Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第40Q オールコートプレス

 

 

 

『キセキの世代』との戦いも、いよいよ終盤。手を変え品を変え、彼らを翻弄してきたボク達のチームだが、後半戦は劣勢を強いられていた。それも当然。元々の地力が違いすぎる。

 

帝光中学の練習後で、疲労困憊の状態での試合を挑んだのだが、それでも体力万全の灰崎君以外は、本来マッチアップすら難しい相手なのだ。ボクのドーピングで騙しだましやってきたが、やはり格の違いを見せつけられる形になった。第3Qを終えた時点で、互角だった得点差は10まで広げられる。

 

 

 

 

 

しかし、最終第4Q開始から1分。こちらは戦術を一変させる。

 

これまでのハーフコートではなく、オールコートプレスのDF展開に移行。全開で飛ばす体力勝負。積極的に圧力を掛ける攻勢防壁。コート全面を使った強烈なプレスに陣形を変えたのだ。しかもただのプレスではない。

 

「どうなってるんスか、これは……!?」

 

黄瀬君が出したパスが、突如出現したボクの手によって、カットされる。視界外からの急襲。敵チームに動揺が生じた。

 

即座に灰崎君にボールを渡し、カウンターの速攻が決まった。リングを通り過ぎ、コートに落下するボール。それを赤司君が手に取り、エンドラインの向こう側に立つ。表情を変えずに、彼は小さくつぶやいた。

 

「オールコートプレス……。しかも、厄介な仕掛けをしてくれるな」

 

リスタートのために、彼は周囲の状況を確認する。床を走る足音とバッシュの鳴らす乾いた高音が体育館に響く。

 

ボールを出させまいと、こちらはマンツーマンでの密着して壁になり、『キセキの世代』の面々もマークを振り切ろうと、コート中を走り回る。しかし、残念ながら動きのキレは鈍い。パスの出しどころを探すため、赤司君が数秒を費やし、何とかボールが黄瀬君に届く。

 

「この手のオールコートプレスは、囲まれる前にパスを回すんスよね」

 

葉山さんの密着マークによるプレス。パスコースなど作らせない。自分の身体を壁に、フットワークを働かせる。だが、身体能力によって一瞬だけ振り切った黄瀬君は、パスを受けてワンタッチで緑間君にパス。足を止めれば即座にディフェンスに囲まれる。目まぐるしくコート上を駆け回り、ボールの持ち主を変えながら、前線へと運んでいく。だが、彼らは気付かない。小刻みにマークチェンジを繰り返すことで、いつの間にかボクの姿を見失っていることに――

 

「なっ……黒子、いつの間に!?」

 

 

――ボクの手が緑間君のパスを弾き飛ばす。

 

 

これはただのオールコートプレスではない。灰崎君から葉山さんへ繋がり、瞬く間に得点を追加する。連続得点で相手との差を縮めていく。

 

 

 

神出鬼没かつ、奇想天外のスタイル。最終コーナーで逆転するための、この試合における切り札。ダイナマイトのごとき爆発力が、この陣形にはある。『キセキの世代』の皆の顔に焦りが浮かぶ。

 

赤司君ならば、すでにこのDF陣形の仕組みを理解しているだろう。だが、対抗策はまだ思いついていないはず。自陣からリスタートをするも、彼の指示はない。タイムアウト無し、助言する監督無しのミニゲーム。仮に赤司君が対策を思いついても、周知する時間はない。

 

「こっちにくれ!」

 

「青峰っち、頼むッス」

 

黄瀬君から青峰君へとボールが渡る。

 

「だったら、囲まれる前に突破すりゃいいんだろうが……!」

 

緩急を利用したチェンジオブペース。ドリブル突破でマークの根武谷さんをかわす。だが、その方向は彼の誘導。

 

予測通りの位置とタイミング。視界外からボクが距離を詰め、手元のボールを弾き飛ばす。青峰君の顔が引きつった。

 

「げっ……黒子かよ。ミスったぜ」

 

相手コートでのスティールは、有効なカウンターチャンス。目まぐるしく攻守の入れ替わる高速展開は、如実に体力差を浮かび上がらせる。つまり、ラン&ガンの走力勝負ならば、技量の差を運動量で覆すことが可能だ。

 

 

 

これはただのオールコートプレスではない。ボクの特性を、影の薄さを、神出鬼没を、最大限に発揮するための、DF陣形。かつての歴史で編み出し、猛威を振るったオリジナル。

 

 

――S・A・M・DF(ステルス・オールコート・マンツーマン・ディフェンス)

 

 

「疲れ切ったその体で、止められるものなら止めてみてください」

 

練習後の疲れの溜まった肉体。交代要員もなく、たった5人で試合を続けた最終Q。ただでさえ、才能の全解放に中学生の身体は追いついていないのだ。疲労困憊の今、全盛期のパフォーマンスは見る影もない。

 

ハンデにハンデを重ねた状況で、ボクの放った最後の一手。急所を貫くこの牙は、『キセキの世代』にすら届く。

 

 

 

 

 

 

 

試合は終わり、夕暮れの帰り道。木枯らし吹きすさぶ晩秋の風が、火照った体を冷やす。今日の出来事を思い返して、ボクは深く息を吐いた。

 

「届きませんでしたか……」

 

あれほど策を練り、挑んだ勝負だったが、結果はボク達の敗北に終わった。追い込まれた『キセキの世代』の底力。それは想像を超えるものだった。体力も尽きかけた状況で、あのパフォーマンスを引き出せるとは、脱帽するほかない。彼らの進化を甘く見ていた。

 

「その割には嬉しそうだね、テツくん」

 

隣を歩いていた桃井さんが不思議そうに首を傾げた。途中のコンビニで買った肉まんを頬張る青峰君が、その後ろをついてくる。

 

「そうですね、意外にも悪くない気分です」

 

無意識に浮かべていた笑みに気付き、彼女に言葉を返す。自身の敗北よりも、『キセキの世代』の才能の煌めきの方が嬉しいらしい。全戦力を費やして届かないことに、あまりショックを受けていなかった。自覚していた以上に、ボクの性質は影だった。

 

「テツ君が勝てなくて残念だったけど、お披露目としては良かったね」

 

「はい。一度体験した方が、戦術の理解も深まりますからね」

 

ボクは頷き、少し先の未来に意識を向けた。今回披露した戦術、ボクの経験の集大成をこのチームで使用する。想像するだけで気分が高まる。自然と握る拳に力が籠った。ここからはチームとしての完成度を高めることに専念しなければ。火神君と約束した対決まで、残り1年もない。

 

「やることは山積みです。新戦術の連携、基礎体力の強化、それに……」

 

今回の試合、本来ならば拮抗するはずがなかった。『キセキの世代』の才能とは、戦術でどうこうできるモノではない。正面から圧殺されるは必定。それができなかったのは、体力が尽きていたからだ。最低限、全戦力を発揮できる基礎体力の養成は必須。だが、それだけで火神君と戦うには足りない。

 

 

――『ゾーン』

 

 

選ばれしトップアスリートのみが入れる、極限の集中状態。研ぎ澄まされた意識と感覚。その潜在能力解放は、まさに圧巻の一言に尽きる。自由自在に『ゾーン』に出入りする、あの不世出の怪物を相手するには、『キセキの世代』の潜在能力の解放もまた必須である。あの状態の火神君は、まぎれもなく世界最強。別次元の性能であった。

 

赤司君が仲間を入れる『疑似ゾーン』も良いが、やはり普通に試合中に入る純正の方が強い。とはいえ、練習方法など思いつかないし、良質な試合経験を積む他ないかもしれない。

 

そのとき、制服のズボンの左ポケットに振動を感じた。携帯電話のメール着信。画面には、「火神大我」の文字。彼のことを考えていたところに、図ったようなタイミング。メールを開き、内容を確認した瞬間、かすかに息が止まった。

 

「なになに?どうしたの?」

 

わずかに顔色を変えたボクに興味をひかれたのか、桃井さんが目を輝かせて、横から画面を覗き込む。送信者の名前と内容を理解して、彼女の表情が引き締まった。内容はこうだ。

 

『年末、こっちでやる試合に一緒に出ないか?』

 

アメリカへの招待状である。

 

ストリートバスケの大規模な大会があり、メンバーとしての誘いらしい。試合形式は3on3。火神君と氷室さん+ボク、という構成。日本語で通じるので、意思疎通は問題なく、参加するなら、チケット代は向こう持ちらしい。

 

「大ちゃん、これちょっと見てよ」

 

「うん?何だよ……って、テツ。これは!?」

 

背中越しに上からボクの手元を見下ろし、驚いた声を上げる青峰君。経緯を説明すると、目を輝かせる。

 

「すげえじゃん。バスケの本場で試合なんて、羨ましいぜ。もちろん、行くんだろ?」

 

純粋に楽しそうな青峰君と、対照的に心配そうな顔を見せる桃井さん。彼女の抱える漠然とした不安の原因は、埒外の怪物であり世界最強プレイヤー、火神大我とボクの距離が縮まることなのか。

 

「家で話してみます。許可が出れば、ぜひ行きたいですね」

 

何年ぶりだろうか。かつての歴史で噛み合った光と影。各々が技量を磨き上げ、その対比は大きくなったはず。火神君はより輝きを増し、ボクは影を薄く、色合いを濃くしてきた。改めて彼と組んだならばどれほどの効果が発揮されるか、誰にも予測できないだろう。内側から湧き出す熱量。高揚を抑えきれずに、ボクの口角が自然と吊り上がった。

 

 

 

 

 

 

 

冬休みが始まってから数日後。海外旅行客でごった返す成田空港のロビー。一面ガラス張りの壁の向こうに、広大な滑走路といくつもの飛行機が並ぶのが見える。空いたソファー席に座り、ボクは手荷物を抱えて息を吐いた。海外旅行ゆえの緊張ではない。

 

「さて、明日の昼には試合が始まるわけだが。居ても立ってもいられない気分だよ」

 

「そうなんですか?少し意外ですね」

 

「あの男の埒外のプレイを、また直に見れるとあればね。オレだって楽しみになるさ」

 

――隣の席の赤司君が、返事と共に腰を上げた。

 

予定外の参加者が、今回は渡米する。

 

見慣れた制服姿ではなく、黒のコートを羽織った彼が、微笑を浮かべる。手元の搭乗券を確認したのち、腕時計をチラリと目を向ける。

今回の件に興味を持った赤司君も、アメリカに行くことにしたらしい。全くの想定外だった。しかし、あっさりと海外旅行を許されるとは、さすがは大富豪の家である。もちろん、中学生の一人旅ではなく、赤司家の執事が同伴だそうだが。初老の男性がこちらに歩み寄り、一礼した。

 

「そろそろ搭乗の時間ですね」

 

「ああ。僕はそろそろ行くよ」

 

シックな革張りのトランクケースを手に、彼は搭乗口の方へと向かっていった。ボクと両親はエコノミー席なので、搭乗はもう10分ほど後になる。ちなみにまだ空港内で買い物をしている。久しぶりの海外旅行で、浮き足立っているらしい。

 

赤司君の後ろ姿を見送りながら、軽く息を吐く。

 

「予想していなかった事態ですが。まあ、これも悪くありませんね」

 

今回の赤司君の同伴について。火神君に伝えると、二つ返事での了承だった。ボクとしても、最近の赤司君の不調を心配をしていたので、これが良い刺激になって欲しいと思っている。

 

火神君に敗北してから、どうにもプレイに精彩を欠いている気がするのだ。正確には安定性を欠いていると言うべきか。口調や性格も、ボクの知る中学時代ものと高校時代のものが混在するときがある。彼の中でのキャラ付けが曖昧になっているのか。精神の混乱の表れでもあるならば、何とかしたほうが良いだろう。

 

自分を呼ぶ両親の声が耳に届く。

 

ボクは日本を飛び立った。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、今回アメリカで予定されている対戦相手。それは映像でのみ、ボクらが知る者たちだった。全米で圧倒的な強さを誇る、若きストリートバスケットチーム。ある選手と対戦するまでは、同世代で比類なき絶対強者の座についていたほど。

 

特に、その内の二人は。

 

信じがたいことだが、その埒外の才能はかつての歴史における『キセキの世代』に匹敵する。いや、贔屓目を除くならば、むしろ超えている。バスケット選手としての超越した性能。全米最強にして最悪と謳われる暴虐者。その名は――

 

 

――チーム『Jabberwock』

 

 


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