Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第21Q 赤司っち

夏休みも中盤に差し掛かった頃。ボクは桃井さんと約束したプールへと遊びに来ていた。気温は30度を超える真夏日。体育館での練習であれば地獄だが、水に浸かるぶんには最適である。広大な敷地に様々なアトラクションの設置されたここは、本日も大盛況の様子だ。

 

「テツくん!ウォータースライダーやろう!」

 

「はい。いま行きます」

 

水面から上がって、桃井さんが溌剌とした笑顔で呼ぶ。彼女の水着は、花柄で明るい色彩のビキニタイプである。アイドルのような整った容姿で、周囲の男性の注目が集まった。年齢相応以上に胸の膨らみもあるが、高校時代を知るがゆえに、残念ながら幼いという感想だが。濡れた髪や身体も、色気というより健康的な印象を受ける。

 

とはいえ、練習漬けの夏休みの癒しには打ってつけ。気分転換なしで毎日朝晩の練習は厳しい。ボクにしては珍しく、開放的な気持ちで過ごしていた。

 

「えへへ~」

 

屈託ない様子で、僕の腕にすがりついてきた。素肌同士の接触に、さすがに心臓の鼓動も増加する。練習で身に付けたポーカーフェイスを駆使して、自然にエスコートを試みた。

 

横目で彼女を見ると、自分でやっておいて、顔を真っ赤にしていた。それを確認すると、逆にこちらは冷静さを取り戻せた。気分を落ち着けるため、長く一息を吐いた。もちろん、腕を払ったりしない。そこまで心が枯れているつもりはない。

やしの木が並んで植えられたプールサイドを、ボク達は腕を組んで歩き出した。

 

 

 

 

 

この施設で最も目立つ、岩山を模した巨大な建造物。ウォータースライダーの列に並んだ。小学生くらいの子供から大人のカップルまで様々である。待ち時間の話題は、つい先日の練習試合だった。

 

「テツ君は、昨日の試合どうだった?2軍の方に行ってたんでしょ?」

 

「勝ちましたよ。ボクの出番もなく、終わりました」

 

「うーん。そうなんだ。残念だったね」

 

初見の相手に最も効果を発揮するボクの能力の性質上、ピンチのとき以外で試合に出ることはほとんどない。他のメンバーとの違いはそこである。良くも悪くも、試合を変えるための六人目(シックスマン)の役割に特化していた。

 

「前に言ってた例の、黄瀬君は?」

 

「そうですね。試合に出なかったおかげで、そちらは十分に観察できました」

 

埒外の才能を思い返し、ボクの口元に小さな笑みが浮かぶ。

 

「素晴らしい才能でした。近い将来、青峰君のレベルまで成長すると思います。早めに1軍に上げたいですね」

 

「そんなに……!?」

 

桃井さんが驚きの声を上げた。全中を通して、彼女も全国のレベルを知っている。そこで他を圧倒した、青峰君らに匹敵する巨大な才能。それが同じ学校にまだ存在するなど、とても信じがたい話であった。だが、それが今年の帝光中であり、伝説と謳われた『キセキの世代』なのだ。

 

黄瀬涼太もそのひとり。しかも、かつてより1年分のアドバンテージがあるのだ。今から上手く育てれば、早期に覚醒させることも可能だろう。来年の全中の布陣を想像する。一片の不安もない。まさに無敵である。

 

いや、ひとつだけ懸念があったか。

 

「1軍の方はどうでしたか?」

 

話題を同日の試合に変える。ボクを除いた1軍も、別の場所で戦っていた。相手は無冠の五将のひとり、『悪童』花宮真。前回は赤司君のパスワークを完全に読まれ、劣勢に陥った。相手の行動パターンを解析し、予測する。さながら蜘蛛の巣に囚われたかのごとくである。結果として、『幻の六人目』の投入まで、何の打開策も打てなかったのだ。

 

「うーん。まぁ、勝ったよ」

 

歯切れが悪い。苦笑いのような複雑な表情が浮かぶ。理由を聞けば納得した。

 

「ほぼ個人プレイだったからね……」

 

その光景が、ボクには容易に想像できた。

 

「赤司君は?」

 

「……全然パス回しをさせてもらえなかったわ。相手にスティールされちゃって」

 

「なるほど。そういうことですか」

 

桃井さんが試合の経過を説明してくれた。赤司君は蜘蛛の巣を破ることができなかったのだ。花宮さんに敗北したということ。逃げたのだ。安全なパスに終始し、単純な個人の技量勝負に持ち込んだ。『キセキの世代』の埒外の才能に頼った安全策。それはたしかに強いが、彼のためにはならない。

 

 

――赤司征十郎、いまだ覚醒せず

 

 

今回の練習試合で期待していたのは、実はそこだった。強敵を前に壁を乗り越えられるかどうか。期待は裏切られた。

 

「他の皆を見る限り、覚醒は近いはずなんですが……」

 

危機感が足りなかったのか?小声でひとりごちた。それには気付かず、彼女は満面の笑みへと表情を変え、胸の前で手を合わせる。

 

「まぁでも、全中を乗り越えて、みんなが物凄く強くなったっていうのは分かったよ」

 

来年が楽しみだね、と朗らかに笑う彼女とは対照的に、赤司君を追い詰めることを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

夏の体育館にバッシュが床を鳴らす音が響く。コート全面を使ってのミニゲーム。赤司君率いる1年生チームと上級生チームが試合形式の真っ最中である。ボクは上級生チーム。戦力差を均すための措置だ。このミニゲームは頻繁に行われる。ここは全国最強の帝光中学。同じ学校内のお互いこそが、最高のライバルとなる。

 

「うおっ!……また、黒子かよ」

 

姿を消し、タップパスでボールの軌道を変更する。その直前、相手の裏のスペースに走る、蛍光色のビブスを視界に捉えていた。鋭角に曲がるパスに対応できるものはいない。ノーマークの先輩があっさりと得点を決めた。

 

「くそっ……敵に回るとマジでうぜえな」

 

苛立たしげに灰崎君が吐き捨てる。

 

「そりゃ、お前もだよ」

 

技を奪われ、動きに精彩を欠く虹村先輩も同様に舌打ちする。

 

マッチアップ相手の青峰君にボールが渡った。高速ドリブルで前後左右に不規則に揺さぶりをかける。予測困難なランダムな攻め。しかし主将の名に恥じない俊敏な反応で、それに喰らい付く。今の時代の青峰君にはもちろんパスの選択肢もあるが、基本的に1on1を好む性格だ。緩急をつけたチェンジオブペースで突破を狙う。

 

「隙あり、ですよ」

 

集中して狭まった視野の外から、伸ばした手でドリブルをカット。慌てて振り向く青峰君だが、その瞬間にはすでにボールは、PGの先輩の元へ届けられていた。

 

「速攻!」

 

声を上げる虹村先輩に呼応して、前線に躍り出た仲間たちのカウンターが成功する。荒い息を吐く1年チームの面々が悔しげに顔を歪めた。

 

 

 

意外に思われるかもしれないが、半ば覚醒した『キセキの世代』相手に、先輩達は善戦していた。頻繁に行われるミニゲームにおいて、むしろ勝ち越しているほど。いかに帝光中のレギュラーであろうと、本来ならば信じがたい快挙である。埒外の才能を有する彼らに対抗するなど、困難極まる。たとえ現時点での覚醒度であろうと、である。

 

もちろん『幻の六人目』たるボクがこちらにいる、というのもある。が、理由はそれだけではないはずだ。

 

――スタミナ不足

 

全中でも不安要素とされていた、年齢ゆえの体力不足。練習の最後に行われるミニゲームでは、彼らのポテンシャルを全て発揮することは難しい。さらに、埒外の才能の開花によって、その要求はさらに高まっている。

 

才能の全解放には極度の集中力が必要であり、少ない体力をガリガリと削り取られる。全国有数の猛練習を課す帝光中だが、それでも賄いきれないほどの膨大なエネルギーが――

 

 

――『キセキの世代』の能力解放には必要なのだ。

 

 

ミニゲームは上級生チームが僅差で勝利した。

 

 

 

 

 

 

 

そして練習後。赤司君を連れて第二体育館へと向かっていた。途中の廊下を並んで歩きながら、彼は尋ねる。

 

「オレに頼みたいこと、というのは何だい?」

 

「ちょっと練習に付き合ってもらいたいんですよ」

 

「だったら、わざわざ場所を変えなくてもいいだろうに……」

 

「ああ、いえ。ボクにではありません」

 

赤司君の疑問に、小さく首を横に振って答える。目的地に向かううちに、彼は気付いたようだ。到着した第二体育館の扉に手を掛ける。

 

「そうか。以前話していた……」

 

扉を開け放つと、コートの中央にひとりの少年――

 

 

――黄瀬涼太

 

 

が、退屈そうにしゃがみこんでいた。

 

「へえ、彼が……」

 

興味深そうに赤司君は観察する。当の黄瀬君はというと、困惑した風に眉根を寄せていた。首を傾げつつ、ボク達を交互に見回す。

 

「マネージャーに残るように言われたんスけど……。黒子君と……ええと、そっちは誰ッスか?」

 

「彼は同じく1年の、赤司君と言います。今はバスケ部の副主将をやっています」

 

入部から日も浅いためだろう。副主将という言葉を聞き、彼は目を見張る。直接の面識はなさそうだが、全国最強の帝光中で、スタメンを任される新入生のことは知っているはずだ。黄瀬君の目の色が好戦的なものに変わる。その視線を正面から受け止め、赤司君は口を開いた。

 

「キミが黄瀬涼太君だね。黒子から話は少し聞いているよ」

 

だが、と赤司君はこちらを向いた。わざわざ自分を呼びつけた理由を求めているらしい。

 

「顔合わせだけが目的ではないだろう?具体的に何をさせたいんだ」

 

「来る途中にもお願いしたように、練習に付き合ってあげて欲しいんですよ。まぁ、まずは軽く1on1でもどうでしょうか?」

 

黄瀬君の手にあるボールに視線を向ける。

 

「いいッスね。黒子君には悪いけど、全然強さを感じなくてさ。1軍のチカラ、見せて欲しいんスよね」

 

「興味はある。オレとしても、望むところだよ」

 

瞳をギラつかせ、立ち上がる黄瀬君に応えるように、彼も一歩前に進み出る。

 

無人のコートで二人は向かい合った。先攻は黄瀬君。対する赤司君も、腰を低く落として備える。

 

「さぁて、行くッスよー」

 

仕掛けたのは高速ドライブ。利き腕である右側から正面突破。駆け引きも何もないそれだが、黄瀬君の性能でやれば威力は格段。予想を遥かに超えた速度に、赤司君の対応が間に合わない。

 

「速いっ……だが!」

 

しかし、赤司君も同じく『キセキの世代』と謳われる天才である。身体能力で引けを取るものではない。むしろ鍛えている分、現時点では赤司君が勝っている。半歩の遅れを瞬時に取り戻す脚力。インサイドに切り込まれる前に、進攻を止めようとする。

 

「まだまだっ!」

 

次の瞬間、黄瀬君は大きく左へと切り返す。全速力のまま、右から左への方向転換。鋭角に曲がるクロスオーバー。その見事なキレ味は、2軍においても屈指である。赤司君の顔色が変わった。

 

「これが初心者の練度か……!?」

 

驚きに目を見開く赤司君。余りの予想外に思わず声を漏らす。勝利を確信した黄瀬君の口元が緩んだ。

 

「へへっ。いただ……」

 

「だが、オレを抜けるほどではないよ」

 

 

――黄瀬君の手からボールが弾かれていた。

 

 

「え?」

 

呆けたように、黄瀬君の喉から息が漏れる。転々と彼の後ろを弾むボールを、悠然とコート上を歩く赤司君が拾い上げた。振り向けば、そこには感嘆の表情を浮かべた黄瀬君が残っている。

 

「すげえ……」

 

「なるほど。黒子が薦めるだけのことはある。見事な素質だ。近いうちに、上でもレギュラーを取れるだろう」

 

赤司君は素直に賞賛の言葉を告げる。

 

「だが、現時点ではあまりに技術が稚拙だ。この短期間で初心者の域を脱したのは素晴らしいが、1軍で通用するレベルではない。つまり、そういうことか」

 

こちらに視線が向けられ、ボクは頷いた。

 

「技術の正確さでは、赤司君が最も優れています。教師役をやってくれれば、彼の成長速度は飛躍的に上がるはずです」

 

ちなみに、青峰君、緑間君、灰崎君はそれぞれ、一部の技術は卓越しているが、それを他人に伝えられるとは思えない。部長の虹村先輩にお願いするわけにもいかないし。彼が適任だと判断した。

 

「構わないが……それほど時間は取れないぞ」

 

「ありがとうございます」

 

少しだけ思案したのち、彼は了承した。次は、自分の与り知らぬところで話が進んでいる黄瀬君に声を掛ける。

 

「どうでしょうか、黄瀬君。間違いなく強くなれますよ?」

 

「急な話で驚いてるんだけど……まぁ、練習に付き合ってくれるんなら、ありがたいッスよ。さすが1軍レギュラー。かなり巧いみたいだし」

 

覚醒こそしていないものの、全国最強の帝光中で1年レギュラーを取った選手である。いまの対決で赤司君の実力を認めたようだ。これまでやっていなかった居残り練習だが、参加をしてもらえるらしい。本題を告げる前に、勝負をさせた甲斐があったというもの。

 

「じゃあ、よろしくお願いするッス。赤司っち」

 

「赤司っち……?」

 

「オレが凄いと思った人にはそう呼ぶようにしてるんスよ。認めた証みたいなこと」

 

一転して目を輝かせた黄瀬君が、楽しげに笑った。分かりやすく態度が変わったことに、赤司君は苦笑する。目論見通り、2人の合同練習は行われそうだ。赤司君の正統派で正確な技術は、彼にとっては最も良いお手本となるだろう。歴史よりも早く、1軍に上げることができそうだ。それはそれで問題は起きそうだが。

 

 

 

いつの間にか黄瀬君がねだって、ドリブルの技の練習が始まっていた。邪魔にならないよう、気配を消して静かに体育館を後にする。最後にボクは、黄瀬君の言葉を思い出して溜息を吐いた。

 

 

 

というか、やっぱりボクはまだ認められてないんですね。まあ、1on1で惨敗したところしか見せてないし、仕方ないですが……

 

 

 

 

 

 

その認識を覆せたのは2週間後。初心者にも関わらず、超スピード昇格で彼が1軍に上がってからのことだった。

 

 


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