Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第35Q 久しぶりの再会だね

 

 

 

帝光中学『キセキの世代』の6人抜き。前人未到の偉業に、館内は静まり返った。全員が十年に一人の逸材達。彼らを破ったのは、未来を経験した超越者――

 

――火神大我

 

圧倒的な戦力は、ボクの想像を遥かに上回っていた。そんな彼は周りを見回し、大きく声を張った。

 

「よし、じゃあ次やろうぜ。そうだな……今度は3人掛かりで来いよ」

 

あまりに挑発的な言葉に、場の空気が張り詰める。1on1で敗北したとはいえ、ナメられたと感じたはずだ。火神君にそんな意図はなく、良い勝負ができる人数ということなのだろうが。

 

火神君がボールを手に、センターラインで立ち止まる。1対3でも勝てる。そんな自信が漲っていた。しかし、その計算は間違いだ。ボクの見立てでは、現在の彼の性能は全ての面で、WCの頃の『キセキの世代』と同等。力強さも巧さも速さも高さも。信じがたい話だ。しかし、『キセキの世代』と呼ばれる彼らの性能も、過去より断然高い。中学2年の段階で、未来の高校入学当時ほどの実力はある。たしかに1on1では得意分野で勝利を収めたが、そこまでの戦力差はない。

 

 

火神君の戦力は『キセキの世代』、2人分。

 

 

1対3には耐えられない。ただの増長に過ぎない。そう断じようとして、突如脳内に閃いた。戦力差を覆す超常の方法を――

 

「赤司君、青峰君、紫原君。キミ達が出てください」

 

「……オレらの最強チームじゃねーか。その価値はあんのか?」

 

「はい。彼のことです。勝算は十分にあるはず」

 

青峰君の問いに、ボクは頷きを返す。紫原君も雪辱を晴らすべく、コートに入ってハイポストの位置に立った。青峰君もそれに続く。

 

「赤司君?どうかしましたか?」

 

「あ、ああ……何でもない。大丈夫だ」

 

焦点の合わない眼で、呆然と立ち尽くす彼に声を掛ける。落ち着かない様子で視線を左右に揺らした。こちらが不安になる仕草だが、そのままコートに足を踏み入れる。敗北の衝撃を受けたのか?それにしてもダメージが大きいようだが……

 

「こっちは3人だ。さっきと同じようには……」

 

青峰君の口が急に閉じられた。同様に赤司君と紫原君も、ビクリと背筋を震わせた。突如、寒気を感じた。ボクの全身も総毛立ち、血の気が引いていく。これは本能が叫ぶ危険信号。目の前の、人智を超えた怪物に対する――

 

「何だ……コイツは…?」

 

全員が最警戒モードに移行。目を細め、青峰君が低くつぶやく。特に相対した彼らは、同じ人間に見えなかっただろう。それほどに、彼の纏う雰囲気は変貌を遂げた。触れる者を悉く切り刻む、抜身の白刃のごとく。極限の集中を肌で理解させられた。

 

「『ゾーン』――まさか、自力で扉を開くなんて」

 

危惧したことが現実になった。ただでさえ、バスケット選手として極致に君臨するのに、さらに限界を超える。想像不可能な領域へと押し上げられたのだ。そして、彼らもそれを本能で直感した。最大級の警戒をもって、3人は防御態勢を取る。

 

「来い……。そうだ、この僕に敗北などありえん……!」

 

赤司君が瞳に戦意の炎を燃やす。青峰君とのダブルチーム。最速にして、最堅固な防壁。後ろには紫原君が控えている。世界的に見ても、脅威の布陣。火神君はボールを持ったまま、ひとつフェイクを入れた。肩の動きで右を匂わせる。直後、彼らの視界から――

 

 

――火神君の姿が消失した

 

 

「ぬっおお……!?」

 

左側からのドライブで、青峰君の横に並んでいた。神速の踏み込み。予備動作を極限まで消し、さらに身体性能も向上。速度、精確さ、共にワールドクラス。『キセキの世代』であろうと、未体験の領域。

 

圧巻のドライブ。一歩遅れて反応する青峰君。全開の敏捷性(アジリティ)でもって、必死に食らいつく。

 

「チッ……ここで切り返しか!?」

 

動作を見透かしたかのように、絶妙のタイミングでクロスオーバー。雷速を超えた神速による、チェンジオブディレクション。人外の切れ味。またしても視界から、自分の姿を消し去った。認識の上限を突破した、追随不能な神速コンビネーション。

 

「まだだっ!」

 

青峰君を置き去りにしようとも、まだ赤司君が残っている。必死の形相で疾駆する。神速の攻防に何とかついていった。ピッタリと密着し、スティールを狙う。しかし、火神君は気にせず、右足で踏み切り、跳躍する。いまだフリースローライン。しかも、ジャンプシュートではなく、リングへ向かってのレーンアップ。

 

「ナメるなっ!」

 

赤司君が吠えた。わずかな助走距離だが、埒外の神速によりスピードは十全に乗っている。ここで跳ばせば、リングまでは一直線。赤司君の手の届かない高さへ逃れてしまう。乾坤一擲。最大の集中力をもって開眼する。『天帝の眼』による未来予測。火神君が跳躍する寸前。ボールを右手から左手へ持ち替える刹那の無防備。そこを狙い澄まして――

 

 

――ボールを弾き飛ばした

 

 

「うおっ!赤司のヤツがやった!」

 

「さすが赤司っち。いや、でもこれは……!?」

 

直後、赤司君の顔が驚愕に歪む。弾き飛ばしたボール。すでに火神君は宙へ舞っている。専心のスティールが炸裂。ボールが後方へと流れていく。しかし、相手は天上の怪物。弾かれたボールを――

 

 

――左手でキャッチした

 

 

空中で姿勢を制御し、何ら問題なくレーンアップに移行。逆に無防備となった赤司君を置き去りにする。唖然とした表情でそれを見送るしかない。

 

「まさか、僕の行動を予測していたとでも……?」

 

あまりにも滑らかな火神君の動き。わざとスティールさせたとしか思えない。ならば、彼の読みの精度は人外の領域にある。ガクリと赤司君が膝をついた。

 

最後の壁は、帝光中学における最大にして最硬の城砦。紫原君が立ちはだかる。レーンアップは長い飛距離と滞空時間を要するプレイだ。その時間を利用して、彼は十全に待ち受ける。態勢は万全。相手のパワーに押されないよう、ブロックの際の跳躍は前方に勢いをつけて。全身全霊のパワーでもって、両手を叩きつける。

 

――ボール越しに、互いの肉体が接触する。

 

紫原君の目が大きく見開かれる。瞬時に察知した、凝縮されたエネルギー。先ほどの1on1とは桁違いの、埒外のパワー。『ゾーン』による潜在能力解放。人外染みた枠外の膂力。

 

「ぐっ……重過ぎ……!?」

 

火神君のレーンアップからのダンク。館内に響き渡る轟音と共に、炸裂した。

 

コートに背中から叩きつけられる紫原君の巨体。リングに数秒ほどぶらさがり、ゆっくりと降り立つ火神君の姿。神掛かった威圧感。神秘的なほどに、纏う雰囲気は超越していた。誰もが口を閉ざす。観戦していた黄瀬君達も、いつの間にか2階の手すりから身を乗り出している監督も。そしてボクでさえ。

 

静寂に包まれる体育館。真夏だというのに、寒気すら覚えるほど。触れ難い畏怖で、手足を動かすことすらできない。硬直する意識と身体。しかし、神域と化した場が、一気に弛緩した。火神君の雰囲気が常時に戻る。『ゾーン』を解いたのだ。

 

「お疲れ様です」

 

大きく息を吐き、張り詰めた緊張をほぐすと、ボクは声を掛けた。周りはまだ時が止まったまま。火神君の元へと歩み寄る。首を回して辺りの様子を窺うと、彼は出口の扉へと向かった。

 

「おう。邪魔したな。そろそろ帰るぜ」

 

「そうですか。途中まで送っていきます」

 

ボクの言葉に無言で頷く。火神君は踵を返して、停止した空間を後にした。帝光中学の『キセキの世代』。

 

 

――彼らはこの日、敗北を喫した。

 

 

 

 

 

 

 

学校から駅へと向かう帰り道。しばらくの間、ボクと火神君は無言だった。まだ日の長い夏の夕方。強い日差しが照り付ける。互いの足音と息遣いだけが、耳に届く。先ほどの光景が脳裏に蘇る。目を閉じて、軽く息を吐いた。

 

「完敗です。ボク達では及びませんでした」

 

わずかに悔しさが滲む。手塩に掛けて育ててきた『キセキの世代』。それが全員抜かれ、さらに3人掛かりで敗れたとあっては、穏やかではいられない。たとえ、相手が天上の怪物であろうとも。しかし、彼はゆっくりと首を左右に振った。

 

「現時点ではそうだけどよ。来年はどうなるか分からない。とんでもない成長速度だぜ」

 

そう言って、こちらを見つめた。

 

「だから、オレも驚いてる。お前のその、サポート能力に」

 

照れたように彼は視線を外した。

 

「そういえば、もうずっと日本にいるんですか?たしか中2頃って言ってましたよね」

 

「いいや。向こうでちょっと有名になっちまってな。その影響か知らねーが、転勤の話はなくなった。ずっと米国にいる」

 

その事実に、ボクは少なからず驚いた。ここまで分かりやすく未来は変わるのか。こちらの歴史では、火神君との接点はなかったということだ。改めて、異なる歴史なのだと思い知らされた。

 

「今後はどうするんですか?」

 

「NBAのチームから、いくつかオファーをもらってる。向こうの中学卒業に合わせて加入する予定だ」

 

こちらの報告には、大いに驚かされた。スケールが大きすぎる話。だが、同時に納得する気持ちもあった。それほどの戦力を、先ほど見せつけられた。

 

そして次の言葉に、ボクはさらに驚愕する。

 

「それで提案なんだけどよ、黒子。――お前もNBAに来ないか?」

 

真剣な表情で口にする、荒唐無稽な話。だが、決して夢物語ではない。

 

「監督に話を通せば、一度プレイを見てもらうことはできる。お前のスタイルなら、年齢は関係ないだろう?」

 

「まあ、どうせ身体能力は上がりませんし」

 

「もちろん、テストに受かるかは別問題だけどな。でもお前だって、遊んでいた訳じゃないんだろう?」

 

ニヤリと楽しげな笑みを浮かべる火神君。顎に手を当てて、数秒だけ思案する。

 

「……心惹かれる話ですね」

 

内心を隠さず、小さく口元を吊り上げた。

 

「アマチュアにもう敵はいない。だからオレはプロに行く。だけど、その前に心残りはなくしておきたい」

 

火神君は一拍置いて、宣言する。

 

「『キセキの世代』を倒す。今回みたいな1on1じゃなく、チームとして。来年はチームを作って、再び日本を訪れる。そこで、アイツらと雌雄を決したい」

 

「なるほど。だったら、その相手にはもちろんボクも入っていますよね?」

 

「当たり前だ。『幻の六人目』を抜きにして、帝光中学は語れないんだろ?」

 

互いに視線を合わせ、好戦的な表情を見せた。かつてない強敵の登場に、ボクの心に煮え滾るマグマが湧き上がる。日本に敵なしと思われた彼ら『キセキの世代』を、最大限に強化して、さらに――

 

 

――ボクの特性と技術を、全て解放する

 

 

全戦力をあらんかぎりに発揮できる強敵。全中のような、一方的な殺戮ではなく。

 

勝つにせよ負けるにせよ、見たことのない光景であるはずだ。神域に足を踏み入れた火神君が相手ならば。その光景をボクは目撃したい。

 

今度こそボクは、声を出して笑った。未来への期待に、心の底から喜びが生まれだす。火神君も楽しそうに笑った。全力を出し尽くせる相手との戦いを期待して。約束を交わす。未来の約束を――

 

 

 

 

 

 

 

翌日、部活が始まる前のロッカールーム。授業が終わり、少しずつ部員が集まってくる時間。ボクが一番乗りだったらしい。夏服のYシャツを脱いで着替えている途中、新たに部員がドアを開けて入ってきた。

 

鞄を肩に掛けた赤司君だった。どこか雰囲気が違う気がするが、昨日の衝撃が強かったせいだろうか。穏やかな口調で彼はこう言った。

 

「やあ、黒子。久しぶりの再会だね」

 

 

――来年、火神君に勝つのは無理かもしれない。

 

 

どうしちゃったんですか、赤司君?

 


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