元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ルーニー

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(土下座しながら横スライドしてフェードアウトする姿)


34話

 

 ギルドで情報、特に食料のことについてを収集し、念のためにと携帯食料を1日分買い込む。本当なら1週間ぐらいの食料を買い込みたいぐらいなのだが、そんな大荷物を持ちながら戦闘をこなすことはまずできない。鍛錬と思ってやろうと思えばできなくはないが、大荷物を持っての戦闘なんて体幹や重心を鍛えるぐらいしかない。今の俺がそれをやったところで意味はほぼない。

 18階層に街があるからそこで飲食をしてもいいんだが、いかんせん場所と人の悪さからあそこはぼったくりもいいところの価格で物資のやり取りをしているから飯を食うにも何倍もの料金を払わなければならない。1日で24階層まで行ったときに寄ってはみたがそんなアウトローな場所だった記憶がある。とはいえ、別に武器を使うわけでもないから武具の手入れは必要ではないし、必要なのは食料ぐらいだからあそこを利用するのは大して問題はないだろう。

 

 それに、店などでは大量に食べる俺だが、絶食ができないことはない。というか、物資が限定されている船の上であんなふうに大量に食べることなんて海兵として働いている人数を考えればまずできない。勿論海王類や魚類を釣り上げてそれを狩り、食料に充てたりしたこともあったが、あれは小型の海王類だったからこそできたことで毎回のようにできることではない。だから少ない食事、あるいはまったく食べずに前もって蓄えておいたカロリーを使って空腹のまま戦闘をこなすこともざらにあった。さすがに飲まず食わずで何日も過ごすことはできないが、2日ぐらいなら何も口にしなくても問題なく動けるぐらいには鍛えてある。けどそれ以上となるとさすがに行動に支障が出る。

 誰かしら食料の運搬のみをしてくれる便利屋みたいな人がいればその人と行動するのもありかもしれないが、ステイタスを更新することを目的としている冒険者でそんな酔狂なことをする人はまぁいないだろう。確か、ギルドの方でそういった細々とした要件を要望できるシステムがあったはずだ。クエスト、だったか。けれどもそれをかけるにしても明日には出ていくからクエストをかけて募集するにはもう時間もない。

 

 結局、余計な出費だとしても割り切って18階層の街で食っていくことにした方が安全かと思い、携帯食料1日分が入った袋を持って通りを歩く。用意する物も用意したし、この後特に何か予定があるわけでもない。重しの進捗情報を確認しに行くのもいいかなと思いヘファイストス・ファミリアに足を運んでいると、ヘファイストス・ファミリアの店の方角から見知った顔が出てきた。

 

「あれ?兄さん?」

 

 向こうもこちらに気が付いたのか、ベルが意外そうな表情を浮かべて俺を見ていた。まぁ、確かに『六式』を使う俺が手甲以外に武具を買うなんてことはしなかった俺がここに来るなんてしないだろうとベルは思うだろう。

 

「ベル。それに、エイナさんも。帰りか?」

 

「うん。あ、そうだ兄さん!すっごくいい防具を買えたんだよ!動きを阻害しないのに硬さも十分なものなんだ!」

 

 そう言ってベルは身に着けていた防具を見せるように軽く叩いた。カンッと軽い音はしたがそれが硬いものであるが故のものだということはわかった。武具のことに関しては俺は全くの門外漢であるし、海軍にいた時も名刀についてはよくわかっていなかったが、音でどれぐらいの硬さがあるのかはある程度把握できる。これも海軍での訓練の賜物だ。

 海軍は船上での戦闘を想定しているものだから重い防具なんてつけていたら不安定な足場での戦闘でその重さが仇となる可能性が高い上に、海に落ちた時に沈んでしまうからという理由があるから防具は基本的にはつけていなかった。だから防具のことについては全くわからないというのはあるのだが、まぁあの音からすれば上層程度なら問題はないだろう。

 

「そうか。それはよかったな。エイナさんも、ついていてくれてありがとうございます」

 

「いえ、もとはと言えば私から提案したことですから」

 

 ニコニコと、しかし微妙に複雑そうなものを含めた表情を浮かべている。チラリと防具に視線を送っていたのが気になったが、まぁ特に問題らしい問題はないだろう。

 

「ここにきたってことは、ダンジョンに潜る準備?僕も手伝う?」

 

「いや、明日から俺1人でダンジョンに潜ろうと思っていてな。その準備だからいいさ」

 

 1人でダンジョンに潜る。そう言うとエイナさんはこちらを戒めるかのような視線を送る。

 

「……ソロでダンジョンに行くのですか?」

 

「今まではベルの鍛錬を主にダンジョンに潜っていました。けれど、ヘスティア神にたまには自分の時間を作ってはどうかと言われましてね。ベルの鍛錬のためではなく、自分の鍛錬のためにダンジョンに潜るのもたまにはいいかと思いまして」

 

 俺の言葉にエイナさんは苦い表情を隠そうともせずに浮かべる。当然だ。俺はエイナさんが嫌う、というより忌み嫌っていると言ってもいいことをしようとしているのだから。

 

「冒険者は冒険してはならない。覚えていないわけではないですよ」

 

「でしたら1人で鍛錬を行う必要はないじゃないですか。同じレベルのベルくんと一緒に鍛錬をすればいいじゃないですか」

 

 まっとうな意見だ。この世界の常識を考えれば間違いではない。1人でダンジョンに潜るよりも2人でダンジョンに潜った方が何かがあった時に助かりやすい。そういう状況になりやすいからこそあえてソロでダンジョンに必要がないとエイナさんは言っているのだ。アドバイザーとして、冒険者の生存を望んでいる人として言っていることは何も間違っていない。それが普通の冒険者ならばの話だが。

 

「別に、俺もベルもソロで潜っても問題ない程度の実力はあります。それに、そろそろ1人になった時の戦闘の心構えを経験しておかないといけないと思っているところだったのでちょうどいいかと」

 

「そういうことを言っているんじゃありません!1人での行動が必要であるというなら、どちらかが見守っていればいいじゃないですか!」

 

「それではダメだ。甘えが出る。誰かいる、危険な時には助けてもらえるという甘えは、自分でなくても誰かを殺すことになる。それに、強くなるためにはときには無理をしないといけない。階位が上がった人全員が何かしらの無理をしているのは周知の事実だと思っていますが」

 

「まだ早すぎます!冒険者になってまだ1ヵ月経つかどうかなのに、無茶をするようなことをしたら下手をすれば死んでしまいます!」

 

 アドバイザーとして、いや、普通の感覚として正しい言葉だ。普通は安全マージンを取って地道に力を付けていくのが当たり前だ。海軍にいた時ならば厳しい鍛錬の下、ようやく実戦に入ることができた。すでに俺とベルはそれをこなしてきたが、それはエイナさんにとっては知らないことだし教えてもいないことだ。常識的な、たとえ過保護と言えるほどのものであったとしても心配をするのも当然だろう。

 

「それで死ぬのなら、その程度だったというだけの話だ」

 

 でもそれは俺にとっては関係ない話だ。24階層まで下りたことはあるが、あの程度の脅威なら上層、中層程度で死ぬとは思わない。けど、ぬるま湯の中で鍛えていても覇気は成長しないし、技術も錆びていく。いつかは自分を追い込まなければならないと思っていたが、それが明日からになっただけだ。『六式』を狙っている連中がいると分かった今、その尻尾を見せないとなれば相当な手練れが相手になる可能性がある。全盛期(海軍少将)の頃に比べたら、今の俺の覇気はとてもじゃないが頼りなさすぎる。

 けど、俺の言葉に何か感じたのかエイナさんはさっきまでの表情から一変して怒りの混じった表情を浮かべた。

 

「自分の命を大切にできないの!?」

 

「自分の命は自分のために使()()。やり残していることはあるが、それも時間の問題だ。仮に()()()()()()()()()俺がいなくなっても問題はないだろう」

 

 ベルが『六式』を修めることができたのなら、もう俺にできることはない。せいぜいベルの鍛錬に付き合うぐらいだろう。まだ『四式』しか修めていないベルだが、基礎についてはすでに教えてある。順調に鍛錬していけば残りの『二式』も時間はかかるだろうが修められるだろう。唯一の不安要素は村にいた頃から覚醒しつつあった見聞色の覇気だが、真偽と感情に敏感だということ以外には俺との鍛錬でも覚醒する気配を感じさせないところを見るによほどのことがない限り覚醒することはないだろう。

 しかし、俺の言葉に何か感じるものがあったのか、エイナさんはさらに顔を怒りで赤くする。

 

「あなた、自分の命を何だと思っているの!?」

 

「……さぁ、何のためにあるんですかねぇ?」

 

 ふと、エースとルフィを助けた記憶がよみがえる。俺の命の使い方はサボの命を奪った天竜人を殺すために、そして兄弟を救うために使うと決めた時以来、久しぶりに考えるかもしれない。海軍にいて、ガープさんと共にいてその意思が揺らぎ、どうすればいいのかわからなくなった時もあったけど、結局はサボの仇を取る前にエースとルフィを助けるために命を投げうった。俺をあそこまで育ててくれたガープさんの顔に泥を塗ったことになったことが後悔にはなるが、それとサボの仇を取れなかったこと以外に後悔はない。

 じゃあ、今ここで生きている俺の命の使い方は、なんなんだろう。ベルを育てるため?いや、ベルはもう自立できるぐらいには俺の教えは叩き込んでいる。あとは鍛錬とベル次第だ。俺の介入する余地は少ない。

 

「自分の命を大切にしない人が、無謀なことをする人が大成するとでも思っているんですか!」

 

「大成?別に大成しようと思ってなんかいない。鍛えるためには無茶をしなければならない。過酷な環境にいてこそ鍛えられるものがある。それをする必要があるというだけだ」

 

「それが今だというんですか!?まだ冒険者になって間もない新人が、もう無茶をするようなことをしなければならないとでもいうのですか!?」

 

「エイナさん落ち着いてください!兄さんも言葉を選んでよ!エイナさんにケンカを売っているようにしか見えないよ!」

 

 言い争っている俺とエイナさんを見かねたのか、ベルが少し泣きそうな表情で俺とエイナさんの間に入る。ベルに間に入られたからかエイナさんは少し驚き、同時に少し落ち着いたのか肩で息を軽くしていた。

 ふぅ、と心を落ち着かせるために深く息を吐く。いかん。どうもルフィたちのことを思い出したせいか少し熱が入っていた。

 

「……エイナさん。あなたの言うことは何一つ間違っていない。冒険者としてのセオリー。冒険者に必要な心構え。あなたの言葉はこちらを憂慮してのことだということは重々承知している」

 

「ならっ!」

 

「でも、俺にはやらないといけないことがある」

 

 そうだ。大勢の人であふれかえっていた状況下にあったとはいえ、モンスターをけしかけた手下人を逃がしてしまうほどには弱くなっている今、少将の頃以上の強さが必要だ。

 

「それに、職業柄そうなのかもしれないがあなたは多少過保護が過ぎるところもある。俺たちは冒険者であり、戦闘で飯を食ってる1人の兵士だ。過度な干渉、心配は侮辱されていると感じてもおかしくはないことを知ってもらいたい」

 

 何か言いたげに口を開閉しているが、侮辱という言葉に何か思うことはあるのか言葉を出すことができていない。心の中で整理がついたのか、ふぅ、と大きなため息をついて俺を見る。

 

「……本当に、心配をする必要はないのね?」

 

「もちろん。この程度で死ぬなら、俺はベルの師匠なんてやってないですよ」

 

 むしろ鍛えるために強力なモンスターが存在する下層に向かうのだが、それをこの場で言う必要はないだろう。

 

「……わかりました。ですが、これだけは言わせてください。何があろうとも、絶対に帰ってくると誓ってください」

 

「……それで気休めになるなら、いくらでも誓いますよ」

 

 もちろん、誓わずとも死ぬ気はさらさらない。大ケガを負うぐらいはなるかもしれないが、それは冒険者として仕方のないことだろう。勿論ケガはしないことに越したことはないのだろうが、覇気は窮地でこそ鍛えられる。死なない程度に鍛錬するぐらいにはなるだろう。

 

「……わかりました。その言葉、信じましょう」

 

 俺の言葉を聞いて一応は納得したのか、ふぅ、と眉間にしわを寄せたままではあるが頷いた。剣呑としていた雰囲気もなくなったことに気づいたのかベルは少し涙目になりながら俺に向かって声をかけた。

 

「も、もう!兄さんエイナさんにケンカするような言い方するのやめてよ!」

 

「悪かったなベル。少し熱が入ったみたいだ」

 

 おろおろとしていたベルを落ち着かせるために頭に手を置く。ぐしゃぐしゃと髪をかき回すように動かすとうわわわ、とちょっとした悲鳴を上げる。最後に軽く叩き、安心するように笑みを浮かべるがベルはぼさぼさになった髪に手を置いてムスッと俺を睨みつけてきた。

 

「んじゃ、俺はもうちょっと明日からの準備に行こうと思ってるけど、ベルはどうする?このままエイナさんと一緒に買い物でもしてるか?」

 

「う、うん。兄さんはヘファイストス・ファミリアで買い物でもするの?」

 

「いや、ちょっと確かめたいものもあってな。食糧調達のついでだ」

 

「まだ冒険者になりたてでお金がないのは重々承知していますが、くれぐれも粗悪な武具に手を出さないでくださいよ」

 

「武具に関しては、俺は見る目はないですからね。そうならないように気を付けますよ」

 

 まぁ、『六式』がある以上、そして中層のモンスターも半分以下の力で倒せるのだから武具は必要ないのだが、本当に何もつけないで行くとまたエイナさんに大目玉をくらいそうだから手甲と具足はつけるようにしている。剣や槍と言った武器を購入しなかったのはエイナさんからすれば不満そうだったが、得意でもないものを買う余裕はないし、買う気もない。そういうお金はベルの武具費に充てるだけだ。

 

「それじゃ、俺はこれで……おっと」

 

 ヘファイストス・ファミリアへ向かおうと足を動かすとドンッと前から軽く衝撃が当たった。攻撃でもないそれは、前を見ると少女がこちらを睨みつけるような表情で地面に座り込んでいた。前を見ていなかったからぶつかってしまったようだ。

 

「ぶつかって悪かった。立てるか?」

 

 手を差し伸べる。しかし、少女はそれを無視してこちらを睨みつけてくる。人嫌いなのか?と思い特に気にすることなく手を払われるまで差し出し続けようと思っていると、少女が走ってきたであろう方向から男が走ってきた。

 

「やっと追い詰めたぞクソ小人族!」

 

 男は声を荒げながら少女の後ろに立った。明らかに怒りを表情に浮き出している男はこちらには気づいていないのか腰につけていた剣を抜こうとしている。

 

「ちょっと、何をしているんですか!」

 

「あぁ!?うるせぇ、部外者は引っ込んでろ!」

 

 怒りで冷静に周りが見れていないのか、私服とはいえギルドの受付嬢であるエイナさんの制止すらも一蹴して剣を抜いた。

 

「テメェぶっ殺される覚悟はできてんだろうなぁ!?」

 

 男は躊躇することなく剣を大きく振りかぶった。まずい、と思ったのかベルは『剃』を使ってとっさに少女の前でナイフを構えてかばうが、それよりも先に俺は動いていた。

 

「おい」

 

 自分でもわかるほどに冷たい声が口から出た。大きく振りかぶっていた剣が振るわれる音が鳴ることはなく、代わりに金属を握りこむような音が聞こえた。

 

「誰に剣を向けている?」

 

 『剃』で後ろに回り込み、振り下ろされようとしていた剣は俺の手に握られていた。ギャギギィ、と剣から鉄がねじられるかのような嫌な音が鳴る。男も剣を振ろうと腕は動いているが、ピクリとも動かない剣に、男は顔を青くして俺を見ている。

 

「別にどこのどいつがケンカしてようが殺傷沙汰になっていようが、それはどうでもいい。勝手にケガして勝手に死んでればいい。自業自得の上に成り立っていることが多いからな」

 

 バキキィ、と握っているところを中心に剣にヒビが入る。ビキ、ビキ、とヒビの入る音と感触を直接感じている男の顔はさらに青くなっていき、体が震えているのが見てわかる。

 

「けど、お前は子供に剣を向けた。何をしたのかは知らないし、子供の方が悪いことをしたのかもしれないが、それでもお前は子供を害そうと剣を振った」

 

 ビキキィ、と剣に罅がさらに走る。ギリギリと、そしてバキリバキリと音を立てている剣の音を持ち手から感じている男は恐ろしいものを見るかのような目で俺を見ている。

 バキリッとひときわ大きな音が路地に鳴った。カランカランと砕けた剣が地面に落ち、剣をもぎ取ろうとして力を込めていたせいか男は地面に倒れた。

 

「ひぃっ!?」

 

 男は慌てて俺を見る。這いずるように逃げようとしているその男の顔は汗をだらだらと流して恐怖で歪んでおり、足だけでなく体を震わせていた。

 

「失せろ。お前にも言い分はあるんだろうが、言葉を交わさず子供を害するようなことをするやつと利く口はない」

 

 ほんのわずかに覇王色の覇気を男に放つ。一般人でも気絶するようなことはない程度の弱弱しい覇気ではあるが、それでも恐怖を感じるには十分の覇気だ。男は大きく悲鳴を上げて砕けた剣を放り投げて逃げて行った。

 

「……この程度のことで使うとは、本当に憶病になったもんだ」

 

 剣を握り壊した手を見てため息をつく。手には傷一つついておらず、剣の小さな破片がわずかに付着している程度だ。それを叩いて落としていた頃に、ハッとなったエイナさんが俺の手を強奪するかのようにつかんだ。

 

「剣を掴むなんて、なんてことをしているの!?ケガはないの!?」

 

「大丈夫ですよ。むしろ、こうやって手を引っ張られている方が痛いぐらいですよ」

 

「バカなことを言わないの!振り下ろそうとしていた剣を握るなんて馬鹿なことをしてケガ一つないなんて……」

 

 ジッと俺の手を見る。剣を砕いた際についた破片すらついていない状態で薄皮すら切れていない手を見て、驚きのせいか呆然としていた。

 

「……本当に、どこにもケガがない……」

 

「だから、大丈夫だって言ったじゃないですか。コツを掴んでいるんでこれぐらいなら問題ないんですよ」

 

「兄さん、そんなこともできたんだ!」

 

「あの程度なら問題なくできる。あのクズが相応の実力者だったら、もしかしたら指が飛んでいたかもしれないけどな」

 

 事実あの程度の、レベルに胡坐をかくような程度の連中程度の剣なら掴むことはできる。しかし、高レベルとなればある程度以上の技術はつくだろうから武装色の覇気を使わないと受け止めることはできないだろう。しかし、あの程度の実力を相手にほんのわずかとはいえ武装色硬化を使うとは、自分でも幻滅してしまう。

 

「……いなくなったか」

 

 チラリ、と襲われかけていた子どもがいたほうを見るがそこには誰もいなかった。まぁ、あんな目にあって逃げようと思うのは当然のことだろう。別にお礼を言ってほしいわけでもないし、ああいう手前は俺にも覚えはある。大人なら捕らえていたが、まだ子どもだったから別段捕まえようとも思わない。気にすることはない。

 

「……で、いつまでそこで見てるんだ?」

 

「……バレていましたか」

 

 努めて軽い口調で物陰に視線を送る。陰から現れたのは豊穣の女主人の制服を着た、食物が入った袋を抱えていたリューだった。

 

「リュ、リューさん?いつの間に……?」

 

「つい先ほど、あの暴漢が剣を握ったところからいました。しかし、よく私がいたことがわかりましたね」

 

「他にあんなのがいないか周囲を警戒していたら知った気配を感じてな。その荷物、買い物帰りか?」

 

 あの様子だと個人の私怨だと思ったが、周りにあの男の仲間がいる可能性はあった。だから念のために見聞色の覇気で辺りを警戒していたのだが、その中で知った気配を感じて見れば、思った通りの人物だった。

 

「えぇ。近道でここを通ろうとしたところにあの暴漢がいましたからね。助太刀に入ろうかと思っていたのですが、あなただけで何とかしてしまってどうしようか迷っていたところでしたよ」

 

「そりゃ悪いことをした。まぁあの程度なら俺じゃなくてもベルでも何とか出来ただろうけど、子ども相手にあんな真似しているところを見たら止めるのが人ってもんだろ」

 

「……それについては概ね賛同いたします。しかし、あんな無茶をするとは思いませんでしたよ」

 

 ジトリ、と視線を俺の手に向ける。さっきエイナさんに手を取られて確認されたばかりだが、手はケガなく破片もない。いたって普通の状態の手だ。

 

「怪我無くできるんだ。無茶なことじゃないだろう?」

 

「……振り下ろそうとした剣を素手で止められるレベル1でできる人はいないと思いますが?」

 

「鍛錬が足りない冒険者ばっかりだな」

 

 最も、最悪を一瞬でも考えて覇気を使ってしまった身としては自分の精神が未熟になってしまっていることを知ってしまったのだが。これでは『六式』を教えているベルに偉そうなことを言えなくなってしまう。

 

「……本格的に鍛えなおす必要が出てきたな」

 

「?どうしました?」

 

「いや、己の未熟さを感じただけだ」

 

「振り下ろされようとしていた剣を片手で止められるのに、未熟といいますか」

 

「未熟さ。恐怖心にも勝てないような心がある以上、俺はずっと未熟者だ」

 

 覇気を修めているとはいえ、この程度の恐怖心も制御できないとは情けない話だ。ガープさんが知ればその程度もできないのかと大笑いしていつも以上の鍛錬を課してただろう。……いや、あの人はできてもできなくても大笑いはするか。

 

「……なにやら、私とあなたで微妙な食い違いがあるように感じますが、まぁいいでしょう。では、私はこれで失礼します。ご来店、お待ちしていますよ。」

 

「金ある時にな。頻繁に行けば搾り取られそうだ。主にベルが」

 

「え!?僕!?」

 

「シルにうまいこと言いくるめられて注文する光景がありありと思い浮かんでくるのは俺だけか?」

 

「そ、そんなことにはならないよ!」

 

「ま、そういうことにしておいてやる」

 

「もう!兄さんのバカ!」

 

 先ほどまでの殺気立った、まぁ、俺が主な原因だが、空気はなくなり穏やかな空気が流れ始める。エイナさんはクスクスと笑って無駄遣いはダメだよと言い、リューはわずかに口角を上げてご来店お待ちしておりますよ、とそのまま去っていった。

 からかいが過ぎたのかベルは怒りと羞恥で顔を赤らめて殴り掛かってくるが、特に本気で殴り掛かってきているわけでもないので甘んじて受ける。本気で殴り掛かってきたとしてもそこまでのダメージもないから問題はないわけだが、まぁ鍛錬の時のことを思えばかわいいものだ。

 

「…………」

 

 そんな中、遠くから感じる視線を、さっきぶつかった少女の物であろう気配がこちらをうかがっていることを見聞色で感知しながらも無視してベルをからかう。先ほどの男の様子といい、この状況といい、あまりよくないことが起こりそうだなと気配を覚えておく。まぁ、別段危害がなければ放っておいてもいいのだが。

 





(正直想定していた設定がずれた場所があるかもしれないという不安の表情)
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