魔法少女規格 -Magic Girls Standard- 作:ゆめうつろ
グツグツに煮えたぎる溶岩の上を飛ぶ、時折巨大な蛇の様な怪物が上を飛ぶドラゴンの出来損ないの様な怪物を捕食する為に飛び出す。
おまけに亡者の列が絶え間なく崖から身投げしている。
ハレルが作った対環境用シールドが無ければとてもではないが、こんな地獄の様な場所に一秒たりとも居たくない。
腐食性を持った危険なガスも、毒の泉の水もまるで当然の様に防御し、オレ達は探索を続けていた。
ときおり襲い掛かってくる怪物は今の所、そこまでの脅威ではなくブレードだけで対応できるぐらいのものばかり、しかし気を抜く事は出来ない。
遠くの空に浮かぶ巨大な六本の塔、さらにその上に広がる巨大な影、それは建造物ではなく途方もなく巨大な「怪物」とその足だった。
あまりものスケールの違いにオレは驚愕した、さすがのハレルも「今は放っておきましょう」と手出しを躊躇したぐらいだ。
それにいくら対環境シールドがあっても、それでも防御しきれないレベルの汚染や危険地帯もある。
今まさに下に広がる溶岩は純粋にその火力でこちらを焼き尽くさんと吹き上がり、暗黒物質の沼地は触れれば凄まじい勢いでエネルギーを吸収する。
この様子では向こう1000年どころか10万年後でも死の星のままだろう。
一体どれほどの戦いがここで繰り広げられたのだろうか。
「それで、今はどこに向かってるんだった?」
「北の大神殿ですね、アレアスティアさんが言うにはここも球状惑星ですからね、ちゃんと東西南北あってわかりやすいですが。貰った地図とはもう似ても似つかないのが難点ですね……」
ハレルの目の前にはホログラムモニターが表示されており、そこには青と白の地図と、現在地と向きを示す赤い矢印が映っている。
オレのにもマップは入っているが、こんな右も左もわからない様な場所で行き先を決めるのは遠慮したいのでハレルに任せている。
「……ナインさんは行って見たいところとかないのですか」
「ないな、正直今すぐにも安全地帯にでも戻りたい気分だ」
「そうですか……」
「がっかりしたか?」
「……そうですね、少し」
ハレルは少しばかり残念そうにするが、オレとしては冒険という楽しみもこの景色を見れば瞬く間に失せてしまう、確かに多少の危険は伴うだろうが、これは多少という段階を超えている。
「私も昔は冒険なんて、まるで興味もなかったんです。でもたった一人だけ、私を無理矢理に連れ出してくれた人がいました。初めての冒険はまあ、その凄まじい所で……まるで暗黒の世界とでもいわんばかりの場所でした。しかし二人での冒険はとても楽しくて、それから私はこうした冒険が大好きになってしまったのです。だからナインさんにもせっかくだから楽しんでもらえそうな世界を選んだつもりだったんですけど……」
「なんか悪い、という気持ちにさせようとしているが……お前がこの地獄の様な景色を見て宝の山だって喜んでたのは忘れてないからな」
「ちっ」
なるほど、またハレルの一面がわかったぞ。
「つまりは楽しい冒険がしたいから、オレを誘ったわけだな」
「そうですね、正直ナユタの方々と一緒に行くと慎重すぎて全然楽しくないんですよ、心が躍らないのです。だから他の人に期待したのです」
「それで今は心が躍っているのか?」
「半分ぐらいですね」
しかし、その最初に連れ出した奴との冒険が楽しかったのなら、またそいつと行けばいいという言葉が出掛かって、飲み込む。
こいつの性格なら間違いなくそいつが「居るのなら」そいつと一緒に行くだろう。
つまりは、今は一緒に冒険できない訳があるのだろう。
「ナインさんは相変わらず、やさしいですね」
「何がだ」
「いいんです、さあそれよりもそろそろ神殿が見えてくる筈ですよ。もっとも残っていたなら……ですけれど」
いつものアホ面とはまた違う笑みを浮かべて会話を切り上げてハレルが進行方向に指を刺す。
そこには、確かに巨大な建造物の様な影がある。
この距離から見えるのなら相当巨大な神殿なのだろう。
ふと、遠くでキラリと何かが光ったような気がしたかと思えば直ぐ隣に飛んで居たハレルがオレを掴んで降下した。
その直後にオレ達の真上を「魔力」の光線が通過した。
敵だ、それにこの光線には覚えがある。
ユニオンの魔法少女、エリル・フィア・エルルートが使っていたものだ、つまり敵はほぼ間違いなく「ユニオンの魔法少女」だ。
「どうやら先客が居たようですね、どうします」
「お前はどうしたいんだ」
「私としては別に戦いに来ている訳ではありませんが……向こうはやる気ですよ!」
先ほどの光線とはまた別に赤い煌きが降り注ぐのでそれを回避して咄嗟にそれを切り捨てながら下降して身を隠す。
まるで細長い花びらの様なそれはオレの持っていたブレードに突き刺さり「腐食」して溶解させていた。
聞いた事がある、ユニオンには「装甲殺し」の魔法少女が居ると。
「最悪だ」
そいつの名前はリコリス、フルラージュ・リコリスだ。
フルラージュとはユニオンの魔法少女の中でもトップクラスの者にのみ与えられる最強のモデル、アライアンスで太刀打ちできる魔法少女は数える程しかいない。
「最悪ですね、知り合いです」
「ああ……ああ!?知り合い!?」
「ナユタにも離反者はいると前にいいましたね?」
「ああ、聞いた気がする」
「私の先輩のナユタ・アカリって方です、師匠であるアマネお姉様と同期で……その、アマネお姉様と比較され続けてグレて家出した方です」
「とんでもない場所で再会したな、それで身内なら……」
「逆に殺しに来ますよあの人なら」
「最悪だな」
再び魔力の高まりを感じて、その場から離れて光線を回避する。
続けて見通しが良くなった場所に向けて赤く細長い花びらが矢の様に突き刺さり、周囲に毒を振り撒いていく。
こちらを燻り出すつもりだ。
「勝てるのか?」
「まあ半々です」
「それはオレを含めてか?」
「やる気ですね、ナインさんを含めれば7割ぐらいです」
「上等」
障害物を盾にし、神殿に近づきながらハレルと意思確認をする。
このまま放っておけば間違いなくオレ達の調査の邪魔になる、とにかく話し合うにしてもある程度こちらの力を見せて交渉の席に立たせる必要がある。
「殺さない程度にやってしまいましょう」
異郷の跡地で、魔法少女同士の戦いが始まる。
オレにとっての「日常」が。
だが今日は特別だ、頼れそうな仲間がいる。
「背中から撃ってくれるなよ」
「安心してください、私は約束はそれなりに守る実績はあるので」