なんでお前じゃないんだよ!   作:シャオレイ

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読みづらいかと思って改行増やしました


四話

「なるほど」

 

 さらしを着け終えて、思わず声が出た。

 

「こういう感じになるのか」

 

 体を捻ったり、前後に傾けてみたり、室内を歩いてみたりしたが、揺れない。巨大質量に振り回される感覚が消え、重心が安定している。布で締め付けているので若干苦しいが、まあ我慢できる。逆にこれくらいの方が、男だったときの感覚に近くて良い。

 

「なんとかなりそうだ。ありがとな」

「それは良かったです」

「なあ、これってどこで買えるんだ? 一応何枚か持っておきたい」

「もしかして、下着をさらしだけで済ますつもりですか?」

「あん? これだけあれば充分だろ?」

「いや~、やっチャンそれはちょっと」

 

 加苅が苦笑しながら言う。佐々木も似たような表情を浮かべていた。

 

「なにか問題でもあるのか?」

 

 そう問えば、こちらの胸元を指さして、

 

「それじゃあ締め付けがキツすぎるよ。運動するときとかならいいかもしれないけど、それ以外のときはねー。その大きさだと、寝るとき用のもあったほうがいいかな」

「そうですね。普通の下着も用意した方がいいです」

「買いに行ったほうがいいよ。持ってないんでしょー?」

「んー……」

「いいから聞いておきなって。安めでいい感じの売ってるところ知ってるから、そこ連れてってあげるよ」

「……あれ」

 

 会話の途中で、佐々木が首を傾げる。

 

「あの、上が無いということは、下も」

「あー……」

 

 加苅もまた、何を言わんとしているのか気づいたらしい。しかし、下か。それならば普通に、

 

「今までのを履いてるけど、こっちも何かまずいのか?」

 

 てっきりこちらも即座に肯定されるかと思ったのだが、二人は複雑そうな顔をしている。

 

「健康的な悪影響については知らないけど……一応そっちも女性用を使ったほうがいいと思う」

「そういうもんか」

 

 なんとなくそういうものなのだと理解し、曖昧に頷いておく。二人は女として長く生きているのだから、アドバイスは聞いておこう。

 

「……大丈夫なんでしょうか」

「気になるなら智弥チャンもくる? 今日放課後は部活休みでしょ?」

「そうですが……。いえ、そうさせてもらいます。貴女たちだけで行かせるのは、なんだか不安です」

「オッケー。それじゃ放課後行こっか」

 

 どういうわけか、佐々木も買い物に着いてくるようだ。しかも今日の放課後に。

 

「いや、急すぎないか?」

「なに言ってんのー。下着は生活必需品だし、どうせいつかは買いに行くわけでしょ? それなら早いほうがいいに決まってるし」

「まあ、そうだが……」

「はい、それじゃ決定?」

 

 そういうことになった。

 しかし下着か。男がおれ一人だけなのは少し腰が引けてしまうな。荷物を片付けている女性陣二人に目をやりつつ思う。

 なので、

 

「なあ瑞樹、放課後買い物に行くんだが、ついてきてくれないか?」

 

 扉を開けた向こう側で座っていた瑞樹に声をかける。

 

「え? それはいいけど、なにを買いにいくの?」

「今の体に合わせた必要なものが欲しいんだ。お前がいてくれると助かるんだが、手伝ってくれるか?」

「助かる……うん、分かった! 任せて!」

 

 やる気に満ちた表情で、ふんっと気合を入れている。

 

「いや、あの、買いに行くものはした……」

「しぃーっ。黙ってたほうが絶対面白いことになるから、知弥チャン、しぃーっ」

 

 そのせいで、あとから出てきた加苅と佐々木のやり取りには気づいていないようだった。

 

 

 

 三人と別れ、オレは一人職員室へと向かった。

 中に入ってからのやり取りはスムーズに進んだ。事前の訪問と説明が功を奏したようだった。もっとも、今年から担任業務を始めたばかりの新人先生には悪いことをしてしまったと思う。

 神経質気味で気の弱い先生だから、先輩教師たちにどう対応すればいいのかと半泣きになりながら聞きに行っていた。端から見ていてあまりに不憫だったが、こちらとしても突然の出来事だったのだから許して欲しい。

 

 とにかく、ホームルームの際にクラスメートに事情を話すことになった。おおまかな説明は先生がするから細かい説明は任せると言われたが、まあ正直にありのままを説明する他ないだろう。少なくとも、既に事情を理解してくれている人物が三人もクラスにいるのだから、最低限の保証は為されていると考えていいはずだ。

 陰鬱な表情で歩く先生を励ましつつ、ホームルーム中で静かな廊下を行く。

 

「……では、入りますよ。呼んだら入ってきてください」

「分かりました」

 

 力なく引き戸を開け中に入っていく先生を見送り、しばらく待つ。教室から途切れ途切れに聞こえてくる声からは、今教室にオレがいないこととその理由を伝えている様子が聞いて取れた。次第にざわめきが大きくなる。困惑と揶揄と、そんな感じの騒ぎだ。

 沢山の声に萎縮してしまったのか、先生の声が段々小さくなっていく。このままだと騒ぎが収まらなそうだ。これはオレが出て行ったほうがいいかもしれない、そう思ったとき、

 

「あ、あのっ、みんな、話をきいて!」

「は~い、これ真面目な話だからね~」

「皆さん、お静かに。先生がまだお話しされている最中ですよ」

 

 瑞樹たちが声を上げた。三人の声に応じて、騒ぎが沈静化されていく。先生だけでなくクラスの三名も先生に追従する意見を出したことから、どうにも尋常ではないと判断したのかもしれない。

 そこからまた説明が続くのかと思ったら、当の先生が出入り口から顔を出してこちらへ手招きしている。

 

「……あの、後はお願いします」

 

 どうやら諦めたらしい。まあ、あまり引き延ばしてもホームルームの時間が無くなるし、仕方がない。オレは教室に足を踏み入れた。

 姿を見せると、小さくざわめきが起こった。教壇に立ち、全体を見渡す。事態を把握できていないだろうのが五割、訝しげな視線を送るのが四割といった具合か。残りの一割未満にあたる三名はどこか心配げにこちらを見ている。

 大丈夫だ、安心しろ。そんな気持ちを込めて視線を返すと、途端に瑞樹が不安そうな顔になる。失礼な。

 とにかく、こういうのは悩んだり時間をかけるほど、やりにくくなっていくもんだ。即決即断即実行、それが一番精神的な負担が少なくてすむとオレは思っている。

 

「あー、姿は変わったが、源八千代だ。原因は分からんが、急に体が女になった。まあ、でもそんだけだ、変わっているのは。ただ、この体になってからまだ慣れてないから、時々体をぶつけたり転びかけたりするかもしれない。というわけで、よろしく」

 

 とりあえずこんなもんか。説明は終わったという意味合いで先生を見ると、なぜか首を傾げられた。伝わらなかっただろうか。

 

「先生、終わりました」

「えっ」

 

 声を上げたのはクラスの誰かだった。それを皮切りに、室内にざわめきが起きる。

 いくつもの声が投げかけられるが、その大多数は詳細を求める声だった。とはいえ、先生とオレの説明以上の情報なんて殆どない。どうしたものかと頭をひねっていると、手を叩く音が聞こえた。

 

「聞きたいことがあるのは分かりますが、一斉に質問をしたところで答えが一気に返ってくることはありません。それと、もうホームルームの時間は終わっています。一時限目の準備をしてください」

 

 佐々木だ。委員長らしさ全開で場を取り仕切り、見事騒動を収めた。納得していない空気はまだ教室中に残っているが、時間が経てば少しは落ち

着くだろう。

 

 

 と、考えてから既に四時限目の終わりを迎えていた。気の早いものは既に鞄の中から弁当を取り出そうとしている。オレも似たようなもので、シャーペンをペンケースに戻していた。これ以上に片付けを進めると、後々佐々木から注意を受けることになるから気を付けなければならない。

 数学教師が授業のまとめを終えると同時にチャイムが鳴る。終わりの挨拶もそこそこに、教室は昼休みに入った。

 弁当を持って振り返ると、すぐそこに教科書やペンケースをしまう瑞樹の姿があった。

 

「飯にしようぜ」

 

 声をかけると、弁当箱を広げるスペースを空けてもらえる。すぐに食べられるような状態を作ってから、瑞樹の準備を待つ。しかしことここに至って、ようやく周囲の状況に意識が向いた。

 もう昼休みだというのに、やたらと静かだ。いつもならざわざわとした喧噪に、食堂や購買に駆け出す生徒の足音、それを注意する佐々木の声が聞こえてくるのだが、今日はそれがない。どういうことだろうかと思っていると、腹の音が鳴った。

 とりあえず瑞樹も準備ができたようだし、お互い手を合わせる。

 

「いただきゃーす」

「いただきます」

 

 食事を始める、が一度気づいてしまうと、周囲の状況が気になって仕方が無い。環境音が少ないせいで、手元の音が妙に大きく聞こえる。居心地の悪さに箸を咥えていると、近寄ってくる人影があった。

 

「な、なあ、話しいいか」

 

 三人、見知った男子生徒の姿だ。名前は相田、市川、岩瀬だが、出席番号の並びや、三人でいることが多いところ、普段の素行から三馬鹿と呼ばれている。正直そのあだ名はどうなんだと思わなくもないが、本人たちは案外気に入っているらしい。

 なぜか緊張した様子でいる三人は互いに目配せをしたあと、相田がまず口を開いた。

 

「その……本当に源なのか?」

「朝のホームルームで言った通りだが」

「そ、そうか……」

 

 こちらの出を窺っている、そんな感じだ。どうにも煮え切らない態度に、訝しげな視線を向ける。

 

「それで、だな……」

 

 やはり、信じられないだろうか。彼らの知っている源八千代は、クラスで一番身長が高く、体がごつい、そんな男のはずだ。それが今では、目線が並ぶくらいの身長で、やたらとグラマーな少女がその名を名乗っている。違和感の塊に違いない。

 気づけば、クラス中の注目がこちらに集まっている。皆行動には出ないものの、心情としては三馬鹿に近いものがあるのだろうか。

 探るような視線に、身を置いているだけで疲れてくるような空気感。雰囲気に呑まれ、こちらまで緊張してきた。

 

「聞きたいことが、あるわけだが……」

「……なんだよ」

 

 どこかから息を呑む音が聞こえる。

 

「おっぱいって……柔らかいのか」

 

 瞬間、空気の質が変わった。男子の好奇の色が増し、女子からの冷ややかな視線が三馬鹿に刺さる。それに気づいているのかいないのか、相田以外の二人も追従して口を開いた。

 

「どうなんだ!?」

「答えてくれ!」

「いや……どうと言われても」

 

 悪質な揶揄いかのかとも思ったが、それには三馬鹿はあまりに必死すぎた。

 

「重要なことなんだ!」

「全男子が知りたがっている宇宙の神秘だぞ!」

「こんなこと元男にしか、いや、源にしか聞けねぇよ!」

 

 三馬鹿の向こうにいる男子の集まりが小さく頷くのが見えた。なんでオレ限定なんだ。そう問い返してみると、

 

「突然性別が変わったってのに、ここまで平然としていられるほど図太い人間を他に知らない」

「失礼な、オレだってかなり焦ったんだぞ。なあ」

「うん……まあ……」

 

 瑞樹に話題を振ってみるが、曖昧に頷くだけではっきりと肯定しない。

 

「結局八千代が慌ててたのって、朝のうちだけだったような……夜にはいつも通りに戻ってたし」

「いや、そんなことは」

 

 言いかけて、どうだっただろうかと一昨日のことを振り返った。夜に瑞樹と部屋にいたときには、確かにいつも通りのやり取りをしていた記憶がある。

 おかしいなぁと首を傾げていると、相田たちが話を戻してきた。

 

「そ、それでどうなんだ!? 触りはしたんだろ!?」

「まあ、確かに触りはしたが」

 

 男子からのざわっとした空気。三馬鹿だけでなくこいつら全員馬鹿なのでは。対面だけは恥ずかしげに俯いていたが。

 

「じゃあどんな触感……ふげっ」

 

 奇声があがる。背後には丸めた教科書を振り抜いた佐々木がいた。表紙にやたらと落書きがされているから、あれは加苅のものだろう。ニコニコしながら様子を見ている加苅が後ろにいるから、間違ってはいないはずだ。

 

「デリカシーのないっ! もう少し話す内容を考えたらどうですか! いくら相手が気安い存在だからといって、していいことと悪いことがあるでしょう!」

 

 本気説教モードだ。三馬鹿も含めた男子たちはバツが悪そうに顔をしかめた。

 

「あ、その、悪い。なんか、朝から色々考えてたら、こんな感じになっちゃって」

 

 相田は素直に謝った。残り二人もそれに続いて謝罪の言葉を口にする。その様子を見ながら佐々木が諭すように言う。

 

「朝のことで混乱していたのは分かりますが、口に出す前にしっかりと内容を考えてから発言してくださいね」

「そうだよな。すまん、源。なんか色々と」

「いや、別に構わねぇよ」

「んっふふー、でも男子は気になるよねー」

 

 加苅が佐々木に持たせていた教科書を回収する。男子に同調するような言い方に佐々木が眉をしかめているが、それを気にせず続けた。

 

「おっきいのに形もいいしー。ここまでのはなかなかお目にかかれないよほんと」

 

 露骨に視線が集まるのが分かった。なぜか男子だけでなく女子にも見られている気がする。今はさらしで締め付けているから見た目でいえば小さくなっているはずだというのに、そこまでか。

 視線を下に向けて気づいたことだが、普段よりも弁当の位置を遠くに設置していた。いつものように体のすぐ近くだと弁当の中身が見えないし、さらには胸が当たってしまうこともあるからだと、無意識に取っていた行動を理解した。

 実生活に及ぶ影響をまた実感し、改めて不便なものであるなぁと思っていると、視線を遮るように佐々木が前に立った。

 

「とにかく、親しき仲にも礼儀あり、ですよ。いいですか」

「はい」

 

 三馬鹿は素直に返事をした。それを見届けてから、佐々木はクラス全体に向けて話し出す。

 

「皆さんも源さんに聞きたいことがあると思いますが、常識の範疇でお願いします。それと、まず大前提となりますが、今回の件で一番大変なのは源さん本人です。そのことをお忘れなきよう」

「まあ、落ち着けよ佐々木。注意してくれるのは嬉しいけどさ」

「ですが……」

「みんな色々気になってるってのは分かったからさ。答えられることは答えるよ。なんで女になったのか、とかは朝も言った通り分からないから無理だけど」

 

 そう言うと、真っ先に手を挙げたのは――なぜ挙げたのかは分からないが――三馬鹿の二号、市川だった。またセクハラか? そんな女子の視線が刺さる。それに気づいたのか、慌てて質問を口にした。

 

「いや、違う! ただ、週末の球技大会はどうするのかなと思っただけだよ! ほら、源は男子バスケで登録してるだろ。でも性別が変わったんなら、そのへんどうなるのかなって」

 

 言われて気がつく。確かに、今のオレは女の体になっている。その状態で男子に混ざってバスケをするのは、確かに問題だ。

 

「確かにそうだな、あとで先生に言っとかないと。足を引っ張るかもしれないし」

「あー、うん。確かに身体能力のこともあるけど、それだけじゃなく激しく動くと色々と……」

 

 なにかをボソボソと言っているが、そこは聞き取れなかった。ともあれ、市川が質問の一例をあげたことで発言のハードルが下がったのか、幾人かの生徒が歩み寄ってきた。

 いつの間にか周囲には人垣ができていて、今までにないほど忙しい昼休みを過ごすことになったのだった。

 

 




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