元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ルーニー
※追記
また最新話追加場所を間違えました。本当に申し訳ないです。
「やぁあああああ!」
ギン、ギン、と鋼同士がぶつかり合う音が響いている。アリーゼの攻撃はさっきまで震えていたとは思えないほどに鋭く、今まで見てきた以上だとすら思えるほどだった。
しかしそのすべての攻撃はフィースに届くことはなかった。アリーゼの攻撃を余裕の表情で受け続け、時にはアリーゼの攻撃を避けて鋭い拳をアリーゼの腹部に突きつける。アリーゼはそれを必死に回避しているが、わずかに掠った程度でも内臓に響いているのか苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。それでも攻撃の手を休めずにアリーゼは剣を振るっていた。
この中にあたしは入り込めない。アリーゼの全力の攻撃とそれを軽くいなしているフィースの中に入れるほど実力があるわけじゃ無いからだ。フィースの背後から攻撃すればいいのかもしれない。けどそれをしてもハシャーナの全力の攻撃すらも微動だにせずにいたフィースに攻撃を通せるとは全く思えない。
でも、だからと言って攻撃に参加できないわけじゃ無いんだよ。
「シッ……!」
何度もこの境地に陥ったことがある。だからこそ、アリーゼはあたしが何をしようと考えているのかわかっていたし、あたしもそれに従ってあたしの武器をフィースに向かって
だからこそ今回も躊躇なく本気で投げた。フィースに攻撃を通せるとは思えなかったけど、意識の外からの攻撃を受ければ多少の動揺を誘えるかもしれない。ほんのわずかな希望を込めて武器を投げたけど、それをわかっていたかのようにフィースはアリーゼからの攻撃を避けてあたしの武器をわざわざあたしの方へ
「わざわざ返してもらって悪いな」
普通ならなんの装備も付けてない拳で刃物をはじき返すなんて驚くはずだが、フィースがやったことだから特段驚くこともない。はじき返された武器を受け取り、改めて構えるがフィースは気にした様子もなくアリーゼの猛攻を悠然と捌いていた。
「気にするな。邪魔をするぐらいしてもらわないと動きづらくて仕方ないんでな」
「普通は逆なんじゃないの?」
「少しテンションが上がってきててな。つい加減を間違えそうになるんだよ。余計なことをしてもらった方が間違えた加減の発散にもなっていいんだよ」
あたしと会話しながらも空気を裂いているんじゃないかと思うほどの音を出している攻撃にアリーゼは歯を食いしばりながら剣で軌道をずらす。しかしそれだけでは逸らしきれずにまるで斬られたかのような傷痕をアリーゼのわき腹に残したが、それでもアリーゼはギラついた目でフィースを見ていてそれをフィースは喜ばしいものを見るかのように笑みを深めた。
「ガープさんに修行を頼み込んだコビーたちを見ているようだな。ガープさんもこんな気持ちだったのかと思うとあんな修行になる理由もわかる気がするな」
「それは褒めてるのかしら!」
「俺の中では最上位に位置するほどの誉め言葉だ」
そう言っているフィースの顔はとても楽しそうに笑みを浮かべている。アリーゼの攻撃を受け止め、時には避けて攻撃をしたりあたしの方に動いては状況を引っ掻き回す。
あたしが武器を投げて攻撃をすればそれをアリーゼに向けて弾き、アリーゼはそれを剣で弾く。けどそれで隙ができてしまってフィースの攻撃がわずかに当たるぐらいになってからはあたしも投げることができず、急速に近づいて意識を逸らすようにしてみるけど攻撃しようとした時以外では釣られる様子もない。
戦況が硬直している。厳密に言えば硬直させるように動いているんだろうけど、このままだとあたしたちの体力が尽きる方が先だ。一体どうすればいいのかと動きながら考えていると、アリーゼは拳でフィースの攻撃を防ぎながらフィースから離れると、一息吐いた。
「正直模擬戦だから使う気はなかったんだけど、ここまで強いなら使ってもいいわよね!」
そう宣言するアリーゼに、フィースは何をするのかを見るためにアリーゼに攻撃せず様子を見ている。息を整え、剣を構える。
「【
短い詠唱と共にアリーゼの手足、そして剣に炎が纏わっていく。
「炎……!」
アリーゼの炎を見たフィースは初めて表情を大きく動かした。アリーゼの炎を見て驚きを顕わにしてその炎を見ていた。いや、驚きだけじゃない。アリーゼの炎を見てどこか歓喜すらも感じている。そんな風に感じる表情だった。
アリーゼの炎を見て何を想っているのか、そんな疑問がふと浮かび上がったけど、今はそんなことを気にしている暇はない。アリーゼは炎を纏った足を力強く踏みしめると、さっきまでとは比べ物にならないほどの速度でフィースに迫って剣を振るった。
「はぁあああああ!」
魔法による力の増幅もあってか、先ほどまでのような一方的な戦いではなくなっていた。炎を纏った剣をフィースは避け続け、空を裂いて炎をかき消すかのような威力の拳も魔法によって速度も速くなったアリーゼは避け続けた。
それを黙って見ているあたしではない。あたしが出せる最大の速度でフィースとアリーゼの周りを走り、隙が見えたと思ったらチャクラムの投擲による攻撃をするが、それをフィースは拳で弾いて防いでいる。あたしの攻撃では傷一つつけることはできないが、隙はできる。その隙を狙ってアリーゼはより激しく攻撃を入れていきフィースを追い込んでいく。
チャクラムを投げ、フィースに弾かれ、アリーゼが攻撃を繰り返す。1分も経っていないのに、あたしとアリーゼは息を荒くして全身から疲労による汗が地面に垂れるほど流れている。対してフィースはアリーゼの炎による熱によってか軽く汗をかいているが疲労している様子はない。今、あたしとアリーゼはお互いと相手であるフィースにしか集中していない。これ以上集中を他に当てることができないし、そうしてしまったらもうフィースに攻め入ることができなくなるのはわかりきっている。だから、ここでフィースに全て集中する。そして、その甲斐があってかあたしたちが喉から手が出るほど欲していた隙はフィースから露わにされた。
興奮が理性を上回ったのかはわからないけど、さっき以上に強力だとわかるフィースの拳がアリーゼに襲い掛かった。アリーゼの纏っている炎がフィースの拳によって生まれた空気の流れで渦巻いて消えていき、空気が斬られたのかと錯覚するほどの甲高い音を鳴らしてアリーゼの胸部に向かって放たれていく。それをアリーゼは全力で避けたが、完全に避けきることはできずに胸当てが砕けてしまいさらには肩に直撃して関節が外れたかのように力が入らなくなってしまったのがわかった。
予想以上の威力で殴ったことを自覚したからか、しまった、と言わんばかりに目を見開いて不自然な形で拳を止めたフィースだけど、同時にそれは初めてフィースが見せるとても大きな隙だった。それをアリーゼは見逃さなかった。
剣は体勢が悪くて振ることが難しい。だからアリーゼは肩が外れるほどの威力の拳を受けたことを利用して身体を回して普段以上の蹴りをフィースの胴体に向かって放った。フィースの拳の勢いだけでなく魔法の炎によって速度が増した蹴りを、無理やり拳を止めていて身体が硬直していたフィースは避けることができずに胴に入った。けどその蹴りは拳を引いたフィースの腕によって防がれていて直撃させることはできず、強張りも無くなった腕で振り払うかのようにアリーゼはあたしの方へ弾かれてフィースとの距離を取られた。
「これを防ぐとは、さすがね!」
「いや、正直ここで攻撃を受けるとは思ってなかった。手を抜いていたとはいえ、こりゃガープさんにどやされる」
余計な傷を負わないようにアリーゼを受け止めて隣に立たせる。関節が外れた肩を無理やり嵌め治すアリーゼに対し、フィースは悔やむような物言いをするが、その口の端はわずかに吊り上がっている。アリーゼの蹴りを防いだ腕には明らかに燃えた痕があり、それをフィースは眺めていたが何でもないかのように腕を振るい、改めてあたしたちに構えた。
おそらくやせ我慢でも何でもなく、本当に戦闘に支障がない程度の傷なんだろう。でも、それは間違いなくフィースが初めて傷を負った証拠でもあった。
勝てる。疲労で肩から呼吸を必要とするほどに疲労しているあたしとアリーゼだったけど、その傷を見て暗闇でしかなかった道にわずかな光が見えたように感じた。
フィースがまだ本気を出していないことは百も承知だ。今こうやって立っていられるのもフィースが手加減をしているからであり、さっきの大きな隙もアリーゼに必要以上の威力で攻撃をしてしまったことを自覚して無理やり攻撃をやめたからだということもわかっている。
けど、それでもさっきまで一切負傷することもなかったフィースに手傷を負わせることができた。それだけでも戦意をみなぎらせる理由として十分だ。
「ごめん。遅くなっちゃった」
それはアーディとハシャーナも同じだったみたいで、それぞれ武器を構えてあたしたちの隣に立った。ここに立つまでにずいぶんと時間がかかってたみたいだけど、この2人が無駄な時間を使っているとは思えない。つまり、ここに立ったということはフィースに勝てる何かを見つけることができたんだろう。
「なんだ。横になってなくていいのか?」
「冗談キツイよ。アリーゼたちばかりにいい格好をさせていたらガネーシャ・ファミリアは腑抜けのファミリアになっちゃう」
剣を構えたままフィースを睨みつけるように警戒するアーディと、一歩前に出ていつでも突撃ができるように腰を落とすハシャーナ。何が来るのかと思いながらフィースも構えを取ると、ハシャーナは挑発するように口を歪めて声を出す。
「それに、弱点と勝機も見えてきたしな」
「……へぇ?」
ハシャーナの言葉に面白そうにほほを釣り上げるフィースが見えた。フィースは構えを解くことはしなかったが続きを促すかのようにその場から動こうとしない。
「さっき俺たちの攻撃を微動だにせず受けたのに、どうして
ハシャーナの言葉にあたしとアリーゼはさっきまでの攻防の内容を思い出し、ハシャーナの言いたいことを察して目を見開いてフィースを見る。
ハシャーナとアーディの攻撃は避ける気もなく受け止めた。アリーゼや私の攻撃も難なく受け止めていたが、アリーゼの
「ハシャーナや私の攻撃を受けた時は微動だにしなかった。ううん、
「あれは動かないことで俺たちの攻撃を無傷で受けれるようになるスキルだな?そして魔法は受けることができない。違うか?」
「魔法を無傷で受け止められるのならアリーゼの魔法もそうして受け止めてから攻撃すればいい。でもそうはしなかった。なら、魔法による攻撃が通用するから避けていたと考えるのが自然じゃないかな?」
ハシャーナとアーディの推察にフィースは感心したように息を吐き、そして嬉しそうに口角を上げて拍手した。
「厳密には違うが、ほぼ満点の推察だ。”鉄塊”を1度見ただけで絡繰りがわかったのか。すごいな」
フィースは拍手を止めると手の甲を見せるようにこちらに向け、それに向かって扉を叩くかのようにもう片方の手で叩く。ガァン、ガァン、とまるで鉄板を叩いたかのような甲高い音が聞こえてきた。
「”鉄塊”は筋肉を極限まで強張らせることで体を鋼の強度にする
フィースの説明に思わず目を見開いた。全身を硬くする
いや、確かにフィースはこの世界とは違う世界の住人だというのは知っている。それに恩恵ももらっていない以上スキルがあるわけがない。そうだとはわかっていたはずなのに、あれが
「それに、打撃や斬撃といった物理的な攻撃にはめっぽう強いが、逆に炎や電気といった現象的な攻撃には無力なのが弱点だ。だからアリーゼの魔法は”鉄塊”で受けることができない」
”鉄塊”を解いたのか、叩かれていた手を握ったり開いたりしてさっきと同じようにもう片方の手で叩いても鉄板を叩いたような音はしなかった。それを当然のような表情で説明しているフィースだが、それを信じられないと言ったような表情でここにいる全員がフィースを見ていた。
当たり前だ。動けなくなるとは言え、アーディの剣やハシャーナの全力の攻撃を無傷で受けられる技術なんてあるのだとすれば、地面に頭を擦り付けても、神様たち曰く土下座だったか、教えを乞いたくなるものだ。ガネーシャ・ファミリアのみんなからすればそんなものが無名の、それもオラリオの外から来たと説明されている人物ができるなんて誰が信じられるだろうか。
「勝機ってのも大方アリ-ゼを除いた3人で集中的に攻撃して”鉄塊”を使わせて隙を見て魔法で攻撃する、と言ったところか?正解だ。”鉄塊”を使った後はどうしても動くのにわずかにラグがあるからな。いくら俺でもそこをつかれたら食らうだろうな」
あたしたちの心情も知らず、いや、知った上でかもしれないが、フィースはよくできましたと言わんばかりに説明を続けている。普通なら自分の弱点なんか言うわけがない。それこそ教導でもしない限りは他人も同然なあたしたちにここまで言う必要もない。
つまりは、フィースにとってはこれも教導に入っているのだろう。腹立たしく感じなくはないが、ここまで実力差があればそれも納得が上回る。だからこそ、これ以上フィースを失望させないように実行しようと武器をより強く握る。
「まぁ、それはできたらの話だけどな」
けどフィースは指を鳴らしてゆっくりと腰を落として腕を構え始めた。さっき以上の威圧感、覇気とは違う強者と相対した時に感じる別の恐ろしさで肌が焼けるような感覚に襲われた。
「もっと叩き込みたいところだが、悪いがこれ以上時間をかけたら俺が死にかねないからな。これが見切れたら俺の負けでいい」
死にかねない?あたしたちじゃなくてフィースが?あたしたちとフィースとの差は歴然としている。このまま戦っていたとしてもあたしたちが勝てるとは到底思えない。魔法に弱いのか?でもフィースの実力ならそれも難なく対処できそうだけど、いったいどういうことだ?
次々と疑問が頭の片隅で思い浮かんできたけど、それもすぐに振り払う。一挙手一投足見落とさないようにフィースに集中し、どんなものが来ても対応してやると意気込んでいると、激しい足音と共にフィースの姿が消えた。
「”剃杭”」
どこに消えたのかを探す暇もなくあたしたちの横に突風が吹いたと思ったら手に凄まじい痛みを感じた。武器を手に取るどころか手を動かすことにすら激痛が走り、それは敵の前なのに無事なほうの手で思わず手首をつかんで痛みを誤魔化そうとしてしまうほどだった。
「い、がぁ……!」
「手が……!」
あたしだけじゃなく、アリーゼも、アーディもハシャーナもあたしと同じように手を抑えていた。全員が利き手に攻撃を受けて武器を持てる状態じゃなくなったことに気づくのにそう時間はいらなかった。
無事なほうの手で武器を持てば何とかなるかもしれないけど、あたしとハシャーナは両手を使うしそもそも利き手も使えない状態でフィースを相手にすることなんかできるはずもない。
いや、そもそもフィースはどこに行った?一瞬で姿を消して、風が走って、その間に手に攻撃を受けて……。まさか?
全員が同じ結論に至ったからか激痛が走る手を抑えて風が通った方向を見ると、そこには余裕そうな表情を浮かべてこっちを見ているフィースがいた。
何が起きた?そう思うと同時に先日のフィースの戦いを思い出した。少し離れていた場所にいたはずのフィースがいつの間にかあたしの近くにいた闇派閥を地面に叩き潰していた。どうやって移動してきたのか、あの時はわからなかったけど今わかった。今のように目に見えないほどの速度で移動していたんだ。
とはいえ、どうやって移動したのか、どうやって攻撃したのか、ずっと見ていたはずなのにそれすらもわからず、ただなされるがままだった。それでもこのまま情けない姿のまま終わらせるようなことにはしたくない。激痛が走る手を我慢して武器を握り、フィースに構えるとフィースは嬉しそうな表情を浮かべてさっきと同じように構えた。
「そこまで!」
けど、フィースが構えるのと同時にガネーシャ様が制止の声を上げた。
「これはフィースの実力を見るための模擬戦だ。レベル3が4人もいる中で全員に攻撃を、それも手だけを狙って攻撃した上でほぼ無力化できるほどの実力があるとなれば、ウラノスとて無下にはできんだろう」
ガネーシャ様の言う通り、これはフィースの実力を見るための模擬戦だ。明らかに手加減をしていてこの結果なのだから、報告するために必要な内容としては十分だろう。
フィースは構えを解くとそのままガネーシャ様の方へと歩いて行き、一言二言話すとガネーシャ様が血相を変えたような声を上げて大量に飯を持ってくるように近くにいた眷族に伝え、その眷属も訳も分からないまま走っていくのが見えた。
同時に、終わったことによる気のゆるみで我慢できていた手の激痛がさっき以上に感じる羽目になって痛みで悶えることになって急いでポーションを持ってきてもらうことになったのは、蛇足とは言いたくない。