Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第19Q どっか遊びに行かない?

夏の暑さも本格的になり、蒸し暑い帝光中体育館。ポツポツと生徒のまばらなコートに、ドリブルやバッシュを鳴らす音が響く。多くは準備運動をしている中、その一角ではウォーミングアップどころではない、白熱した勝負が繰り広げられていた。灰崎君と青峰君の1on1である。

 

「オラッ!行くぜ!」

 

ダンッと体育館中に、ボールをついたとは思えない爆音が轟いた。目にも追えない超高速のボールスピード。灰崎君が高速のドライブで突破を図る。ギリギリで反応する青峰君だが、直後の雷速の切り返しはとても間に合わない。

 

「うっお……マジかよ」

 

目を見開き、思わず驚きの声を漏らす。敏捷性に秀でる青峰君でさえ反応できない、最速のドリブル。

 

葉山小太郎から奪い取った『雷轟の(ライトニング)ドリブル』+『古武術バスケ』の最速クロスオーバー。彼の最高速をそのままに切り返す、急激な方向転換である。まぎれもなく中学最速、雷速のチェンジオブディレクション。

 

通常の選手を圧倒的に飛び越えた成長速度。全中での覚醒を経て、灰崎君は帝光中においてさえ、トップクラスの実力者となっていた。

 

「どうだよ。もうテメエに負けることはねえ」

 

「言ってくれんじゃねーか。ずいぶん調子に乗ったな」

 

勝ち誇った風に挑発する灰崎君に、頬をヒクつかせて言い返す。

 

だが、忘れてはならない。確かに灰崎君は覚醒を果たしたが、それは青峰君も同じだと言うことを。『キセキの世代』で最も得点力があったのは、彼だということを――

 

 

最高速を維持したままの方向転換とは対極。最低速と最高速の緩急によって相手を抜くのが、青峰君のチェンジオブペースである。

 

「チッ……あいかわらず先がまるで読めねー」

 

急激なドリブルスピードの変化に加え、ストリート仕込のトリッキーなスタイル。前後左右に大きく揺さぶる変幻自在のボール捌き。右と思えば左。行くと思えば止まる。無形であり、予測不可能なドリブル。そこに常人離れした敏捷性を加えると、その姿はもはや暴風そのもの。荒れ狂う暴風を止めることは誰にもできない、と思いきや……

 

「させっかよぉ!」

 

「へえ、これについてくるか……」

 

『古武術バスケ』を応用した最速最短の動きで、青峰君の動き出しに何とかついてきていた。ジャンプシュートの体勢に入るところを、ギリギリでブロックに跳び上がる。微妙なところだが、何とか間に合うか?

 

だが、その思惑は青峰君の才能の前に泡と消える。

 

「惜しかったな」

 

モーションを強引に止め、右腕を大きく振って横からボールをぶん投げた。まるで野球のサイドスローのように。灰崎君の焦りの顔を横目に、絶対に届かないシュートが放たれた。どう見ても苦し紛れに投げたとしか思えないそれだが、彼らは理解している。

 

「悪いが、外す気がしねーよ」

 

ガコンと、ボードに強烈にぶつかりながら、無理矢理リングを通過させられた。

どんな体勢だろうと必中となる『型のない(フォームレス)シュート』――青峰君の真骨頂である。

 

「くっそ、オイ。ボールよこせ。今度はオレの番だろーが」

 

「分かってるって。ほら、来いよ」

 

悔しげに灰崎君が言い放ち、青峰君が楽しげにボールを投げ渡す。覚醒した才能同士の1on1は、強烈な光を発する。誰もが息を飲んでその様子を見守っていた。明らかに中学レベルを超越した攻防。ウォーミングアップなどやっている場合ではない。いつの間にか周囲の先輩達も、食い入るようにその異次元の戦いを見学していた。練習開始時刻はとうに過ぎている。

 

コーチまで含めた全員が再び動き出したのは、2人の勝負に幕が下りた十数分後であった。

 

 

 

 

 

 

 

練習開始から数十分後、灰崎君と青峰君の2人は疲労困憊の様子で、肩で息をしていた。ゼエゼエと肩で息をしながらスリーメンで走る。ボールを受け取り、ドリブルを仕掛けるが明らかに動きが鈍い。

 

「お前ら!しっかりしろ!」

 

新たに主将になった虹村先輩が檄を飛ばす。先ほどまでの無双ぶりが嘘のような有様に、新しく2軍から上がってきた仲間達も微妙な表情を浮かべていた。

 

「……何なのだよ、あれは」

 

眼鏡を直しながら、緑間君も溜息を吐いた。

 

「練習前のアレで、体力を使い果たしたようですね」

 

「……黒子か。だが、あれだけでか?ほんのウォーミングアップ程度の時間だぞ」

 

隣にボクがいるのに気付き、彼は少しだけ目を見開く。コート上では、青峰君が放った通常シュートを先輩に叩き落された。普段よりもジャンプが低く、何よりも『型のない(フォームレス)シュート』を打てないところに、心身の疲労が見て取れる。

 

「彼らの埒外の才能は、身体に大きな負担を掛けます。また、その才能の発揮には極限の集中が必要とされ、維持できるのはせいぜい数分が限度」

 

とはいえ、その限度をあっさりと超えてくるのが『キセキの世代』なのだが……。ボクは肩をすくめて見せる。

 

「テンションが上がりきっていた全中のときはともかく。普段から限界を超えた動きをすれば、すぐに身体が降参するに決まってます。緑間君もそれを知っていたから、さっきシュート練習をしなかったんですよね?

 

「……わかっていたのか。まあ、そうなのだよ」

 

「キミの場合は集中力の欠如ですか。少しずつ慣らしていけば、すぐに一試合に渡って打てるようになりますよ」

 

「ずいぶん自信ありげだな。リスク無しでアレをできるとは、信じがたいものがあるのだが」

 

「あの2人も、潜在能力の解放に身体を慣らすのが今後の課題でしょうね」

 

ただ、全解放できないにしても、ひとつの才能の解放はそれだけで大きな意味を持つ。続いてボク達の番になったスリーメン。仲間には緑間君がおり、スリーポイントラインで手を上げた彼にボールを回す。

 

「頼みます」

 

「任せるのだよ」

 

ボールを受け取り、すぐさまシュートモーションに入る緑間君。だが、目の前の相手は赤司君である。絶妙な距離感で彼をマーク。腰を落とし、静かに緑間君の動作を観察する。

 

「それはフェイクだろう?」

 

こと純粋な実力においてはチームでもトップクラス。緑間君がシュートモーションを止める寸前に、そうつぶやいた。少し離れた地点にはこちらの味方がおり、そちらへ視線を向けたのに気付いていた。シュートフェイクからのパス。それが赤司君の予測だった。だが、その予測は外される。

 

「何だって……!お前がドリブル突破!?」

 

完全に虚を突いたカットインにより、直後赤司君の横を抜き去った。焦りと共に背後を振り向くが、すでにクイックでのシュート体勢に入っている。

 

「思い切りが良すぎるぞ」

 

苦手なドリブルを、ああも鮮やかに決断するとは。しかも、全中以前よりも明らかに精度が高い。赤司君の気持ちが、その驚きの表情から理解できた。想定以上のレベルアップだったのだろう。

 

「ここからは加速度的ですね」

 

潜在能力の解放経験は、全ての分野において急速な成長を促進する。たった一度の試合、たったひとつのプレイでさえ。強烈な成功体験は選手自身を変える。自信ひとつでプレイの精度が変わるのがスポーツである。特に発展途上の中高生であれば、気持ちひとつで別人のように豹変し、進化するなど良くあることだ。

 

 

そしてそれが『キセキの世代』であるならば。埒外の潜在能力を持つ彼らならば――

 

 

 

――その進化の速度は常人の比ではない

 

 

 

シュートがネットを揺らす乾いた音が耳に届く。

 

ワンプレイとはいえ、赤司君から得点を取るとは。緑間君はもう何も心配はいらないだろう。チラリと順番待ちの紫原君に視線を向けた。だるそうな表情だが、少し落ち着かない様子で掌を開いたり閉じたりしている。まるで、自身の体の変化に戸惑っているかのような……

 

「キミも、そろそろじゃないですか?」

 

内心に満足気な笑みを隠し、ボクはひとりごちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

部活後の秘密特訓は、今日で2週間を迎えた。誰の眼にも触れないよう秘密裏に行われた研究である。必然的に桃井さんと2人きりで、ということになった。一番見せてはいけない人に見せているような気もするが、まあいいだろう。

 

未来の赤司君は、ボクの視線誘導技術をチームメイトに伝授しているが、それは『天帝の眼』による観察眼あってのもの。桃井さんではボクの動きを詳細に理解することはできないだろう。

 

「では目も慣れたようですし、今日はここまでにしましょう」

 

ふぅ、と息を吐く。インターバルを入れながら、30分以上を視線誘導の研究に費やした。おかげで、この2週間で大体のパターンは網羅することができている。順調に進んでいることに満足感を覚えながら、設置してあるビデオを片づける。

 

「そろそろ夏休みよね。テツ君はどこか行ったりする?」

 

「ボクですか?特に予定はないですね。部活もありますし」

 

桃井さんの質問に、今後の予定を思い出しながら答える。せいぜいが親戚の家に顔を出すくらいだったはず。中学でのボクの交友関係は基本的に、バスケ部繋がりがほとんどなのだ。それだけ部活が忙しいとも言えるが、正直、休み時間は読書していた方が楽だというのもある。

 

「あ、そうなんだ。だったらさ、あの……」

 

なぜか深呼吸をして、意を決したように口を開いた。

 

「な、夏休み私とどっか遊びに行かない?」

 

「いいですよ。どこ行きましょうか」

 

「本当!?やったあ!」

 

嬉しそうに笑顔を見せる桃井さん。今にも跳び上がりそうな勢いである。そこまで喜んでもらえると、ボクとしても悪い気分はしない。というか、夏休みの予定が何も無いというのは、さすがに嫌だったので、正直助かったという思いである。

 

「詳しくはまたあとで話そう。私の方でも色々調べておくから」

 

「そうですね。そろそろ部活の予定も決まると思いますし」

 

当時は3軍だったので、1軍の練習日程など知らないが、例年はほぼ休み無しだったはずだ。お盆辺りが休みだったかな。

 

「ふんふ~ん。夏休みたのしみだな。早く来ないかな」

 

「そういえば、青峰君は宿題大丈夫でしょうか。新学期が始まって、怒られる様子が目に浮かびます」

 

懸念を示すボクに、予想通りの乾いた笑い声が返ってきた。

 

「あはは……。小学校でもそうだったんだよね。今年もそうなりそう……。私も何回も言ってるんだけど」

 

「1年の夏というとたしか……科目の宿題以外は、読書感想文と自由研究。あとは、そうだ。職業研究がありましたね」

 

「え?何で知ってるの?」

 

しまった、とボクの顔が引き攣った。現時点ではまだ宿題の内容は発表されていなかった。気が緩んでイージーミスをしてしまった。夏休み目前にして、珍しく浮かれているようだ。あっさりと話題を変える。

 

「まあ、それはそうとして。この間、入部した人はどうなったんですか?」

 

「ああ、黄瀬君ね。凄いみたいよ。昨日の3軍と2軍の交流戦で活躍したらしくって。今日から2軍に上がってきてるみたい」

 

「へえ、それはスピード昇格ですね。初心者だったんでしょう?」

 

「そうなの。マネージャーの間はもちろん、コーチたちの間でも、その話で持ちきりらしいよ。こんな選手見たことないって」

 

だが、桃井さんは苦笑しながら首を小さく傾けた。

 

「でも、テツ君もそうだけど。全中での皆のプレイを見てたら、私の中の常識がマヒしちゃって。もう何が凄いのかわかんなくなっちゃいそう」

 

確かに、とボクも小さく笑った。この帝光中は常識の範囲外にあるチームである。ただでさえ、超強豪校であったが、今年以降はその比ではない。ボクの行った3軍で1軍レギュラーを打倒したことに始まり、1年生のみのスタメンで全国優勝。今後も歴代初の偉業が次々に、まるで使い捨てのように打ち立てられるはずだ。

 

 

かつてよりも早い『キセキの世代』の覚醒。さらに、『幻の六人目』たるボクの強化、いや陰性化がもたらすのは――

 


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