Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第28Q 決勝で会おうな!

 

 

 

全国中学校体育大会――通称『全中』の季節がやってきた。

 

灰崎君も残留し、万全のメンバーで臨む帝光中学バスケ部は、地区予選を順当に勝ち進んでいった。危なげなく、どころの話ではない。まるで試合になっていない。毎試合100点ゲーム。相手の得点は一桁。途中でメンバーチェンジをしてこれだ。あまりの楽勝ムードに、仲間達のモチベーションが低下するのも時間の問題だろう。

 

全中の後は、何か手立てを考えなければならない。灰崎君にしても、とりあえず部に残したものの、やる気のない状態では意味がない。頭を抱えたい気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

全中の会場である東京体育館。観客のひしめく2階の観覧席で、ボクは小さく溜息を吐いた。月バスで特集され、今大会も地区予選で圧倒的活躍を見せる『キセキの世代』。注目を集める彼らの試合を見ようと、初日から会場は満員御礼だ。珍しく選手や保護者以外の一般人で賑わいを見せている。

 

影を薄くしていて、気付かれないのは幸いだった。首を回して辺りを確認し、手元の紙に視線を落とす。今大会のトーナメント表だ。

 

「この組み合わせは……どうなんですかね」

 

独り言を漏らす。少しは彼らを楽しませてくれるとよいのだが……。

 

「ああっ!黒子じゃん!」

 

突然、明るい声が耳に届き、驚いて振り返る。快活さと爽やかさを感じさせる、学ラン姿の男子。中学で別れた、懐かしい顔が手を振っていた。

 

「お久しぶりです。荻原君」

 

「雑誌で読んだぜ!帝光中学の『キセキの世代』!すげえらしいじゃん!」

 

笑顔で駆け寄ってくると、彼は興奮気味にしゃべりだした。メールや電話で連絡は取っていたが、実際に会うのは、中学に入ってから初めてだ。とはいえ、予想はしていた。かつての未来でも、全国まで勝ち進んでいたからだ。

 

「このトーナメントだと、反対側のブロックか。オレらも絶対勝ち進むから、決勝で会おうな!」

 

彼の言葉に頷きつつも、その望みが叶わないことを知っていた。トーナメントで当たる、鎌田西中学に敗戦するということを。約束は叶わない。もちろん、ボクが何の助言もしなければだが。

 

「けど、そっちの山は激戦区だよなー。有名な『無冠の五将』が全部集まってるじゃん」

 

「知っているんですか?」

 

「黒子のトコとは戦ったことないけど、無冠の方はいくつか練習試合したことあるんだよ。とんでもない強さだったぜ」

 

それらの試合を思い出したのか、神妙な面持ちで唇を噛んだ。どうやら負けたらしい。

 

「去年の全中で帝光に負けてから、血の滲むような訓練をしたらしい。気を付けろよ」

 

「忠告、ありがたく受け取っておきます」

 

だとすれば、今大会も捨てたものではない。何の期待もしていなかったが、わずかに気分を昂らせ、改めて眼下のコートを見下ろした。それから、十数分ほど荻原君と近況を報告し合い、集合場所へと戻る。

 

中学2年の全中、その2度目が行われた。

 

 

 

 

 

 

 

――対『雷獣』葉山小太郎

 

 

 

満員の観客に見守られ、始まった初戦。相手は去年、灰崎君と激戦を繰り広げた『無冠の五将』がひとり。マッチアップは黄瀬君。互いに相対して、目線を交わす。先取点を奪わんと、オフェンスの葉山さんがドリブルを開始した。弾速は目では追えないほど。相手は中学最強、帝光中学。出し惜しむ気はないらしい。初手からトップギア。床を叩く爆音が鳴り響く。

 

「去年のアイツとやれないのは残念だけど、見せてやるよ。改良したオレの必殺ドリブルを――」

 

前回の全中で、灰崎君を苦しめたあの技。彼の代名詞と呼べる、『雷轟の(ライトニング)ドリブル』。それが牙をむいた。全速のドライブで、まずは一歩を踏み出した。手首を返し、雷速のクロスオーバー。ボールが彼の眼前から消え去ろうとして――

 

「うーん。ちょっと早くなったんスかね……?」

 

前に出した左手で、あっさりとカットされた。

 

「なんでっ……オレのドリブルが……!?」

 

葉山さんの顔が驚愕に歪む。対照的に、黄瀬君は退屈そうに嘆息した。

 

スティールからのワンマン速攻。本来ならば、相手チームに追いつける者はいない。それほどに、『キセキの世代』の身体能力は群を抜いている。だが、黄瀬君はあえて速度を落とし、葉山さんに追いつかせた。その不自然に彼は気付かない。

 

「くっ……させっか!」

 

必死の形相で回り込み、叫ぶ。試合開始直後、先取点の奪い合い。この一度の攻防で勝敗が決すると思ったのだろう。野生の本能を全開にした。最高の反応速度を発揮する相手に、しかし黄瀬君は何の脅威も感じていない。

 

「ええっと……手首の返しは、こんな感じッスよね」

 

葉山さんの視界から、ボールが消失した。

 

「出たっ!黄瀬の模倣(コピー)!」

 

観客がどよめく。放つのは雷速のクロスオーバー。

 

 

――『雷轟の(ライトニング)ドリブル』

 

 

先ほど見せた、1年間の努力の結晶たる、改良版のドリブル。しかも――

 

「オレより、完全にキレてっ……!?」

 

オリジナル以上の精度と威力。黄瀬君の身体能力と技術は、それを可能とする。豪快なダンクを決め、振り返った顔にはつまらなそうな色が宿っていた。失望の溜息を吐き、ひとりごちた。

 

「灰崎の足元にも及ばない。一年も掛けて、その程度の改良ッスか……」

 

 

 

帝光 131-12 修獣館

 

 

 

 

 

 

 

――対『悪童』花宮真

 

 

 

苦渋に塗れた表情を浮かべつつ、PGの花宮さんは舌打ちする。周囲に視線を巡らせながら、ドリブルでボールを保持。強烈な威圧を発する赤司君を前に、第1Qの中盤にも関らず滝のような汗を背中に流していた。

 

「ずいぶん困っているようだね」

 

「……うるせえ」

 

涼やかな赤司君の声に、相手は苦悶の色を滲ませる。去年とは真逆のシチュエーション。高速で脳内演算を行い、相手のパスコースを高精度で予測し、スティール。どこに出してもパスカットされる。そんな『蜘蛛の巣』に敵を捉えるのが、花宮真の才能である。

 

だが、現在の彼は被捕食者の気分を味わっていた。

 

「いくら考えても無駄なことだよ」

 

平然と赤司君が勧告する。どれだけパスルートを探したところで、彼らの戦力では勝率など存在しない。マッチアップ相手との能力値に差がありすぎる。数多の手を全て封殺される予測。仕掛ければ即、止められる感覚。それを味わっているのだろう。苦々しげに声を漏らす花宮さん。ボールをキープしつつも、戦況打開が不可能であると悟る。

 

「チッ……味方が役立たずか。たしかにこのチームじゃ、どうにもなんねーな」

 

苛立たしげに吐き捨てた。諦念を顔に滲ませる。

 

「いや、そういう意味じゃないさ。これから、キミがパスを出すこ――」

 

赤司君の言葉を遮るように、彼は動き出す。狙うは、コートを切り裂く鋭利なパス。予備動作は小さく、相手の警戒も甘い。諦めの表情はブラフ。相手の注意を引くための。蔑みの視線を向けて、赤司君を嘲笑する。だが、次の瞬間には――

 

「バカが!余裕見せてっから……え?」

 

 

――その両手から、ボールが弾き飛ばされていた。

 

 

呆然自失の顔で、花宮さんの動きが止まる。反応すらできずに、気付けばボールが消えていた。隔絶した実力差。花宮さんの瞳が、恐れによって黒く濁った。ワンマン速攻が決まり、自陣に戻る赤司君は、物分かりの悪い子供に対するように声を掛ける。

 

「勘違いしているようだから、教えてあげよう。先ほど、考えても無駄だと忠告したのは、出せるパスコースがないからではない」

 

冷酷な未来を、赤司君は告げた。

 

「今後、お前がパスを出すことはないからだ」

 

 

 

帝光 113-7 開智

 

 

 

 

 

 

 

 

――対『夜叉』実渕玲央

 

 

 

第3Q、交代で試合に参加した灰崎君は、不満を隠さず、つまらなそうに舌打ちした。対面する相手は、3種のシュートを使い分けるSG、実渕玲央。ただし、その顔色は曇り切っている。前半戦で自身の技を模倣(コピー)され続け、自信喪失したのだ。すでに圧倒的な点差がつけられ、逆転は不可能な状況。

 

「チッ……こんな消化試合、やってらんねーぜ」

 

勝敗の決まった試合など、何の楽しみもない。彼の全身から、退屈そうな雰囲気が漂っている。だが、監督の指示には従うようだ。ボクとの一戦以来、練習や試合にはきちんと参加してくれている。嫌々なのは目に見えているけれど。モチベーションはともかく、仕事はする。まずはそれで充分。

 

今大会、全盛期である中学3年のときよりも奪われる得点が少ない。みんなのペース配分もあるが、多くは彼のおかげである。『キセキの世代』と同等の交代要員がいることで、スタミナ不足でバテることが激減した。まあ、灰崎君としては不本意な貢献だろうが。

 

「まあいい。さっさと終わらせてやるよ」

 

「私達にもう勝ち目がないとしても……。少しでも点差を縮めてみせるわ」

 

コートから出て行ったのは、神掛かり的な精度を有するシューター、緑間真太郎。スタメンがひとり抜けたことで、気力を取り戻したのか。わずかながら声音に戦意が籠る。緩慢になりつつあった動作に、キレが戻る。腰を落とし、対面の眼付きの悪い、ピアスの男に意識を集中させる。

 

しかし残念ながら、状況はまるで好転していない。むしろ悪化したと言える。目の前にいるのは『キセキの世代』に匹敵する才能、灰崎祥吾。

 

 

――能力の凶悪さでは、帝光中学随一である。

 

 

「結構面白い技だったし、もらっといてやるよ」

 

赤司君からパスが渡る。それを受け取り、灰崎君はシュート態勢に入った。リングとの距離は遠い。ノーフェイクでの3Pシュート。

 

「ちょっと!そんな簡単に打たせるわけ……」

 

ブロックに跳ぼうとした実渕さんの動作が停止した。ピクリとも手足が動かない。想定外の体験に絶句する。無抵抗の相手を前にして、灰崎君は悠々とボールを投げ放った。この技を、実渕さんは知っている。いや、知っているどころではない。

 

 

――『虚空』のシュート

 

 

「何で私の技を……!1年間、必死に完成させた私の技を……。アナタも、見ただけで真似たというの……!?」

 

血を吐くように、今にも泣きだしそうな絶望の形相で、彼は叫んだ。才能の壁というものを、まざまざと見せつけられた。ネットを揺らす乾いた音が鼓膜を震わせる。黄瀬君に引き続き、またしても自慢の技が模倣(コピー)されるなど、悪夢でしかないはずだ。

 

「そんな……ありえないわ…」

 

悲壮な表情を浮かべ、完全に心が折れた様子の実渕さん。気の毒には思うが、まだ絶望は終わっていない。

 

「え?……私のシュートが…」

 

相手のターン。お返しに『虚空』のシュートを放ったが、ボールはリングの遥か手前に落下する。テンポは乱れ、フォームは崩れ、明らかに異常をきたしていた。これは灰崎君の『強奪』の副作用。自身の技を使用不能にされてしまった。

 

残りの2Qは地獄だろう。彼は絶望するしかない。必死に身に着けた3種のシュート。それを使えるのは、自分ではなく。コート上に2人。倒すべき敵だけだということに――

 

 

 

帝光 144-15 風見

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ決勝戦。去年は苦戦した『無冠の五将』の選手達。あまりにも手ごたえのない試合だった。圧勝過ぎて、部員達の顔には喜びよりも困惑が浮かんでいた。ここまで全てが100点ゲーム。全国大会においてさえ、接戦どころか、10倍以上の得点差が当たり前なのだ。達成感は皆無。むしろ罪悪感が湧いてしまうほど。

 

「なあ、いくら何でも退屈すぎねーか?」

 

「そうだよね~。弱すぎて、ヒネリ潰しがいもないって言うか」

 

試合前のロッカールーム。青峰君は、気乗りしなさそうに口を開いた。紫原君もそれに続く。他のメンバーも、無邪気に喜ぶ様子はない。

 

「この分じゃ、決勝も期待できそうにねーよな」

 

ベンチに腰掛け、落胆の溜息を吐く青峰君。事前の予測通り、モチベーションが低下しているようだ。圧倒的な勝利は気持ちが良いものだが、それもここまで続けば別である。何とか強敵をあてがいたいが、残念だが決勝の相手は彼らの期待に沿えないだろう。

 

対戦相手は鎌田西中学。かつての歴史では、前半リードを奪うほどに帝光を追い詰めたチームである。だが、所詮は小技に頼るレベル。テイクチャージ以外に見どころはない。

 

「じゃあさ、ちょっとしたゲームにしないッスか?」

 

名案を思い付いた、という風に、黄瀬君が楽しげに提案する。ボクは軽く目を閉じた。やはり、この結果になったか。嫌な予感しかしない。

 

 

――相手が荻原君じゃなくてよかった。

 

 

今回、友人の所属する明洸中学を決勝に残すこともできた。テイクチャージさえ気を付ければ、素の実力に大きな差はない。しかし、ボクはアドバイスをしなかった。帝光中学と戦わせたくないからだ。

 

「敗北をバネに強くなる」

 

よく語られる言葉だが、実践できるものは多くない。ましてや、相手が埒外の天才、理外の怪物たる『キセキの世代』であればなおさら。破滅的な戦力差に、心を折られる選手が大半である。未来でバスケを辞めてしまった荻原君のように――

 

だからこそ、同じ愚は繰り返さない。身代わりの羊(スケープゴート)を立てておいた。鎌田西の選手達。心の中で軽く、彼らに謝っておく。きっと、絶望や後悔、悲哀を味わうだろう。願わくば、そのショックから早く立ち直って欲しいものだ。

 

 

 

 

 

黄瀬君の提案した非道なゲーム。モチベーション低下に歯止めを掛けるために、もちろんボクは賛成した。

 


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