Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第37Q 天性の支配者ですよ

 

 

 

火神君と戦えばどうなるのか?

 

冷静に努めて、ボクは考える。他のメンバーを、氷室さんと同格と想定するならば。現時点の帝光中学と火神君のチーム。あの天上の怪物と。おそらく、戦うことはできるだろうか?

 

自信を持って言える。やれる、と。たとえ相手が、『キセキの世代』2人分の戦力であろうとも。『幻の六人目』として、全能力を発揮すれば多少の戦力差は覆すことができる。勝てるかはともかく、試合にはなる。しかし、そんなボクであろうとも、『ゾーン』の前では無力だ。

 

 

 

過去に戻ってから作り上げた秘中の秘。固有技能『視線誘導(ミスディレクション)』を、それぞれ異なるアプローチで追求した、唯一無二のオリジナル。それが『陰陽の視線誘導』である。

 

 

――特性を極めた『光の(シャイン)ミスディレクション』

 

――技術を極めた『影の(シャドウ)ミスディレクション』

 

 

これらが最新にして、最深の視線誘導。実践でこそ使っていないものの、試験段階での効果は抜群。しかしそれでも、『ゾーン』を破るには足りない。

 

灰崎君をも完封した『光の(シャイン)ミスディレクション』。原理としては『オーバーフロー』に近く、乱用できる技ではない。しかも、かつての桐皇学園戦での経験から、ゾーン状態に『オーバーフロー』が効きにくいことも分かっている。知覚能力や処理能力の増加のためだろう。全戦力の火神君に通じない可能性が高い。

 

そして『影の(シャドウ)ミスディレクション』の方は、言ってみれば常時発動型。弱点を補強するためのもので、戦況を劇的に変えることはできない。

 

今のままでは、火神君に圧殺されるだけ。ただの1点すら奪えず、終わるかもしれない。それが『ゾーン』――何かしらの対策が必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

練習後、監督に数枚の紙を手渡した。内容は『キセキの世代』の未来予想について。これから辿る進化の道筋。ボクの知る限りの可能性を、伝えたのだ。あくまで予想という形で、不審に思われない程度にだが。それでもチーム構想の参考にはなるだろう。

 

要件を終えて、ボクは体育館へと戻ってきた。2面あるコートは、彼らの自主練のために埋まっている。かつてない熱量。灼け付くような情熱を肌で感じる。飛躍の刻は近い。それは確信だった。

 

壁に背中を預け、周囲の様子を観察する。青峰君と灰崎君は1on1。赤司君と緑間君はシュート練習。ドリブルをつく黄瀬君は、技の確認か。そして、入口から離れた奥のコート。ゴール下に紫原君と、もうひとり口髭を生やした巨漢がいた。

 

「もっと腰を落とせ。重心が高いぞ」

 

「うるさいな~。分かってるよ」

 

声を上げる大男に対し、嫌そうな顔をしつつも従う紫原君。ボールを持ったまま背を向け、2人は押し合っていた。フォームチェックをしながら、ひとつひとつ指摘する男。今回、コーチを頼んだのは元帝光中学OB、全日本で活躍するCの選手である。わずかだが時間を作ってもらい、アドバイスをお願いしたのだ。

 

「おっ、ちょっと良くなったな。だが、まだまだ」

 

両足で踏ん張り、パワープレイを試みる。しかし、いかに人外の膂力を誇るとはいえ中学生。百キロを超える超重量級のプロ相手に、圧倒することは難しい。隠しきれない必死の表情から察するに、ギリギリまで追いつめているだろうことには驚きだが。しかし、紫原君も全力を出せる喜びを感じているようだ。嬉しそうに顔を綻ばせ、正しいフォームの習得に励んでいる。

 

「よし、じゃあ次はリバウンドのスクリーンアウトの練習するぞ」

 

「ふぅ、了解~」

 

「……にしても。よくこんなフォームで、ここまでパワーを出せるものだ」

 

呆れた風に、コーチ役の男は息を吐いた。

 

 

 

そんな光景からボクは目を離した。彼については問題ない。力と速さと高さ。純粋な身体能力で戦う紫原君は、ボクとは正反対。実際のところ、アドバイスできることはない。

 

足を進めた先は、3Pラインからシュート練習に励む緑間君。ボクの姿に気付くと、彼はその手を止めた。疑問の声を上げる。

 

「黒子、どうしたのだよ?」

 

「そこから撃ってみて下さい」

 

そう言って、フリースローラインを指し示した。訝しげな様子ながらも、彼はそこに立ち、シュートのためにボールを胸の前で構える。フリースローを放とうと体勢を整えた。意図が伝わっていなかったか。ボクは声を上げる。

 

「そっちじゃありません。向こうのゴールにですよ」

 

「なんだと!?」

 

大きく目を見開き、表情が驚きに固まった。センターラインよりも、さらに遠く。反対側のコート。有り得ない距離に、彼の顔色が曇った。

 

「いくら何でも、無理に決まっているだろう?」

 

「試しにですよ。やってみてください」

 

「……まあ。やるだけなら構わんが」

 

やれやれと、首を大きく左右に振った。身体をくるりと反転させ、遥か彼方のリングに視線を移す。表情を真剣な色に変え、極小の標的を見つめた。十秒ほどが経過する。ただ照準を付けるのでなく、入念にイメージを積み重ねている。静かにそれを見守る。

 

集中力が高まりきった瞬間、緑間君の上体が深く沈みこんだ。普段の倍以上の時間を掛けて、タメを作る。そして、脚から腕、手首へと力を集約させた。スナップを返す。

 

「はあっ!」

 

裂帛の気合と共に、勢いよく放たれる弾丸。彼の可能な最速でもって、オレンジの矢は飛翔する。長い滞空時間。ボク達の視線の先で、いよいよ着弾した。ガツンと、リングに弾かれ、真上に跳ぶボール。それは偶然にも2度目の落下でネットを通過した。お互いに結末を内心で噛み砕く。

 

「お見事です、緑間君」

 

「お世辞はやめろ。真上に弾かれたのだ。ボール半個分もズレた以上、失敗なのだよ」

 

メガネの位置を直しながら、悔しげに唇を噛み締める。

 

「原因は何でしたか?」

 

「……ボールを遠くに飛ばすため、フォームがぶれた。無理に引き出したジャンプや腕力。それで体幹が揺らいだのだよ」

 

結果、わずかに距離が届かなかった。

 

「だから言ったのだよ。オレを何だと思って――」

 

「それだけですか?」

 

間髪入れずに紡いだボクの言葉に、緑間君は困惑の色を浮かべる。だが直後に、ハッと何かに気付いたらしい。全身を小さく跳ねさせた。

 

「そうだ!脚力、腕力。問題は肉体面だけ……!」

 

彼の瞳に希望が灯る。そう、技術面では問題などないのだ。才能は開花している。ただ、身体の成長が追い付いていないだけ。肉体改造で筋力アップすれば、飛距離などいくらでも伸ばすことができる。

 

「なるほど。またもお前の掌の上ということか」

 

「いえ、何のことだか分かりませんが」

 

「まあいい。感謝するのだよ」

 

そう言い残し、彼は体育館の外へと出て行った。走り込みか筋トレに向かったのだろう。

 

 

「さすがだね」

 

 

振り向くと、赤司君がこちらに歩いてくるところだった。感心した風に微笑する。

 

「相変わらず、キミの先見性には驚かされるよ」

 

「彼が自分で掴んだだけですよ」

 

「オレにも何か、アドバイスをもらえないかな?」

 

赤司君の言葉に、しかしボクは首を横に振る。彼は意外そうな顔を見せた。

 

「他のみんなと違って。オレにはもう、伸びしろがない、ということかい?」

 

「いえ、そうではありません。分からないんですよ」

 

赤司君と灰崎君。彼らだけは、ボクの未来の情報が使えない。すでに才能は解放されているのだ。これ以上の進化は、ボクの知識にない。まるで未知の領域である。

 

「申し訳ないですが、ここからは自分自身で成長してください」

 

残念な気分で伝えるが、赤司君は逆に楽しそうに目を細めた。

 

「そうか。例の試合から思いついたことがあってね。もし成否を知っているなら、確認しようかと思ったんだが……」

 

満足した様子で、彼は練習を再開しようと踵を返した。

 

「ならば、練習試合で確かめてみるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

翌週の日曜日。東京都内の、とある体育館。

 

帝光中学1軍の面々は試合を行っていた。夜に差し掛かり、外は漆黒に染まる。対照的に室内は黄白色のライトで、十分な光量を保っている。白線で区切られたバスケットコートで、10人の選手達が目まぐるしく駆け回る。バッシュの鳴らす、甲高く乾いた音が響く。

 

覚醒した『キセキの世代』。彼らと対するのは、日本全国から選りすぐられた大学生の頂点。インカレの今年度優勝チームである。平均身長、体格、試合経験。全てにおいて中学生であるこちらを上回っている。紫原君の体格は別だが。そんな相手との対戦が繰り広げられている。

 

桃井さんの立てた事前予想は、帝光中学の微差での勝利。先ほど挙げた常識的な要素はともかく、センスにおいて『キセキの世代』は桁が違う。別次元の才能で体格差や経験を補い、覆すだろうと予想した。ボクも桃井さんも、勝利という結果は疑っていない。とはいえ、ある程度拮抗した勝負になるだろうことも、同じく分析から予測していた。練習試合としてはちょうどいい相手なのだ。そう思っていた。予測は裏切られる。

 

第1Q終了のブザーが鳴った。

 

各々がベンチへと戻っていく。序盤戦が終わり、ここから中盤戦に入ろうという大事な休憩時間。しかし、館内は静寂に包まれていた。誰もが息を呑み、沈黙する。相手をする大学生の顔は蒼白に染まり、対する仲間達は息一つ切らさず、整然とした足取りでベンチへ帰る。

 

「一体、どうなってんだよ……」

 

ポツリと誰かがつぶやいた。それは相手の大学生かもしれないし、ベンチの仲間かもしれない。おそらくは全員の心の声だったのだろう。

 

 

帝光中学 26-4 筑波大学

 

 

寒気すら覚えるほどに、研ぎ澄まされた意識。抜身の白刃のごとき、極限の集中状態。こちらの背筋が凍り付く錯覚。静かに歩むその立ち姿に戦慄した。信じがたい現象が起きていた。

 

『ゾーン』

 

知覚が肥大化し、五体は鋭敏化し、自身の潜在能力を全解放する。先日、火神君の見せた全戦力。埒外の性能を発揮する、トップアスリートですら偶発的にしか入れない、極限の集中状態。誰もが望み、開けない強固な扉。それが開かれていた。それも――

 

 

――5人同時に。

 

 

「……信じられませんね。赤司君、やっぱりキミは天性の支配者ですよ」

 

ボクは瞠目し、大きく息を吐いた。原理は不明。だが、間違いなく彼の仕業だ。早々と、未来の自分を超えてきた。相手の全てを見抜き、見極め、支配する異形の能力――『天帝の眼』

 

1on1専用スキルだったはずのそれが、異なるアプローチで運用されている。支配領域の拡張。対戦相手を支配する埒外の才能を、まさかこんな風に使うとは想像できなかった。敵ではなく、味方を支配して『ゾーン』状態に入れるなんて――

 

やはり彼こそが、『キセキの世代』を率いるに相応しい。

 


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