Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第34Q 紹介します

帝光の圧倒的暴虐により幕を下ろした、2年目の全中の翌日。休養日に充てられた放課後、ボクは彼らを体育館に呼び出した。『キセキの世代』+灰崎君の6名。それと、学外の人間を校舎に入れるので、一応監督に話を通したら、なぜか付いてきてしまったので、さらに1名。2階の手すりに体重を預けて、担当科目の教科書を片手に開いている。次回の授業の予習だろうか。落ち着いて休める場所を探していただけかもしれない。

 

ともかく、呼び出した6人が体育館に足を踏み入れる。バッシュに履き替えさせられ、特にその内の数名は不満たらたらだ。

 

「オイ、テツヤ。何で練習が無い日まで、こんな格好しなきゃなんねーんだよ」

 

「本当にさ~。帰りゲーセンでも寄ろうと思ってたのに」

 

灰崎君と紫原君がぼやく。そして、意外にも青峰君も退屈そうに欠伸をした。口には出さないが、彼らの練習への熱が冷めてきているのを感じる。やはり全中での圧勝が、モチベーションを大幅に下げたらしい。危ういタイミングだった。ここで何の手立ても打ち出せなければ、帝光中学は内部分裂していたかもしれない。

 

「それでテツヤ。要件は何だい?」

 

赤司君が代表して問い掛けた。それを片手で制して、ボクはチラリと視線を横に向けた。釣られるように、皆もそちらに顔を向ける。反対側の扉から、大柄で長身の中学生が現れた。過去を遡り、再会したかつての相棒――

 

「紹介します。彼の名前は火神大我。バスケをやっています」

 

紹介され、軽く頭を下げる火神君。だが、ボクの意図が読めないのか、他のみんなは訝しげな視線をよこす。彼らに対して、一言だけ答える。

 

「かつてのボクの相棒です」

 

一同の表情がわずかに険しくなった。帝光中学に入学した直後から、様々な偉業を成し遂げた異形中の異形。自分で言うのもなんだが、正体不明の怪物と思われているらしい。そんなボクの入学前の相棒に対して、興味と警戒が混ざった表情が浮かんだ。

 

「で、それがどうしたんだよ。話が終わりなら、オレはもう帰るぜ」

 

だが、灰崎君は興味なさげに言い放った。どうやら警戒が勝ったらしい。関わり合いになりたくない、という雰囲気。ボクの目的からすると、彼に退席されては困る。

 

「なあ、1on1やんねーか?腕に自信がなきゃ、構わないけどよ」

 

「あん?」

 

火神君が仕掛けた。安い挑発に、灰崎君は足を止める。全中を経た彼らは、各々の才能に絶対の自信を持っている。わずかに苛立った声を上げる彼を、火神君はコートに誘った。

 

「おっし!じゃあ、やろうぜ!」

 

「……後悔すんなよ」

 

用意していたボールを、火神君に投げ渡す。2人は向かい合い、視線を交わす。火神君がドリブルを開始した。一度、二度とゆったりボールをつく。灰崎君が腰を落とし、直後――

 

 

――ドライブで抜き去った

 

 

「なっ……!?」

 

灰崎君の顔が驚愕に歪む。慌てて振り向くと、無人のゴール下でレイアップを放る姿が映る。同時にみんなの口からも驚きの声が漏れた。

 

「あの灰崎が……あっさりと!?」

 

明らかに全開でない、手を抜いた動き。だというのに、その速度、キレ、タイミングは絶妙。『キセキの世代』と同等の能力を有する灰崎君が、容易くひねられたという事実。場に緊張が走った。ボクは彼に声を掛ける。

 

「……何だよ、黒子」

 

「灰崎君、出し惜しみは無しです。全力を出さなければ、相手になりませんよ」

 

一瞬、悔しげに口元を歪める。しかし、認識を改めたらしい。意識を切り替え、集中力を高めていく。それを火神君は面白そうに眺め、軽くボールを投げ渡した。ゆっくりと開始位置まで歩を進め、互いに向き合う。

 

「前座とはいえ、少しは楽しませてくれよ?」

 

「ナメんなよ」

 

挑発的な物言いに、さらに灰崎君の戦意が高まる。火神君らしくない発言だが、もしや彼を甘く見ているのか?『キセキの世代』には及ばないと。だとすれば、それは見込み違いだ。今回の歴史において、最も付き合いが古いのは彼だ。性能はキミの想定を遥かに凌駕する。

 

「出るぞ、灰崎のアレが……」

 

初手から弾速は最大。全身の力を指先に集約させ、コートに叩きつけられるボール。灰崎君の有する最大最速の一撃。一切の容赦なく、一切の逡巡なく、真っすぐに疾駆するドライブ。幾多の選手を置き去りにした必殺技。だが、さすがは火神君。右からの一閃に瞬時に反応する。

 

「ですが、ここからが彼の本領。――雷速のクロスオーバー」

 

確信と共に、ボクは口を開く。手首を返し、同時に急激な方向転換。チェンジオブディレクション。身体ごと相手の視界から消失する、雷速の切り返し。

 

「うっお……なんだ、こりゃあ!?」

 

火神君が呻くように息を漏らす。勝利を確信する灰崎君。だが、雷速のボールは――

 

 

――驚異的な反射によって、弾き飛ばされる

 

 

静寂が生まれる。ボクも含めて、『キセキの世代』は全員が言葉を失った。目を見開き、息を漏らす。彼の過去を知るボクですら、予想外の光景。

 

「アイツのドリブルが……初見で?」

 

信じられないという風に、黄瀬君が小さくつぶやいた。今の彼のドリブルは本家本元、高校時代の葉山さんの『雷轟の(ライトニング)ドリブル』を超える。それを中2の時点で仕掛けたのだ。いかに火神君でも、苦戦は免れないと思ったのに……

 

驚きと共に視線を移すと、意外にも彼も同じ感情のようだった。

 

「おい、黒子。何だよ、こりゃあ」

 

「……どうかしましたか?」

 

「やるじゃねーか。思った以上に。楽しめそうだぜ」

 

顔に薄く笑みを浮かべ、嬉しそうに口を開いた。その口振りから、彼の漲る自身を感じ取った。過去に戻ってから相当、実力をつけている。それも、ボクの予想を遥かに超えて。ブルリと背筋を震わせた。『キセキの世代』級の才能の、完成形。それを予感した。

 

「次は、オレとやんないッスか?」

 

黄瀬君が名乗りを上げる。コートに足を踏み入れた。火神君も口元を吊り上げ、歓迎する。ボールを下手から投げ渡した。

 

「いいぜ。全員掛かってこい。順番に相手してやるよ」

 

「じゃあ、まずはオレで。3本先取でいいッスか?」

 

「ああ。期待してるぜ」

 

わずかなプレイから、火神君の異常な実力の片鱗は読み取った。黄瀬君も同様のはずだが、その顔にはかすかに笑みが浮かんでいた。いや、辺りを見回すと、他のみんなもある程度似通った感情のようだ。特に青峰君には顕著である。すなわち、全力を出すに値する、強敵の出現への喜び。

 

 

 

 

 

VS黄瀬涼太

 

 

先攻の火神君が仕掛けたのは、ドリブルの技巧勝負。前後左右に大きくボールを振り回し、高速で揺さぶりを掛ける。ストバスの技術を取り入れたそれは、暴風のごとき猛威を振るう。

 

「くっ……ついていけな…」

 

黄瀬君はすでに最警戒モードに入っている。観察眼による先読みもプラス。だが、それでも捉えきれない。的を絞れない。それほどの卓越した完成度。特別な技ではないのに、ひとつひとつの精度がひたすら高い。レッグスルーからの連続サイドチェンジ。とどめに黄瀬君の股を抜いて、レイアップを決めた。重心を崩され、絶妙なタイミングで手玉に取られた。

 

 

だが、その技巧を黄瀬君は『眼』に焼き付けた。

 

 

「行くッスよ」

 

ボールを前後左右に振り回す、技巧的なドリブル。ストバス流の高速ハンドリング。鮮やかにボールが跳ね回る。

 

「出たか、黄瀬の『模倣(コピー)』!」

 

楽しそうに観戦する青峰君の口から、声が零れ出る。先ほどの火神君の技を模倣(コピー)したのか。確かに同じパターンだ。しかし、黄瀬君の表情は固い。

 

わずかに、だが確実に、コピー元よりも遅く、キレが鈍い。その理由はおそらく2つ。ひとつは、素の敏捷性(アジリティ)の差。そして、もうひとつは――

 

「純粋な技術力の差。灰崎がオレの技を奪えなかったときと同じ……!?」

 

身の丈を超えた模倣(コピー)は、精度を著しく低下させる。

 

「これが、今のオレとコイツの実力差か……」

 

 

火神 3-0 黄瀬

 

 

 

 

 

 

 

VS青峰大輝

 

 

コートを高速で動き回る2つの影。目にも止まらぬ連続の攻防。青峰君の稲妻のような高速機動に、しかし火神君はついていく。

 

「ハハッ……最高じゃねーか!」

 

獰猛な目付きで、青峰君は声を出して笑う。全中があまりに退屈だったせいだろう。全力を出し切れる相手の出現に、興奮を露わにする。ドリブルのテンポを小刻みに変化させ、左右に揺さぶるチェンジオブペース。才能の開花以来、数多の相手を抜いてきた。しかし相手は、これまでとは別次元の怪物。

 

「オレと同じくらい、いやそれ以上に速いヤツがいんのかよ……」

 

「もっとだ。もっと死力を尽くして来い」

 

「言われなくても……!」

 

火神君の顔にも薄く笑みが浮かんでいる。ディフェンスにおける圧力は、尋常ではない。青峰君の猛攻を完全に封じ、むしろ追い詰める。抜き切るのは困難と彼は直感した。ならば、と次に選択するのはシュート。それもただのシュートではない。左方向に大きく、素早くステップして、サイドスローでボールを放り投げる。

 

「らあっ!」

 

 

――『型のない(フォームレス)シュート』

 

 

通常のフォームとは異なる、天衣無縫のフォーム。どこからでも、どんな態勢でも放てる、絶対の精度を誇るシュート。しかし火神君は、幾度となく体験済み。

 

「なっ……止めやがっただと!?」

 

同じく瞬時の反応でステップし、大きく伸ばした右手で叩き落す。青峰君の顔が驚愕に歪む。何という超反応。『野性』の本能を発揮しているのだろうが、それにしても凄まじい反応速度と読み。攻撃力に目が行きがちだが、いまや防御力においても他の追随を許さない。

 

『キセキの世代』最強の攻撃力を誇る青峰君を、ついに完封するほどに――

 

 

 

火神 3-0 青峰

 

 

 

 

 

 

 

VS緑間真太郎

 

 

カットインと見せ掛けて、バックステップ。緑間君が狙うは、1on1開始直後のロングシュート。普通ならば非効率。抜くのでもなく、意表をついてその場でシュートでもなく。センターラインまで下がって、ロングシュートを放つ。破れかぶれと思われてもおかしくない。だが、唯一の例外が彼だ。

 

 

――放ちさえすれば、100%入る『超長距離3Pシュート』

 

 

緑間君の取った理外の戦術。しかし、同じチームのボク達もそうだし、火神君にとっても、それは第一に予想すべき選択肢である。

 

「だと思ったぜ!」

 

「チッ……なら、このまま決めてやるのだよ」

 

シュートモーションに入る緑間君の視界に、高速で駆け寄る男の姿が映る。大きく開いた距離が、瞬時に潰された。舌打ちするが、ここからの変化は不可能。緑間君は打点の高さを頼りにして、シュートを放つしかない。空中で腕を伸ばし、手首を返す。いつも通り、完璧なシュート精度。しかしそれは、リングに届かなければ意味がない。

 

――超高高度の、そびえ立つ城砦

 

彼の眼にはそう見えただろう。それほどの跳躍力。前代未聞の高さ。人知を超えたブロック。

 

「なっ、なんだこの高さは……!?」

 

「うおっ!イカれたジャンプ力しやがる!」

 

まるで宙を舞う鳥のごとき、想定不可能の動き。尋常でない滞空時間。火神君のつま先が、同じく跳躍した緑間君の腰の位置にある。訳が分からないという風に、彼の瞳が困惑に染まった。放ったボールは、掌どころではなく、肘の辺りで止められる有様。

 

「これが、今の火神君の――『超跳躍(スーパージャンプ)』」

 

戦慄と共にボクは息を漏らした。高校時代を超える、前人未到の跳躍力。再会した時も一目見たが、改めて隔絶した戦力を理解させられた。

 

 

火神 3-0 緑間

 

 

 

 

 

 

 

VS紫原敦

 

 

「……どしたの、赤ちん?」

 

「パワー勝負だ」

 

コートに入る直前、赤司君は助言した。

 

「大輝と涼太を下したあの実力に、平面での勝負は無謀。高さも、あの異常なジャンプを考えれば、オマエでも分が悪い」

 

嫌そうな顔をした紫原君であるが、渋々頷いた。それほどに衝撃的なブロックだったのだ。埒外の身体能力を持つ、彼ですら警戒するほどの。

 

 

 

 

 

そして始まった1on1。紫原君はドリブルで攻めるが、インサイドに切り込むのは困難。火神君に誘導されるままに、外に追いやられ、ローポスト辺りで足を止めた。しかし、これが紫原君の狙い。

 

エンドライン付近からのパワードリブル。背中越しに相手を力ずくで押し込むのだ。天賦の肉体を持つ彼による、物理的な圧力は並大抵ではない。

 

「……オレが押し込めない!?」

 

焦りの色が顔に浮かぶ。一歩たりとも後ろに進めない。壁を押しているかのように、ビクともしない。紫原君の目論見は破られる。仕方なくターンからのフックシュートを狙うが、その選択はやらされたもの。火神君の高さと超反応によって、あっさりとボールを弾き飛ばされる。

 

 

 

続いては火神君のターン。仕掛けるのは正面突破中の正面突破。一度ドリブルで抜き去り、少し膨らんでから真っすぐにレーンアップ。埒外の跳躍からのダンク。わざと時間を与えたのだろう。ゴール下には、回り込んだ紫原君がいる。

 

「止められるもんなら、止めてみろよ!」

 

「おおおおおおっ!」

 

互いに雄たけびを上げ、正面からぶつかり合う。火神君はボールを掴んだ左手でのダンク。紫原君も高さに対抗するため、右手を高く上げて叩きつける。ボールに掌が衝突する乾いた音が響く。数瞬の拮抗。純粋なパワー勝負。勝者は豪快なダンクを決めた火神君だった。

 

 

火神 3-0 紫原

 

 

 

 

 

 

 

VS赤司征十郎

 

 

最後の対決を前に、彼らの顔が緊張に強張った。

 

「ついにアイツが出るか」

 

「赤司っちの『眼』ならば、あるいは……」

 

期待と不安の入り交ざったような、独特の視線がコート内の二人に注がれる。

 

生涯無敗を誇る支配者、赤司征十郎。『キセキの世代』の中においてさえ、存在感は群を抜く。ここまで灰崎君を含めて全勝した、理外の化物に対抗するならば彼しかいない。ボクの知る未来においても、無敗。WCで誠凛高校を破り、粉砕した驚異的な実力者である。

 

「さあ、やろうぜ」

 

「ここで止めさせてもらう」

 

互いに視線を交錯させ、挨拶代わりの言葉を交わす。決戦の火蓋は切られた。オフェンスは火神君。前後左右にボールを振り回し、強烈な揺さぶりを掛ける。そこにプラスするのは、圧倒的敏捷性(アジリティ)。

 

 

「だが、僕の眼には未来が見える」

 

 

――『天帝の眼』

 

 

赤司君の保有する超越能力。相手の呼吸や発汗、心拍、筋肉の動きなどを見極め、未来を見通す。それによるディフェンスは、脅威という言葉では表しきれない。火神君の変幻自在にして怒涛の攻めに対応しつつ、スティールの隙を虎視眈々と狙い澄ます。

 

「すっげえ!なんつー攻防だよ!」

 

危険な鍔迫り合い。互いに高次元でせめぎ合う、火花の散る激闘。しかし、均衡は徐々に崩れ出す。赤司君の方が押されている。瀑布のごとき猛攻が、彼の対応力を超えつつあった。未来予測でも追いつけない、速度と精度。先読みしても間に合わない、

 

「幸運だったぜ。オマエとやる前に、同じ『眼』を持つ選手とやれて」

 

「ぐうっ……!」

 

赤司君の顔から余裕が失われる。体幹が傾き、重心がブレた。その隙を、火神君は逃さない。凄まじい速度で踏み込み、抜き去った。

 

 

火神 3-0 赤司

 

 

 

 

 

 

『キセキの世代』の光すら霞むほどの、天上の怪物の降臨――

 


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