Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第33Q オレを楽しませろ!

 

 

 

冴え切った意識、鋭敏な反応、肥大化した知覚。そして、肉体の潜在能力の解放。それらが、極限の集中状態『ゾーン』の効果である。酔いしれたくなるほどの全能感。コート全域を隅々まで覆う、広大な知覚範囲。恐怖を覚えるほどに鋭敏かつ精密な身体操作力。

 

今のオレに敗北はありえない。これは疑いようもない事実だ。

 

ナッシュの放つノーモーションのパス。一切の予兆なく、予備動作なく、打ち出される反応不能の一閃。さらに、精度の高さは異常の一言。まるでコート全域の未来を視たかのように、絶妙なタイミングで出されるパス。通れば無条件で得点化されるほど。先ほどまで散々に苦しめられた脅威の超越技巧。

 

「なっ……そんなあっさりと!?」

 

しかし今のオレは、それを容易に打ち崩す。相手の想像を遥かに超える反応速度、瞬発力で無拍子のパスを奪い取った。驚愕の表情を見せるナッシュ。

 

反撃のカウンター。単独で相手コートへと駆け上がる。追いすがるナッシュとシルバー。しかし――

 

「速ええっ!あの二人が、全然追いつけない!」

 

ぐんぐん引き離される。ドリブルの相手だというのに、まるで近づけない。二人の顔に焦りの色が浮かぶ。そんな背後の様子を、オレは認識する。距離が縮まらないまま、オレはフリースローラインから踏み切った。

 

「またしてもレーンアップ……。しかも、誰も届かない高さの!」

 

再びの超越したジャンプ。会場中に、熱気の渦が巻き起こる。ようやく観客達も、歴史の塗り替わる瞬間に立ち会っていることを自覚したのだ。彼らの熱量が際限なく上がりだした。高高度からのダンクが炸裂し、こちらの得点に2が加算される。少し遅れて追いついたナッシュとシルバーを軽く一瞥した。

 

「サル野郎が……。このままじゃ、済まさねぇ」

 

それに対して、二人は悔しげに奥歯を噛み締める。

 

 

 

 

 

 

 

流れは逆転し、『Jabberwock』は飲み込まれ掛けている。コートを切り裂くナッシュのパス。それをまたしても奪い取り、速攻に持ち込んだ。

 

今回は相手の戻りも早い。雪辱を晴らすつもりのようだ。薄ら笑いを消して、シルバーが迫る。それにオレは、スピード勝負で対応した。フェイクはなし。正面から千切りに掛かる。小刻みな切り返しを加え、速度の緩急をつける。シルバー自慢の敏捷性(アジリティ)で勝負。こちらの意図を察し、顔に怒りが浮かぶ。別に舐めている訳じゃないんだけどな……。

 

ただ、それ以外じゃ勝負にならないからってだけで。

 

わずかな交錯の後、突破する。対応可能範囲を逸脱した速度に、ヤツは愕然とした表情を見せた。まずは一人目。

 

 

 

次の相手はナッシュ。一転してこちらは技巧勝負。無数のフェイクと千変万化するドリブル。ストバス仕込みのトリッキーさも加え、相手を前後左右に翻弄する。目まぐるしくボールの軌道が変化。

 

「チッ……追いつけ…」

 

苦悶の表情で口元を歪めるナッシュ。速度と精度を増した高速機動に、とうとう置いて行かれてしまう。フットワークの限界を迎え、膝から崩れ落ちる。二人目。

 

 

 

そして、ゴール前に到達する。跳躍し、空中でダンクの態勢を整えたところで、目の前に最後の壁が現れた。

 

「ふざけんじゃねえ!」

 

必死の形相で叫ぶシルバーである。抜かれてから、ナッシュとの攻防の時間を使って、追いついたらしい。さすが、見事な瞬発力だ。互いに態勢は万全。ここはパワー勝負。

 

「うおおおっ!」

 

「このサルが!死にやがれ!」

 

左腕に全身全霊のチカラを込め、リングに向けて叩きつける。コイツは両腕を使って、オレを弾き飛ばすつもりだ。互いに拮抗したのは一瞬。シルバーの巨体を吹き飛ばし、こちらのダンクが炸裂した。

 

「があっ……なんだと!?」

 

呆然と目を見開き、シルバーはコートに背中から叩き落される。数秒ほどリングにぶら下がり、その様子を上から見下した。わずかな静寂の後、熱狂の怒号が吹き荒れる。

 

「すっげえええ!なんだよ、あの動きは!?」

 

「シルバーに力と速さで勝って!ナッシュに巧さで勝った!」

 

「あんなん人間技じゃねーぞ」

 

各々の得意分野で、正面から叩き潰す。エース双方の敗北に、相手チームの士気はガタ落ちだ。怯えきった眼差しで、残りの3人はこちらを窺っている。シルバーも畏れからか、手先を無意識に震わせる。いや、まだひとり残っていたか。

 

ナッシュだけが、瞳に禍々しい漆黒を滾らせ、敵意を映している。審判に視線を向け、声を掛けようとしたところで取りやめる。首を左右に振り、苛立たしげに舌打ちした。

 

「タイムアウトを取らなかったのか。良い判断だな」

 

同じくその様子を見ていたタツヤが、感心した風に息を吐く。オレも静かに頷いた。普通のゾーン状態であれば、一度タイムアウトを取って時間を止めるのが正解だ。ゾーンによる極限の集中は、それほど長く続くものではない。しかし、オレの場合は別。自由自在にゾーンに入れるこちらにとって、タイムアウトはただの休憩でしかない。消耗した体力と精神力を回復させるだけ。相手にとって不利になるだけだ。

 

直前にシルバーに近づき、何かを囁いた。驚き、怒り、悔しさと順に表情を変える。曇った顔色で、渋々といった様子で頷いた。リスタートして、ナッシュの手にボールが渡る。

 

「……改めて見ると、これはひでえな」

 

冷や汗を垂らしつつ、ナッシュは小さくつぶやいた。距離を大きく開け、ボール奪取を避ける守備的態勢。プライドをかなぐり捨てて、とにかく逃げようと必死の構えだ。歯噛みしつつ、スティール回避を最優先に逃げ回る。こちらが距離を縮めようとすれば、後ろに下がり。自身の身体を壁にしてボールを守る。

 

「徹底的にタイガを避ける気か……。だが、いつまでも下がれはしないよ」

 

タツヤの冷ややかな声が耳に届く。圧倒的上位に君臨するオレを避ける戦術。それは正しい。正しいが、実践できるかは別問題だ。

 

「ハッ……!テメエとはやってらんねえぜ。この試合、勝たせてもらう!」

 

背中側を通して、左にパスを出す。これまでの、ノーモーションで敵陣を切り裂く一閃ではなく。ただ安全だけを優先したビハインドパス。マークを外した味方にボールを預け、避難しようとした敵前逃亡。最大限に距離を空け、スティールに気を配った背中越しのパス。だがそこは――

 

 

――オレの守備範囲内だぜ

 

 

「何だと……!?ふざけた瞬発力しやがって……」

 

瞬時に距離を詰め、放たれたパスを片手で弾き落とす。ナッシュの予想を遥かに超えた、こちらの守備範囲。ゾーン状態のオレは、Cの位置に陣取れば3Pライン以内の全域をカバーできる。常識外れの守備範囲。それがPGの位置で守っているのだ。ナッシュが何をしようと、その全てを封鎖可能。

 

 

 

カウンターの速攻は、例のごとくオレの単独ドリブル突破。しかし、ただひとつ異なる点。

 

「ナッシュとシルバーの、ダブルチームだっ!」

 

観客も驚きの声を上げる。ただ勝利のみにこだわった、ヤツラにとっては最悪の布陣。そこまでして敗北を避けにきた。屈辱的な表情で、憤怒を込めての徹底マーク。かつてないほどのプレッシャーを予感させる。オレは口元を笑みの形に吊り上げ、真っ向から挑みかかった。

 

「うっおおお!すげえバトル!火花散ってるぜ!」

 

「こいつら、マジでガキかよ……。こんなんプロの試合でも滅多に見れないぜ」

 

「あっ……抜いたぞ!」

 

ドリブル技術と心理誘導、緩急と虚実を織り交ぜ、こちらの全戦力をもって米国屈指の選手達と競い合う。普段は決して出すことのない本気。全能のチカラを思うままに振るえる感動。まさに至福のひと時だった。

 

ナッシュは未来を観測する『眼』でもって、シルバーは常識外れた『身体能力』でもって。オレの全戦力に喰らいつく。満面の笑顔で、様々な攻めを試みる。時に荒々しく、時に丁寧に、持っている引き出しを駆使して堅固な城砦を叩き壊さんとする。

 

そして、至福のひと時は幕を閉じる。

 

 

――シルバーの側からのドリブル突破

 

 

強固な壁をぶち破った。その巨体を大回りして抜き去り、そのまま右足で踏み切った。目的は4連続のダンク。フリースローラインやや右側からのレーンアップ。しかし、相手もさるもの。

 

「このクソザルがあっ!させるかよ!」

 

左側からナッシュが出現する。シルバーを抜くときに大回りしたロス。それを活かして、ギリギリで間に合ったのだ。肥大化した知覚は、一連の流れを掴んでいる。驚くことも慌てることもなく、これまで通りに踏み込んだ右足に力を籠める。『超跳躍(スーパージャンプ)』してしまえば、ナッシュの高さでは届かない。動じることなく踏み切った直後――

 

「甘く見るんじゃねえよ」

 

 

――オレの手元からボールが弾かれた

 

 

踏み切る寸前。ボールを右手から左手に移す、刹那のタイミング。無防備な一瞬の隙を突いて、ヤツの掌はボールを弾き飛ばした。すでに右足で踏み切り、空中に跳び上がっている。弾かれたボールは宙を舞う。それを――

 

 

――あっさりと左手でキャッチして、ダンクを叩き込む。

 

 

「な、何だと……?反応が早すぎる。まさか、弾かれるのは予想済みで……!?」

 

ナッシュの『眼』は攻略した。満足感と共に、オレはコートに降り立った。その余裕から悟ったのだろう。ナッシュの瞳から、あらゆる色が消え始めた。絶望により、表情を無くしていく。

 

 

 

 

 

当然のようにナッシュからボールを奪い、連続でこちらの攻撃ターン。ワンマン速攻。対峙するのは、敗北感に塗れた顔のナッシュ。かすかな希望を込めて、『眼』を見開き、スティールを狙う。未来を予測し、高速で右手を突き出した。

 

手元からボールが弾き飛ばされ――

 

 

――直後、もう片方の手でボールをキャッチする。

 

 

「オレの動きが予測されているのか……」

 

ナッシュの眼から完全に希望の灯が消えた。コイツは終わりだ。次はシルバーか?と思ったが、アイツはいまだ自陣にいた。呆然と立ち尽くしたままだ。オレの脳内が怒りに埋め尽くされる。

 

「おい、テメエ!さっさと戻れ、シルバー!」

 

思わずゾーンを解き、怒号を吐き出した。コート上の全員が呆気に取られたかのごとく、言葉を失う。だが、そんなことは気にならず、苛立ちのままに守備に戻らない馬鹿に向けて声を荒げた。

 

「何をサボってんだよ!テメエらは雑魚なんだから、二人掛かりじゃねーと遊べないだろーが!」

 

「このオレに向かって……!」

 

「せっかく全力を出してんだ。オレを楽しませろ!」

 

静まり返る場内。2人共、唇を噛み締めて屈辱に身を震わせている。もはや、ナッシュとシルバーなど敵ではない。ただの玩具にすぎない。オレが楽しむための。

 

動き出さないバカに業を煮やし、オレはコートを逆方向に歩き出す。その場に留まるシルバーの隣で足を止め、ドリブルをやめる。一瞥してから、オレは手元のボールを自陣のゴールに投げ入れた。

 

「えっ?」

 

誰もが疑問の声を上げた。自殺点。あっさりと決められたソレに、会場中が不審な空気に包まれる。オレは嘲るように、隣のバカに向けて肩を竦めて見せた。

 

「ほら、得点はくれてやる。同点まで戻してやるから、ちょっとはやる気出せよ。ほら、頑張れば勝てるかもしれねーぞ?」

 

ゴール下でボールを拾い、リスタートのパスを呆然と佇む男に渡す。ノーマークで、誰もシュートを邪魔する者はいない。

 

「がんばれ。もう少し一緒にやろうぜ」

 

無人のゴールへとシュートを促してやる。受け取ったボールを無表情で見つめるシルバー。数秒ほど経過した後、その顔が黒々とした殺意に染まった。ボールを振りかぶり、こちらに全力で投げつける。

 

「ふざけんじゃねえ!」

 

「……おいおい。まあ、それでもいいか。ヤル気出したみたいだし」

 

高速で飛来するボールを片手で受け止め、軽く息を吐く。同時に精神を集中させ、意識を深く沈めていく。雑音が消え、知覚が肥大化する。全身の神経がクリアに。そして、過去に戻ることで変質した、トリガーを引いた。

 

――ゾーン強制開放

 

「ぶち殺してやる!」

 

拳を振り上げ、殺意と共に襲い掛かるシルバー。完全にバスケット選手をやめてしまったらしい。普通に殴りつけてきた。その軌道を予測しつつ、オレはドリブルを開始する。

 

「うわあああ!乱闘が始まった!」

 

大振りで放たれた右ストレート。それをわずかに首を捻るだけで回避する。続いて左、右と剛腕が迫るが、ロールやクロスオーバーでかわす。コイツの顔が驚きで固まった。今度は両手で掴み掛かろうとするが、身を屈めることでそれは空を切る。同時に強くコートに弾ませたボールを、シルバーの顎に激突させた。

 

「ぐっ……テメエ!」

 

これは意外と悪くないな。面白い。普段のスティール狙いとは違って、予測がしづらい。何せただの喧嘩だからな。コイツほどの身体能力があれば、結構スリルも感じられるし。相手に触れられない、をルールにしよう。

 

「よし。頑張ってオレに触れてみろ」

 

ひらりひらりと、風に舞う木の葉のように避け続けた。ときおり、シルバーの顔面にボールをぶつけて、敵意を持続させてやる。それなりに楽しめるが、やはり物足りない。

 

「どこまでもコケにしやがって!」

 

ここでナッシュが参戦。やっとダブルチームになったぜ。さっきと同じく楽しませてもらおう。ゾーンにより、全戦力を発揮しての攻撃。一気呵成に攻め込んだ。

 

期待外れだ。

 

ナッシュの心は折れているし、シルバーも視野が狭窄している。ナッシュの動きは明らかに精彩を欠いていた。ラフプレイを多用するシルバーも、初めは目新しかったが底は見えた。全戦力を出せば容易に抜くことができる。

 

 

 

試合終了のブザーが鳴る頃には、『Jabberwock』のメンバーは沈痛な面持ちで下を向いていた。最後の5分間。オレが『ゾーン』に入ってからの時間は、地獄だった。たった1点すら奪えず、ただの一度すら攻撃を止められない。圧倒的な虐殺だった。まあ、オレはだいぶ楽しめたので満足だが。

 

 

 

 

 

 

 

翌月、アメリカのバスケ雑誌にこんな記事が載った。U17世界選手権大会の現監督のインタビューである。世界選手権大会3連覇を成し遂げた名将。ストバスの試合映像を見て、彼はこう話したそうだ。

 

彼の性能は群を抜いている。こんな14歳の選手など、見たことがない。米国全土、いや全世界を含めてだ。どころか、U17の世界大会でさえ――

 

このように、彼は断言した。

 

 

タイガ・カガミ。

 

 

同年代どころか、U17まで含めたところで、まぎれもなく。

 

 

 

――彼こそが世界最強のプレイヤーだと。

 

 


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