魔法少女規格 -Magic Girls Standard- 作:ゆめうつろ
chapter 3-01
過去を無くしても人は生きていける、けれど過去は決して消えはしない。
そしてオレの前に過去がやってきた。
聞かないという選択肢もあるだろうが、オレはかつて何処の誰だったのか知りたい。
下手な真実ならば知らない方が幸せかもしれない、知る事で逃れられない運命に巻き込まれるかもしれない。
だが知らずに巻き込まれるよりはマシだろう。
破滅から二千年の時を経ても、神殿の中は外とは違い神聖な空気を保っていた。
精巧な彫刻や石像は朽ちぬままに美しさを保ち、青空の見える中庭には草花や木々が生い茂り、泉が湧き出していた。
しかし進むにつれて破壊痕が少しずつ現れ始める、そしてもうここにはそれを修理するものも居ないのだとはっきりわからせられる。
そして目に入ったのは調査ドローンの一団と見慣れた機械文明の証だ。
「ここよ」
話すにしても、あんな場所ではなんだとアカリに連れられてきたのはユニオンのこの世界での仮設拠点、幸いにも他の人員は居ないらしい。
いつもなら何か言いそうなハレルも今は静かで、顔を見てみればはっきりと「浮かない」と書いてある。
オレは別に過去を知っているのを黙っていた事に対して怒りも憤りも感じていない、むしろ口の軽そうなハレルが話さないという事は相応の理由があったのだろうというのはわかる。
しかしオレは知りたいのだ、オレが何者だったのか。
「椅子は三つしかないわ、ハレルはコンテナにでも座ってなさい」
「ハレルに対しての扱いが雑じゃないか?」
「いいのよ、むしろその悪ガキを地面に正座させないだけ慈悲深いつもりよ」
「あの、アタシはこれ居ていいのでしょうか?アカリさんのプライベートの問題ですよね?椅子をハレルさんにお貸しした方が……」
「むしろ居て欲しいわ、恥ずかしながらナユタの人間は私も含めて突然熱くなる事があるから」
気まずそうなエリルがひどく不憫だが、また一つナユタについての知識が増えた。
ともかく場は揃った、覚悟は出来ている。
「ナイン……先に断っておくわ、ごめんなさいね。かなり残酷な事を言うわ」
アカリの表情は真剣そのもので、相当なモノをオレは覚悟しなければならない様だ。
「構わない、覚悟はもう出来ている」
「そう……それとハレルも話す準備はしておきなさい、私が知っている事はそう多くないから」
「……はい」
いつものような明るさを感じないハレルに違和感を感じながらも、オレはアカリと向かい合う。
「貴女は死人よ、私の妹分で、ナユタの巫女で、そこのハレルを冒険に連れ出していつも騒ぎを起こしていた悪ガキコンビの片割れだった……4年前までね」
戻らない昔を懐かしむ様に語りながらも、寂しげな表情で告げられたのは思いのほか衝撃的な事実だった。
「オレも悪ガキだったのか……しかもそこのバカを冒険に連れ出した親友というのは……」
「ええ、秘蔵の道具を持ち出して異界に旅に出て、妙な呪いを貰って来たり、他の組織に被害を与えたり、それはひどいものだったわ。それで最後にはあっさり死んだ貴女よ」
「でもオレは現に生きている」
心臓は鼓動を打ってるし、体温はある、そして感じる心はある、オレは生きている。
「そうね、今の貴女はね……その子の体をそのまま使って作られた人造人間よ。だから過去なんてないの」
「なるほど、衝撃を受け過ぎてどう反応していいかオレにはさっぱりわからない」
「巫女や神官の力は死んでも体に残る、それに加えてナユタは年がら年中荒事だらけ、産んでも育てても間に合わないわ、だから死体を再利用して作ればいいって発想に至ったのよ」
「倫理感というものはないのか」
「少しだけしかないわね、一応は他人の死体を混ぜたりして外見を変えたりして「別人」として扱うぐらいには」
「余計に酷いだろうそれは、エリルを見てみろ、ドン引きしているぞ」
顔を真っ青にして、本気でいたたまれない顔になっているエリルを指差すと、アカリが申し訳なさそうにエリルの頭を撫でていた。
「私自身もそうやって作られた存在よ、それで自分が死んだ後に自分の体を使って知らない誰かを作られるのが嫌だから私はナユタを出たの」
「もっともな理由すぎる、オレも嫌だなそれは」
なるほど、オレ自身についてはなんとなくわかった。
正直驚いたが、ホムンクルスや人造人間など今日日珍しい事じゃない、人間の死体を再利用という倫理感の無さがあまりに酷く冒涜的だが。
しかし、そこで新たに疑問が出来た。
つまりオレの今の年齢は何歳だ?
「3年前……魔法少女システムが丁度開発されていた時期、それは酷いゴタゴタがあったの、内部紛争といってもいいわね。そこでナユタから離反者や離脱者が多く出た、貴女が持ち出された……あるいは連れ出されて、私は仲間を弔う事も出来ない組織に嫌気が差してユニオンへ行った。そして今日、過去の姿のまま現れたあなたに驚いた訳よ」
なるほど、前にハレルが言っていた離反者や離脱者の話と合致するな。
そうして連れ出した連中が潰されて、オレは事情を知らないアライアンスに拾われたという訳か。
つまりオレは三歳児なのか。
「ばぶ」
「ばぶじゃないの、それでハレル……貴女の申し開きは?」
そういえばまだあった、オレを雇ったハレルだ。
「……アカリさん達が去った後にもナユタの中で様々な争いがありました、特に魔法少女システムを開発していたチームの中には非人道的な者もいて」
「ナユタに人道……?」
今までの話を聞いてると人道のじの字もないようだが。
「逸らさないでください、ナユタはあくまで自分の組織の中での犠牲は許容しても、無関係の他人を巻き込む程非道ではいけないのです。攫って来た子供に危険な実験をした上に大事故を起こした上に魔法少女システムをアライアンスに持ち出した者達を裏で操っていた裏切り者との戦いや外部組織との交流を通じて、ナユタは大きく浄化されました。しかしその間に失われたモノは多く、特に人手が足りていません」
確かに離脱者が多く出た上に裏切り者との戦い、さらには荒事も多いと聞いた、確かに死体から人間を作れても手が足りなくなるだろう。
「つまりオレをナユタに連れ戻す為に近づいたのか」
「いえ、仕事がとんでもなく過酷で……本気でギチギチで息苦しくて……それで外回りしてきますという名目でアライアンスの傭兵さんを雇って異世界への冒険に行こうと思ってハヤテさんに連絡したんです、そしたらハヤテさんは「興味がないからこの中から好みの傭兵を選べ」って言ってリストをくれて、そこでナインさんの姿を見つけたんです……親友の姿を」
「……つまりは……」
「ナインさんと……いえ親友だった「カガリ」ともう一度冒険が出来るって思って、嬉しくなってしまったわけです」
親しい相手の居ないオレにはよくわからないが、それはきっと真っ当な感情なのだろう。
死んだ者にもう一度会いたいというのは。
だが現実として、オレはそのカガリという人間ではない。
例えその体を使っているとしても、だ。
「オレは、お前の親友ではない」
「初めて会った日に、それは十分という程に思い知りました。だから今はきちんと貴女をナインさんとして扱っています。その為の契約ですから」
ハレルのその笑顔は寂しげだけれども、決して心の弱った人間の見せるソレではなかった。
過去はやってきた、だがそれはあくまでオレの生まれを知るだけのものであって、オレの生き方や在り方を決めるものではなかった。
それはそう悪いものではなかった。
「ああ、オレはナインだ。お前に……ナユタ・ハレルに雇われている傭兵だ」