全中決勝――第1Q終盤、『キセキの世代』に最も近かった男、灰崎祥吾と、『無冠の五将』葉山小太郎との一騎打ちの様相を呈していた。だが、その優劣はというと――
「ハハッ、見えてるよ!」
左右に幻惑する足運びからのドライブ。その一瞬の隙間に、灰崎君の手元からボールが弾かれた。愕然とする表情を横目に、カウンターの単独速攻を仕掛ける葉山さん。
「くそっ!誰か止めやがれ!」
灰崎君の叫びに呼応して、追いついた青峰君が正面に回りこむ。だが、相手のドリブルは神速。雷のごとく、目の前から消失するクロスオーバーに反応すらできずに抜き去られる。そのまま、無人のゴールにボールを決めた。
「すげえええ!帝光中をひとりで相手してるぜ!」
無敵の帝光中をひとりで圧倒するその姿に、会場中から歓声が上がる。
「……さすが葉山さん。見事な超反応ですね。『野性』を発揮するとこうなりますか」
小声でつぶやき、灰崎君の方へと視線を移した。今大会で『強奪』した技、古武術バスケによるディフェンス。あの高度で独特な身体技法による守備でなければ、対抗できそうにない。出し惜しみしている場面じゃない。このままでは、試合の主導権は相手に奪われますよ。
「また抜いたっ!?」
思い切り床にボールを叩きつける『雷轟の(ライトニング)ドリブル』――葉山さんの雷速のクロスオーバーで灰崎君を置き去りにする。
連続でのゴールを決められ、試合の流れは完全に相手チームに傾いた。度重なる敗北に、紫原君が呆れた様子で声を掛ける。
「ちょっとザキち~ん。やられっ放しじゃん」
「うっせえ」
「あれ使わないの?あの、切り札とか言ってたやつ」
「……るよ」
静かに、忌々しげに吐き捨てる。
「もうとっくに使ってんだよ!」
叫びながら全力で走り出す。認めがたい感情を爆発させ、全ての苛立ちをぶつけるがごとく、相手に挑み掛かっていく。
相手の攻撃のターン。攻めの起点は当然、葉山さんのドリブル突破。
『雷轟の(ライトニング)ドリブル』により、大音量で叩きつけられるボール。目で追うことさえ困難な超高速で移動するそれを狙う灰崎君。コートに当たって戻るまでの一瞬、恐ろしくシビアなタイミングを計って手を伸ばす。予備動作は極小。筋肉の捻りではなく、重力を利用してノーモーションで放つスティールは、――古武術バスケの真骨頂。
「おっと、危ない危ない」
「チッ……なんつー速さだ」
だが、彼のドリブルはそれを上回る。視認すら困難な速度で手元に返ったそれを、瞬時の判断でクロスオーバーへと切り替える。手を伸ばし、半身になって崩れた体勢は『雷轟の(ライトニング)ドリブル』の雷速に対応など夢のまた夢。苦々しく歪んだ表情の灰崎君の横を瞬時に抜き去ったのだった。
こうして、第1Qはボク達のビハインドで終わり、帝光中は『幻の六人目』を投入する。試合の展開を左右する、どころではなく試合を終わらせるのがボクの仕事である。仲間達からの期待の視線を感じながら、小さくつぶやいた。
さて、ここからが本番ですよ。
隣に並びながらコートに足を踏み入れる。次のゲームが始まるまでに確認したいことがあった。相手に聞こえないように、小声で彼に尋ねる。
「灰崎君、あとどれくらいかかりそうですか?」
「……前半、あれだけ見たからな。あと何回かあればできるはずだ」
「そうですか。では、その間はボク達で止めるとしましょう」
当然のように口にした言葉に、彼は驚いた表情を見せた。
「止められんのかよ。いくら影のオマエでも、得意の奇襲は連続じゃ使えねーだろ」
「言ったでしょう?ボク達、と……」
第2Q開始のブザーが鳴る。単独では使えないという条件付きではあるが、影に徹するあのディフェンスならば可能だ。
「あの洛山戦から発想した、赤司君を破るためのディフェンスならば――」
第2Q最初の攻撃は、当然のごとく葉山さんの『雷轟の(ライトニング)ドリブル』から始まった。超高速で弾む目にも追えないボール。それに対するは、一挙手一投足も見逃さんと集中力を高める灰崎君である。
鋭い視線で相手を睨みつけ、全身を脱力させて神経を研ぎ澄ます。重力を利用した特殊な身体技法、古武術バスケによる最速最短の反応に身を任せた。
「へえ、良い集中じゃん。だけど、オレのドリブルは止めらんないよ」
「うっせえ……ナメんじゃねーよ」
強引に取りに行くスティールは無謀。それは第1Qの攻防で理解しているはずだ。
右か左か。
その2択を当てることに灰崎君は専心している。相手の気配から動き出しのタイミングを察知。フェイクは最小限。ドライブかクロスオーバーか、神速を武器とする葉山さんの攻撃はその2択である。
「左だっ!」
灰崎君の判断は左。速度に任せたドライブと見たようだ。だが、『野性』を身に付けた葉山さんの反応はその上を行く。持ち前の超反応で、相手の動きを見てから手首を返してクロスオーバーに変化させたのだ。
『雷轟の(ライトニング)ドリブル』と『野性』の合わせ技。まぎれもなく彼こそが今大会最優のドリブラーであろう。しかし、そのボールは――
「へっへ、オレの勝ち……うおっ!」
――ボクの手によって弾かれた
驚愕に目を見開く葉山さん。奪ったボールは赤司君、緑間君と渡り、通常3Pシュートでのカウンターが決められた。そして、予想外だったのは灰崎君も同じようで、振り向いた彼の顔には困惑の色が浮かんでいた。
「ほら、またやりますよ」
「お、おう……」
これが、かつての洛山戦の敗北を思い出して編み出した戦術である。相手の動作を先読みし、絶対の確率で相手を抜き去る『キセキの世代』主将、赤司征十郎に対抗するための――
「もう一度勝負っ!」
再び葉山さんがドリブル突破を仕掛けた。『野性』による超反応により、またしても灰崎君の行動の裏を突く。今度は雷速のドライブで、一瞬の内に左から彼の脇を抜けた。だが、灰崎君の後ろにはぴったりとボクが陣取っている。
「なっ、何でそこに……!?」
だが、右に跳んだ彼とは反対に、ボクは左へと身体を走らせていた。つまりは、葉山さんのドライブの正面に――
「これが『天帝の眼』に対抗するためのディフェンス――まあ、どっちを選んでも不正解ってことですよ」
ドライブ直後の無防備な手元を狙うスティールが、彼のボールを叩き落とした。
灰崎君の動く方向を瞬時に読み取り、反対を狙う。これにより、左右両面をカバーしたのだ。全力の灰崎君のディフェンスをかわした直後に、隠密性の高いボクのスティールから逃れることは至難。『雷轟の(ライトニング)ドリブル』は攻略したも同然だった。
「あとは攻撃だけですね」
「わかってるよ。こんだけ見れば、もう掴んだぜ」
「では、お願いします」
自信満々に言い返す灰崎君にボールを渡す。ゆったりと余裕を持ってドリブルを開始する。対面するは『野性』を発揮した葉山小太郎。だらりと手足を脱力させつつも、その眼光は鋭く、反応は最速。獣のごとく研ぎ澄まされた直感力に身を任せていた。
「来なよ、今のオレを抜けると思うんならね」
「その余裕、消してやる」
絶対の自信を持つ葉山さんの様子に、同じく絶対の勝利を確信した風に灰崎君が答える。次第に彼のつくドリブルが速度を増していく。それに呼応するかのように、2人の間の緊張感もぴんと張り詰めていく。
会場中が静まり返る。何かが起きるという予感があった。ドリブルが床を叩く音が1秒ごとに大きくなっていく。観客達の鼓膜を叩く振動が爆音に変わるにつれて、一人、また一人と理解する。
「おい……これはまさか」
「目にも追えない高速ドリブル。これは葉山の……!?」
灰崎君の上体が前方に傾き、直後その姿が掻き消えた。
――ドライブからの雷速の切り返し
「なっ……それはオレの!?」
彼の反応速度すら突破する、超高速でのクロスオーバー。これは『無冠の五将』葉山小太郎の固有ドリブル――『雷轟の(ライトニング)ドリブル』
「もうこれはオレのもんだ!」
シュートを決めて振り返った灰崎君が、見下すように言い放った。
第2Q、初めて帝光中の攻撃が成功した。灰崎君の才能の発現。相手の技を奪い取る『強奪』の能力を発動したのだ。つまりその効果は攻撃面だけではないということ。
「技をパクっていい気になんなよな。本家本元を見せてや……えっ?」
『雷轟の(ライトニング)ドリブル』によるクロスオーバーを仕掛けようとした瞬間、彼自身の手元でボールがファンブル。無防備で灰崎君に取られてしまう。
「言ったろ?この技は、もうオレのもんだって」
葉山さんの目が驚愕に見開かれる。わずかにズレたテンポやタイミングの技を見せられることによる、自身のリズムの変調。そう、これが『強奪』の副次効果――相手の技を使用不能に追い込むのである。
相手チームの選手達に動揺が走る。エースの敗北と変調は、チーム同士の流れを大きく左右する。この第2Qで勝敗を決定付けるほどに。
「さあて、これで終わらしてやらあ」
再び仕掛けるのは当然、最速を誇る――『雷轟の(ライトニング)ドリブル』。爆音がコート全体に鳴り響く。本人のものと何ら遜色ないボールスピード。葉山さんのこめかみに汗が一筋垂れる。始動の気配を感じ取った瞬間、高速のドライブが始動していた。さらに、右から左へ雷速のクロスオーバー。
「うっおおおおおお!」
似つかわしくない雄叫びを上げて、葉山さんが左に跳んだ。目にも止まらぬボールスピード。もはやオレンジの線としか捉えられないそれを――指先でギリギリ弾いていた。
「あ、あっぶねー」
「チッ、運の良い野郎だな」
コート外へと飛び出したボールを目で追いながら、灰崎君は吐き捨てた。仕留め損なった苛立ちが声音に篭る。だが、すぐに気持ちを切り替えて赤司君にボールを要求した。
「くだらねえ粘り見せやがって。往生際が悪いんだよ!」
そう言って、灰崎君は再び雷速のドリブル突破を仕掛けていく。
「……これは、ボクにも予想できませんでしたよ」
ボクの口から感嘆の言葉が漏れる。目の前には想像もできなかった展開が繰り広げられていた。
「抜かせないよっ!」
「テメエ!くっそ、またかよ!」
高速でボールがコート外に着弾する。
灰崎君が苛立たしげに舌打ちした。これで何度目のリスタートだろうか。この数分間、ひたすら灰崎君のドリブルをカットし続けていた。
極限の集中状態で、雷速のクロスオーバーに合わせる葉山さん。スティールには至らずとも、ギリギリのタイミングで喰らい付き、指先でボールを弾く。異様なボールスピードゆえに、少しの軌道のズレでも勢い良く外へと弾け飛ぶのだ。
本当に予想もできなかった。彼の特性を見誤っていた。『無冠の五将』葉山小太郎の真骨頂――それは、派手なドリブルによる攻撃力ではなく、『野性』の超反応による堅固な守備力にこそあった。
「あのディフェンスを突破するのは、容易なことではありませんね」
何せ、中学バスケ界における最強の矛といっても過言ではない、『雷轟の(ライトニング)ドリブル』でさえ貫けない盾なのだから。
「すげえ……いつまで続くんだよ、これ」
「マジでどうなってんだよ。なんつー試合だ」
幾度と無く繰り返される攻防に、湧き上っていた歓声が次第に小さくなっていく。高次元の均衡に魅入っていた。会場中が水を打ったように静まり返る。
灰崎君の『強奪』により奪ったドリブルと、葉山さんの『野生』による超反応。
またしても『雷轟の(ライトニング)ドリブル』に触れられ、コート外にボールが弾け飛ぶ。もはや互いに引くことはできない。張り詰めた緊張状態に肩で息をしながらも、両者共に相手を睨みつける。
赤司君からボールを受け、地面にボールを叩きつける。
「……このままテメエの技を使ってるだけじゃ、埒が空かねーな」
口を動かしながらも、灰崎君は高まった集中力をさらに極限に上げていく。何かをするつもりだ。
いったん、赤司君にボールを戻し、後方に下がって葉山さんとの距離を開けてリターンをもらう。ドリブルの爆音がコートを振動させた。加速を付けて突破するつもりか。だが、それはすでに試したはず。
「いっくぜえ!」
「この技は……!?」
左右に幻惑するハーキーステップ。これは葉山さんにも予想外だっただろう。虹村先輩の技を使ってきた。直線的なスピード勝負から一転。タイミングを外す技巧的なドリブルを仕掛ける。
「こっちだぁ!」
しかし、葉山さんの反応速度が勝った。左右に身体を振っての全速力のドライブは、刹那のタイミングで先に動いた相手に分がある。あとはスティールを狙うだけ。だが、灰崎君の顔には諦めの色はまるで浮かんでいない。
「見せてやるよ。さっき思いついたオレの奥の手」
つぶやいた瞬間、――彼の身体を後方に置き去りにしていた。
強烈に地面に叩きつける超高速のドリブル。それを最大限に利用したドライブ、あるいはクロスオーバーこそが『雷轟の(ライトニング)ドリブル』の強さである。その速度は比類なし。だが、それをさらに強化するにはどうすればよいか。その答えがこのドリブルなのか――
「な、何をしたんだよ……気付いたら消えていた。反応すらできなかったなんて……」
――まるで雷そのものじゃんか
一切の予備動作なく、一切の減速なく、鋭角に切り返すクロスオーバー。トップスピードを維持したままの急激な方向転換という荒技。これはまさか……
「『雷轟の(ライトニング)ドリブル』と『古武術バスケ』を融合したんですか……!?」
驚きに思わず声が漏れる。未来を知るボクですら想像できなかった。これが灰崎君の『強奪』の真骨頂。
『キセキの世代』のひとり、黄瀬君は他人の技をそのまま模倣(コピー)する。それに比べて灰崎君は自分の使いやすいようにテンポやリズムを調整して使う。よく同系統として並べられる彼らの違いはそこだ。これまでボクは、アレンジを必要とする灰崎君の方が劣っていると考えていた。観察した通りに技を使えるという身体操作力に劣っていると。だが、それは一面的な見方に過ぎなかった。
他人の技の真髄を理解してアレンジする技術、それは――複数の技の合成を可能とした。
「言ったろ、もうオレのもんだって。今のオレは、テメエよりも速く、巧く、このドリブルを使いこなす」
――雷轟電撃。
誰一人として、灰崎君に触れることもできない。振り返るその姿から肌で感じる圧倒的なオーラ。今まさに、灰崎祥吾は覚醒を果たしたのだ。
重力を利用した特殊な身体操作技法、古武術バスケ。筋肉以外の力によって加速し、さらに予備動作まで消すという脅威の技術を合成したのだ。これによって生まれる、先読み困難な風雷の軌道。
もはや彼を止められる者など存在しない。同じコートに立つ全員がそれを悟った。直感的に敗北イメージを受け取った、葉山さんの肩がガクリと落ちる。エースが敗れた以上、この先に戦局を打開することなどできはしない。
こうして初出場の全中は幕を閉じたのだった。
まあ、それなりに嬉しいものではある。ただ、結果的にボクの知る未来と同じ道を辿っており、複雑な感情だった。別に、負けたかったという訳ではないが。過程は明らかに変わったが、既知の出来事であり、物足りないという思いもある。だが、そんな気持ちは――
――来週、歴史よりも大幅に早くバスケ部に加入する、黄瀬涼太の存在によって消えることになる。