Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第27Q どっから取ってきやがった

 

 

 

ボールの弾む速度が上昇していく。ドリブルが次第にオレンジの線へと変わる。コートを叩く大音量が鼓膜を震わせた。オレは攻撃の準備を整えながら、灰崎と対峙していた。

 

「ハッ……またこりずにその技かよ。劣化品でオレに勝てると思ってんのか?」

 

さっき仕掛けた、葉山小太郎の『雷轟の(ライトニング)ドリブル』。全力で放ったそれは、無残に打ち砕かれた。同じことをすると思ったのか、灰崎は口元を歪めて嘲笑った。進化させた自身のオリジナルドリブルを模倣(コピー)できるはずがない、という自負だろうか。

 

だが、オレが狙うはその技の模倣(コピー)である。

 

「行くッスよ」

 

一言つぶやくと同時に、オレの脳内から音が消失する。集中力が最大限に高まる感覚。手足の隅々まで神経が行き渡っている。理想的な状態のまま、右足を一歩踏み出した。これまでで最速のドライブ。灰崎はついてくる。予想通り。ここからが雷速のクロスオーバーの真骨頂。

 

葉山小太郎の『雷轟の(ライトニング)ドリブル』

灰崎祥悟のオリジナルドリブル。

 

優劣こそあれ、どちらも同系統の技術である。今回のオレのドライブには、しかし、どちらとも違う事、一点。

 

――外側に大きく伸びる右腕

 

通常のドライブに比べて、ボール1個分外にズラしている。一瞬、灰崎の顔色が怪訝なものに変わる。

 

肩や胴を壁にすることで、相手との間に距離を置けるため、スティールされにくいという利点はある。だが元々、ただのドライブでは抜けないのだ。普通なら意味のないアレンジ。

 

足元から腰、肩、腕から右手の指先まで瞬時に連動させる。予備動作なく、刹那のズレもなく。指先に集約された力を開放する。雷速で疾走する弾丸。同時に行われる、右足首を起点とした、急激な方向転換。さっきのターンで、灰崎はこれを阻止して見せた。しかし、今回は――

 

 

――灰崎の視界から、オレの姿が消失する

 

 

左側から、一息のうちに抜き去った。交錯の寸前、こちらを見失った灰崎の、驚愕に固まった顔がちらりと映った。自分がやられてみると分かるだろう。一瞬の光の点滅のように、身体ごと視界から消え去る脅威を――

 

『雷光の(フラッシュ)ドリブル』

 

アンタの技、模倣(コピー)させてもらったぜ。

 

シュートが決まった。呆然と立ち尽くす灰崎。オレの顔には自然と、満足気な笑みが浮かんだ。新たな扉を開いた、その確信を得た。技そのもののコピーではなく、技の効果の模倣(コピー)。

 

 

――『完全無欠の模倣(パーフェクトコピー)』

 

 

今回の模倣。最大の工夫は、ドライブの際にわずかに遠くにズラしたボール。その分だけ、灰崎の視線も右手側にズレる。黒子っちの技術を利用した『視線誘導』。もちろん、相手も超一流のプレイヤー。ボールの動きにそうそうつられることはない。しかし、意識がボール半個分、いや四分の一個分でもズレれば――

 

その一瞬をオレの眼は逃さない。身体ごと消える灰崎のオリジナルドリブルの完成だ。

 

「テメエ……!」

 

苛立ちを隠さず、拾ったボールを床に叩きつけた。自慢の技を模倣されたことに、衝撃を受けている。流れはこちらにある。周りの先輩達も同じ意見だろう。しかし、その見解は間違っている。このドリブルには明白な欠点が存在するのだ。

 

理由は弾速の低下。力というものは、身体の中心に近ければ近いほど籠めやすい。離せば離すほど、力を集約するのが困難になるのだ。ボールの位置を遠ざけ、ドリブルの速度を維持するには、通常よりも多くの筋力が必要。

 

現時点では、灰崎のドリブルの使用は、利き腕である右のみに限定される。しかも、手首に掛かる負担の大きさから、連続での使用も難しい。いまだ戦況は灰崎がわずかに有利。

 

「ざけんじゃねーよ!黄瀬!」

 

雷速のクロスオーバーで、すぐさま点を入れ返す灰崎。向こうの攻撃力は健在。だが、これ見よがしにオレは笑って見せた。余裕の様子のこちらに、灰崎は苛立たしげに舌打ちする。こちらの模倣(コピー)の欠点を、アイツは知らない。実際の戦況の有利不利が問題ではない。精神的な優位こそが、重要なのだ。今こそ、灰崎打倒の好機。

 

「どうッスか、今の気分は?」

 

挑発的にオレは口元を歪め、意識を集中させる。ゆったりとしたドリブルから、勢いよく駆け出した。灰崎も追いすがる。繰り出す技はすでに決めてある。今まで一度も、仲間達にすら存在を隠してきた技――

 

 

「奪えるもんなら、奪ってみな」

 

 

――ストップからのジャンプシュート。

 

繋ぎ目を感じさせない一連の動作。流水のように滑らかで、氷像のように精緻。流麗な舞のごとき。バスケの基本にして究極。優美にして正確無比。完成された芸術作品と見紛う精巧さ。

 

かつてオレも魅了された、氷室辰也のプレイ。

 

「んなっ……!?」

 

この場の全員が一瞬、動作と思考を停止させ、目を見開いた。釘付けにされた。体育館が静寂に包まれ、直後どよめきが訪れる。

 

「すげえ……魅入っちまった。何だよ、今の技……!」

 

「どっから取ってきやがった。あんなのできる奴なんて、見たことないぜ」

 

口々に驚きの言葉が交わされる。目の前には、強張った表情の灰崎。動揺は最高潮に達した様子。しかし、瞳は煮え滾った怒りに染まっていた。

 

「上等だ。奪い取ってやるよ」

 

センターラインで立ち止まり、こちらに刺すような視線を向ける。『強奪』を試みた。

 

 

 

 

 

 

勝負の終わりは、あっけなく訪れた。灰崎の放ったシュートは、リングに弾かれた。因縁の対決の幕を下ろす。

 

アイツでは、氷室の技を使いこなすことができなかった。自身の技量を超えた模倣は、精度の低下をもたらす。つまり、オレと灰崎のセンスの差が勝敗を分けたのだ。

 

相手の動揺がピークになった時を狙い、保有する最高難度の技を『強奪』させる。存在意義を問われた挑発に、鈍った判断力は逆らえない。こちらの技を奪い、優位を取り戻そうとしたのだ。

 

結果は見ての通り。

 

 

オレと灰崎にとって、これ以上の決着はない。

 

 

灰崎にとって、『才能』で負けることは我慢のならないことだろう。無言のまま、互いに視線を交差させる。しばらく黙り込んだのち、一度舌打ちをして、出口へと向かっていく。捨て台詞を残して。

 

「チッ……やってられるか。……オイ、部活辞めるって監督に伝えとけ」

 

「……了解ッス」

 

やっぱ、こうなるか……。軽く肩を竦め、嘆息する。このプライドの高い男が、敗北して部に残るとは思えなかった。勝負を行う前から分かっていたことだ。他の部員達も察していたのだろう。去っていく彼を引き留めようとはしなかった。

 

――黒子っち以外は。

 

「待ってください」

 

怪訝そうな顔つきで振り向く灰崎。

 

「部に残ってください。キミの力が、まだ必要です」

 

「あん?んなもん知ったことかよ。部活なんざ、やりたいヤツだけやりゃいいだろーが」

 

正論だ。しかし、黒子っちの気持ちも分かる。共感はできないが、想像はできる。灰崎の才能を惜しんでいるのだ。しかし、アイツがそんな言葉に耳を傾けるはずもない。説得は無意味。彼もその答えは予想していたのだろう。衝撃の提案を投げ掛けた。

 

「1on1、ボクに負けたら従ってください」

 

「……テメエ。オレをコケにする気か!?」

 

「いえ、本気ですよ。桃井さん、審判をお願いします」

 

灰崎の顔が怒りに染まる。平然と黒子っちは言葉を続けた。

 

「できれば人目が無い場所がいいですね。第3体育館に行きましょうか」

 

「勝てると思ってんのか?一人じゃ何もできない、貧弱なテメエが!」

 

「もちろんです。それとも、逃げますか?」

 

表情を変えずに挑発する黒子っち。

 

「そうかよ。なら、オレが勝ったらテメエも部を辞めろ。それでよけりゃ、勝負に乗ってやる」

 

「おい、灰崎!何を言って……」

 

「いいですよ。じゃ、行きましょうか」

 

ざわめきだす部員達。黒子っちが辞めたら帝光にとっては大打撃だ。静観を保っていた赤司っちも止めに入ろうとするが、即座に了承され、彼らは出て行ってしまう。

 

「あまり見られたくないので、10分くらいは中を覗かないでくださいね」

 

振り向いた黒子っちは、そう一言を残して姿を消した。オレ達は困惑の様子で、互いに顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

結局、オレ達は様子を見に行くことにした。黒子っちの向かった第3体育館に走る。不安に駆られ、誰もが顔にわずかな焦りを浮かべていた。

 

やけに自信ありげな黒子っちだったが、意外とあっさりやられることあるからな……。オレと勝負した時も、普通に負けたし。

 

『突然変異の怪物』『帝光中学の影の支配者』とも呼ばれる彼だが、その異才は補助の面でのみ発揮できる。スピード、パワー、テクニック。全ての点で、灰崎に劣っている。本来、勝ち目など存在しない。まあ、それでも何とかしそうな底知れなさはあるけれど。考えているうちに目的地に到着した。先頭の青峰っちが勢いよく扉を開く。

 

 

 

ボールが転々とコート上を弾む。その音だけが静かな体育館に響く。信じがたい光景が目に飛び込んできた。

 

 

――床に膝をつき、うなだれる灰崎と、無表情で見下ろす黒子っち。

 

 

桃っちの手にしたホワイトボードには、3-0の文字。

 

「マジかよ……あの野郎が、ストレートで…!?」

 

呆然とつぶやく青峰っちの声に、彼は振り向いた。

 

「ああ、ずいぶん早かったですね。まだ5分も経っていないのに」

 

何事もなかったかのように、平然と彼は発した。オレ達は、その様子に戦慄する。驚愕の事態が顕現していた。そして、灰崎はこちらに気付いた風もなく、顔を上げて声を震わせる。

 

「お前……何をしやがった」

 

「それでは、約束通り部活を続けてくださいね」

 

「答えろ!オレに何をしやがった!」

 

怯えの籠った視線でにらみつけ、声を荒げる灰崎。一目で虚勢とわかる、青ざめた顔。初めて見た、コイツのこんな姿。ゾワリと、得体の知れない何かが背筋を這いまわる錯覚。手足が凍り付いたかのように、動かない。理由は未知への恐怖、畏怖。オレ達は甘く見ていた。底知れないという言葉を使って、分かったつもりになっていた。まだ黒子っちの実力の片鱗しか、体験していないというのに――

 

「ボクの編み出した、『視線誘導』の神髄。陰陽で名付けた、ふたつのうちの一つ」

 

未完成の上、本来の使い方とは違いますが、と彼は肩を竦めてみせた。小さく笑うその姿からは、深淵に飲み込まれてしまいそうな、圧倒的な虚無をイメージさせられる。淡々と、彼はその名を口にした。間違いなく常識の埒外であろう、恐るべき技の名を。

 

 

――『光』の視線誘導(シャインミスディレクション)

 

 

 


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