Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第30Q オマエらは、潰すことにしたぜ

 

 

 

米国――ロサンゼルス。

 

晴れ渡る異国の空の下、オレはベンチに座り、辺りを見回した。今日のイベントのために、多くの人々で通りはごった返している。人種の坩堝と呼ばれるだけあって、日本とはまるで雰囲気が違う。まあ、さすがに合計10年以上も住めば、何の違和感も覚えないが。

 

「タイガ!ここにいたのか」

 

視線を横に向けると、オレが兄貴と慕う少年、氷室辰也が手を上げていた。泣きボクロが特徴的な、端正な顔立ち。しかし、かつての記憶よりは幼い様子で、手にした2枚の紙片を開いて見せる。

 

「ほら、メンバー表だ。さっき登録してきた」

 

「サンキュー。とうとうオレらも初公式戦だな」

 

「部活って訳でもないからな。苦労してメンバーを集めた甲斐があったよ」

 

ポーカーフェイスをわずかに崩し、口元を綻ばせる。今日と明日はストリートバスケットの大会なのだ。TVカメラや取材も訪れるほど。出場チームは50を超え、2日間を掛けて行われる、国内でも有数の大規模トーナメントである。

 

名の知れたチームも多く出るが、そこにオレ達もエントリーされている。メンバーは5名。師匠であるアレックスが、クラブのコーチを始めたので、そこの教え子達である。年はオレらと同じくらいで、実力はそれなり。出場名簿に視線を落とす。

 

 

 

――4番、火神大我

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が過去に戻ったのは、今から5年前。理由は分からない。目が覚めたとき、オレはアメリカに住んでいた頃の自室のベッドの上にいた。両親がいて、昔の家があった。WCで赤司に敗れ、自宅へ帰っている途中までは記憶にある。だが、それ以降は何も思い出せない。理解不能な現実があった。オレは時間を遡ったとしか思えない。困惑したが、すぐに気を取り直した。難しいことはどうでもいい。

 

昔に戻ってバスケができる。

 

それも、かつての経験を持ったまま。オレは喜んだ。この時代から練習を積めば、きっと赤司にも勝てる。鍛錬に励み、技術を磨く。タツヤやアレックスとも出会った。多少、関係性は変わったが、それでも順調にチカラを付けてきた。そして――

 

 

 

――チカラを付け過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

まばらに観客が見守る中、オレ達のチームの試合が始まった。まずは初戦。段になった観客席に囲まれた、ストリートのコート。ルールについてだが、日本の高校バスケと異なる点がいくつか。

 

プレトーナメント(予選)は、1試合10分。本選は前後半制で合計20分。オールコートで5on5の形式。初日のプレトーナメントは、短時間でサクサク進む。試合回数はあるが、体力的には余裕があるスケジュールだろう。仲間達が疲労で力が発揮できないという状況は、避けられそうだ。そうなると楽しめないからな。

 

 

 

タツヤからのパスを、ワンタッチで方向転換。タップパスで走りこむ味方に繋げる。

 

「ジョニー、決めろよ!」

 

「ナイスパス」

 

寸分狂わず手元に収まったボールを、浅黒い肌の少年がジャンプシュート。リングを擦りつつ、通り抜ける。

 

「やったぜ!」

 

「調子良いじゃねーか!次もドンドンいくぜ」

 

喜ぶジョニーとハイタッチをかわす。他の仲間達も、今日が初の公式戦だ。タツヤや他のメンバーもジョニーを手を叩き合う。今回、オレはサポートに徹することにした。

 

数プレイも見れば、相手の実力は把握できる。バスケの本場、アメリカといえど、全員が日本のプロ並みという訳ではない。対戦相手は年上のチームだが、WCで戦った地区予選の高校と同程度だ。オレは囮になって、仲間を活かして楽しませることに決めた。

 

「クソッ……また!」

 

カットインからの、アウトサイドへのパス。切り込んで相手の注意を引きつつ、警戒の甘くなった味方へと繋ぐ。この試合、3本目のロングシュート。フリーで放たれた3Pシュートがようやく決められた。

 

「ルーカス!ナイスシュート!」

 

カウンターを警戒して戻りながら、オレは声を上げる。ルーカスも自慢げに自分の胸を叩いた。盛り上がる仲間達。相手チームのパスをカットし、ボールをタツヤに預ける。続けてこちらのターン。

 

フォローに徹した初戦。味方の活躍によって、勝利を収めることができた。

 

 

 

 

 

 

 

その後も破竹の勢いで勝ち進み、危なげなく初日を突破する。連戦の疲れを癒すため、他の仲間達は予約したホテルに戻らせた。監督兼引率のアレックスもそちらである。初めての勝利にはしゃぐヤツらを抑えるのは大変だろう。静かに同情する。だが、彼らが楽しめたのは何よりの収穫だった。

 

オレ達のチームのモットーは、『バスケは楽しく』だ。

 

仲間に花を持たせるために、サポートに回った甲斐があったな。

 

 

 

そして、オレはというと偵察を行っていた。気分はただの試合観戦だけど。ストリートバスケ界で最も有名なチーム。前回大会の優勝者でもある。今回も優勝候補筆頭との呼び声高い、その選手達を確認しに来たのだ。世界でも有数のプレイを観戦に来たのだ。まあ、オレより劣るのは当然だが、それでも良い楽しみにはなるはずだ。

 

「この間、日本に戻ってきたよ」

 

試合開始までの待ち時間に、タツヤは思い出すようにつぶやいた。

 

「タイガの言っていた、帝光中学の『キセキの世代』。そのひとりに会ってきた」

 

「へえ、感想は?」

 

オレは問い返す。即座に彼は断言した。

 

「凄まじい才能だ。まさか日本に、しかも下の年代にあれほどの逸材がいるなんて……」

 

「だろ?」

 

「これまで積み重ね、磨いてきた技をことごとく模倣(コピー)された。しかも初見で。信じがたいセンスだ」

 

その言葉にオレの表情が変わる。奪われたのではなく、模倣(コピー)された。黄瀬に会ってきたのか?バスケを始めたのは中2からだ、と黒子に聞いていたんだが……。記憶違いだろうか。

 

「試合の中で、彼は急激に覚醒を果たしていった。とてつもない成長速度だった。まさに天才と呼ぶにふさわしい。オレとは違い、そしてオマエと同じように」

 

かすかに悔しげな顔をのぞかせる。

 

「稀有な才能だ。彼が3人いれば、トリプルチームにつけば、もしかしたら――本気のオマエとも戦えるかもしれない」

 

オレは思わず目を見開き、タツヤの方へ向き直った。驚きを隠しきれず、一瞬だけ息が詰まる。オレの戦力の三分の一。いくら何でも過剰戦力だ。成長速度が異常すぎる。日本でオレの知らない何かが始まっている。それを直感した。

 

「おおっ!出てきたぞ!チーム『Jabberwock』!」

 

没入した思考を遮るように、耳に歓声が入ってきた。両チームが現れ、ゆっくりとコートに足を踏み入れる。まずは優勝候補筆頭、『Jabberwocks』のメンバーに視線を向けた。

 

「……ガラ悪いな。ストバスの試合だからって言えばそうなんだけどよ」

 

アメリカの不良のイメージそのものだ。しかも、身長が高くてガタイがいいから、余計に威圧感を発してしまっている。まあ、ストバスやってれば珍しくもないか。ただ、やけに雰囲気がある。

 

一方、相手チームを見ると、東洋系のアジア人選手が揃っていた。見た感じ、体格も悪くない。初日の最終試合ともなると、勝ち残ったチームのレベルは相当に高い。ストバスの有名選手やプロも参加しており、TV中継されるのは伊達ではない。初日終了の時点で、すでに日本のインターハイ、全国区に匹敵する実力者達である。

 

「前回優勝者のチカラ、見せてもらうぜ」

 

期待を込めてつぶやき、軽く唇を舐めた。

 

 

 

 

 

 

 

はっきり言って、試合内容はひどいものだった。

 

「クソみてーな試合だな」

 

吐き捨てるようにつぶやいた。あまりにも一方的な戦い。いや、ただの遊びだった。明らかに『Jabberwock』の連中は相手をナメている。初めのうちは湧いていた観客達も、いまや冷ややかに眺めていた。

 

白人の青年、ナッシュ・ゴールド・Jr。チームを束ねるリーダー。彼が高速のドリブルで、前後左右にボールを振り回す。ディフェンスの相手は、もはや心身ともに疲労困憊。目にも止まらぬ超絶技巧に目標を見失ってしまう。

 

「ど、どこにボールが……!?」

 

慌てる相手を鼻で笑うナッシュ。嘲笑を浮かべつつ、彼は両手を大きく左右に広げた。その手の中にボールはない。消えたボールの行方を探そうと、相手がキョロキョロと首を左右に動かした。

 

「ハハッ!サルにふさわしい馬鹿面だな!」

 

「なっ……背中から!?」

 

舌を出して罵声を浴びせながら、背後に弾ませていたボールを肘で叩く。トリッキーなエルボーパスで味方に回す。

 

受け取ったのはジェイソン・シルバー。『神に選ばれた躰』と謳われ、天賦の身体能力を保有する。分厚い筋肉を纏う黒人の大男は、舌を出して相手の顔面にボールを投げつけた。額にぶつけられ、鈍い音と共に跳ね返る。それをシルバーは軽くキャッチした。

 

「おいおい。せっかくボールくれてやったのに、いらねぇのかよ」

 

相手は鼻を抑えて苦悶の声を漏らす。大声で笑いながら、シルバーは中指を立ててマッチアップの選手を挑発した。

 

万事この調子だ。相手をコケにするプレイ。それしかしていない。明らかにやりすぎだ。ストバスにおいて、これらのトリックプレイや挑発は珍しくないが、その範疇を超えている。ただの弱いものイジメ。見るに堪えない。

 

「噂で聞いた通りのチームだな」

 

瞳に怒りを灯し、タツヤが口を開いた。クールな見た目の割に熱い男だ。意外と正義感に燃えているらしい。

 

「そうなのか?」

 

「ああ。去年、表舞台に姿を現してから、とにかく悪評の多いチームだよ。バスケファンの一般人にまでは伝わっていないが……」

 

知らなかった。オレは雑誌読んだり、NBAの試合を観戦する程度だからな。昨年の大会優勝者で、快進撃を続けているとしか情報を持っていないのだ。

 

「若干15歳前後の若いチームでありながら、ハイスクールの全国優勝校を圧倒し、非公式試合ではプロにも勝利する。すでに完成度は極限。実力は凄まじいの一言だが、耳にするのは悪い噂ばかりだ」

 

酒、タバコ、ドラッグ、女。もはや典型的とも言える。暴力事件も数知れず。問題行動のオンパレードらしい。

 

「今大会は大人しいと思っていたが、やはりこうなったか。キャプテンのナッシュは差別主義者で有名だからな」

 

「なるほど。対戦相手がアジア系だからってわけか」

 

試合に目を戻すと、心を折られて俯いた顔の選手達の姿があった。そして、それを嘲笑いながらゴールを決める『Jabberwock』の面々。趣味の悪い見世物のようだ。観客の中には、席を立つものも出ている。

 

「コイツら、決勝まで来るぜ」

 

「ああ、そうだろうな。途中で敗退するのは考えづらい」

 

明らかに手を抜いているが、オレもそれなりに実力は読める。ナッシュ・ゴールド・Jrとジェイソン・シルバー。特にこの2人の性能は群を抜いている。タツヤと同等か、それ以上。オレ達とは決勝でぶつかることになる。危惧すべき状況だ。対応策を考えなければ。

 

「アイツらと戦わせるのは良くないな。決勝ではオレの方で何とかするか」

 

アレが相手では、仲間達も楽しみづらいだろう。タツヤはともかく、他のメンバーでは勝負にならない実力差だ。仕方ない。あの2人はオレが封殺してしまおう。それで邪魔なのは消えるな。

 

それでも一応、確認はしておくか。

 

 

 

 

 

 

凄惨な試合の幕が閉じられる。結果はもちろん、『Jabberwock』の圧勝。最後まで相手を小馬鹿にしたプレイを続け、一矢報いることさえ許さなかった。

 

「サルの分際で、バスケしようなんて生意気だぜ。二度とオレらの前で無様な玉遊びを見せるなよ」

 

打ちひしがれる相手選手の顔に、ナッシュは唾を吐きかける。他のメンバーも手を叩いて爆笑し始めた。

 

「じゃあな。クソ雑魚ども。身の程を知れよ」

 

最後に高笑いを残して、ナッシュはコートを後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

試合後のナッシュ達を追いかけ、オレは先回りして姿を見せた。現れた見知らぬ人間に眉をしかめる。ほがらかにオレは片手を上げて挨拶する。

 

「明日、たぶん試合することになる者だ。一応、挨拶しておこうと思ってな。よろしく頼むよ」

 

握手を求めるように、右手を差し出す。彼らは呆気に取られた風に停止し、直後大声で笑い始めた。

 

「ハハハハッ!おいおい!サルが何か言ってるぜ!」

 

「誰か知らねぇが、勘違いし過ぎじゃねーか?」

 

ナッシュは笑いを零しながら、こちらに指を突きつける。

 

「まだ分かってねぇのかよ。テメエらのやってるのはバスケじゃねぇ。みっともねぇ、ごっこ遊びだってことによ」

 

同調して他のメンバーも挑発的なポーズを見せた。だが、オレの心には何も響かない。自分でも意外なほどに冷静だった。昔ならば頭に来ていただろうが、今は何も感じない。

 

理由は分かっている。目の前のコイツらが、バスケの勝負で相手にはならないからだ。ただの粋がった雑魚にしか思えないからだ。明らかな格下がはしゃいでるようにしか見えない。それは、オレに勝てる奴など存在しないという確信。

 

「まあ、もし試合で当たるようなら地獄を見せてやるよ。テメエら全員、バスケを辞めたくなるくらいにな」

 

だが、その言葉だけはオレの怒りに触れた。息を大きく吸い込み、気持ちを切り替える。審判は下された。

 

 

「わかった。オマエらは、潰すことにしたぜ」

 

 

その宣言は、自然と口をついて出た。決勝の方針を考えるために、実際に会ってみたが。コイツらと話した上での結論だ。オレ達がバスケを楽しむための障害になる。ならば潰すしかない。邪魔をする者は許さない。

 

「マジで言ってんのかよ!ククッ……。頭おかしいんじゃねぇか?」

 

見下すように笑う連中を無視して、オレは踵を返す。

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日、オレ達は決勝でヤツらと戦うことになる。ただし、そこには誤算がひとつあった。

 

ナッシュ・ゴールド・Jrとジェイソン・シルバー。

 

コイツらの実力の高さだ。現在の年齢は15。高校時代の『キセキの世代』よりも年下なのだ。先入観があった。だからこそ、初見でヤツらの実力を見誤ってしまった。まあ、強くなり過ぎて、相手のチカラを見抜くような弱者の感覚を忘れてしまったのも原因だが。

 

中学3年から急成長を始め、高校でも進化を続けた『キセキの世代』。彼らとは違い、この2人はすでに完成しきっていた。アメリカ広しと言えども、この世代において才能は比類なし。

 

軽くお灸を据えてやる、という程度の気持ちで臨んだ試合。オレにとっては想定外だが、ある程度拮抗した勝負となる。戦えてしまったのだ、オレと。全力のオレと。

 

 

 

――その事実は彼らを、より凄惨な結末へと導いていく。

 

 


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