Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第32Q これがタイガの、全戦力だ

 

 

 

かつて誠凛高校バスケ部の一員だった頃。WC決勝戦で対戦した、洛山高校に君臨する支配者。赤司征十郎に、オレ達は敗北した。

 

――『天帝の眼(エンペラーアイ)』

 

その眼は、未来を見通す。

 

力も技も高さも速さも、オレの全てが封殺された。『カゲの薄さ』という特性を失った黒子。エース対決で惨敗するオレ。苦境を脱しようと無理をした木吉先輩の膝は壊れ、途中退場を余儀なくされる。

 

敗北は当然の結末だった。

 

その因縁の相手と同じ『眼』を持つ、ナッシュ・ゴールド・Jr。降って湧いた幸運に、歓喜の震えが止まらない。口元は自然と吊り上がり、脈打つ心臓の鼓動が興奮状態を伝えてくる。まさか、こんなにも早く試すことができるとは……。辛酸を舐めさせられた過去の宿敵。それと同種の能力を保有する相手と戦える。これ以上ないほどに楽しみだ。

 

「タツヤ!オレと替わってくれ!」

 

オレの手からボールが弾かれ、コート外へ出たタイミングで、大きく声を上げた。目的はナッシュとの一騎打ち。こんな極上の敵、見逃す手はない。意図を察し、タツヤは呆れたように軽く息を吐いた。

 

「ハァ……悪い癖が出たな。勝敗を度外視し始めたか」

 

やれやれと首を左右に振る。

 

「まあいいさ。最後の試合だ。好きにするといい」

 

タツヤは位置を変えながら、仲間達に指示を出す。陣形はボックスワン。ナッシュに対してはマンマーク。その他の4人はゾーンでインサイドを固める作戦だ。高い位置でボールをキープするナッシュに相対する。腰を落とし、正面から視線を合わせた。

 

「シルバーを倒して調子に乗ってんじゃねえよ。サルが」

 

だらしなく舌を出し、嘲笑うナッシュ。直後、放たれるノーモーションのパス。一切の予備動作なく、予兆なく、繰り出される予測不能の一撃。完全なるモーションで作動した、タツヤですら反応不能の一閃。それはオレが相手でも変わらない。閃光のごとき高速のパスが、シルバーの手元に届く。

 

「チッ……間近で見ると、マジで取れねー」

 

反射的に伸ばした左手は、わずかに指先を掠るのみ。その事実にオレとナッシュ、双方の顔色が変わる。

 

オレはパスカットできなかったという事実に。

 

ナッシュは、触れられたという事実に。

 

それぞれが表情を歪め、警戒心を露わにした。そのままシルバーのパワープレイで得点が決まり、こちらのターンに入る。

 

 

 

PGの位置に移動したオレにボール運びが任される。ゆったりと時間を掛けて、ハーフコートの攻防に持ち込んだ。ボールキープに専念しつつ、先ほどの交錯を思い出す。

 

傍目で見ている以上に、反応しづらい。予備動作無しで放たれる、高等技術を結集したナッシュのパス。全部止めてやろうと意気込んではいたが、そう上手く行きそうにない。『野性』を全開にして、もう少し慣れれば違うだろうが……。

 

相手もフェイクやドリブルを織り交ぜてくるならば、残念ながらオレでも五分。たしかに本来、パスカットを正面から成功させるのは至難だが、通ってしまえばシルバーが絶対の確率で得点してしまうのだ。得点率五割といえば、だいぶ不利になったと言える。

 

 

 

左肩を前に出した半身の姿勢。左腕を障壁にして、ボールをキープする。ナッシュと距離を取り、スティールを最警戒。PGの位置での初対決。オレは慎重な立ち上がりを選択する。互いに敵対的な視線を交錯させる。ナッシュの方から距離を詰めてきた。

 

勝負するか?

 

わずかな逡巡の後、様子見を選択する。パスによる逃げ。味方にボールを回そうとするが、その直後――

 

 

――オレの手からボールが弾き飛ばされる

 

 

「くっそ、この距離でかよ……!?」

 

思わず舌打ちする。為すすべなく、ナッシュの掌の侵入を許してしまった。刹那に満たない、わずかな肉体の無防備。その隙をヤツは逃さない。かつて戦慄を味わった、あの感覚。やはりコイツも持っている。赤司と同じ『眼』を――

 

 

 

 

 

 

 

16-12

 

前半戦が終わり、互いにベンチへ戻る。一時期、大きく広がった点差は、ジリジリと縮まり、今や十分射程距離圏内に収まっていた。原因はこちらの得点がぱったり止まったこと。ナッシュのパスは5割の確率で防いでいる。だが、肝心のオレの攻撃が封じられたのだ。シルバー相手では、タツヤの分が悪い。オレが得点できないことが、最大の問題点である。

 

「どうだい、タイガ。相手の感想は?」

 

「強い。予想以上に」

 

オレは静かに認める。ゴールドの強さ、いや厄介さは想像を超えていた。いまのオレならば、スピードとテクニックでゴリ押しできると思っていたが、ヤツの能力はそういった類のものではない。

 

相性が悪い。

 

その一言に尽きる。チカラや速さ、高さはこちらが圧倒的に優位。技術でさえ、五分には持ち込める。しかし、ナッシュの『眼』は、そういった目に見える強さではない。弱さを見抜く、異端としての強さ。

 

かつての相棒である、黒子テツヤに近い。あの、強さではなく、弱さを極めた異形のスタイル。アイツならば、きっと攻略できる気がする。

 

「それにしてもタイガ。お前、信じられないほど強いな」

 

「そうそう、あのシルバーを超えるって、どうなってんだよ」

 

仲間達が興奮した様子で肩を叩く。そういえば、コイツらの前で本気を出したことはなかったか。タツヤとの1on1の練習くらいだが、それでも速さを抑えてテクニック勝負にしていたからな。

 

「さて、後半についてだが」

 

休憩時間も残り少ない。アレックスが一度、手を叩いて皆を注目させた。

 

「最も勝率が高いのは、タイガをシルバーのマークに戻すことだろう。相手の得点力を封じる。残念だが、ヤツのパワーとスピードにこちらは対抗できていない。3人掛かりだろうと同じことだ」

 

タツヤも頷く。純粋な肉体的スペックの差。オレならば余裕で完封できるが……。

 

「逆にナッシュの方は、得点力についてはそこまでではない。パスとシュートは完全に捨てて、カットインだけを警戒。タツヤがマークすれば、ある程度封じられるだろう。まあ、つまり前半のままだが」

 

アレックスがこちらに問いかける。オレは左右に首を振った。

 

「だろうな。なら、後半5分。そこまでは好きにやればいい」

 

「ラスト5分は?」

 

分かり切ったことを、オレは尋ねた。彼女は小さく微笑する。

 

「全戦力で倒してこい。体力は保つだろう?あのいけ好かないガキ共を叩き潰してやれ」

 

「了解だぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

後半戦が始まった。マッチアップは引き続き、ナッシュ・ゴールド・Jr。その顔に浮かぶのはかすかな安堵と嘲り。オレがマーク変更していないことに対してだろう。戦えば勝てると確信しているのだ。だが、こちらも何の手立てもなく、やられていた訳じゃない。

 

予備動作を消したノーモーションパス。それを瞬時の反応で、右手を伸ばして止める。スティール成功。

 

「チッ……またか」

 

舌打ちするナッシュを横目に、オレ達の速攻。同時に駆け出したタツヤ。短いパスを回しながら、攻め込んでいく。しかし、ナッシュの戻りも早い。すでに自陣に回り込んでいる。

 

「タツヤ」

 

短く声を発し、パスを要求する。前半で相手の間合いは見切った。最も危険なトリプルスレットの態勢を避け、助走をつけて最高速で襲い掛かる。身構えるナッシュに対して、全力で挑む。

 

小刻みにテンポを変え、前後左右にボールを振り回す。視線やボディフェイクを無数に入れて、的を絞らせない。ナッシュの顔色が変わる。互いの速度差を考えれば、到底オレを捉えることなどできない。真に迫ったフェイクに、ナッシュの重心がズレた。

 

「よし!態勢が崩れ……」

 

 

――オレの手からボールが弾かれる。

 

 

膝から崩れ落ちながらも、伸ばした手で一瞬の隙を突いたのだ。しぶとい。だが、あと一歩か。

 

 

 

再びナッシュの手からボールが放たれる。こちらの予備動作を見切り、最も取りづらい箇所、反応しづらいタイミングでパスを出す。やはり、コレは未来を知る動きだ。『野性』の超反応ですら、わずかに届かない。指先が掠るのみ。ギリギリの攻防が続く。

 

そして、ボールは完全ノーマークのシルバーに渡る。2人もついているはずなのに、フリーで、しかもゴールまでの道が開けている絶好機。何の苦労もなく一直線で得点を決めた。

 

後半に入ってから、これが続いている。まるでオレだけでなく、コート全域の未来が見えているかのようだ。

 

「オレが『魔王の眼(べリアルアイ)』を使ってさえ、コレか……」

 

味方が得点したにもかかわらず、ナッシュの顔は浮かない。むしろ、苦々しげでさえあった。異様に高いパス精度だが、結局はオレの反応を超えなければ意味がない。ここから巻き返す。

 

 

 

 

 

 

そんなオレの決意とは裏腹に、時計は残り5分を切る。度重なる怒涛の攻めに、必死の形相で喰らいつくナッシュ。そこには初めの頃の余裕など微塵もない。肩で息を吐き、この短期間で消耗しきった様子だ。だがそれでも、苛烈を極めたオレの攻めを受けきった。ムカつく相手だが、見事と褒めざるを得ないだろう。

 

結果的に前半あれだけあったリードが、キレイに消え去り、同点に戻っていた。

 

「タイガ、時間になったよ」

 

リスタートの合間に、タツヤがチラリと時計を横目で確認して声を掛けた。オレは頷きを返す。名残惜しいが、仕方ない。ボールを預け、その場に立ち止まった。目を閉じ、大きく深呼吸をする。

 

不審がる仲間達を促し、タツヤはPGの代わりにボールを運ぶ。ゆっくりと時間を掛けて、相手コートに踏み込んだ。

 

ただ一人、置き去りにされたオレは、手足をだらりと脱力させる。視界を断ち、意識を深く沈めていく。頭にうるさく鳴り響く周囲の雑音が急激に小さくなる。

 

「どういうつもりだ?」

 

一方、マークを外されたナッシュは怪訝そうな様子で口を開いた。マッチアップの相手はタツヤ。

 

「2年前のことだ。オレとタイガは、あるイベントに参加した」

 

PGの位置でボールを保持するタツヤは、左腕で壁を作り距離を空ける。防御を最優先にした構え。返した言葉は昔話だった。

 

「それはNBA選手との交流会で、よくある地域貢献のひとつだった。ウチの近くで開催されたそれに、参加したのさ」

 

「何を言ってやがる……」

 

「色々あって、そこでオレ達はプロと直接戦う機会を得た。とはいえ、当時はオレも中学に上がりたて。タイガに至ってはそれ以下だ。もちろん、いくらアイツといえども身体能力が違い過ぎる。オレと二人掛かりでも、得点することはできなかった」

 

タツヤは淡々と言葉を紡ぐ。

 

「それはそうだ。パワーもなく、スピードもなく、リーチもなく。何より高さがなく。文字通り大人と子供の戦いだ。さすがに相手も全力を出さざるを得なかったが、そのせいでタイガでさえ完封された」

 

オーバータイムを避けるため、ボールを味方に預けた。タツヤの意図が分からず、ナッシュは眉根を寄せる。数秒の思案。そこから変貌する顔色は嘲り。

 

「時間稼ぎのつもりかよ。オレからボールを守るための。くだらねえ小細工だな」

 

「別に小細工のつもりはないけどね。まあ、時間稼ぎではある」

 

当然ながら、仲間達が突破できる敵ではない。ただ無為にボールを動かすだけで、再びタツヤの手元に戻ってきた。軽く肩を竦めて見せる。そして、そのボールを無造作に後ろに放り投げた。

 

「ほう、今更戻ってきやがったか」

 

ゆったりと戦線に復帰する、オレの手に渡った。無言のまま、床にボールを落とす。ドリブルを開始した。静謐の中、淀みなく手足が動き出す。刹那の後――

 

 

――ナッシュの横を抜き去った。

 

 

「なっ……何だと……!?」

 

唖然とした様子で声を漏らす。反応すら許さず、ナッシュを後方に置き去りにした。一拍遅れてフォローに来たシルバーもワンフェイクでかわし、右足で踏み切った。跳躍する。ただひとり、オレだけが天高く、宙を舞う。誰もついて来られない。冴え切った意識、肥大化した知覚でもって、それを認識する。

 

「た、高い……!」

 

この会場に集った全員が、間違いなく同じ感想を抱いたであろう。人間離れした、超越したジャンプ。時が止まったかのごとく、長大な滞空時間。何人たりとも届きえない、他を隔絶した高度。全ての観客の視線がオレに吸い寄せられるのを感じ、直後ボールをリングに叩き込んだ。

 

静寂。

 

誰も声を発しない。どよめきも起こらない。ただ、息を呑む気配だけが伝わってくる。理解を超えた事態に対しての。ジェイソン・シルバーの身体性能は、人類最高峰に近い。だが、それを明らかに超越した圧倒的なチカラ。ただのワンプレイで強制的に理解させられる。埒外の性能が、満天下に示された。

 

 

「ゾーン――これがタイガの、全戦力だ」

 

 

顔を青ざめさせるナッシュに、タツヤは憐れむように言い放つ。

 

「残念だけど、キミ達に勝ち目はない。アイツは、小学生の頃にプロから得点を奪っている」

 

試合でゾーンに入るのは久しぶりだな。戦える相手がいないせいで、退屈していたんだ。滅多にない機会、楽しませてもらうぜ。

 


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