重さの話 2
辺り一面の白いもやが、はじめは霧雨かと思った。
けれど終わらないドラムロールみたいな雨音が、もっとしっかりとした雨であることを教えてくれた。まっしろな、あめだ。
ちょーじょーげんしょー? って言うんだっけ。普段絶対にありえない天気とか、気温とか、地震とか。それが起きたら大変なことになるんだって、オカルト大好きな別グループの女子が話していたのを聞いたな。
ビルの壁を伝った雨粒達が、地面まで辿り着いてアスファルトの黒を塗りつぶしていた。
「絵具みたいだなあ」
呑気なセリフは、自分でも思った以上にアホっぽい声だった。雨が降り始めたくらいに来たバスにバス停で待っていた人達は私を除いて乗車した。
パニックになっていた人は一人もいなかったが、皆不安そうな顔して家に帰りたい一心で乗り込んだのだろう。
「勿体ない、こんなに綺麗なのにな」
傘を差して、バス停の雨よけから出た。
非日常的な白が視界を埋め尽くす光景。テレビで見たことがあるホワイトアウトってやつはこんな感じなのかもしれない。中々綺麗じゃないか、この音を除けば。
耳をつんざくクラクションと、悲鳴。衝突音。
既に降り始めと状況が変わってきているようだった。「大変なこと」ってのが起き始めたのかもしれない。
「……ごめんなさい……ごめんなさい」
「やめてくれ。 これ以上俺に期待しないでくれ……」
バス停から少し歩けば、道の端に蹲る人々の姿があった。皆方々にぶつくさと恨み言や嘆きを言葉にして呟いている。
「どうしたんですか?」
「“潰れそう”なんだよ」
「潰れそうって、なにに?」
「…………」
話しかけては見るが、問答にならない。何かよく分からないことを言って俯いてしまう。みんな本当にどうしたんだろうか。
べちゃ。
首を傾げていると。背後から不気味な破裂音がした。
「……つぶれた、つぶれた」
「ぺちゃんこだ」
目の前で悲観していた人間たちが私の背の向こうを見て口々に言う。瞳には諦めと恐怖が浮かんでいた。彼らの言葉が重しのようにのしかかる。本能が振り返ることを拒んだが振り払うように一気に後ろを向いた。
「たす……けて……」
スーツを来た男が、地面に這っている。所々の間接が不自然に折れ曲がっていて、彼を中心に血溜まりが広がっていた。血の赤と白い雨が混ざりあってぐちゃぐちゃになっていく。
救いを求めるかのように挙げた手も殆ど持ち上がっていない。
その苦悶に満ちた人間を前にして、私は何もしなかった。
ぐちゃ。
今度は先程よりも生々しい破裂音。彼の表情が嘆きから絶望に変わった瞬間に、目の前の「這っていた人間」は真っ赤ななにかに変わった。勢いよく跳ねた血液が、制服にかかった。
ぞくりと、寒気がする。
明確な恐怖だった。死。というものを至近距離でみたからか、体が動かない。
どんどん「重く」なっていく。呼吸は浅くなって、心音が耳元で聞こえる。
やだ、やめて、まだ死にたくない。
思えば思う程に腕や脚から力が抜けて、座り込んでしまう。
べちゃ。
ぐちゃ。
気づけば雨音に紛れてあの音が聞こえてくる。よくわからない。なんで人が死んでるのか。私の体が動かないのか。
わからないからこそ、恐れが湧いてくる。
私も、いずれ……。
体の中で軋む音がする。
みし、みし。
どれくらいそうしていただろうか、必死に逃れるように目を閉じて座り込んでいた。
気づけば破裂音と叩きつけるような雨音は収まっている。先程までの奇妙で怪奇的なものが嘘のように静まり返ったストリート。ぽた、ぽたと残った雨粒が水音を立てていた。
ゆっくりと瞼を開けると景色が飛び込んでくる。真っ白に染められた街と、雲ひとつない晴天。世界がまるごと空になったかのように、青と白ばかりだ。
もう、脚も手も動くし寧ろ羽の生えたように体が軽かった。ぱしゃぱしゃと地面に張った白い水たまりを踏みつけながら街を歩く。
あの真っ赤な血溜まりなんて、どこにも無く本当に先程の出来事は嘘だったのかもしれないなんて思い始めていた。その時だった。
「あ。」
ビルの一階へと突っ込んでいるバス。その外側は真っ白に染め上げられてはいるものの、その窓は鈍い真紅で埋め尽くされていた。
雨上がりの匂いに紛れる、血の匂い。
再びずしりと体が重くなる。先程の感覚とそっくりだった。恐怖の重さで、潰れる。
みしみし。
心どころか、骨が悲鳴を上げていた。