魔法少女規格 -Magic Girls Standard-   作:ゆめうつろ

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chapter 2-03

 この世界最後の「女神」が茶の入ったカップを覗き込み、疲れた笑みを浮かべていた。

 『命のある場所には争いがある』誰かが言った言葉を思い出した。

 

「あなたはそれから2000年、一人でこの世界を守っているのですか」

「いいえ、守ってるなんて大層なものじゃない、ただ壊してしまわない様に眺めている……それだけよ。例え私が居なくなってもこの方舟の循環は止まらない」

 

 アーク、それがオレ達がやってきた世界の名。

 神々が引き起こした大破壊から生命を守るために心優しき女神が作り出した、守護領域。

 

 

 

 

 

 スレイプニールを森に置いて街へ入る手段を模索しているオレ達の前に現れたのはこの街に暮らす「アレア」という隻眼の女魔術師だった。

 聞き耳を立てればこの世界の言語とオレ達の使う言語は別であったというのに、アレアはハレルとどういう訳か「話して」、門番に対して遠くから来た知り合いだと説明して通れる様にしてくれた。

 

 どうやらハレルが感じ取ったのはこのアレアの気配だったそうだ。

 それから彼女について歩く中で街を見た、自然のエレメントとの調和を果たした美しい街、それがオレから見たこの街の印象だった。

 人々は活気に溢れ、様々な外見の人間が居て、中には獣人や人形の様な者も居た。

 

 そして案内された先で辿り着いたのは一際小さく粗末な家、それが彼女の家だという。

 

 簡素なベッドに棚、そしてテーブルと三つの椅子にまるで予想していたかの様に用意されていた3つのティーカップとティーポット。

 注がれた茶にハレルは何の躊躇いもなく手をつけ、オレにも飲む様に視線を向けた。

 かなり気乗りはしなかったが、仕方なく口をつけてみれば不思議な香りが口の中に広がり、不思議な心地良さを感じた。

 

「これはこの世界の言の葉から入れた茶よ、つまりはあなた達にこの世界の言葉を理解させる為の祝福」

 

 そしてアレアはその真の姿を現した。

 銀色の髪と白い肌、そして美しいその青い目は片方が潰れていた。

 

「お招きいただきありがとうございます、女神アレアスティア」

「ええ、ようこそ。巫女ハレルよ、この世界最後の神として歓迎するわ」

 

 オレは本物の神という存在と初めて出会って、言葉を失った。

 隻眼の魔術師アレアと名乗った、傷つき、明らかに弱っているという印象を受けた女性から感じる気配は間違いなく、オレよりも力強く美しいものに変わっていた。

 

「あー、こっちの言葉を失ってるのは付き人のナインです。一緒に旅をしています、もっともこれが二人での初めての旅ですが」

「そう、旅はいいわよ。私も時々この世界を旅して人々の営みを見て回っているけれど、成長や進歩……それに命が紡ぐものを感じられてうれしくなるわ」

 

 そもそもこの本物の女神とそれなりに親しげに話しかけるハレルは一体どういう肝の据わり方をしているのだ、オレは自分の小ささにあまりに思い知らされて落ち着かないというのに。

 

「そう、でも貴女は随分と旅慣れてるわね……この世界にはどういう目的で来たのかしら?」

「調査です、私達の生まれた世界はまあ少しばかり争いのせいで危ういので、それを救う為の手段を探して旅をしているのです」

 

 ハレルは目的を隠す事無く言ってのけるが、オレにはそんな勇気は無い。

 仮にも別世界の神に対して「この世界の資源を貰いに来た」などととてもではないが言えない。

 

「どこの世界も変わらないわね、でも滅びてないだけ十分よ。この私達の文明と違ってね」

「それは……」

 

 世界最後の神、それは文字通りだった。

 

「ここは元は神々の世界だった、けれど愚かにも神々は争いによって滅びたわ。私を残してね」

 

 アレアスティアが語ったのはこの世界の簡単な歴史。

 大地から生まれた神々が眷族として動植物を生み出し、覇を争い、やがて滅びいくまで。

 

 神代は終わり、今あるのは成長しつつある人の世界。

 

「ここは私が作り出した方舟、愚かな神々が生み出した罪無き者達を生き延びさせる為の揺り篭よ」

 

 そうしてアレアスティアがティーカップの中に映したのはこのゆりかごの外の光景。

 

 このドーム状の生存領域の外は主を失い徘徊する神々の遺物や邪悪な怪物が跋扈する死の大地が広がっていた。

 かつてはこの世界も空のある命溢れた惑星だった、だがこの過去の遺物から人々を守るには偽りの空を作らざるを得なかった。

 

「循環によってこの方舟の中で命は生き延びられるでしょう、しかし外を目指す事は出来ない。そう遠くないいつか、この世界は破綻を迎えるわ」

 

 作り上げた神だからこそ、わかるモノなのだろう。

 この方舟にも限界があるのだろう、まるでオレ達の世界と同じだ。

 女神の悲しげな顔に少しばかり心が痛み、ハレルの方を向く、しばらくオレと同じ様に聞きに徹していたが……。

 

「ところで、外にある遺物は持っていっていいですか?」

 

 信じられない事を言い出した。

 オレは耳を疑った。

 ハレルはいつものアホ面で笑っていた。

 

 女神様も呆気に取られている。

 

「危ないわよ?それこそ神々の創った怪物もいるわよ?」

「その怪物ってどれぐらい強いですかね?あんまりアレだったら数を減らしておくのもやっておきますよ?」

 

 それはまるで掃除業者の営業だ、いらないものを片付けるお仕事とでもいわんばかりで、オレは頭が痛くなってきた。

 

「ねえ、この子正気?」

「オレにもわからないです……」

 

 仮にも世界を、神々を滅ぼした物品や怪物だぞ、それをオレ達の世界に持ち帰ってどうする気だ。

 まさか一度世界を滅ぼしてリセットする気かこいつ?

 

「あ、そのまま持って帰るって訳じゃありませんよ!?この方舟を通る以上そんな危ないものを完全なままに運べませんからね!バラバラに解体したり解析したりして分けて運びますから」

「本当に持ち帰る気なのかハレル」

「何を言っているんですかナインさん、その為に来たんですよ?」

 

 確かにオレが受けたのは文明の遺物なんかの調査や持ち帰りの仕事だ、だがそれはせいぜい魔法道具ぐらいだと思っていた。

 そんな神々の遺物などとは想定してない。

 

「とんでもない者を迎え入れてしまった気がするわ」

「そうですね、オレもとんでもない奴に雇われてしまった気がします」

 

 思わず女神と顔を合わせる、本当になんなんだこの魔法少女。


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