元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ルーニー
「それじゃ、行ってきます!」
日もある程度昇りつつある日中、廃教会の入り口で普段着を身にまとい、ベルは俺とヘスティア神に向かって手を振っている。今日はアドバイザーであるエイナさんと一緒に防具を見に行く約束の日だ。使うかどうかはわからないが、それでもいろんな武器や防具が見られると楽しみにしているのかニコニコと笑みを浮かべている。
「行ってらっしゃいベルくん」
「気を付けてな」
パタパタと時間もまだあるはずなのに足早で駆けていくベル。その様子を苦笑いで見送り、そのまましばらくベルが走っていった背中を見届ける。
しかし、ベルにも防具を買うようになる日が来るとは思っていなかった。『六式』を習得した者は防具をつけることなく活動していることが当たり前なのだから防具を買うということはないと思っていた。いや、ベルは『鉄塊』と『指銃』を収めていないし習熟しきっていないとはいえ『四式』を収めているのだから必要にはならないだろうという偏見があったのかもしれない。
けど、ベルの戦闘スタイルを考えれば防具は逆に邪魔になる可能性もある。エイナさんならそういうことにはならないとは思うが、ベルはあまり自分から発言をしない上に『六式』のことをうかつに言えない状況だ。身を守るためと言って重い防具を勧められて購入する可能性もある。最初のうちはその思い防具を着たままでも動けるように鍛錬をしなければならないかもしれない。そうなれば今まで以上にベルに負担をかけることになる。『六式』の鍛錬で体も丈夫ではあるはずだが、これ以上負荷をかけても大丈夫だろうか。
「……そんなにベルくんが気になるなら、ついていけばよかったんじゃないかな」
俺の顔を見ていたヘスティア神はそう言うと、はぁ、と少し呆れたような表情をしていた。
「……表情に出てましたか?」
ペタリ、と思わず自分の顔に手を当てて表情が変わっていないかを確認する。その様子を見てヘスティア神はプフッと笑いが漏れ、止めようとしているのかクツクツと口を押えている。それを不快に思うようなことはなかったが、それでもため息の1つは出したい気持ちにはなる。
「笑わなくてもいいでしょう」
「ごめんごめん。表情に出てたわけじゃないんだよ。だけど、ベルくんが行った後を見てた君はそんな雰囲気はあったよ」
少しして笑うのを止めたヘスティア神は、さっきとは違って慈愛に満ちた目で俺を、そしてベルが走っていった先を見た。
「ベルくんが心配なのはわかるよ。僕から見ても、とても純粋だしね。周りに流されちゃうんじゃないか、悪いことに引っかかってしまってしまうんじゃないかって思うのも仕方ないかもしれない。でも、その気持ちを抑えてベルくんの成長を願ってそっとしておくのも先生としての度量なんじゃないかな」
普段からベルにベタベタとくっついているヘスティア神から出たとは思えないような、ベルの成長を促す言葉に俺は驚きで目を丸くする。
意外だ、とは思う。ヘスティア神はベルを溺愛している。女性と一緒にいると知れば嫉妬するほどには溺愛している。冒険者であることはわかっているが、危険なことをしてほしくはないと常々言っている。そんなヘスティア神がベルを、しかもアドバイザーとはいえ女性と一緒に買い物に行くことに肯定的であることに驚きが隠せない。
「フィースくんは、ベルくんに厳しくもあるけど、でも根底ではベルくんを甘やかしているのは見てたらわかるよ。でも、それで自分のことを二の次にしているみたいだから心配だったんだよ」
「……別に、ベルを甘やかしてはないですよ」
甘やかしている。ヘスティア神にそう言われて否定する。ベルは普段の行動については特に何かを言うことはないぐらいには紳士的ではあるが、強くなりたいと『六式』を修めると誓ったあの日から息も絶え絶えになるほどに、動くことすらもままならなくなるぐらいには厳しくしている。今でも手加減はしているとはいえ動けなくなるぐらいにはベルを鍛えているのだから甘やかしてはいないだろう。
「ううん。鍛錬のことを言っているんじゃないよ。そりゃ鍛錬は見てて止めたくなるぐらいに厳しいものだけど、普段ベルくんを見ている目がそんなことを思わせないぐらいには優しいし、何より
軽く目を瞠った。確かに弟として見ているのは確かだが、そんなことを思っているようにはしなかったはずだ。
ベルは英雄になりたいという夢のために努力してきた。そんなベルが戦闘で死なないように、不幸で死なないように鍛錬を課してきた。それに応えようとしてきたのか、何百人という海兵でもほとんどが途中で諦めるような『六式』の鍛錬も血反吐を吐きながらも耐え抜いてきた。その結果が今のベルだ。まだ未熟ではあるが、海軍本部にいても将校になれるぐらいには強くなっている。護るというほどベルは弱くない。
「……失礼ですが、何か悪いものでも食べました?」
「なんでそんなことを聞くのかな?僕今良いこと言ったよね?僕が良いこと言ったらそんな心配されるの?」
ケンカなら買うよ、と険しい顔をしてシャドーボクシングを始めるヘスティア神。ただ、武神でもない身から出されるパンチは鍛錬を始めた頃のベルと似たようなへなちょこだったこともあり、思わず笑いがこみあげてくる。
「似合いませんよ、ヘスティア神」
「うるさいよ!」
今度こそ我慢ならなかったのか、ヘスティア神は俺に殴りかかってきた。
「ふん。なんだいなんだい。そうやって僕をからかってさ」
「そう拗ねないでください。対応するのが面倒くさいので」
「君本当に神様を相手にしているってわかってその対応してる!?」
キーッと再び両腕をグルグルと回して俺に殴り掛かってくるヘスティア神。からかった自分が悪かったとはいえ、なだめるのに多少時間がかかった。
「……まぁ、でもフィースくんはベルくんに関わりっぱなし、って程でもないけど一緒に行動している時間が多いよね。たまにはベルくんのために時間を使うんじゃなくて自分のために長い時間を使うのもいいんじゃないかな?」
「…………」
ヘスティア神の言葉に、少し思考する。確かに、自分も鍛錬を欠かさなかったとはいえ、現状を維持できる程度の鍛錬しかできていない。海軍少将だったころの実力を取り戻せているかと言われれば、正直な話少将まで戻っているかどうか怪しいレベルだと首をひねらざるを得ないほどにしか力は取り戻していない。単純な身体能力は冒険者になったことで強化されているがゆえに少将クラスにはギリギリ届いているが、技術はまだあの頃よりも鈍らせているから結局は少将レベルを相手にしたら間違いなく負ける。その程度にしか力を取り戻していない。そろそろ自分のための鍛錬をする必要があるのかもしれない。
……それに、確かにベルもある程度は強くなっている。そろそろ自分の力で強くなっていくことを覚える時期なのかもしれない。かつて俺がガープさんに鍛えられ、そして自分で成長していくためだと海賊たちとの戦闘で鍛えていった時のように。ベルの成長を促すのが師としての俺の責務なのかもしれないが、付きっ切りで成長を見続けるのもそれは違うのだろう。
「……そう、ですね。少しベルに時間をかけすぎていたのは確かみたいですし、少しの間自分の鍛錬に時間を費やすことにします。思っている以上に元に戻すのに時間がかかりそうですし」
「そうかい?そうするなら僕も応援するよ」
俺の言葉にヘスティア神も頷いた。怪物祭での騒ぎで多少のモンスターを相手にしたが、あの程度の相手に1分近くもかかっていること自体が体がなまっている証拠だろう。いつかは自分を鍛えていかないといけないとは思っていたが、今ならそれもできるのだろう。
「明日から1人でダンジョンに潜ろうと思いますのでその準備に行ってきます」
「気を付けてね、フィースくん」
ダンジョンにこもるための食材を、財布を取りに部屋の中に戻る。明日になればヘファイストス神に頼んでいた重しもできているはずだ。それを付ければ深いところまでダンジョンに潜らなくても鍛えることはできるだろう。
さて。食料を確保できるなら何週間ダンジョンに潜ろうか。ギルドでダンジョンから採れる食料を確認しに行くか。