なんでお前じゃないんだよ!   作:シャオレイ

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遅くなりましたがなんとか完結させられるよう頑張ります


六話

 加苅たちの選んだ下着は、オレの考えるそれとは些か違っていた。

 

「結局デザインってほぼ自己満足で選ぶものだし、こだわりがなければこういうのでいいんだよ」

 

 とは加苅の言だ。渡されたのは色も地味で布面積も多く、とにかく着心地に特化しているものらしい。

 実際、試着してみて着け心地の良さに驚いたほどだし、見た目もタンクトップのようで拒否感もほとんどない。

 下もまた、女性用としては丈の長いボクサーパンツのようなもので、こちらも違和感なく身に着けられそうだった。

 ただ一つ思ったことを聞いてみると、

 

「加苅はもっと派手な下着を持ってくるかと思ってた」

「だってやっチャン面白い反応しないだろうし」

 

 そう返された。もしこれが瑞樹相手であれば、色々と持ってきていたに違いない。

 数日着まわせるだけの枚数を買って、さっさと店を出る。

 店の外では瑞樹が所在なさげに待っていた。少し離れたところにはいたが、ランジェリーショップの近くにいるのは精神的に負荷があったのだろう。

 

「わり、待たせたか」

「ううん、平気。早かったね」

「悩むようなものでもなかったしな。それで、買い物に付き合ってもらった礼なんだが、なんか食べたいものとかあるか? 奢るぜ」

「え、いいの?」

「おう。騙して連れてきたみたいな感じになっちまったしな、詫びも込めてだ」

「あたしも半分だすよー」

 

 オレたちの言葉に多少戸惑った様子を見せた瑞樹は、少しの間悩んだあとなにかを思い出した様子で言った。

 

「……それなら、行ってみたいところがあるんだけど」

 

 

 

 スイーツバイキング、というらしい。瑞樹に謝罪の気持ちとして求められた、奢りの場だ。なんでも甘い物が食べ放題で、前々から行きたいと思っていたそうだ。

 午後六時までの限定で、学割一時間一五〇〇円。それなりに有名な店のようで、店内はそれなりに混雑していた。並ばずに入れたのは幸運だったと、以前来たことがあった加苅が語っていた。

 席に着いて早速取りに向かった三人を見送り、一人テーブルで荷物番をして待つ。見える範囲に並べられたものだけでも、随分沢山の種類があるようだ。

 思ったよりも時間をかけず、三人はそれぞれ三者三様の一皿を持って戻ってきた。こういったところにも個性が出るのは面白い。

 瑞樹は一口サイズのケーキを何種類も皿に盛っている。加苅はフルーツが使われた見た目のキレイなスイーツを中心に構成しており、佐々木は色々なものをバランス良く取ってきたようだ。

 

「はい、コーヒー」

「ありがとよ」

 

 頼んでおいたコーヒーを受け取る。

 

「取り行ってきたら」

「とりあえず一杯飲んでからいく」

「そう? あんま時間長くないから、気を付けてね。それじゃ、いただきます」

 

 皿いっぱいに盛られたケーキを頬張る瑞樹を眺めながらコーヒーをすすった。予想した通り、店内に満ちる甘い香りだけで充分ブラックが飲める。

 

「どーだ?」

「おぃひい」

 

 瑞樹に味を聞いてみると、満足げな笑みと共にそう返された。気に入ったようだ。

 

「なら良かった」

 

 幸せそうに食べ続ける瑞樹の姿を眺めながらコーヒーを飲み切ると、席を立つ。

 

「んじゃ、取ってくるわ」

「あ、ボクも行くよ」

 

 最後の一つを慌ただしく飲み込むと、瑞樹が後を追ってくる。

 

「そんな焦らなくていいだろ」

「だって色々食べてみたいから、急がないと」

 

 早くも次の目標に狙いを定めているようで、進む足に躊躇がない。オレはその姿を追っていくつか目についたものを皿に盛り、コップに水を注ぐ。

 先に席を立ったのに後から戻ってきたオレの皿を見て、佐々木が不思議そうに尋ねてきた。

 

「それだけですか?」

 

 そう聞かれた皿の上は、小さなケーキが一つと果物が三種類。一番小さな皿にしたのに、貧相な印象が拭えない盛り合わせになった。

 

「やっチャンは甘いの苦手だもんねー」

「苦手ってわけじゃねーよ。量が食えないだけで」

 

 甘いものは少し食べるだけで満足してしまうから、時折そういったものが食べたくなっても、量が多いものは途中で瑞樹に渡していた。

 

「なんかカレーとか置かれてるみたいだし、あとでそれを食べるさ」

「それ一応口直しようなんだけどね……」

 

 そんなやりとりをしつつ、一口でケーキを食べ……ようとして、元の体との感覚のの違いから、無理やり詰め込むような形になってしまった。こちらの様子を伺っていた瑞樹が、呆れたような顔を見ている。

 

「……ぅん、ふまいな」

 

 口がいっぱいなせいでうまく喋れないが、意味は伝わったようで嬉しそうに瑞樹が頷く。

 

「でしょ? ほんと美味しいよね」

「んー、ん」

 

 ようやく飲み込めた。水を含んで口腔内のクリームを洗い流すと、次は果物へ。前に食べたケーキのせいで、少し酸味が目立つ。先にケーキを食べたのは失敗だったかもしれない。残りの果物もささっと食べ終えて、そのとき違和感に気がついた。

 

「あ、取りにいくの?」

「おう」

 

 立ち上がり、再び料理の盛られたテーブルへと向かう。皿に盛るのは数種類のケーキだ。

 早々に戻ってきたオレを見て、瑞樹が驚いたように声をあげた。

 

「ケーキを取ってきたの? そんなに?」

「ちょっと気になることがあってな」

 

 ぱくりと一口。モンブラン。栗の風味と滑らかな舌触りがいい感じだ。次、チョコレートケーキ。一般的なものと違って苦味が強いが、それ故に飽きにくい味。最後、イチゴのソースが挟まれたショートケーキ。クリームの甘味とイチゴ酸味が相性最高。

 さて、ここまで食べて確信に至った。

 

「オレ、味覚変わってるな」

 

 間違いない。思えば、体そのものが変わっているのだから五感も変化していて当然だ。舌や喉、腹の感覚の違いに意識を傾けながら、残った水を一気に呷る。

 天井に向いていた視線を戻すと、三人の目がこちらに向いていることに気づく。

 

「どうしたよ、三人とも」

「味覚が変わったって……」

「そのまんまの意味だぞ。というか、瑞樹なら分かるだろ。前のオレじゃあ、絶対こんなに量が食えなかった」

 

 それが今は、甘味を食べた後特有の満足感も満腹感も、限界までいっていない。二、三回は余裕で同じ量をお代わりできそうだ。

 

「そんなにけろっと言うもんかねー、やっチャンは」

「んなもん仕方ねーだろ。もうなにが起こっても不思議じゃねんだから、起こったことは素直に受け入れるさ」

「あなたは……怖くないのですか?」

「あー、今のところは。やべぇことが実際に起こったら、まあ、怖くなるんじゃねぇかな」

「……こうも無頓着だと、関係ないのにこちらがムカついてきますね」

「でしょ?」

 

 理不尽なことを言い出す佐々木に同意を示す瑞樹。そんな光景を見て加苅はからからと笑っている。

 とはいえ、気持ちは分からんでもない。もし、ある日突然瑞樹が女になったら……いや、例えが悪いな。もしも加苅がある日男になって、それを全く気にもしないようだったら、いや少しは気にしろよと突っ込みを入れてしまうと思う。

 

「ま、そこは個人の感覚の差ってことだろ」

「そんな言葉で片付けられる問題ではないと思いますが……」

 

 あんまり深く考えるのは苦手だからな。疲れるし、案外他のことをやってるとぱっと答えが浮かんできたりするもんだ。

 

「だから、こんなもんでいいんだよ」

 

 オレがそう語ると、納得した顔とそうでもない顔をした三人がぱくりとケーキを口にした。

 

 

 

 結局、一時間をフルに使って甘味を楽しんでしまった。あれだけ大量に甘いものが食べられる感覚が面白くて、つい〆のカレーを食べ損ねた。

 加苅と佐々木とは店の前で別れ、今は瑞樹と二人で並んで歩いている。

 

「いやあ、美味かったな」

「そうだねぇ。見た目にも力を入れてて、感心しちゃったよ」

「見た目……」

「……覚えてないの?」

「あー、いや、喉元まで来てるんだが。むしろ、そっちは覚えてんのかよ。あんだけ急いで食べてて」

「まだ店を出てから三〇分も経ってないんだよ? 見た目に興味なさすぎじゃない?」

「うーん」

 

 呆れたように言われるとぐうの音も出ない。なんとか思い出そうと額を突っついていると、瑞樹がなにか言いたげな表情をしていることに気づいた。

 

「どうしたよ、そんな顔して」

「その、さ」

「おう」

「本当に、なんともないの?」

「あん? ああ、味覚のことか」

「それだけじゃないよ」

 

 急に真面目なトーンで話が始まった。

 

「……なんかあったか?」

「変わったのは味覚だけ? 他にもなにかあるんじゃないの?」

「そりゃ、身長とか体格とか」

「そうじゃなくて……もっと、こう、日常生活で支障がでそうな」

「結構不便だぞ。視線下がったし、重心ずれるし」

「もーっ! ボクが言いたいこと分かるでしょっ? なにか隠してるんじゃないかってこと!」

 

 ぷくっと頬を膨らまして怒りを表現してみせる瑞樹。まったく威圧感を感じないうえに、むしろ微笑ましさすら感じさせるが、言わないでおく。

 それはさておき。なにかを隠していると言われても、思い当たるようなものがない。それを正直に伝えても、瑞樹は納得していない顔だ。

 

「なんでそう思うんだよ」

「だって、全然大変そうな素振りを見せないから」

「オレがそういう性格だってよく知ってるだろ?」

「それでもだよ。こんなこと、今までに一度だってなかったじゃないか」

「そりゃそうだが」

 

 オレ以外に経験したことがあるような人間が他にいたら、是非とも会って話したいところだ。

 さて、瑞樹の懸念はなんとなく理解できる。どこかの変化や不具合が見つかったとして、連鎖的にいくつもの問題が発覚するかもしれないというのは想像に難くない。つい先ほど分かった味覚の変化だって、大きな変化の内の一つでしかないなんてことも可能性としてはあり得るわけだ。

 しかしながら、強がりや格好つけといったわけでもなく、素直にこれといった不満が思い浮かばないのだ。確かに身長やら体格やら性別やら、色々と大きく変わった。だが、極論な話で言えば四肢がしっかりくっついていて自由に動かせるのだから、これまでのような生活は送れるわけで。

 一方、精神的になにか変化があったかと聞かれると、それもまた自覚も他覚もないだろうと言える。一週間もしない内に判断を下すのはどうかとも思うが、記憶の連続性はあるし、過去の自分の行動に対してなにか改めて思うこともない。オレはオレのままだと、はっきりと言える。

 

「――だから問題はないんじゃねぇか」

 

 そう長々とオレの考えを告げると、瑞樹は納得したような、釈然としないような、まあ言ってしまえば今まで何度も見てきた顔をしていた。

 

「……またそうやって丸め込もうとしてくる」

「おいおい。オレの素直な感想だぞ」

「分かってるよ。八千代だったらそういう風に考えるんだろうなってことは」

 

 ため息が一つ。オレに聞かせるように大きめのものだった。

 

「とにかく、なにかあったらすぐに言うように。わかった?」

「わかったわかった。またなにか気づいたらすぐに言うさ」

「絶対だよ? 絶対だからねっ」

 

 念を押してくる瑞樹に生返事をしながら、今日の夕食について考える。新しく甘いものが存分に食べられるようになったわけだが、今のところ食べられなくなったものは見つかってない。つまり、食事の楽しみが一つ増えたということだ。

 体が変わっていいこともある。それに気づけただけでも、今日の収穫は大きかったと思うのだった。

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