんでいる。これ以上狩り続けているとかばんが閉まらなくなるだけだろう。
「もうドロップアイテムと魔石でかばんに入らないな。ベル、そろそろ帰るか」
「うん」
モンスターが湧くのも落ち着いてきたころを見計らってベルに今日の分は終わりだと伝える。長時間狩り続けていたせいか少し肩で息をしていたベルはナイフを鞘に収めて水を口にした。ベルが一息つき終えたのを確認してダンジョンの来た道を帰る。道中これからダンジョンに潜る人や自分たちと同じように帰ろうとしている人と合流し、出口に近づくにつれて人が多くなってきた。
「今日は混んでるな」
「珍しいってわけじゃないけど、本当に混んできてるね」
ダンジョンでは聞くことのなかったざわざわとした声が徐々に大きくなっていく。ダンジョンの出入り口に到着したころには多くの冒険者が行きかっている様子が多くみられるようになった。
そんな中、人が何人も入りそうな大きなカーゴがいくつもダンジョンの出入り口を行きかっているのが見えた。
「物資運搬用カーゴ?なんでこんなところにあるのかな?」
「結構でかいな。どこのファミリアだ?」
結構な人数がこのカーゴを運んでいくのが見える。遠征したあとの戦利品でも入っているのだろうかと思って見ていると、ちょうど俺とベルの隣を通っていくカーゴからドンッと中から何かが暴れているのかカーゴを叩く音が響いた。そして小さくではあるがモンスターの唸り声らしき声がカーゴの中から聞こえた。
「も、モンスターが入ってるの?」
「みたいだな……」
周りを見回してみるが、このカーゴに怪訝そうな表情をしている冒険者は誰一人としていなかった。それどころかこのカーゴを見て憐れむような声が聞こえてくるほどだった。周りの話し声に耳を傾けてみると、モンスターフィリアなるものを今年もやること、そしてこれがガネーシャ・ファミリアが担当していることが聞き取れた。
「モンスターフィリア?」
「ガネーシャ・ファミリア主催だってのはわかったが、何するんだ?」
モンスターを運び出して、周りにも納得をされる。街中にモンスターを連れて行けば問題になりそうなのに、誰も咎める様子はない。聞き取った会話から考えればモンスターフィリアなるものに使うのだろうとは予想できるが、それが何なのかが分からない。
「あ、あそこにいるのエイナさんじゃないかな」
ベルが指さした先にいたのは、ベルが言った通り冒険者の誰かと話しているエイナさんだった。忙しそうに話していたようだったが、話し合いも一息ついたのか冒険者がどこかに行っていった。
「……ちょうどいい。何するのか聞いてみるか」
1人になって一息ついているように見えるエイナさんにこれが何なのかを聞くいい機会だろう。ベルを連れてエイナさんのところへ歩みを進める。
「仕事お疲れ様、エイナさん」
「あ、ベルくん。それに、フィースさんも」
ベルと俺を確認したのか笑みを浮かべたエイナさん。今は忙しくないのか特にどこかに行く様子もなく、ベルと軽く話をしていた。
「ダンジョンに入り口まで来て仕事ですか?」
「うん。
「その怪物祭ってのは、なにをするんだ?」
「まぁ、簡単に言えば街の人たちにモンスターとの闘いを見せるもの、かな」
あぁ、とエイナさんの説明で納得はできた。要は闘牛みたいなことをするのか。そりゃ盛り上がるだろう。
「ふむ。それでギルドも裏方として何枚か噛んでいる、と」
「噛んでいるって言い方もどうかと思うけど、まぁそんな感じかな」
確かにモンスターを地上に送るのだからギルドが絡んでいてもおかしくはない。むしろ積極的にかかわっていかないと規則云々というより安全が危ういのだろう。
しかし、受付嬢としての仕事にアドバイザーとしての仕事、そして今回の祭の仕事とこの人過労で倒れる日が来るんじゃないだろうかと心配するのは大きなお世話なのだろうか。
「おーい!ちょっといいか!カーゴの数についてだけど!」
「あ、はい!それじゃ、仕事に戻るね」
ガネーシャ・ファミリアの冒険者らしき男性に呼ばれて慌ててかけていくエイナさん。ありがとうございます、とベルはぺこりと頭を下げる。休憩していた時に話を聞いたのは悪かったかな。まぁ、聞きたいことも聞けたことだし、帰ることにしよう。
「祭、ねぇ。さすが大きな街だけあってやることも違うなぁ」
「うん。僕もモンスターを祭の催し物とするなんて想像もしてなかったよ」
祭が行われるということを聞いたおかげか、街の中の雰囲気がにわかに色めき立ってきているようにも感じる。上位のファミリアが主催している祭ということもあるし、大きな街だということで至る所から稼ぎに来る人も来るだろう。祭自体は1日で終わることはないだろう。
「結構大きな祭みたいだし、しばらくは街中は文字通りお祭り騒ぎになるか」
祭、と聞いてベルは少し期待しているような目をしている。けど行ってみたいということもなく、どんなことをするんだろうねぇ、街中も賑やかになるんだろうね、とどこか他人事のようなことばかりを言っている。我慢している、というほどでもないだろうけど行ってみたいと思っているだろうベルに、軽くため息を吐いて収入とスケジュールを考える。
結構『剃』は上位冒険者に対しては意味ないんじゃないのか?みたいな感想があるんですが、アニメ等の描写を見ていて人の目では追いきれない速度で移動しているのでそんなことはないのかなぁと思ってます。実力によって見切ることができるかどうかが分かれてくるので、実際には実力で速度は変わってくるんじゃないのかなぁと思ってます。まぁ、それでも上位冒険者になれば見切られててもおかしくはなさそうですけどね。