Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第11Q 固定概念を捨てる時が

帝光中vs風見中。オレにとっては因縁の実渕玲央との再戦である。だが、第1Qは圧倒的な惨敗を喫することとなった。そして、第2Qに突入する。メンバーは灰崎に変わって黒子が投入された。

 

「さてと、ここからは先ほどと同じように行くと思わないことだ」

 

休憩を挟んで第2Q最初の攻撃。鋭い視線で相手を見据えながら、赤司はそう宣言した。帝光中の切り札。たった一人で戦局を一変させる、弱さを極めた見えない選手。黒子テツヤの加入は、チームの士気と勢いを爆発的に上昇させる。

 

「とはいえ、すでに弱点は見えている。黒子に頼るまでもなく――」

 

コートを鋭く縦に切り裂く、赤司のパス。それはハイポストに陣取る紫原の手元に届いた。そこからターンして相手センターとの1対1。身長と力の比べ合いは、圧倒的身体能力を誇る紫原の圧勝である。あっさりと押し込み、ゴール下で得点を決めた。

 

「エース以外が拙すぎる。良くも悪くもワンマンチームというわけだ。他のマッチアップでは、僕らに対抗することは至難」

 

赤司の言葉通りだった。反撃の実渕の3Pが決まるも、100%入るわけではない。落ち着いた様子で、次はマークを外した青峰にボールを出した。

 

「おっしゃ!」

 

フェイクや切り返しを利用したトリッキーなドリブルスタイル。1on1における突破力は、帝光中の先輩達に比べても遜色ない。それどころか1年の現時点でエースと言っても過言でないくらいだ。テンポを小刻みに変え、左右に大きく身体を振る。直後、上体の泳いだ相手を綺麗に抜き去り、そのままゴール下まで疾走する。この時点で勝負は見えたも同然。

 

「へ~い。峰ちん、こっち~」

 

「くっ……どっちで来る!?」

 

ゴール下では紫原が手を上げて待ち構えている。青峰と紫原との2対1。相手センターに勝てる道理などない。今回は紫原を警戒した隙を突いて、青峰が単独突破。相手選手をかわしてレイアップを決めた。 

 

「うおおっ!さすが、帝光が押してきたぞ!」

 

「やっぱ総合力が段違いだ。こっから逆転するか?」

 

潮流の変化を感じ取ったのか、会場の雰囲気が少しずつ変わっていく。負けじと風見中のエースも反撃に出る。

 

「あら?」

 

しかし実渕のフェイダウェイ、『天』のシュートがリングに弾かれる。

 

リバウンドは紫原が奪取。やはり、純粋なシュート精度においてはオレの方が圧倒的に優位。だが、だというのに、シューター同士の勝負はこちらの敗北だった。言い訳の余地もない。味方にパスも貰えない、明らかに格下の烙印を押されていた。かつてない屈辱に、思わずギリッと唇を噛み締める。

 

赤司の戦術は何も間違っていない。オレが勝てないと見ると、青峰、紫原。明らかに技量の差があるマッチアップで攻めるのは当然だ。だが、自身が穴になっていることに納得が出来るものか。

 

「……みじめね。ボールも貰えないなんて」

 

手を上げてアピールするが、ボールは紫原の元へ。勝利が絶対の赤司にとって、オレの敗北感など気にする価値もないのだろう。一顧だにせず、勝てるところで点を稼いでいく。

 

「ならばディフェンスで……!」

 

「ダメよ、そんな焦っちゃ」

 

ブロックに跳ぶオレを嘲笑う実渕のシュートフェイク。

 

 

――しまった、『地』のシュートか!?

 

 

ファウルを受けながら放たれたシュートは、少し軌道がブレながらも確実にネットを揺らした。直後、喝采に沸く会場。

 

「バスケットカウントワンスロー。4点プレイだ!」

 

やられた……完全にお荷物。警戒しておきながら、みすみす罠に掛かるなど。フリースローのセットに向かいながら、オレはかつてない敗北感に打ちひしがれていた。そのとき、背後から声を掛けられる。この試合、まだ何の動きも見せていないこの男――

 

「このまま終わるつもりはありませんよね」

 

黒子か、とオレは振り向いた。平常通りの無表情で淡々と問い掛ける黒子。それに対して、オレは目を閉じ、首を左右に振って答える。

 

「だが、オレにはあの『天』『地』のシュートを止める方法が……」

 

「そんなものはどうでもいいでしょう?キミの本領はデイフェンスじゃない」

 

言い訳をばっさりと切り捨てた。

 

 

――キミの本領はシュートでしょう?

 

 

そこで負けるはずが無い、とさも当然と言った風に口にした。

 

「信じることです。緑間君は人事を尽くしてきた。天命はすでに来ているのだと」

 

「どういうことだ?」

 

「キミのシュート精度を100%にしている条件付け。その固定概念を捨てる時が来たんですよ」

 

フリースローのセットのため、そこで黒子は離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

実渕のフリースローが決まり、帝光に傾きかけていた流れが再び押し戻される。反撃の起点は、今回も青峰と紫原の二人。マークを外した青峰に、赤司からパスが放たれる。だが、そのボールの軌道が――

 

「緑間君、行きますよ」

 

 

――途中で鋭角に方向が変わった。

 

 

「なっ……黒子、何を勝手に!?」

 

黒子の中継によりパスコースが曲げられる。驚愕の赤司の表情を見るに、独断でのルート変更。

 

「って、どこに出している!」

 

しかし、その向かう先はオレの意図とは別の地点。慌てて離れたボールに跳びつくが、体勢は後ろ向きで無防備も良いところ。予想外のパスに、目を見開いて硬直する実渕だったが、さすがにここから反転する余裕は無い。諦めて赤司にパスを返す。

 

「……珍しいこともあるな。黒子がパスミスとは」

 

異能ばかりが目に付く黒子だが、それを支えるパスの技術は卓越している。高速で動き回る選手へのタップパスの難易度は相当なもの。それでもタイミングやコースを外すことなど滅多にない。特異な才能+確かな技術。それがアイツの強さの秘密なのだろう。まあ、そんな黒子にもミスはあるということか……

 

「何なの、あの子……」

 

それに、相手を驚かせる効果はあった。実渕が困惑した様子でつぶやく。黒子に意識が向いた隙に、再び青峰のペネトレイトから得点が決まる。

 

「また出しますよ、マーク外してください」

 

戻り際に黒子から、声が掛けられる。言われるまでもない。負けたままで終わるつもりなど毛頭ない。

 

「一体どこから出てきやがった……!?」

 

神出鬼没、黒子の電光石火のスティール。なぜボールが奪われたのかすら、本人は理解できていないだろう。それほどの隠密性で取り戻したボールは、即座に赤司の手元に渡る。

 

 

 

速攻を仕掛ける赤司。ボールを保持したままドリブルで敵陣へと乗り込んでいく。追随するオレ、青峰、黒子。二人掛かりで赤司を止めに来る風見中の選手達。強引に突破、と見せかけてノールックでのパス。行き先は、この状況で最も信頼できる青峰。

 

「青み……またか、黒子!」

 

またしても独断でのパスルート変更。赤司が苛立った声を漏らす。コートを切り裂く一閃。だが、そのコースはまたしても予想外の方向へ。

 

「どこに出して……!?」

 

連続での黒子のパスミス。珍しいどころか初めて見た。反射的に駆け寄り、3Pラインよりもだいぶ外側でボールをキャッチする。しかも、リングまでの方向も条件とズレている。

 

――キミは決まると確信できるシュートしか打ちませんね

 

以前、黒子に言われた言葉だ。

 

オレが思うに、100%のシュート精度で打てないというのは、完全なシュートになっていないことが原因だ。モーションやタイミングは反復で身体に覚えさせ、コンマのズレも生じないよう精神状態は常にフラットに。爪の状態も日々ケアし、さらには占いでラッキーアイテムを準備。シューターという人種の最も大事な点は、最大限に人事を尽くすことだと考えている。

 

「黒子がオレの条件付けを知らないはずがない。だとすれば、このパスの意図は――」

 

自身の条件付けを思い返す。100%の精度で決めるための2つの条件。ひとつは、正確なシュートモーション、決まりきったルーティーンを崩さないこと。ブロックがあろうともテンポを乱すことは無く、クイックなど考えない。

 

そしてもうひとつ。シュートを打つ地点だ。

 

左斜め45度と60度の2地点。それも3Pラインギリギリという最も打ち慣れたそこが、オレの聖域である。それ以外の場所からは打たない。確率を最大限に高める条件でのみ打つというのが、――100%のシュート精度の秘密であった。

 

「その条件付けをやめろ、と言うのか?」

 

マッチアップする実渕に視線を向ける。距離が遠く、シュートフェイクには無関心。明らかにドリブルをすると決め付けたディフェンスだ。間違いなく、この場所からのシュートは無いと確信している。……そういうことか、黒子。

 

――ここで打てと言うのか。

 

じんわりと掌に汗が滲む。絶対の自信のないシュートを打つなど何年ぶりか。ほぼノーチェックのこの状況。ブロックされることは無い。だが、飛距離も長くなるし、確実に実戦で決められるのか。

 

「緑間君!」

 

黒子の叫ぶ声が耳に届く。そうだな、この負けっ放しの状況で何を恐れることがある。信じてみよう。人事を尽くしたオレ自身と、オマエの言葉を。

 

「まさか、そこから打つ気なの!?」

 

これまでのルーティーンとは違う、全神経を総動員したシュート。かつてないほどの集中力の高まりを感じていた。地を踏みしめる足の爪先。膝から体幹、肘から手首までの全ての力の流れが精細に読み取れる。寒気がするほどに全身の感覚神経がささくれ立つ。左手首の返し、指先の掛かりに至るまで、イメージと寸分の狂いなし。

 

 

 

――そのボールは、ひときわ天高く、美しい放物線を描いた。

 

 

 

それは、これまでに見たどんなシュートよりも奇跡的な、理想的な軌跡を辿ってリングを通過した。

 

 

乾いた布擦れの音と床に落下するボールの音が、自身の進化を実感させた。シン、と一瞬会場中が静まり返る。

 

「何よ、今のは……。外すなんて想像もできないじゃない」

 

呆然と言葉を漏らす実渕。それに心の中で同意する。あの感覚が使いこなせるのなら、どこで打とうと外すことなど考えられない。これまで散々に苦渋を舐めさせられた目の前のシューターが、急にちっぽけでチャチなものに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

そこからは帝光のペースだった。ハーフライン以内ならどこでもシュート範囲内。これまでシュート地点かどうかでオレの行動を予測していた実渕。だが、その計算はもう使えない。

 

「ドリブル、シュート……どっちなの? でもその距離は……」

 

「無駄なのだよ。もう、負ける気はしない」

 

だからこそ、駆け引きができる。フェイクにも掛かる。そして、少しでも隙ができればシュートが打てる。

 

「アイツ、第2Qからメチャクチャ決めてるぜ」

 

「ってか、今のなんかハーフラインだぞ!どうなってんだよ!」

 

先ほどの、かつてない程の集中状態が持続できている。一時的なものではなく、完全に自分のものとして使いこなせる。この状態が平常なのであれば、今のオレに敗北の2文字は存在しない。

 

「くっ……だったら、3Pには3Pでっ!」

 

「好きにするといい」

 

反撃する実渕は『天』によるロングシュート。それを深追いすることはない。4点プレイにさえしなければいい。ファウルにならない程度に跳びながら、必死の形相の実渕に言い放った。

 

「ナメるんじゃないわよ」

 

だが、そのシュートは惜しくもリングに弾き返される。この男の精度は完全には程遠い。3Pが打てるようになった今、打ち合いで相手に勝ち目など無いのだ。得点期待値2に対抗するには――簡単なこと。毎回3点ずつ取れば良いのだ。

 

 

 

 

 

次のターンは、シュートフェイクで相手を抜いての3P。とうとう実渕の眼から光が消えかける。もう格付けは済んだのだ。心は折れた。精神ダメージにより、5割あったはずの実渕のシュート成功率も壊滅的状態。ワンマンチームがゆえに、この男の敗北はすなわち風見中の敗北と同義である。

 

「ま、まだ終わってないわよ!」

 

鬼気迫る表情で仲間からボールを受け取る。気炎を吐くが、明らかに虚勢であると分かる。この攻撃を止めれば、完全に心を折れると確信した。

 

「引導を渡してやるのだよ」

 

腰を落とし、相手の目を見ながら集中力を高める。自分の中のデッドラインを守るために、ドリブル突破はありえない。当然、シュート一択だ。どちらが来るか。

 

『天』か『地』か――

 

ノーフェイクでいきなりモーションに入った。膝を曲げた跳躍の体勢。直感する。『天』ではない。『地』は最警戒している。まさか普通の3Pシュート?シュート成功率を高めようと?

 

「だとしたら甘すぎるぞ。止められないはずないだろうが」

 

タイミングを合わせてブロックしてやる。

 

「……せめて一太刀は入れてやるわ。まだ未完成だけど、私の切り札見せてあげる」

 

ザワリと背筋に寒気が走った。何の変哲も無いジャンプシュートのはず。だというのに――

 

 

「本邦初公開。光栄に思ってね。これが私の集大成――『虚空』のシュートよ」

 

 

――か、身体が動かないだと!?

 

まるで時が止まったかのような。ジャンプシュートを止めるためのブロックしようとしたというのに。氷漬けにされたかのようにオレの足が硬直していた。何が起きているのだ。視界には悠々とフリーでシュートを放とうとする実渕の姿。何の抵抗もできずにそれを眺めるしかない。

 

如何なる芸当か。原理不明のその『虚空』のシュートはしかし、――突如現れた人影によって叩き落された。

 

 

 

「ジャンプの低い『虚空』のシュートなら、身長差のあるボクでも止められるんですよ」

 

 

なぜそこにいるのだ、黒子。相変わらず感情の見えない瞳で、呆然と立ち尽くす実渕を見据える。

 

「すみません。緑間君も覚醒したことだし、もうアナタの出番は終わりなんですよ」

 

「そ、そんな……どうして初見で、そんな完璧な対処法が……」

 

「そのシュート、ボクにとっては過去の技術です」

 

ガクリとうなだれる実渕。これが、最後の抵抗を問答無用に停止させる、精神を両断する一撃だった。のちに『無冠の五将』と呼ばれる実渕玲央の、これが全国初戦の敗北であった。

 

 

 

 

中学時代の終焉まで続く、帝光中無敗記録のはじまり。


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