GWも過ぎ、いよいよ最後の全中が近付いてくる。優勝すれば、帝光中学は前人未到の三連覇。とてつもない偉業を成し遂げることとなる。メディアの注目度も高まり、雑誌の月バスでは毎号、『キセキの世代』の特集が組まれるほど。バスケファンのみならず、一般のニュースに取り上げられたこともあった。そんな中――
――ボクらは一切の他校との練習試合をやめていた。
もはや『キセキの世代』にとっては、中学生との試合など何のメリットもない。他の1軍メンバーが、代わりに練習試合に付き合っていた。『キセキの世代』を出場させるよう理事長から指示が出たと風の噂に聞いたが、白金監督が阻止したらしい。露出が減り、秘密のベールに包まれたボクらは、不気味な静けさを他校の面々に与えた。前回大会で圧倒的な強さを見せつけた帝光中学の『キセキの世代』。表舞台に姿を現すのは、全中予選となる。
とある都内の体育館。陽も沈んだ頃、オレンジの電灯で照らされたコートで試合が行われていた。観客はいない。ただ、縦横無尽に駆け回る選手達とベンチには監督や控え選手が座るのみ。ボクもそこに腰掛け、コート内に目を向けていた。
「うわっ!青峰っちがブロックされた!?」
黄瀬君の驚きの声。長身のPFが、青峰君が上手投げで放つボールを叩き落とす。そのまま相手チームの手に渡り、カウンターの速攻を喰らう。今回、対戦するのは日本のプロチーム――『サンスターズ渋谷』。特にインサイドに定評があり、PFとCの選手は、全日本選抜にも出場している。
「ハハッ!いいじゃねーか!」
「中学生に好き勝手させられるか」
好戦的な笑みを浮かべる青峰君と、対照的に苦々しげに唇をかむ相手のPF選手。青峰君をブロックしたにもかかわらず、その表情は硬い。
相手の反撃。PFの選手にボールが渡り、そのままサイドからの突破を狙う。さすがに巧く、速い。フェイクの精度や心理の読み合い、何より身体能力の差が大きい。大人の、しかも一級のプロ選手の性能は並大抵ではない。
「……何でついて来れるんだよ」
しかし、彼の圧倒的なセンスはその差を埋める。平面の勝負では、埒外の敏捷性(アジリティ)がモノを言う。俊敏な反応でドリブル突破を阻止。しかし、相手もさるもの。拮抗したドリブルの1on1は止め、パワーと高さを利用した攻め手へと変える。
その場で跳び上がり、ミドルレンジからのフックシュートを放つ。190cmを超える相手選手の身長。さらに、腕を伸ばした状態から手首を返し、ボールを投げる。中学生の高さでは、無情にも届かない。フリーに近い状態で打たれてしまった。
「この距離で打たされるとはな……」
得点は決まったが、中距離からのフックシュートは外すリスクも大きかったはず。その証拠に、決めたはずの相手の表情は厳しい。実力差は思いのほか小さいようだ。
そしてもうひとつ、苦戦を強いられているマッチアップ。
「あの紫原が、押し込まれてる!?」
ゴール下での押し合い。『キセキの世代』のC、紫原君は中学生離れした肉体を持つ。しかし、背を向けた状態で仕掛けられる、相手のパワードリブル。分厚い肉体の日本代表Cが、じりじりと紫原君を押し込み、ターンをしてシュートを決めた。
高さも重さも相手が上。これまで、他を圧倒してきた紫原君の体格と筋力。それを相手は抑え込む。純粋に身体能力で勝負する紫原君こそ、大人相手で最も分が悪くなってしまうのだ。
「……違う、こうじゃない」
しかし、紫原君の顔に諦めの色は無い。むしろ、時間が経つにつれて、楽しげに口元が吊り上がっていく。何やら試行錯誤を繰り返しているようだ。専門でないボクには詳しく分からないが、回を追うごとに明らかに力が拮抗していく。
「これが練習の成果ですか」
去年から彼は、正しい姿勢を指導されてきた。才能任せ、力任せではなく。正確に力を伝えるためのフォームを身に着けてきた。その結果がこれなのか。結実し、発揮される本来の実力。だとすれば、高校時代ですらあまりにセンス頼りだったなと思うが……。
「おおおおおっ!」
「ぐうっ!何という重さだ……!」
リングに弾かれ、宙に舞うボール。ゴール下の戦場で、彼は吠えた。腰を落とし、肘を張って後方からの圧力に耐える。両者、全力でポジション取り。力の限りに陣地の奪い合う。同時に跳躍。キャッチしたのは、紫原君だった。
「ナイスだ!こっちよこせ!」
着地と同時に振り向き、声のした方向へとパスを送る。それは青峰君の手に渡り、そのままシュートモーションに入った。だが、マークマンの反応も早い。青峰君を超える長身を活かしてブロックに跳んだ。
「打たせるはずがないだろ……何だと!?」
青峰君は上体を大きく後ろに反らし、倒れこむような態勢でシュートを放った。滅茶苦茶なフォーム。苦し紛れにもほどがある、と相手は思っただろう。そうじゃない。これこそが青峰君の固有能力――『型のない(フォームレス)シュート』
「何であれが入る!?」
ボールはブロックを越えて、リングを通過した。これこそが彼の埒外の才能の発露。確信に満ちた青峰君の顔を見て、相手の選手はマグレでないことを悟った。常識外のスタイルを前にして、表情が引き攣る。
とはいえ、相手はプロ選手。しかも日本有数の代表選抜である。初見のスタイルにも、確実に対応してくる。
再度行われた青峰君との1on1。身長差を無視して、平面勝負で攻め込んでくる。ストバス仕込みのトリッキーなドリブルからの、横っ跳びで放つ『型のない(フォームレスシュート)』。サイドスローでぶん投げるボールを、今度は長身PFが手を伸ばして弾き飛ばす。
「すげえ!今度は止めた!」
「あれに反応できるのか……!」
帝光側のベンチから驚愕の声が上がる。眼を見開き、驚きの色を顔に表す青峰君。歴戦を潜り抜けてきた経験。そして、鍛え上げた成人男性の身体能力とリーチの長さが勝った。
「紫原がまた抜かれた!」
「アイツの反射神経でも間に合わないっ!?」
パワー勝負から一転。優位を確保できないと悟った巨体の相手Cは、ロールやターン、多彩なミドルレンジのシュートを駆使した戦法に切り替える。紫原君の不得手な心理戦、読み合いに持ち込んだ。
純粋な経験不足、という弱点は中学生の『キセキの世代』全員に共通する。あの赤司君ですらそうだ。LAでのナッシュとの戦いでは、眼を使った全力での試合経験の少なさが両者の実力に差をつけていた。
第1Qも残りわずか。帝光のオフェンス。赤司君から指示が飛ぶ。
「ああ~。仕方ないな~」
嫌そうに首を振り、紫原君がゴールから遠ざかるように走る。アイコンタクトを交わし、同時に駆け出す緑間君。スクリーンを掛けて、一瞬のフリーを作り出す。
相手方がスイッチするまでに、彼は3Pラインからシュートを放った。高く上がる軌道から、まっすぐにリングを通過。同時に第1Q終了のブザーが鳴った。
「何とか一桁差で持ちこたえたッスね」
「……リーグ首位のチーム。さすがの実力なのだよ」
ベンチに戻った彼らは、呼吸を整えながら感想を言い合う。日本のトップクラスを相手に余裕はない。特に敵チームのエースが揃った、PFとCと対する2人には。試合序盤だというのに、彼らは滝のように汗を流し、荒い息を吐いていた。それほどに、相手のスピードとパワーはレベルが違う。まあ。中学生と比べるのはおかしいが。
しかし、そんな強敵相手に、彼らはかつてなく愉しげな表情だ。
続いて第2Q。彼らの動きが徐々に変わり始める。前後左右にボールを振り回す、青峰君のドリブル突破。相手を翻弄するキレのあるボール捌き。先ほどよりもその速度が上がっている。わずかに態勢を崩した相手PF。その瞬間を逃さず、横っ飛びからオーバースローでの投擲。『型のない(フォームレス)シュート』。相手の選手は強引に手を伸ばして阻止せんとする。リーチの差でギリギリ届く、と思いきや――
「させるかっ!……なっ!止めた!?」
相手の顔が硬直した。寸前でもう片方の手でボールを止め、空中で素早く相手の左脇から奥に右腕を伸ばす。青峰君は相手の背中越しにふわりと投げ上げた。あの態勢から後方へは振り向けない。無抵抗で浮いたボールがネットを揺らした。
「うわあああっ!空中で滅茶苦茶動いたぞ!」
「……あんなの人間技じゃないだろ!」
双方のベンチから驚きの声が上がる。青峰君の圧倒的な敏捷性(アジリティ)。だが、それだけではない。本能で行われる高精度の未来予測――『野性』。
後天的に身に着けられる、経験による予測とそれに伴う反応速度上昇。青峰君の『野性』の精度が、強敵との対戦を経て成長しつつあった。この夏まで積み重ねた、日本有数の選手達との勝負を糧として。相手PFの顔に恐れが色濃く表れる。異常なまでの才能に対する畏れが。
「流れは渡さん!ボールをくれ!」
相手チームのもう一人のエース。巨漢のCにパスが通り、紫原君との1on1。ハイポストで背中を向け、ゴール下へと押し込むパワードリブル。だが、明らかに序盤とは違う。傍目からでも押し込めていないのが分かる。鉄壁の要塞。筋力というよりも、火神君の怪力と同じく、身体の動かし方が最適化されつつある。
「ぐっ……これが中学生?嘘をつくな!」
身長も体重も、大人であるプロ選手が上。だが、全力で押してなお、中学生の子供を動かせない。ペイントエリアから締め出される。日本代表を務める選手ですら、余りの焦燥に声を荒げた。それほどに異常な身体能力であった。
「……だが、勝敗は別だぞ」
背中越しにフェイクを入れ、ターンアラウンド。そこからのドライブと見せかけて、バックステップからのフェイダウェイショット。淀みなく、流れるような一連の動作。技量の高さを感じさせるプレイ。
しかし、その根底にあるのは逃避。圧倒的に超越した中学生への恐れ。駆け引きの苦手な紫原君だが、相手に芽生えた恐怖心を敏感に感じ取った。
「うおおおおおっ!」
紫原君が全身全霊の力を込めて、跳躍する。彼の有する人間離れした反射神経も相まって、タイミングは完璧。
「だが、届くか!?」
身長は相手の方が上。しかし、腕の長さ(ウイングスパン)ならば、紫原君が勝る。
――強烈なブロックショットが炸裂した。
「すげえっ!日本代表を止めた!」
「あのプレイについていけるとは……!」
怪物染みたブロックに歓声が上がる。肉体同士のぶつかり合いという、分かりやすい対決。強敵との邂逅。紫原君の才能が進化を遂げる。恵まれすぎた身体能力と反射神経。力と高さと速さを併せ持つ彼が、いよいよその使い方を身に着けつつあった。
第2Q終了。追い上げを見せた帝光中学は、得点差を白紙に戻す。そして後半戦。白金監督が指令を出す。選手交代。
青峰君と黄瀬君の代わりに、ボクと灰崎君がIN。
「前半はオーソドックスなインサイド攻めだったが……。後半は、お前達で陣形を引っ掻き回して来い」
「はい」
「おう、分かったぜ」
戦術を一変させ、同時に走り回って疲労が見える青峰君を休ませる。現在の帝光中学の選手層は厚い。
視線を左右にめぐらせ、周りの仲間達を捉える。
「緑間、以前から練習していたアレを試してみよう」
「いいだろう。人事を尽くしているオレ達が、失敗するはずがない」
赤司君達が微笑して、隣に声を掛ける。緑間君はラッキーアイテムの電卓をベンチに残し、立ち上がった。
「じゃあ、オレの出番は最終Qになりそうッスね」
絶対的な自負を込めて、黄瀬君が不敵に笑う。
――かつての歴史を大幅に上回る、類稀なる才能を開花させたスタメン。
肩を回しながらコートに向かう灰崎君に視線を移す。
――C以外の全てのポジションをこなせる、オールラウンダーの交代要員。
ベンチに座り、膝元にノートを乗せた桃井さん。
――スカウティングに長けたマネージャー
深く息を吐き、意識的に表情を消す。気配の薄れたボクの姿に、相手チームの選手が幾人か、眼をこするしぐさを見せた。
――試合を一変させる、意外性をもった六人目(シックスマン)。
勝利以外は有り得ない。たとえ、火神君と氷室さんのコンビが相手でも――
帝光中学対サンスターズ渋谷。15点以上の大差を付けて、ボク達が勝利した。想像しうる限り最強のチームを以って、いよいよ帝光中学は全中に臨むこととなる。