Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第22Q これが本物の『天』のシュー……

 

 

新学期が始まり、あっという間に2か月が過ぎて、季節は秋。地獄のような暑さも和らぎ、快適な練習環境が戻ってくる。ただし、その分だけ練習量と密度も増しているので、疲労度は変わらないが……。

 

 

 

 

本日は、強豪校との交流戦。全国大会で覇を競った、『無冠の五将』実渕玲央の率いる風見中学との練習試合だ。珍しく帝光中から呼び掛けての開催である。

 

そこには監督の切実な懸念があった。校内にしか敵がいないという現状である。身内をライバルにすることでモチベーションの低下を抑えているが、将来的には最大の不安要素。数日前に白銀監督と話をする機会があった。かつて、チーム崩壊の原因となったそれを、すでに彼は予期しているようだ。仮想敵が内側にしかいない、というのはマズイ。一度、外部に目を向けて、一丸となって団結することが今回の目的である。

 

 

 

 

 

風見中学の選手達が、コート半面を使ってウォーミングアップを始めた。残りの半面にボク達が集まる。帝光中は、四隅に分かれてのスクエアパス。走りながらボールを受け取り、パスを出す。1軍に上がった黄瀬君も、練習には慣れてきたようだ。流れるように対面の青峰君にボールを回す。

 

「ナイスパス」

 

互いに動きの中で受け渡すスクエアパス。基本的な練習であるが、しかしここは帝光中学である。当然ながら、その練度は高い。他校よりも素早い動きに合わせて、正確に方向や強弱を狙ってパスを出すのは容易ではない。

 

黄瀬君の出したボールは十分に及第点。赤司君との居残り練習により、彼の技術は先輩達に引けを取らないものとなっていた。手本が良いとはいえ、相変わらず異常な成長速度である。

 

「っと……ボクの番ですね」

 

自分の番になったので、ボールを受けるために一歩を踏み出した。シュート練習、ドリブル練習はダントツで最下位のボクだが、パス練習だけはそれなりにできる。他校の選手達の前で、恥をかかずに済みそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

試合前のウォーミングアップを切り上げ、ベンチへと戻っていく。対戦相手は全中でもぶつかった『無冠の五将』実渕怜央。彼の率いる風見中学は、全国屈指のワンマンチームである。3種のシュートを操る『夜叉』は、とても油断できる相手ではない。万全を期して、スタメンは1年生の5人。ボクと黄瀬君を除いた、いつもの布陣である。

 

「……やっぱ、スタメンはまだ早いッスか」

 

発表を聞き、黄瀬君は落胆の声と共にベンチに腰を下ろした。さすがの彼も、現時点では力不足。ユニフォームをもらっているだけ上出来だろう。温存されるボクも、同じく隣に座る。

 

懸念していた灰崎君と黄瀬君の衝突。1軍に上がる際に、最も心配していたことである。かつては練習中、ことあるごとに喧嘩をしていた彼らだが、幸いなことに現在は平穏を保っている。灰崎君がすでに覚醒しているからだろう。他と隔絶した能力を持つがゆえ、未熟な黄瀬君など眼中にないのだ。元々、灰崎君の攻撃的な性格と同属嫌悪が不和の原因である。

 

おかげで、当分は彼らの間で大きな問題が起こることはないだろう。

 

 

 

スタメンの皆がコートの中央に集まり出す。そこに向かう前に、灰崎君がベンチに立ち寄った。座っている黄瀬君の前に立つと、覗き込むように顔を近付ける。偉そうに口元を歪めた。

 

「よお、黄瀬。練習疲れたろ。雑魚はベンチで休んでな」

 

挑発的に嘲笑する灰崎君。

 

「あぁっ……!?」

 

黄瀬君は苛立った風に低く声を漏らす。怒りを込めて睨みつける。それを薄ら笑いを浮かべて見返した。敵意剥き出しで視線をぶつけ合う。

 

……前言撤回。やはりこの2人は犬猿の仲のようだ。

 

ハァ、と小さく溜息を吐く。この関係を修復するのは難しそうだ。というか、まったく自信がない。まぁ、問題があるのはどちらかと問われれば、間違いなく灰崎君である。早くも才能を開花させてしまった弊害か。歴史よりも、調子に乗っているらしい。主将である虹村先輩よりも強力なプレイヤーとなってしまったせいで、それに赤司君が覚醒前であるのも加えて、増長しているように見える。このままでは部内に亀裂が生まれてしまう可能性が高い。

 

……いずれ、釘を刺す必要がありそうですね。

 

 

 

将来の対処に頭を抱えつつ、ボクは二人から目を離した。紫原君と赤司君の会話が耳に入ってくる。コートに向かう

 

「ねえ、赤ちーん。ちょっといい?」

 

「どうした、試合前に。」

 

間延びした声に、赤司君が簡潔に返す。

 

「この試合は、オレにボール回してくんない?」

 

「……珍しくヤル気だね。構わないよ、相手チームのインサイドは脆弱だからね」

 

「んー。じゃあ、こっちで決着をつけちゃうから」

 

紫原君らしからぬ積極性に、少しだけ彼も驚いたようだが、すぐに了承した。良い傾向ではあるし、『無冠の五将』以外のマッチアップは基本的に帝光が上。第1Qは紫原君を中心に攻めてみようと、彼は考えたのだろう。そしてそれは、破壊的な威力を発揮する――

 

 

 

 

 

 

 

試合開始から数分後。会場である帝光中第一体育館の一堂は震撼させられる。

ただひとりの怪物によって――

 

「つ、強すぎる……」

 

「化け物かよ……」

 

相手ベンチから震えた声が聞こえてくる。同じ人間とは思えない、圧倒的な身体能力。純粋な肉体性能で他を隔絶する、帝光中学のひとりの怪物。

 

「紫原っ!」

 

ハイポストに陣取る彼に向けて、赤司君からのパスが届く。フリースローライン付近で、ゴールに背を向けた体勢でボールを受け取る。背後には相手チームのCが、前を向かせまいと密着マーク。

 

この状況こそが、Cというポジションにおける定位置。ここからの勝負こそが、Cとしての1on1。持ち前の埒外の筋力を生かして、力づくでパワードリブルで押し込む。中学生離れした身長と腕の長さを生かして、その場で振り向きつつ、驚異的な高さの打点でシュート。他のポジションとは異なる、特徴的な基本戦法である。

 

「これ以上、させてたまるか……!」

 

相手選手が吠える。だが、彼にとっては残念なことに、紫原君は背後の脅威など微塵も感じてはいなかった。障害とすら、見做していないかもしれない。ただの一瞥でボクはそう判断した。それほどに、彼我の存在感、熱量は隔絶していた。

 

「なん……ビクともしない…!?」

 

「もうちょっと、本気でやってくんない?」

 

インサイドに入れまいと、相手は本気で押し返そうとする。両足を踏ん張り、全身全霊の力で外へ押し出す。全中で対戦したときも、同じ相手が紫原君とのマッチアップだった。常人離れしたパワーに終始圧倒されていた印象だ。その時よりもさらに、明らかに紫原君の力強さが増しているように思える。まるで重厚な高層ビルと対しているかのような。相手の顔が絶望的な色に染まった。

 

「相手にならな過ぎなんだよねー。……捻り潰すまでもないかー」

 

周りにも分かるほどの大きな溜め息を吐いた。明らかに見下された相手は、瞳に怒りを湛えて、歯噛みする。絶対に止める、と決死の覚悟を抱いた。しかし、そんな薄っぺらい覚悟程度で埋められるほど、『キセキの世代』は甘くない。

 

 

――紫原君の巨体が、彼の視界から消え去った。

 

 

「え?」

 

唖然とした表情で、喉から困惑の声を漏らす。狐に化かされたかのような非現実感。何が起きたか分からないという風に、左右に首を回した。幸い、その疑問はすぐに解決する。

 

背後で鳴り響く轟音、紫原敦のダンクによって――

 

種も仕掛けもない。

 

 

――超高速でのターン

 

 

純粋な速度によって、紫原君は反応すらさせずに抜き去ったのだ。あの巨体から想像もできないほどに俊敏な、身のこなしとドリブル。恵まれ過ぎた体格ゆえに、これまで彼は帝光中でも動作が遅い方に分類されていた。それは当然だ。高身長も筋肉も重さに繋がるし、それは速度を阻害する。

 

しかし、その常識を彼は覆した。

 

「は、速すぎないッスか……?明らかにオレよりも…いや、下手すれば青峰っちに匹敵する……?」

 

隣の黄瀬君が呆然とつぶやく。敵だけでなく、味方までもが圧倒的な性能に驚愕していた。この試合で開花した、紫原君の才能。昨日までの彼とは、まるで別次元の完成度である。強さと高さに加え、速さまで。純粋な身体性能においては、中学、いや高校まで含めても間違いなく最優。

 

「相手が見失うのも無理はないですね」

 

愉悦で口元を小さく吊り上げ、ボクは微笑する。密着状態で、あれほど高速で動かれては、まさしく消えたように見えたろう。相手に同情を禁じ得ない。力で負け、高さで負け、さらに速度でも負けるとなれば、できることなど何もない。彼は蒼白になった顔面を盛大に引きつらせる。完全に心が折れていた。

 

 

 

 

 

 

 

一方的な虐殺は続く。相手Cにとっては悪夢だったろう。追いつけず、動かせず、届かず。赤司君から受け取ったボールを、一瞬でゴール下まで運び、ダンクを決める。彼の進攻は何者にも侵せず、相手に無力感のみを思い知らせる。

 

「うおおっ!豪快っ!」

 

「ありゃ、もう反則だろ……!?」

 

圧倒的な戦力差。ダブルチームだろうと無関係に侵略する絶対者。何人たりとも止めることはできない。それは守備面においても同じこと。むしろ超高速の反応速度は、ディフェンスにこそ猛威を振るう。インサイドでシュートモーションに入った瞬間、叩き落されるボール。無敵の城砦が帝光の陣地に築かれたのだ。

 

「くっ……やっぱり、私が何とかするしかないのね」

 

必然的に、勝負に出られるのはアウトサイドのみ。幸いにも彼はその専門家(スペシャリスト)――『無冠の五将』がひとり、『夜叉』実渕怜央。

 

「『天』のシュートッ!さすが一筋縄じゃ行かないか……!」

 

高等技術、フェイダウェイでの3Pシュート。緑間君のブロックを避け、放たれたボールはリングをまっすぐに通過する。全国最強にすら対抗しうる逆襲の一矢。塞ぎ込んだ相手チームの士気が復活する。

 

「このまま終わらせるものですか!」

 

前回の試合での雪辱を誓ったのだろう。わずかだが、シュート精度が上がったようだ。執念と共に、実渕の反撃が始まった。『天』と『地』、2種のシュートを用いて帝光から得点を奪い取る。紫原君の暴虐にも集中を切らさず、ロングシュートのみで喰らい付いてきた。だが、その執念はひとつの才能の前に崩れ去る。

 

「その技、オレがもらうぜ」

 

嫌らしく唇をひと舐めして、灰崎君は才能を発現した。

 

赤司君からボールを受ける。その場所は普段よりも遠い、3Pラインの外側。即座にシュートモーションに入る。直前に実渕さんに嘲るように視線を送ったのが見えた。慌てて相手もブロックに跳ぶが、その表情が凍り付いた。

 

「何でアナタが、私のシュートを……!?」

 

実渕が驚愕と共に叫ぶ。後方に跳び、ブロックを無効化する脅威のシュート。

 

 

――『天』のシュート

 

 

誰の邪魔も入らず、放たれたボールはリングをまっすぐに通過する。相手チームからは落胆の声が、味方からは歓声が発せられた。愕然とした様子で立ち尽くす実渕さん。だが、本当に心が折れるのはこれからだ。それを知るボク達は、この時点で勝利を確信した。

 

ふと視線を隣に向ける。一心不乱に、食い入るようにコート内を凝視する黄瀬君の姿があった。

 

「ちょっ……どうしたんですか……?」

 

ボクの声に気付く様子もない。視線の先は灰崎君のようだ。見ているこちらに寒気を感じさせる集中力。鬼気迫るほどの専心でもって、彼の一挙手一投足を洞察している。そういえば灰崎君の能力を見たのは、これが初めてだったか。同系統の能力であると、本能的に直感したのか。

 

ボクは口元に手を当て、くつくつと声が漏れないよう笑う。才能の覚醒を予感した。

 

 

 

 

 

 

 

ここから先は消化試合に過ぎない。少なくとも、帝光中の面々にとっては。

 

「やってくれたわね。だけど、そんな猿真似で動揺を誘おうっての?」

 

「猿真似かどうかは、自分が一番分かるはずなのだよ」

 

「何ですって……!なら、見せてやるわ!」

 

実渕さんがボールを受け取り、虚勢を張る。呆然自失の状態から何とか立ち直ったが、被害は残っているらしい。わずかに声が震えている。灰崎君のシュートが猿真似ではなく、自身と同等以上の完成度であることは一目で理解したはずだ。何せ自分の技なのだから。だというのにこんな言葉を吐くとは、つまり現実を直視できないのだ。自分を騙すことで、何とか戦意を保っている。そんな崖っぷちの状況からは、すぐに谷底へと叩き落される定めだ。

 

「これが本物の『天』のシュ……なっ!?」

 

明らかにバラバラなフォームで、ボールは明後日の方向へ飛んでいった。投げた瞬間に、彼は自身の変調を理解する。空中で崩れた体勢のまま、大きく目を見開いた。これが灰崎君の能力――『強奪』の効果。

 

 

相手の技を奪い、使用不能にする。

 

 

リングにすら当たらず、ボードで跳ね返ったボールを紫原君が確保。カウンターの速攻が始まる。

 

「赤ちーん、パス」

 

「決めろ、灰崎」

 

紫原君から赤司君、最前線に走り出していた灰崎君、と高速でパスが繋がった。障害となるのは、唯一戻っていた相手PG。絶対に抜かせまいと立ち塞がる。ドリブル突破と思いきや、灰崎君は3Pライン手前で急停止。虚を突かれた相手も、即座に直感する。ストップからのジャンプシュート。しかも、これは自軍最強のシュートであると。必死の形相で手を伸ばし、ブロックに跳んだ。『天』のシュートに対応するため、普段よりも奥へ向かって。それが仇となる。

 

「おいおい。オレが奪ったのが一つだなんて、決めつけんなよ」

 

「し、しまっ……!?」

 

「当然、両方ともオレの物だ」

 

モーションが一瞬止まる。シュートフェイク。それを理解した瞬間、相手の顔が引き攣った。『天』のシュートは囮。もう一つの、『コレ』を生かすための――

 

 

――『地』のシュート

 

 

相手にぶつかりながら、ファウルを貰いながら、打つシュート。ブロックの勢いで衝突するが、空中で体勢を立て直しつつ、正確にボールを投げ放った。ガツン、とリングに弾き返される。

 

「おっと……さすがに百発百中とはいかねぇか」

 

だが、と彼は嘲るように笑う。

 

「フリースローを3本決めりゃあ同じことだ。それに、今のを見ちまったってことは……」

 

実渕さんは今後、『地』のシュートも使用不可になったということ。敗戦を確信した彼は、苦渋に塗れた顔を俯かせた。

 

灰崎君が敵の牙を奪い、紫原君が虐殺する。戦いにすらなっていない。ほんの数ヶ月で風見中学は、『無冠の五将』は、相手にならなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

試合結果は114-35。被害得点の大部分は後半で、前半は誰一人として、紫原君を突破できなかった。

 

残念ながら、白金監督の目論見とは裏腹の結果となってしまった。すなわち、他校に敵は無く。仮想敵は内側にしか作れないと。

 

 

 


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