Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第31Q オレの『眼』には未来が見える

 

 

 

前日に引き続きの、雲一つない晴天。家族連れも多く、賑わいを見せる野外の試合会場。観客席は満員で他に座る隙間も見当たらないほどだ。全面のバスケットコートを囲んで、階段状に様々な人々の姿が並ぶ。若いバスケファンから家族連れまで。TV中継のカメラも準備万端の様子。最終試合への期待感で、会場のボルテージはこの上なく高まっている。

 

決勝を戦う両チームがコート中央で対面した。事前の予想通り、相手はチーム『Jabberwock』。余裕ぶった嘲笑を隠そうともせず、こちらを見下すように視線をよこす。ガラの悪い男達を前に、仲間達の顔にわずかな怯みが浮かんだ。

 

こうして始まる決勝戦。大会の最後を飾るメインイベント。最初のプレイは、ナッシュ・ゴールド・Jrによる――

 

 

――タツヤの顔面めがけての投擲だった。

 

 

 

 

 

 

 

決戦前夜。狭いホテルの一室で、オレは仲間達に告げる。決勝に勝ち進んだ場合の布陣をだ。2つある部屋のベッドの上に腰掛け、全員を見回す。

 

「おいおい、タイガ。もう決勝の話かよ。気が早すぎるぜ」

 

「そうだよ。この辺りからはプロとも当たり始めるんだし」

 

ジョニーが苦笑し、ルーカスが不安げに眉をひそめた。たしかに、大規模な大会だけあって、参加者のレベルは非常に高い。だが、オレは何の心配もしていなかった。負けることなどありえない。そして、それはオレの実力を知る師匠、アレックスも同様だった。風呂上がりのTシャツ姿で、濡れた長い金髪を揺らしながら応える。

 

「いや、今はシーズン中だし、プロといっても一流どころが参加しているわけじゃない。今日のように、お前らがバカスカ決めるのは無理でも、タイガとタツヤが要所を抑えれば、十分に勝ち残れるさ」

 

「中学生のチームで、ここまで残ってるだけでも奇跡的だってのに……。せっかくだし、優勝も狙うか?」

 

赤毛をいじりながら、アルフが調子よく笑う。夢物語のように感じているだろうが、オレにとっては確信だ。

 

「だが、決勝の相手は、おそらく『Jabberwock』。その強さは別格だ」

 

タツヤが硬い表情で口を開く。全米で恐れられるチーム。その名前を聞き、仲間達の顔が引きつった。無理もないことだが、さすがに委縮するか……。そして、特に有名なのがあの2人。

 

ナッシュ・ゴールド・Jrとジェイソン・シルバー。

 

悪魔的に超越した才能は、近い将来、トッププロにすら比肩すると言われる。

 

「みんなには厳しいことを言うけど。さすがにアイツらを相手にするのは荷が重い」

 

オレの言葉に、皆は小さく笑って肩を竦めた。

 

「いや、そりゃそうだろ。そんなうぬぼれてねーよ」

 

「超有名チームだぜ。勝負できるだけで思い出になるレベル」

 

それなら大丈夫か。アレックスには許可を取ったが、あまりにも露骨な布陣だからな。大きく息を吸い、仲間達に決勝の戦術を告げる。

 

「明日のマッチアップ。PGのナッシュはタツヤが、Cのシルバーはオレが、それぞれ相手をする。攻撃もだ」

 

 

――攻守共にオレとタツヤのみで勝負

 

 

それが作戦だった。

 

 

 

 

 

 

試合直後にナッシュが仕掛けた挑発。作戦通りマッチアップを務めるタツヤ。その顔面に向けて投げつけられたボール。会場中が一瞬、息を呑む。迫りくるそれを――

 

「甘く見るなよ」

 

 

――タツヤは片手でキャッチした。

 

 

驚きの表情を浮かべるナッシュ。だが、その顔は直後、さらに驚愕に固まることになる。

 

反撃のカウンター。単独速攻を狙いドリブル突破を仕掛けるタツヤ。それを止めようと立ちはだかるが、その守りをワンフェイクで抜き去られる。残像すら見えるほどの、真に迫ったボディフェイク。

 

「何だ……この精度は…!?」

 

超絶美技。流麗な舞のごとき精密なステップで、ナッシュの横を通り過ぎる。PGからのスティールにより、単独速攻の態勢に移行した。

 

だが、さすがは優勝候補筆頭。恵まれた身体能力で先回りし、再び目の前に立ち塞がる。タツヤは勢いに乗って、そのままドライブでの突破を試みる。と思わせておいて――

 

 

――ストップからのジャンプシュート。

 

 

繋ぎ目の一切見えない、技術の粋を集めた一連の動作。流水のごとき、滑らかなプレイの切り替え。会場中が魅入り、息を呑むのが分かる。あれだけの技巧を誇るナッシュでさえ、わずかに反応が遅れたほど。ブロックに跳び、手を伸ばすが、間に合わない。中空を舞うボールがリングを通過するまでの一瞬の静寂。ネットを揺らす音が空気を揺らした。

 

「うおおおっ!先取点は、まさかのチーム『Alex』!」

 

「なんつー美麗なプレイだよ!?」

 

ざわめく会場。誰も想像できなかった試合展開。伏兵の存在に盛り上がりを見せる。幸先の良いスタート。仲間達がタツヤとハイタッチをかわす。

 

「サルの分際でやりやがったな……」

 

押し殺した怨嗟の声を漏らすナッシュ。相手チームの顔が引き締まる。慢心はもう存在しないらしい。タツヤも、同様に警戒を強めている。先ほどの、基本技術を結集させたシュート。初見にもかかわらず、ナッシュはブロック寸前まで手を伸ばしていた。残念だが、2度は通じまい。正面突破は困難、と判断したはずだ。

 

 

 

相手のターン。意趣返しとばかりに、PGのナッシュが仕掛けた。マッチアップの相手はタツヤ。高速のドリブルで、前後左右にボールを振り回す。技巧を凝らしたトリッキーな揺さぶり。派手でありながらも、精度は絶大。タツヤでさえも、ついていくのに必死だ。

 

「クッ……さすがに巧い」

 

しかし、身体能力や試合経験はともかく。こと技量においては、高校時代と比較しても遜色ないタツヤである。すでに最警戒モードに移行しており、易々と抜かれることはない。

 

「オレの揺さ振りについてくるか……」

 

ナッシュはつぶやくと、カットインからパスへと切り替える。しかし、ただのパスではない。

 

 

――タツヤの脇をボールが通過した。

 

 

「なっ……いつの間に!?」

 

シルバーの手にパスが渡った。タツヤは慌てて振り向く。気付いたらボールが放たれていた。そんな風な、驚愕の表情を浮かべている。指一本すら動かせなかった。それは、タツヤが相手の動作の予兆を感じ取れなかったということ。一切の予備動作なしに、ノーモーションで出されたパス。恐るべき高等技術である。

 

そして、ボールを手にしたジェイソン・シルバー。2mを遥かに超える屈強な肉体。意外にも、ローポストより少し離れた位置でボールを受けた。マッチアップの相手はオレ。Cのコイツが、1on1を仕掛けるつもりか……?

 

「見せてやるぜ。力の差ってヤツをよぉ!」

 

ストバス仕込みのトリッキーなドリブルとムーブ。何よりもオレを驚かせたのは、その異常な速度。

 

「……っ!は、速え……!?」

 

この巨体からは想像もできない俊敏な動き。凄まじい敏捷性(アジリティ)。オレの対応を超えたドライブ。

 

瞬時に、相手に半歩リードされ、後方にステップして追いすがるも距離が縮まらない。相手側優位の態勢のまま、シルバーは跳躍し、豪快にボールを持った右腕を伸ばす。だが、オレも負けじと跳び上がり、空中で身体をひねりつつ、左掌を叩きつけた。だが――

 

 

――シルバーの膂力は群を抜く

 

 

重い。

 

そう感じた直後、オレの身体はボールを叩いた左腕ごと弾き飛ばされていた。思わず目を見開く。こちらの防御を突き破った、豪快なダンクが炸裂。コートに叩き落され、尻餅をつかされる。愉快そうにこちらを見下ろすシルバー。不十分な態勢だったとはいえ、オレを吹き飛ばすヤツがいるとは。

 

「信じらんねーぜ」

 

呆然と見上げるオレの口から、無意識に言葉が零れ出る。侮って良い相手ではなかった。一度の交錯で刻まれた強烈な衝撃。その超越した性能は、これまで経験した中でも屈指のモノだった。

 

「大丈夫か、タイガ?」

 

心配した様子で駆け寄ってくる仲間に、片手を上げるだけで答える。ナッシュの技量もそうだが、シルバーのそれはあまりに圧倒的だ。未来における強敵達。『キセキの世代』と謳われた埒外の天才達のことを思い出す。たった今、見せつけられた性能は彼らに匹敵する。

 

 

青峰大樹の『敏捷性(アジリティ)』

紫原敦の『力(パワー)』

過去のオレの『跳躍力(ジャンプ)』

 

 

全てを兼ね備えた怪物。高校時代のオレ達よりもひとつ年下だというのに、同等のチカラを有している。もしも当時、戦っていたならば性能面では負けていたに違いない。

 

隔絶した才能だと思っていた、ヤツらよりも上がいたのか……。

 

世界の広さを思い知らされた気分だった。ゴールから離れる形でパスを呼ぶ。PGのタツヤからジョニーへボールが渡り、オレの手元に届く。対面するはジェイソン・シルバー。想像を超えた事態を確かに認識し、意識を切り替える。シルバーは挑発的に舌を出して笑った。

 

「まさか勝負するつもりか?テメエの貧弱な身体じゃ、相手にもならないぜ」

 

速さは青峰並。パワーは紫原並。ジャンプは昔のオレ並。笑いだしたくなる。『神に選ばれた躰』と恐れられるのも当然だ。あまりにも圧倒的。馬鹿げた身体能力だ。なぜなら、それは――

 

 

「今のオレ並ってことじゃねーかよ!」

 

 

一瞬のうちにシルバーを抜き去った。フェイクをひとつだけ入れた、最速のドライブ。それだけで相手のディフェンスを突き破る。驚愕に固まるシルバーの表情。先ほどの焼き直しのように、オレはダンクに跳び、わずかに遅れて相手もブロックを試みる。空中で伸ばした左手で、シルバーはボールを叩き落さんと全力を込める。

 

だが、今度はコッチの態勢の方が良いぜ。

 

「うおおおおっ!」

 

目の前の障害を無視して、リングにボールを叩き込んだ。ブロックに跳んだシルバーを薙ぎ倒す。コートに背中から落とされ、相手は呻き声を上げる。

 

「ぐっ……なん、だと…!?」

 

信じられないモノを見るように、尻餅をついた状態でこちらを見上げるシルバー。オレの口元に薄く笑みが浮かぶ。予想外に楽しめそうな相手の出現に、気持ちを隠しきれない。シルバーの顔が、憤怒の色に染まる。

 

「よこせ、ナッシュ!この東洋人をぶち殺してやる!」

 

ナメられたと思ったのか、激情のままにボールを要求する。さっきと同じく、リングから距離を置いた地点で受け取った。復讐の1on1。カットインを目論んだ前傾姿勢。オレは目を細め、軽く息を吐く。速力が互角の相手に平面勝負?

 

「おいおい、そりゃオレをナメすぎだろ」

 

交錯の瞬間、手元のボールを弾き飛ばしてやった。

 

 

 

 

 

 

 

高校時代のオレを超える、埒外の身体性能。疑問を覚える者もいるだろう。なぜ、同じ身体でそこまで性能が変わるのかと。

 

未来の青峰並の敏捷性。紫原並のチカラ。

 

それら全ては、『身体動作の最適化』に集約される。

 

例えば水泳。最も運動効率の良いフォームの探求。それが競技の至上命題である。ほんの微細な違い。それだけで同じ筋量でも、発揮できる瞬発力には雲泥の差が生じるのだ。

 

『キセキの世代』の短期間での急激な進化は、多くがコレに当たる。超集中状態である『ゾーン』の性能強化も、より精密に動作を制御できることが要因のひとつ。

 

『超跳躍(スーパージャンプ)』の際に、どのタイミングでどの部位を動かせばよいか。オレは身体で理解している。それをさらに磨き上げることで、過去の自分に匹敵する高さを得たのだ。あとは純粋に筋量を増やすだけ。身体が出来上がるのを待つだけという状態だ。

 

単純な腕相撲ならば、シルバーには及ばないだろう。だが、ことバスケに限るならば。オレはヤツと同等の性能を発揮できる。

 

 

 

過去の経験から学習した、身体操作能力。それに加えて、科学的なトレーニングも積んだ。動体視力などの自分では鍛えづらい箇所も、小学生の頃から訓練を重ねている。

 

メニューは師匠のアレックスが作成してくれた。彼女には非常に助けられた。WNBA時代のコーチに頼み込み、最新の科学トレーニングの手法やバスケの本場アメリカの戦術論、栄養バランスの取れた食生活まで、オレの代わりに必死に勉強してくれた。今のオレがあるのは、間違いなくアレックスのおかげだ。

 

 

そうして出来上がったのが、火神大我という埒外の怪物。

 

 

 

 

 

 

 

 

『神に選ばれた躰』ジェイソン・シルバーとの対決。互いにエース同士をぶつけ合う1on1の勝負。圧倒的なフィジカルを誇る両者の激突。観客の多くは、シルバー有利と予想していた。実績から言えば天と地の差があるからだ。

 

しかし、開始から数分が過ぎ、試合はオレ達のチーム『Alex』の優勢となっていた。

 

「らあっ!」

 

スピードに身を任せ、シルバーの脇を駆け抜ける。速度を落とさず、切り返しのクロスオーバー。相手を置き去りにし、フリーの状態でジャンプシュートを放った。シルバーも持ち前の反射神経でブロックに跳ぶが、わずかに届かない。

 

「アイツ、また決めやがった!」

 

観客が湧く一方、反撃の『Jabberwock』。シルバーによる単独突破。圧巻の敏捷性(アジリティ)を背景にした高速ドリブル。それをオレは、あっさりとスティールし、手元から弾き飛ばす。

 

「あのシルバーが、手も足もでねえ!?」

 

「とんでもない事態が起こってるぞ!」

 

どよめく観客席。すでに前半も5分が経過し、得点は14-6。オレ達の大量リード。身体性能が互角の相手を圧倒できた理由。それは経験だ。最高峰に位置するシルバーの敏捷性。しかし、それと同等の相手をオレは知っている。

 

――『キセキの世代』最強のドリブラー、青峰大輝。

 

幾たびも繰り広げたアイツとの死闘。常識を超えたハイスピードバトル。脳髄に焼き付いた光景が、オレに対応力を与えている。さらに、過去に戻ってからも、経験を積んだ。小学生のうちに、強力な大人の選手達と勝負を繰り返すことで、身体能力に勝る相手との戦い方を身に着けている。

 

敏捷性(アジリティ)とは、素早く正確に動くための能力だ。短時間に多くの動作を精密に行えるということ。これまでシルバーは、その性能の高さで相手を圧倒してきた。だが、同格の相手との勝負はほとんどない。コイツは練習嫌いで有名だ。試合以外での経験値もないと思っていいだろう。

 

勝負を楽しむために、オレはオフェンスではフェイクなどの技術を極力減らし、速度勝負やチカラ勝負を仕掛けている。技術勝負では、こちらが圧勝してしまう。ギリギリの戦いにするためだ。なので、1on1で勝つことも負けることもある。身体能力の戦いにして、あえて拮抗させるのだ。しかし、ディフェンスではそうはいかない。これまでの経験から、勝手に相手の動きを予測し、対応できてしまう。

 

その結果、シルバーを封殺してしまっていた。

 

「だが、ナッシュの野郎……。ここまでやられて、何でいまだシルバー一点張りなんだ?」

 

わずかな疑問を覚え、ナッシュの方へと視線を向ける。

 

何の手立てもなく、敗れた最強の駒に縋り続けるのはなぜだ?

 

 

 

 

 

 

その答えは、次のプレイで示された。

 

「この試合はじめて、シルバーが完璧にブロックしたぞ!?」

 

フリーで放ったはずのジャンプシュートが、叩き落された。目を見開き、シルバーの様子を窺う。届かない距離だったはず。ならば、相手の反応速度が上がったのだ。

 

ナッシュからシルバーへ、無拍子のパスが渡る。そのままドリブル突破。小刻みにステップを踏み、全速力のままで迫りくる。しかし、他の凡百の選手とは違い、相手はオレだ。行動を先読みし、最速の敏捷性(アジリティ)でとどめを刺す。だが、オレの右手は空を切る。

 

「速いっ……!?」

 

寸前で察知したのか、一瞬だけ早くロールで回避する。そのまま、高く跳躍し、破壊力抜群のダンクを叩きつけた。反撃の狼煙のごとく、会場中に轟く。コートに降り立ち、足を着くシルバー。間違いない、これは――

 

 

「『野性』――それも超弩級のな。島国生まれのサルじゃ、到底身に着けられないぜ」

 

 

こちらを見下すように、嘲笑交じりにナッシュが言い放った。『野性』とは、後天的に身に着ける修練の賜物。五感の鋭敏化に、経験則による高度な先読みが加わる。その効果は、危機察知能力の解放。反応速度の上昇である。

 

高校時代、何人かの使い手と戦ったことがあるが、ヤツらと比較しても、目の前の男の『野性』は凄まじい。

 

『無冠の五将』のひとり、葉山をジャッカル、『キセキの世代』の青峰をライオンと例えるならば。ジェイソン・シルバーは古代の恐竜。それもTレックスのごとき、圧倒的に暴虐を予感させるほどの。

 

後天的資質であるはずのコレを、まさか生まれつきで保有する人間がいるとは思わなかった。過去を含めて、オレの経験に存在しない強敵。

 

本当に、面白いほどに同じだ。オレは薄く笑い、意識をさらに切り替える。五感を鋭敏化させ、身体を本能の囁きに任せる。

 

 

 

 

 

 

 

パワーアップした絶対者の復活に、『Jabberwock』の士気が一気に高まった。相手の動きが冴え始める。ハーフコートを広く使って、縦横無尽に走り回る。ここまでは遊びだったとでも言いたげに、ナッシュは余裕の表情で点差を縮めにかかる。最も確実な方法で、つまりはシルバーへのパスによって。

 

「ハッ!こうなりゃ、テメエらは終わりだ。良い夢は見られたかよ?」

 

顔を醜悪に歪め、愉しげに罵声を飛ばしながら、ヤツはボールを投げ放つ。一切の予備動作を排した、察知不能のノーモーションのパス。タツヤが反応すらできず、大気を裂いて飛来する。

 

 

オレはそれをカットした。

 

 

「何だと!?アレに反応できるはずが……」

 

予測を超えた事態に、ナッシュの動きが一瞬鈍る。それを見逃さず、タツヤはボールを受け取り、単独速攻を決める。

 

 

 

再び、相手の攻撃。ナッシュは警戒心を露わに、慎重にボールをキープ。周囲に目を配り、脳内で攻めの算段を行う。シルバー覚醒の良い流れを切らないためにも、確実に決めたいだろう。選ばれたのは、目先の変化。

 

「ニック、決めろ!」

 

ノーモーションで放たれたパスは、オレとは反対側。戦力差が大きい、別のマッチアップからの勝負。味方のジョニーが抜かれ、ミドルレンジでジャンプシュートを放つ。だが、それは――

 

「そこはオレの守備範囲内だぜ」

 

瞬時に駆け抜け、ブロックに跳んだ、オレの手によって阻止される。本来ならば、届くはずのない距離。間に合わないタイミング。オレの見せた超反応に、相手は絶句する。

 

「まさか、お前も『野性』を……?」

 

目の前の選手、ニックが震える声で尋ねた。瞳には畏怖の色に染まっている。オレは頷いた。

 

「アイツには、本当に驚いたぜ。まさか、オレと同じくらい――『野性』を使えるヤツがいるなんてな」

 

自然と顔に喜びが浮かぶ。こちらの想像を遥かに超えて、アイツは楽しませてくれる。ここ数年できなかった、真剣勝負をできそうだ。期待を込めて、シルバーに視線を向ける。だが、想像とは異なり、ヤツは愕然と頬を引きつらせていた。

 

もしや、これで打ち止めか?

 

内心にかすかな苛立ちを覚える。微少に生まれた怒りをドリブルに込めて、単独でのドリブル突破を仕掛けた。スピードだけでなく、テクニックを駆使した高速機動。左右にボールを振り回し、テンポを小刻みに変化させる。無数のフェイクを散りばめつつ、まっすぐに走り抜ける。

 

ひとり、ふたりと軽やかに抜き去っていく。途中、カバーに入ったシルバーでさえ、股の下を潜らせるトリッキーなドリブルで鮮やかにかわせた。技巧を取り入れた勝負であれば、相手になるはずもない。楽しい時間も終わりか。落胆と共にダンクに跳ぼうとして――

 

 

――オレの手からボールが弾き飛ばされた。

 

 

「なっ……いつの間に!?」

 

驚愕と共に、犯人を見据える。

 

ナッシュ・ゴールド・Jr。

 

クツクツと押し殺した笑い声を漏らす。首を傾け、傲岸不遜な様子でもって、口を開いた。

 

「まさか、切り札を使う羽目になるとはな。シルバーを圧倒するなんざ、このオレでさえ想像もできなかったぜ。だが、もう終わりだ」

 

たった今の、スティールされた感覚を、オレは知っている。速さでもなく。強さでもなく。巧さ、ともまた違う。背筋が凍るような錯覚。戦慄と共に記憶が蘇る。これは過去に敗北した、苦汁を舐めさせられた、手も足も出なかった、アイツの――

 

 

 

「オレの『眼』には未来が見える」

 

 

 

――赤司征十郎の『天帝の眼』

 

 

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