元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ルーニー
「さて。財布を忘れたお嬢様はどこへ行ったのやら……」
ガヤガヤとお祭り気分でにぎやかな街中をお上りさんのごとく前後左右を見回して歩く。爺さん曰く、世界の中心とすら言われているこの街で行われる祭りというものは、確かに予想以上の盛り上がりを見せていた。
そんな大勢の人たちが行きかう中でたった1人を探し出せ、というのもなかなか難しい話だ。ベルなら気配がわかるからある程度離れていても問題ないが、会って数日しか経っていない人物の気配なんてわかりはしない。これはベルと分かれて探すようしたのは正解だったかもしれない。
「まぁ、俺が探さなくてもベルが見つけた方がよさそうだな。あれだけ仲良くしているようじゃ、俺が見つけても大して喜びそうもないし」
実際、もし俺が先に見つけることができたとしても感謝こそすれどベルも探しているということに関して喜びを感じるだろう。ヘスティア神が一緒にいるからもしかすれば遊びながら探しているかもしれないが、まぁそれでもベルならヘスティア神の対応を片手間に探しているだろう。
シルを探して街中を歩いていると、行く先から悲鳴が上がってくるのが聞こえた。何事かと思い悲鳴の起こった場所に足を運んでみると、そこには虚ろ気な表情を浮かべているモンスターがよだれを垂らしながら闊歩していた。
「……上層のモンスター?なんでこんな街中にいるんだ?」
怪物祭の概要は聞いていたが、モンスターを放つのはあの大きなコロシアムの中だけではなかったのだろうか。街中にモンスターを解き放つのも祭の内容なのだろうか。そう思いながら虚ろにも見えるモンスターを眺めていると、俺と視線が合ったと思った次の瞬間、ダンジョンのモンスターのごとく吠えて俺に襲い掛かってきた。
「うおっ!?」
油断していたせいで危うくモンスターの爪に服を裂かれそうになるが、紙一重でそれを避けることに成功する。モンスターは変わらず虚ろ気ではあるが、明らかに俺を狙って行動してきていた。
「あっぶねぇ、なぁっ!」
ズドンッとモンスターのがら空きな腹部に蹴りを入れ込む。ベキベキと骨の折れる感覚が足を伝い、蹴りの威力を殺しきることなくモンスターを上空へと蹴り飛ばす。モンスターは苦悶の表情と声を上げて口から血を吐いて宙を飛んだ。そのまま重力に従って地面へと落ちていき、それに合わせてモンスターの首を狙ってかかと落としを地面に落ちるのと同時に叩き込む。ズドンッと地面にモンスターがめり込み、バキィッとモンスターの首の骨が折れる音が響く。空気を吐き出す声が聞こえたと思ったら、モンスターが灰となって消えた。
「ったく。なんだってんだ」
ダンジョン以外でモンスターが出ないわけではないとは知っているが、いくらダンジョンの街であるとはいえこんな街中でモンスターが出るとは思えない。思い当たるのは今やっている怪物祭で管理されているというモンスターぐらいだ。それが逃げ出して今に至る、ということぐらいしか思い当たらない。もしそうなら、この原因は管理不足か?
「やれやれ……ん?」
ふと、ズシンッと逃げ惑うような足音ではない足音が耳に入った。足から周りに視線を移動させると、いつの間にいたのか周りに多種多様のモンスターが俺を囲っていた。
「……なんだってんだおい」
パッと見ただけでおよそ10体ぐらいのモンスターが俺の周りを囲っている。どれもよだれを垂らして俺を獲物と見定めているようで息を荒く吐いている。いくら何でも逃げすぎだろう。管理している側は何をしているんだ。
モンスターたちは周りの人たちを見ようともせず、俺だけを見ている。人間であれば誰彼構わず襲い掛かるはずのモンスターが悲鳴を上げている人々に目もくれようともしていないということは、少なくとも俺だけに集中しているということになるのだろう。
「どうしてかは知らないが俺だけに集中してきているか……。好都合と言えば好都合か」
パキリパキリ、と拳の骨を鳴らす。ぐるりと周りのモンスターの様子を見る。オーク、インプ、シルバーバックなど、上層の中でも強いと言われているモンスターがいる。けど、この程度のモンスターなら傷を負うとも思えない。
「かかってこい。テメェら程度『六式』を使うまでもない」
人差し指を立ててクイクイと指を動かす。それを合図にしてか、モンスター共は一斉に俺に襲い掛かってきた。
動きの速いインプが細い腕を振り上げ、首を狙うかのように横薙ぎで振り払ってくる。オークはどこから調達したのか棒状のものを手に持って振り回していて、シルバーバックはその太い腕を振り上げて叩きつけるかのようにブンブンと腕を振り回している。
「その程度の速さで傷つけようなんざ、思い上がりにも甚だしいじゃねぇか化け物どもが」
首に向かって腕を振るおうとしているインプの腕をつかみ、宙に放り出して顔に回し蹴りを入れる。メゴリッと首の骨が折れる感覚が足から伝わる。そのままインプを地面へと叩き込むように足を振り抜き、インプを地面へと叩きつけた。
インプが灰になるのと同時にオークの手に持っていた棒が空気を切る音とともに襲い掛かってきたが、それを後ろ回し蹴りで受け止める。棒と足がぶつかった衝撃に耐えきれなかったのか、バキリという音とともに棒が折れて明後日の方向へと飛んでいき、それを見たオークは驚いたのか呆然として折れた棒を見ていた。その隙を見逃すこともなく、オークの心臓部へとパンチを叩き込む。ドンッという鈍い音が鳴り、その巨体を後ろへと飛ばしていく。ゴバリ、とオークの口から血が吐き出され意識を失ったのか目に光が無くなったのが見えた。
オークが地面に倒れ込んで灰になっていくと、背後からシルバーバックが両手を握って叩きつけるようにその両腕を叩きつけてきた。頭上から降ろされてくる腕を片手で受け止め、それを横へと受け流す。ズドンッと地面が穿たれる音が鳴り、俺の隣の地面には相応の陥没ができていた。振り下ろした腕を戻そうと上げる瞬間にその腕を蹴り上げる。バキィっと骨の折れる音がくぐもって聞こえ、痛みのせいかシルバーバックは悲鳴を上げながら両腕が弾かれたかのように仰け反りながら上げている。元の姿勢に戻る前に跳躍してシルバーバックの首を突くように蹴り上げる。ゴキリ、と首の骨が折れる感覚が足を伝い、シルバーバックの体が宙に浮かんだ。コパァ、と喉に溜まっていた空気が吐き出されるような音が聞こえ、体に力を入れられないまま地面へと倒れ込んだ。
「そら。次来い」
3体倒されたにもかかわらず、モンスターはそれを気にすることなく次々と襲い掛かってくる。一斉に襲い掛かってくるモンスターたちはそれだけでも十分に脅威なのだろうが、『六式』を使わなかろうが、この程度ならなんの障害にもならない。新世界の海賊共の方がよほど強敵だった。
結局、残りのモンスターを倒すのに1分もいらなかった。統率がとれているのならともかく、各々がバラバラに攻撃してくるだけだからちょっとした脅威にもならない。見聞色の覇気を使うまでもなく、『紙絵』を使うまでもなくすべての攻撃を避け、心臓部、首などの急所を重点的に攻撃し、多くても2撃ですべてのモンスターを倒した。
「さて。こんなもんか」
パキパキと手の伸びをするように指の関節を鳴らす。この程度に1分近くもかかってしまったが、どうもベルの鍛錬で自分の鍛錬も疎かになりつつあるせいかなまってきているようだ。まぁ、命のやり取りもやるような戦闘もやっていないせいでもあるだろう。いい加減鈍った体を戻すために下層に潜った方がいいのかもしれない。
灰になったモンスターの死骸を一瞥する。同時に、俺だけに集中していたモンスターの様子を考える。
「……俺だけを狙っていた、となれば少なくとも誰かが俺に対して狙うようにしたって考えるのが妥当だろうな。話に聞いた調教師の仕業か?」
俺を限定したのは誰でもよかったのか、それとも俺であることに何か意味があるのか。少なくとも意図的なものであることは疑いようがないだろう。
「……となれば、誰か見てる可能性があるか」
この騒ぎを意図的に起こしたとなれば、何かしらの思惑があってのことだろう。それが俺を亡き者にしようとしているのか、それとも何かの時間稼ぎなのか、そこまではわからない。だが、この戦いを意図的に仕組んだのならば、俺が戦っていたのを誰かが監視していた可能性はあるだろう。
この周りに怪しい挙動をしている、あるいはまったく動いていない誰かがいる可能性が高い。そう判断した俺は見聞色の覇気を使う。街の中を全部把握するだけの力はまだないが、少なくとも半径数百m内の人の挙動を把握するだけの力はある。
聞き取れる人の動きは、やはりこの騒ぎのせいか多くの人が走り回っているのが分かる。むしろこの騒ぎの中で走り回っていない人がいないと言うのもおかしなことだろう。その中で、全く動いていない気配がいるのが分かった。ピクリとも動こうとしないその人は、俺を視認できるであろう少し離れた場所。まるで観察しているかのように微動だにしていないその人物。現状怪しい人物と言えば、こいつしかいない。
「……見つけたぞ」
そいつがいる方へ視線を向ける。視線が合ったわけではないが、見聞色の覇気で感じ取れた人物が視線を向けられていることに気が付いたのか逃げるように移動していくのが分かった。
「逃がすかっ!」
『剃刀』で瞬時に屋根の上に上り、『月歩』も活用して屋根を跳ねるように追いかける。思った以上に速く、裏通りを使えば撒けると思ったのか、裏通りを複雑な道順で走っていくのを感じたが、屋根の上から追いかけているからそれも無駄な作業だ。
徐々に追いかけている気配との距離が近づいてきていたが、向こうもそれに勘づいていたのか人通りの多い場所へと移動を始めた。まずい、と思って『剃』を使って距離を詰めるが、健闘虚しく気配は人ごみの中へと紛れて行った。
「……ッチ。逃げられたか」
人に見つからないように裏通りの地面に降り、ガッガッといら立ちをごまかすように地面を蹴る。
長年一緒にいたベルなら気配ならある程度わかるが、まったく知らない人物の気配までは記憶することは難しい。心を読むということは誰のものかわからない声が聞こえてくるだけなのだから、他の人との差異が非常に分かりにくい。戦闘になればある程度は見分けることはできるが、今回みたいな平常時はそれも見分けるのは難しい。
『剃』で追いかけられればもっと早く追いついただろうが、『剃』は瞬間的に大きく移動はできるが『月歩』のように連続で使うことができない、使おうとすればどこまで移動するかがずれてしまう上に、熟練の『六式』使いであっても大なり小なり足の腱を痛めてしまうほどの負荷がかかる技だ。数秒だけとはいえインターバルは必要になってくる。総合的な時間を考えれば『剃』をあまり使わない方が遠距離間追いかけるなら早い。
しかし、今回の騒動は何を目的としてこんなことをしたのかがわからない。調教師が原因なのだとすれば、犯人は今回の怪物祭の主催者であるガネーシャファミリアの誰かである可能性が高い。しかし、俺にはガネーシャファミリアとは全く関わりがない。ヘスティア神が何か粗相をしてその怒りがファミリアに向いている、と言えばまだ可能性があるぐらいには接点はないはずだ。けどヘスティア神の性格を考えたらヘスティア神が何かしたという可能性すらも思いにくい。なら、考えられる可能性として一番大きいのは、所属が隠されている何者か、あるいは神などの上位に当たる存在が引き起こした可能性が大きくなってくるということだ。
「……今回の騒動、ちょっと根が深そうだな」
ざわついている人たちの人ごみを眺めながら、今後も起こりえそうだと感じて深くため息を吐いた。同時に、逃した獲物は大きかったことも悟って深いため息をもう一度吐き出した。
というわけで主人公の戦闘でした。上層のモンスターしかいなかったためすぐに戦闘を終わらせました。上層のモンスターしかいない理由としては、前回の話にもちょっと出しましたがあくまで実力を見るためだけのもの、つまり主人公に対する試練のようなものです。上層のモンスターを倒す実力がなければ師を張ることを許さないという感じですね。女神さまは勝手です。
『剃』の連続して使えないという設定ですが、『剃刀』以外で連続して使っている描写が見られなかったので使わなかったんじゃなくて使えなかったのでは?という考えのもと、無理やり理由をつけたものとなりました。もうちょっと納得できる理由はなかったのかなぁと思わなくはなかったですが、無知な私ではこれが限度でした。
ちなみに主人公は本気で殴れば中層のモンスター程度ならパンチ1発で余裕でモンスターの肉体を貫通させることができ、キックでも余裕でモンスターの肉体を切断できますが、隙がわずかに大きくなるのであえてセーブしています。そこまでしなくても倒せる程度でしたしね。
やっと物語が動いたって感じですね。ここまで来るのに本当に遅々として申し訳ないです。