Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第18Q 黄瀬君って名前だったと

今回の歴史では初めての全中から数週間が経った。ようやくボク達は普段の生活に戻っていた。いつも通りに授業を受け、部活に出る。なぜか懐かしく感じたほどだった。青峰君と桃井さんと、暗くなった夕方の帰り道を歩く。

 

「全中終わってから、何かずいぶん慌しかったよね」

 

「そうだよな。初めてだぜ、あんな取材受けたの」

 

うんざりといった様子で青峰君が溜息を吐く。しかし、桃井さんの感想は違ったようだ。

 

「本当、羨ましいなー。私なんて全然だよ」

 

「……当たり前だろーが。何でマネージャーが取材されんだよ」

 

呆れ顔の青峰君。3年の全中で、彼女が美人マネージャーとして取材を受けることなど知るはずも無い。記者たちに追いかけられて困惑する彼女の未来を思い出して、クスリと息が漏れた。

 

「まあでもよかったかも。全校集会のときとか、大ちゃんってば物凄く緊張してたし」

 

「そうでした。壇上に上がるときに青峰君、転んでましたよね」

 

「おい、思い出させるんじゃねーよ」

 

顔を真っ赤にしながら、青峰君が額を掌で覆う。本気で嫌そうな表情で、口を尖らせた。

 

「ったく、テツは逃げ回ってたからいいよな。全校集会のときも、知らん振りしてサボりやがって」

 

「あっ!そういえばテツ君、取材のときも影を薄くしてて、結局一言も話してないよね」

 

「そういうのは皆に任せます。人見知りが激しいもので」

 

かつての経験から、現在のボクは影を隠すことに徹していた。試合は仕方ないにしても、雑誌の取材など論外である。ウィンターカップで目立つことで、当時のボクは最大の特性たるカゲの薄さを喪失してしまったのだから。その二の舞は避けなければならない。

 

「あっ、そういえば友達が言ってたんだけど。最近、新しく1年生がバスケ部に入ってきたらしいよ」

 

「へえ、珍しいな。今の時期にかよ」

 

「うん。マネの先輩達も、またカッコいい新入生が来たって噂してたよ」

 

今の時期に新入生とは、ボクの記憶にはない出来事である。当時は3軍にいたが、練習に耐え切れずに辞める者はいても、入部するなんていなかったはず……。それこそ5月頃に灰崎君がいきなり1軍に入ったくらいだ。

 

「……桃井さん、名前を聞いてもいいですか?」

 

「もー、テツ君ったら。もちろん私にとってはテツ君が一番だよ」

 

「いえ、そういう話ではなく。ちょっと興味がありまして」

 

すげなく返事をすると、桃井さんは残念そうに頬を膨らませる。だが、すぐに気を取り直して答えてくれた。

 

「んーと。確か、黄瀬君って名前だったと思うよ」

 

自身の知る未来と決定的に変わっていることに、ボクは気付くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の練習後、ボクは3軍専用体育館に足を向けた。恒例の2軍対3軍のゲームの最中のようだ。そのため、今日は1軍のボク達の方が早く終わったのだ。ゲーム中の盛り上がる体育館。その扉を開け、室内を覗き込む。周囲を見回すとすぐに目的の人物を発見した。さすが、目立つ容姿のおかげで一発でわかる。

 

「まあ、さすがに試合には出ていませんか」

 

探していた人物は、試合をしているコートの端で一人ドリブルをついていた。初心者ゆえの個人メニューだろう。2軍との試合を観戦しながら、腰を落としてひたすらドリブルの反復をさせられている。だが、ボクは知っている。あと数か月もすれば、彼は経験者達を置き去りにした圧倒的な成長スピードで1軍に上がってくることを――

 

『キセキの世代』SF、黄瀬涼太。

 

一目見ただけであらゆる技を模倣(コピー)する、ある意味で最も『天才』という言葉を体現した選手である。

 

「あれ?テツ君、どうしたの?」

 

振り向くと、桃井さんが洗濯物の籠を抱えて立っていた。

 

「もしかして昨日話した、黄瀬君を見に来たの?」

 

「まあ、……そうです。ちょっと気になりまして……」

 

「珍しいね。テツ君がそこまで注目するなんて。そんな強いの?」

 

そこでボクは一拍置いて、確信を持って口を開く。

 

「すぐに1軍に上がってきますよ。数ヶ月以内に、レギュラーの一人になるはずです」

 

予想外の様子で桃井さんが驚きの声を上げる。ドリブルの練習をさせられる初心者とボクの間に視線を行き来させ、パチパチと目をしばたたかせる。

 

「本当に?」

 

確かに頷いて、ボクはこの場を去った。

 

 

 

今回の黄瀬君の加入で確信した。ボクの知る未来、その歴史が前倒しに展開されていると。覚醒を始める『キセキの世代』と黄瀬君の入部。少なくとも半年以上は早く、彼らは才能を開花させるだろう。

 

「だとすれば、うかうかしていられませんね。あの構想に着手するとしましょう。ボクも創らなくては……」

 

『キセキの世代』の光を凌駕する切り札、新たな影のスタイルを――。

 

 

 

 

 

 

 

 

練習後の三軍体育館。無人の空間にボクはいた。現在の『視線誘導(ミスディレクション)』という技術の集大成、新たなスタイルを作り出すために。

 

今回の全中を含め、猛威を振るった影のスタイル。しかし、未来において必ずしも不敗ではなかった。準決勝で当たった花宮真さんの『蜘蛛の巣』しかり、同じく今吉翔一の『人心掌握』や広大な視野を誇る『鷲の眼(ホークアイ)』しかり。

 

そして何より、慣れによって起こる効力低下。

 

視線誘導における根本的な弱点である。同系統の技術を使用する黛千尋の封殺に象徴される、不可避の欠点。避けられないとして放置してきたが、そのままでは今後は戦っていけないだろう。中学時代はともかく、高校での『キセキの世代』との対決では――。

 

「では、桃井さん。適当にマーク付いてください」

 

彼女に声を掛け、ボクは攻撃側の位置につく。周囲には数台のビデオが設置されており、異様な雰囲気を醸し出していた。

 

「……何か凄いね。まるでドラマの撮影みたい」

 

「気にしないでください。研究のために後で見直すだけなので」

 

キョロキョロと辺りを見回す桃井さんだが、やはり落ち着かないようだ。誰もいないコートで多数のレンズに見守られれば、それも当然だろう。

 

「はじめますよ。ボクから目を離さないでくださいね」

 

「うん……って、アレ?」

 

「はい。まず1回」

 

返事をした瞬間には、彼女の視界からボクの姿は消えていた。『視線誘導(ミスディレクション)』による効果である。続いてもう一度。

 

「うぅ、今度こそやるわよ」

 

試合と同じようにマークにつく桃井さん。左右に身体を振ると、それに合わせて必死に喰らい付こうとする。もちろん、彼女はバスケ選手ではないので、動きは遅いし、技術も拙い。視線誘導の技術の確認をするのにもってこいの人材である。

 

「まずはこのパターンから」

 

腕の振りや肩の動き、上体の微妙な仕草で視線を左に誘導する。ほんの刹那、彼女の視線が左に動いた。そのタイミングに合わせて右へと、静かに身体を滑り込ませる。

 

「ええっ?何でぇ~!」

 

目を見開き、大声を上げる桃井さん。視線を戻したときには、すでにボクは彼女の背後へ回っていた。

 

「どんどん行きますよ」

 

まずは動きの緩急を抑え、ゆったりと基本動作を確認する。彼女が相手であれば、緩急の速度差で強引に視線誘導することも可能だろう。だが、これはあくまで研究。一つひとつの動作にどんな反応を示すのか、どの仕草が効果的なのかを確かめるのだ。

 

視線誘導の基本動作の確認を終えると、次はそれぞれの複合パターンを試す。自分の視線をどちらに動かすか、手足の振り、上体の捻りやステップ。それぞれを総当りで組み合わせ、さらにタイミングも少しずつズラして最適の動作を見つけ出していく。

 

「あっ!見えた!ほら、離されなかったよ!」

 

こちらの動きに惑わされなかったようだ。桃井さんが嬉しそうにはしゃぐ。別に彼女が凄いわけではなく、単に時間制限が切れただけなのだが。効力が切れた以上はここまでである。小さく溜息を吐いた。

 

「慣れがでてきましたか。では、今日はこの辺りで終わりにしましょう」

 

「ええ~。もう?せっかく調子が出てきたのに」

 

「練習に付き合ってくれてありがとうございました。また明日もお願いします」

 

喜色満面の笑みで頷く桃井さん。

 

「うん!明日も二人で居残りね!」

 

そう言って上機嫌でビデオの片づけを始めるのだった。ボクとしては慣れが起こってからが本番なのだが、今日のところはやめておく。最終的に視線誘導に慣れた相手から消えるのが目的だが、それはまたの機会にしよう。その構想を実現するには、まずこれが必要だ。

 

「それぞれの基本動作の効果と、最適な組み合わせの考案」

 

帰ったら今回のビデオを見ながら、パターンの組み合わせを研究しなくては。それぞれの動作による誘導効果を知り、それを増幅させるために複数動作を組み合わせる。これまでは経験則である程度やってきたが、最大限の効果を発揮するにはこの研究が不可欠だ。無数にある順列組み合わせ。気が遠くなるほどの試行回数となるだろう。だが、決意を込めて小さくつぶやいた。

 

「まずは見つけ出します。――視線誘導効果、最大のパターンを」

 

体力でも筋力でも、速度でも技術でもない。ボクのスタイルを強化するために必要なのは、研究であった。『キセキの世代』と称される彼らほどの才能は、ボクにはない。だが、この『視線誘導(ミスディレクション)』の技術だけは、誰にも負けるつもりはない。


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