Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

2 / 55
第2Q こんなバスケ、見たことねー

帝光中学バスケットボール部。全中優勝を幾度と無く果たしてきた超強豪校。将来『キセキの世代』と呼ばれる天才達が前人未到の三連覇という偉業を達成するチームでもある。そこでかつてボクはレギュラーを任されていたのだが、現在は――

 

不本意ながら二軍で練習を行っていた。

 

「あっ……」

 

「フリーでレイアップ外すな!」

 

いえ、まあ純粋な実力で言えば当然なんですけどね……。むしろ、よく二軍に入れたというくらいで。

 

シュートを外して先輩に怒られながら、内心でひとりごちた。中学時代、『幻の六人目』などと呼ばれていても、それはある一点、ある特性を突き詰めた結果なのだ。一般的な体力や技術においては同じ新入生にすら劣る。

 

もちろん、現時点ですでに一軍レギュラーと同等以上の力があるのだが、それを証明できなかった。

 

残念ながら、入部試験の能力測定で見抜ける類の才能ではないのだ。ボクの固有のスタイルは。純粋な技量や身体能力とは違う。

ボクは自己顕示欲の強い人間ではないが、むしろ影に徹するつもりではあるが、しかし二軍に甘んじていられるほどに自負を持たないわけでもない。必ず一軍にあがってみせる。そのための、今年の全中に出場するための計画を影で着々と進めていた。

 

「よし!次はスリーメンやるぞ!全員、あっちに並べ!」

 

監督の号令に黙々と従いながら、二軍の選手達、特に新入生に目を向ける。順番に視線を動かし、もはや習慣となった人間観察を行っていく。

中学生にとって一年の差は大きい。全国屈指の名門校、帝光中学の練習であればなおさら。どうやら皆、息も絶え絶えといった様子である。当然と言うべきか、新入生達は百名近くいる二軍の中でも下位に位置していた。

 

まあ、このくらいの戦力差なら十分に許容範囲だが。

 

「すみません、ちょっといいですか?」

 

休憩時間にボクは新入生のひとりに話しかける。ひらひらと彼の前に手を振って見せた。

 

「うわっ……!?き、急に目の前に現れないでくれよ」

 

「いえ、さっきからずっと目の前にいましたが……」

 

突然、現れたボクに驚いた声を上げる同級生。

 

「ええと……名前なんだっけ?悪い、ちょっと印象が薄くてさ……」

 

申し訳無さそうに謝る彼に、ボクは声を潜めて用件を切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

四月も中盤を迎え、新入生達も新しい環境に慣れた頃。激しい部活勧誘もぱったりと消え、多くの人間は何かしらの部活に所属していた。しかし、ボクは知っている。過去の出来事を覚えている。いまだこの時期にバスケット部に入っていなかった彼のことを。

 

「来ましたか……」

 

昼休みの、静まり返った体育館の扉を開けたのは、一人の少年だった。

 

「ああん?誰だよ、てめー」

 

「待ってましたよ、灰崎君」

 

両手をポケットに入れ、威圧するように睨み付ける彼に、ボクは静かに答えた。

 

 

――元帝光中バスケ部レギュラー、灰崎祥吾。

 

 

かつての未来では『キセキの世代』級の能力を持った、まぎれもなく天才のひとりである。そんな彼を呼び出したのには訳があった。

 

「こんな体育館に呼び出して、どこの命知らずの馬鹿かと思えば、……ずいぶん弱そうだな。何だ、自殺志願者かよ?」

 

鋭い目付きでこちらをジロジロと観察してくる。だが、脅威は無いと判断したのか、彼は肩を竦めて小さく嘲笑した。

 

「まさか。君に頼みがあって来てもらったんですよ」

 

「何だよ。ってか、初対面だよな、オレら」

 

「……ええ、そうですね」

 

この時代では、と内心で付け加える。灰崎君は、もちろんボクのことは知らない。こちらが一方的に知っているだけだ。それも彼の未来を。一拍だけ息を溜め、ボクは静かに言い放つ。

 

「単刀直入に言います。バスケット部に入ってください」

 

「ああ?」

 

予想もしていなかったのだろう。呆気に取られた様子で彼はあんぐりと口を開けた。

 

「ボクは二軍新入生チームで現レギュラーを倒したいと思っています。そのために、君の力が欲しいんです」

 

「……どっかから聞いたのか?オレがミニバスやってたってことを」

 

「まあ、そんなところです」

 

やっぱり小学校でバスケをやってたのか。そんなことは言えないので、ボクは首を振ってごまかした。自身の計画を達成するには、二軍の戦力だけでは心もとない。彼の力が必要だった。『キセキの世代』級の才能が。『影』を覆い隠すための『光』が――

 

「やだよ。めんどくせー」

 

だが、彼はそんな頼みを一刀両断した。

 

「まあ、君ならそう言うと思ってましたよ」

 

ふぅ、と小さく溜息を吐きながら、ボクは彼にボールを投げ渡した。

 

「何のつもりだよ」

 

「やりましょうか、1on1。ボクも、君の実力を確かめておきたかったんです」

 

「テメーがオレを測ろうってか?」

 

そんな挑発的な言葉に、彼の視線が鋭く細められる。凶悪な形相が浮かぶ。ダンッと強く床にボールを叩きつける。そのドリブルは、一見して貧弱なボクに侮られることへの怒りに満ちていた。

 

かつての帝光中『幻の六人目(シックスマン)』と、『キセキの世代』と呼ばれるはずだった少年との対決が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

数分後、灰崎祥吾の顔には隠しきれない動揺が浮かんでいた。それは帝光中一軍への反旗を翻した同じ新入生への――

 

「よ、弱ええ……」

 

――呆れだけがあった。

 

パシリ、と軽い音を立てて、ボクの放ったレイアップはあっさりとブロックされる。ボールを弾き飛ばした彼は、何とも言えない表情で溜息を吐いた。

 

「オマエ、よく一軍を倒すとか身の程知らずなことほざけたな。せいぜいが並レベルじゃねーか。自分の強さ考えろや」

 

「そうですか?関係ないですよ、強さなんて。大事なのは勝つか負けるかなんですから」

 

「負け惜しみもそこまで行くと、清々しいな……」

 

哀れむような眼でこちらを見つめる灰崎君。それに対して、ボクはやれやれと首を左右に振った。

 

「見解の相違ですね。強さだとか速さだとか、高さだとか巧さだとか。そんなもので勝負は決まりませんよ」

 

床に転がっていたボールを拾い上げると、ゆっくりとドリブルをつき始める。後ろを振り返ると、体育館の時計は昼休み終了の5分前だった。灰崎君もそちらに軽く視線を向ける。

 

「そろそろ時間ですね。灰崎君、止めてみてください」

 

「あん?」

 

まっすぐにゴールへ向かいドリブルで走り出す。それに対応して彼もボクの前に立ち塞がった。コースを完全に遮断される。普通ならばここで切り返しやフェイクなどで揺さぶるが、それを無視してボクは何の工夫も無く跳び上がった。抱えるようにボールを持った変則的なシュートフォーム。

 

「おい、何だそれ。ヤケにでもなったかよ」

ことごとくボクのシュートをブロックしてきた彼である。こちらの跳躍に完全にタイミングを合わせ、かつ恵まれた身体能力をもって非常に高い壁となった。確実にブロックできる高低差。

 

しかしそれは、通常のシュートならばの話である。

 

 

「んなっ……消えた、だと?」

 

 

彼のブロックをすり抜けて、そのシュートは静かにリングを通過した。これはかつてボクの使用していた必殺のシュート。

 

 

『幻影の(ファントム)シュート』

 

 

呆然とした表情で背後のリングを振り向く灰崎君。同時に昼休み終了の予鈴が鳴った。

 

「何をしやがった」

 

「今日の放課後、二軍のレギュラーと新入生で試合をします。ぜひ見学に来てください」

 

彼の視界から一瞬にしてこちらの姿を掻き消した。目を見開いて驚愕する。辺りを見回す灰崎君へと淡々とつぶやいて、ボクはその場を後にする。最後に一言、置き土産を残して。

 

「女の子と遊んだり、喧嘩をしたり、そんなことよりもっと面白いものを見せてあげますよ」

 

 

 

 

 

 

 

そして、放課後。灰崎君に宣言した通り、紅白戦を行っていた。新入生チーム対二軍レギュラーの対戦。はっきり言って、これを成立させるのが最も大変だった。目立たないことが信条のボクが、新入生のまとめ役までやるハメになるなんて……。

 

本当に慣れないことはやるものじゃない。ただしもちろん、大変だったのはそれだけで、試合の方はと言うと――

 

「ど、どうなってんだよ……!?」

 

「こんな試合見たことねえ」

 

「マジかよ、新入生チームがダブルスコアつけて勝ってるじゃねーか!」

 

この場で試合を目撃していた全ての人間の顔に、驚愕が張り付いていた。ありえない試合展開にざわめきが消えることはない。練習後のミニゲームとして行われたこの二軍レギュラーとの試合は、圧倒的点差をつけてボク達がリードしていた。

 

「まただっ!またボールが曲がった!?」

 

右に投げられたボールが、ゴール下へと急激な方向転換。ノーマークの味方に届けられる。本来、絶無のパスコース。それをボクは容易に作り出す。受け取った本人すら驚愕するほどに、この場の全員の眼から逃れた中継だった。あっさりとノーマークの味方がシュートを決める。

 

他人の視覚を操り、姿を消す神出鬼没のスタイル。これが、かつて帝光中学『幻の六人目』と呼ばれた黒子(ボク)のバスケ。

 

「ゲームを支配してるくせに、全然正体が見えないなんて……」

 

「こんなもん、完全に二軍にいる選手じゃねーぞ」

 

遮ったはずのマークマンに次々とパスが通される。全ての予測を覆すボクの挙動に対応できる者など存在しない。

 

「これで終わりです」

 

小さくつぶやく。絶望に打ちひしがれる先輩方に、最後のとどめを刺ささんとする新入生チームの速攻。前線へとロングパスが送られる。しかし、何とか一糸報いようとパスカットを狙う先輩だが、その軌道は直前でボクによって曲げられた。

 

「くっそ、またかよ!」

 

変更された軌道の先には、ノーマークの味方の姿がある。完全に意表を突かれた相手チームは、そのシュートを見送ることしかできなかった。同時に試合終了のブザーが鳴る。圧倒的な得点差によって、ボクの初試合は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

熱狂と混乱に沸く館内。大活躍を果たしたMVPを探す仲間達だが、目立つのはこりごりである。気配を消したボクは、その足で彼の元へ向かっていた。体育館の端で、外から試合を観戦するのは先ほど招待した灰崎君である。呆然とした様子でこの喧騒の中、立ち尽くしていた。

 

「こんなバスケ、見たことねー……」

 

つぶやく彼の前に姿を現すと、得体の知れないものを見るような視線が向けられた。それも仕方ない。彼の常識の枠外の出来事だったのだろう。

 

「これがオマエのバスケ、なのかよ」

 

「ええ、そうです。強さではなく弱さに特化した、光ではなく影に徹した、これがボクのバスケなんですよ」

 

息を飲む彼に向けて、言い放つ。

 

「もう一度、聞きます。ボクと一緒に、――帝光中の頂点を取りたいと思いませんか?」

 

彼の表情が真剣なものに変わった。ホラ話でも思いあがりでもない。実現性のある未来だと感じたからか。それもあるだろう。元来、彼は逆境を楽しむタイプの人間ではない。中学時代の後半も練習や試合をサボることも多かった。バスケットに真摯だとはとても言えない。しかしそれでも続けていたのはきっと――

 

「退屈はさせませんよ」

 

将来の灰崎君は傲慢で粗暴で、とにかく制御の利かない人だった。入学時はそうでもなかったが、学年が上がるにつれてその傾向は顕著になっていった。ありあまる才能に、強さに、退屈している。ボクはそう感じた。

 

「ハッ、言ってくれるじゃねーか」

 

彼の目に興奮の色が浮かんだ。口元を歪めて愉しげな声で笑う。

 

「いいぜ。その話、乗ってやるよ」

 

「ありがとうございます」

 

全国最強の帝光中学一軍レギュラーに新入生が勝つなんて、本来絶無の可能性。しかし、そのための鍵がたったいま手に入った。開花もしていない淡い才能だが、確かに『光』が輝き出した。

 

『影』が十全に力を発揮できる舞台が、ようやく揃ったのだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。