Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第46Q 楽しそうだろう?

 

 

 

全国中学バスケットボール大会――通称『全中』

 

1学期も終わりが近付き、いよいよ地区予選が始まった。昨年、圧倒的なチカラを見せつけ、連覇を果たした帝光中学の『キセキの世代』。あれ以降、練習試合にもほとんど顔を出さず、秘密のベールに包まれた彼らの正体を暴こうと、会場である市民体育館には例年を遥かに超える人数が詰めかけた。

普段は選手と家族くらいしか観客がいない地区予選だが、今年は取材陣や他校の偵察など、満席かつ立ち見まで出るほどの盛況ぶりである。メディアでも取り上げられ、注目度は過去最高。いや、歴代最高だろう。地区予選にも関わらず、選手達に掛かる重圧は尋常ではない。しかし――

 

「ったく、これで決勝かよ。結局、一度もテツの出番は無かったな」

 

「はあ~。ダルかった」

 

「本当ッスねー。オレらだって、出る意味なかったでしょ」

 

「オレは人事を尽くすだけなのだよ」

 

「無駄口はその辺にして。皆、整列だ」

 

 

――圧倒的な勝利を飾る

 

 

中央に両チームが集まり、試合終了の礼。番狂わせは起こらず、誰もが期待した通りの勝利である。だというのに、満員の観客席は静まり返っていた。期待外れだったから、ではない。期待以上、いや想像を遥かに超えた結果を目の当たりにして、皆が寒気を覚えたのだ。

 

138-0

 

地区予選の決勝とは思えない、常識外れの得点差。苦し紛れのシュート一本すら許さない完封試合。かつ、百点ゲーム。誰もが言葉を失う。

 

しかも、この試合だけではない。地区予選のトーナメントの内、全試合で同じ偉業を成し遂げたのだ。全力には程遠い、二段も三段も力を抜いた、体力温存のプレイによって。まさに別次元の性能。周囲の怯え切ったの表情も分かろうというもの。

 

歴史上最高の成績で以って、帝光中学は全中本選出場を奪い取った。

 

 

 

 

 

 

 

数日後、ボク達は視聴覚室に集められた。意外なことに、主催は桃井さん。プロジェクターにPCを繋ぎ、あるWebサイトのページを開く。海外のバスケットボール大会のサイトだった。

 

「火神の言っていた、戦いの場か……」

 

英文を一読して、赤司君が口を開いた。桃井さんも頷く。

 

「そうなの。出場チームを決めるエキシビジョンマッチの決勝があって。その結果が発表されたの。さっき、英語の先生に翻訳してもらったんだけど……」

 

何やら彼女の顔色は曇り、不穏な様子である。

 

TV局の企画らしい。アメリカの若き最強チームが、世界中の同世代チームと戦うというもの。選手の年齢制限は16歳以下。優勝チームは全世界のU-16と遠征して戦うのだ。スペイン、オーストラリア、フランスと強豪国が続き、最後に日本。明らかに日本だけ浮いている。裏でどんな働きかけがあったのか。

 

「決勝だけは映像が公開されてるから、せっかくだから皆にも見てもらおうと思って」

 

「わざわざありがとうございます」

 

ボクもまだ確認していなかった情報である。桃井さんに感謝の言葉を告げた。他の皆も興味津々の様子。彼女がPCを操作すると、スクリーンに映像が流れ出す。煌びやかにライトアップされた屋内のフロア。NBAの試合と見紛うほどに、観客の熱気や設備も申し分無し。

 

「ずいぶんと派手じゃねーか。さすが、部活の大会とは訳が違うな」

 

青峰君が感心した風に声を出した。英語での陽気なMCの紹介と共に、選手が入場する。まずは片方が入場。人気も高いらしい。万雷の拍手で迎えられる。堂々とコートまでの道を歩む選手達。人種は様々だが、各々が手を振って観客へとアピールしている。この大観衆を前にして、緊張の色は欠片も窺えない。

 

「おいおい……テレビで見たことある選手ばっかだぜ」

 

「U17のアメリカ代表が3人もいるのだよ」

 

16歳以下でありながら代表に参加した、アメリカの強豪校からの選抜組。最精鋭のバスケエリート集団。過去に世界大会も経験しており、チームワークも抜群。ボク達も、一目でこのトーナメントのレベルの高さを理解する。そして、もう片方。

 

「対戦相手は……何だと!?」

 

赤司君の言葉が止まる。これはボクにとっても想定外の出来事だった。MCが大音量で会場にその名を響かせる。

 

「全く対照的な対戦だぜ!もう一方のチームは、ストバス界からの参戦!ストリート最強--チーム『Jabberwock』!」

 

かつてボク達が対戦した、あのチームだった。現れる選手達。ナッシュ、シルバーを始めとした、柄の悪い、しかし強烈な威圧感を放つ面々。まさか、彼がトーナメントで途中敗退したのか?そうではなかった。驚愕のミックスチーム。

 

 

――火神大我と氷室辰也。

 

 

あの二人が、当然のように黒のユニフォームを纏って現れた。

 

「あはは……想像を超えてくれましたね、火神君」

 

思わず笑いが漏れる。自軍を強化したのは、ボクだけではなかった。彼は彼で、最強のチームを作り上げていたのだ。先に入場したチームとは真逆に、彼らは愛想なく、凶悪な眼つきでベンチまで歩を進める。危険な空気は相変わらず。だが、戦力としては最高級。

 

 

 

ジャンプボールから、試合が始まった。先攻は相手チーム。PGにボールが渡り、すぐさまボールが飛ばされ、敵陣を急襲。目まぐるしくパスが巡り、ジャンプシュートが決まる。言ってみれば普通の連携。基本的な動作の積み重ね。だが、会場中が息を吞んだ。あまりにも高い完成度。

 

「流麗な舞のごとき、基本動作の完成形。あれは氷室さんと同じプレイ……!」

 

「アイツら、素で氷室と同質のプレイができるんスか!?」

 

黄瀬君が驚きの声を上げる。何気ない動きの一つひとつが、凄まじく洗練されていた。純粋に、卓越した技量だということ。正統派な競技バスケットの最高位(ハイエンド)。それが彼らU-17メンバーなのだ。昨年度の世界最強を誇る面々。たったワンプレイで証明された。

 

反撃のJabberwock。金髪のPG、ナッシュは凄まじい勢いでボールを前後左右に振り回す。超高速かつ相手を翻弄するトリッキーなドリブルで仕掛けた。『魔術師』の異名に相応しい、予測不能のスタイル。相手とは対照的なストバス特有のムーブで攻め込んだ。不規則に跳ね回るボールの軌道。

 

『何だと……!?』

 

それを相手は見切り、奪い取る。ナッシュの顔が、悔しさに歪んだ。Jabberwockのメンバーに動揺が走る。

 

反撃のワンマン速攻。相手PGが俊足で以って、コートを駆け抜ける。だが、後方から埒外の速度で迫る黒人の大男。身体能力の高さは、あの火神君とすら互角。『神に選ばれた躰』と謳われる、ジェイソン・シルバーが敵の背後からボールに手を伸ばす。

 

「すげえスピードだな。……って、見ないでかわしやがった!?」

 

死角から伸ばされた手を、寸前でかわして味方にパス。何という視野の広さ。アレは秀徳の高尾さんと同じ、『鷹の目(ホークアイ)』。当たり前のように、使いこなすのか。

 

開始早々、連続で得点を奪われる。

 

『らあっ!』

 

流れを変えるべく、火神君が1on1から、突破してダンクを叩き込む。会場が一気に湧き上がった。さすが。しかし、相手は予想通りとばかりに布陣を変更。火神君にダブルチーム。

 

『またタイガにボールが渡るぞ!』

 

MCが期待感を込めて叫ぶ。しかし瞬間、火神君の顔色が変わる。ワンタッチでパス。細身の黒人選手、アレンに繋ぐ。鉄壁のダブルチーム。あの彼ですら、正面から突破できないのか……。

 

「連携も少し乱れているな。やはり急造チームか……」

 

赤司君の眼がそれを見抜く。パスを受けた選手の動きがわずかに鈍ったのだ。意思疎通にズレがある。その隙を逃す相手ではない。アレンの手元からボールが弾かれてしまった。これがアメリカ最高のU-17のチカラ。

 

 

 

 

 

 

 

第1Qはじりじりと得点差が開き、第2Qもその流れは続いた。だが、後半に入り、変化が現れる。

 

ナッシュの放つノーモーションパス。予備動作なく発射された弾丸は、即座にゴール下へ走りこむ火神君の手元に届く。間髪入れずにボール片手に跳躍。

 

『高いっ!だが、マークを振り切れていないぞ!』

 

ダブルチームは健在。俊敏な反応で回り込み、両者共にブロックに跳んでいる。火神君だろうと、強引な突破は困難。空中で彼のダンクが止められ――

 

『おい、ちゃんと決めろよ』

 

『うるせえ。黙って渡せ』

 

――止められる寸前で、後方にパス

 

『なっ……シルバー!?』

 

それをキャッチして跳躍。火神君がマークを引き付けた上で、レーンアップからの高高度ウインドミルダンク。強烈な勢いでリングに腕を叩きつけた。相手を威圧する剛腕。

 

後半になって、個人技ではなくコンビネーションでの得点が増えている。

 

「連携のズレが修正されてきたな」

 

「ああ。それに、まだナッシュも全力ではない」

 

眼鏡に手を当てて、緑間君がつぶやいた。それに頷く形で赤司君が付け加える。ゾーン状態の赤司君ですら勝てなかった、あのナッシュ・ゴールドJrという選手。全戦力の開放はこれから。

 

『ナッシュのスティール!とんでもなく絶妙なタイミングだぜ!』

 

1on1からのカット。切り返しのタイミングを予知したかのように、最短の動作でボールを弾き飛ばす。絶妙さは寒気がするほど。一目で分かる。開眼したのだ。ナッシュの有する超越能力――

 

 

――『魔王の眼(ベリアルアイ)』

 

 

赤司君と同じく、未来を見通す超常の眼。それを彼は使用する。続く反撃のカウンター。ついに相手PGを1on1で突破した。敵の陣形を切り裂くペネトレイト。慌てて別の選手がカバーに動く瞬間、予兆なく放たれたノーモーションのパスが、完璧なタイミングで氷室さんの手元に収まった。ただでさえ火神君に2人マークが割かれている現状。フリーで彼は、華麗なシュートを決めた。

 

『やはり格が違うな。これがナッシュの眼……』

 

どこか隙を探そうと、赤司君が真剣に画面に視線を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

ナッシュの開眼により、戦況は『Jabberwock』優位に進んでいく。序盤につけられた点差が、徐々に縮まっていく。司令塔同士の優劣が、如実に試合展開を左右したのだ。そして最終第4Q。ここまで沈黙を保っていた、彼が覚醒する。

 

『何だあっ!あの強さは!』

 

『人間離れした高さと速さじゃないか!?』

 

発揮される火神大我の全戦力。

 

――ゾーン

 

左右に素早く上体を振り、残像すら生じる神速を以って、二人掛かりの鉄壁を突き破る。全米屈指のダブルチームを、単独で貫いた。明らかに変貌を遂げた動きに、相手は表情を硬直させる。

 

『と、捉えられない……!?』

 

神雷のごとく、鋭く、速く、そして力強い。極限の集中状態にある彼の性能は、世界最高峰のこのステージにおいても圧倒的だ。強さ、速さ、巧さ、高さ。ひとりのバスケット選手として、まぎれもなく世界最強。

 

 

――神域の怪物がここに降臨した。

 

 

それから数分後。火神君が天高く跳躍する。宙を舞い、空を駆けるエアウォーク。重力から解き放たれた、異常な滞空時間。停止した時が動き出す。豪快なダンクが炸裂した。会場全体を揺らす怒号のような大歓声。直後、試合終了のブザーが鳴り響く。

 

 

ここで桃井さんが映像を停止させた。

 

 

勝者は当然、チーム『Jabberwock』。10点以上の差をつけての勝利だった。凄まじい強さを見せつけられた。画面が暗くなった後も、少しの間静寂が続く。衝撃的な情報を、各々の頭の中で整理しなければならなかった。映写機が止まり、青白い光だけが照らす薄暗い部屋で、皆の息遣いが聞こえる。最初に口を開いたのは、赤司君だった。

 

「これが、オレ達の相手だ。個人だけではなく、チームとしても世界最強だ」

 

さほど広くない室内に、声が重々しく響いた。ボクと彼は実際に体験している。『Jabberwock』の選手の凶悪さを。

 

未来を見通す眼、『魔王の眼(ベリアルアイ)』を有する、ナッシュ・ゴールド・Jr。神に選ばれた躰と謳われ、圧倒的な身体能力を誇る、ジェイソン・シルバー。もう一人のアレンという黒人選手も、性能はU-17代表クラスと遜色無い。それに加えて、緑間君を1on1で下した氷室さん。何よりも――

 

 

――世界最強のバスケット選手、火神大我

 

 

戦う前に心を折るようなメンバーだ。赤司君も仲間達の反応を窺っている。しかし、心配は無用だった。

 

「面白えじゃねーか。これ以上ない強敵だぜ」

 

「ま、そうッスね。弱い相手ばっかで、飽き飽きしてたし」

 

青峰君は攻撃的な形相で、黄瀬君は軽く肩を竦ませてから、戦意を表した。ほかの面々も同じく。その様子を見て、ボクもホッと肩を撫で下ろす。大丈夫だ。これで彼に挑戦する準備は整った。あとは本番に向けての対策を練るだけ。

 

「……桃井さん、彼らの情報収集お願いしますね」

 

「うん、任せて」

 

ボクの頼みに、彼女は嬉しそうに頷いた。暗かった部屋に電灯が点く。教壇に白金監督が上がり、皆の顔を見回した上で、厳かに声を発した。

 

「敵の姿は見えたな?これからの挑戦は、全国最強のウチの中学を率いる私にすら、経験の無いものだ」

 

まっすぐに彼らを見て、監督は事実を述べる。全国優勝の常連校、帝光中学の監督でさえも。当然だ、相手は世界最強。職業人であるプロリーグの監督ですら、その経験を持つものは稀だろう。あくまで中学校の教師には重すぎる大任。弱気になったのか?そうではないことは、瞳を見れば分かる。

 

「お前達にとってそうであるように、私にとっても同じだ。世界最強か……。あまりに高すぎる壁だ。日本人で、こんな勝負をする者はいないだろう」

 

監督は一拍、間を置いた。

 

「楽しそうだろう?」

 

放たれた言葉に、皆の表情が緩む。微かに笑みが浮かんだ。この未曽有の大敵にぶつかるのは、選手達だけではない。知らず緊張していた彼らに、安心感が戻ったのだ。先ほど、横目でコーチ陣を見て、その強張った表情に不安を覚えていたのだが、ボクも少し肩の荷が下りた気がした。本当は監督にも恐れはあるのかもしれないが、それを欠片も見せないのは流石だった。

 

「練習はさらに厳しくしていく。お前達も覚悟しておけ」

 

「はい!」

 

監督の言葉に、全員が大きく返事をした。

 


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