Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第48Q 飯でも行こうか、タイガ

 

 

スペインの首都マドリード。国内最大の屋内型ドーム、ウィッシンク・センターでオレ達『Jabberwocks』はエキシビジョンマッチを行っていた。ここは国際大会も開催されるほどの広さで、収容人数は15000人。宣伝のおかげか客席は満員。試合はさきほど始まったばかり。第1Qの序盤。チーム『Jabberwocks』のメンバーはいつも通りである。氷室辰也こと、オレもSGで出場している。

 

「タツヤ!そっち行ったぜ!」

 

タイガの声が耳に届く。対戦相手のスペイン代表選手に、ドリブル突破を仕掛けられる。茶髪の選手がフェイクを交えつつ、鋭く突っ込んできた。こちらも集中力を高め、相手の正面に回り込む。

 

「くっ……速い!」

 

さすがバスケ強豪国における世代トップ。一つひとつの動作のキレや正確性が半端じゃない。しかも視線で、肩の動きで、真に迫ったフェイクを随所に織り交ぜる。身体性能は若干こちらが負けているか。相手がクロスオーバーから左に切り込む予備動作を見せるが――

 

「それはフェイクだね」

 

「しまった……!?

 

オレの手が、相手のボールを弾き飛ばす。前進を止めて、ロッカーモーションに移行しようとしたタイミングで放つスティール。次の一手を読み切ったこちらの勝ちだ。

 

「アメリカのカウンターだっ!」

 

「やばい、早く戻れ!」

 

大勢の地元スペインの観客が悲鳴を上げる。応援はアメリカ2:スペイン8といったところ。アウェイの雰囲気だが、その程度ハンデとしてはまるで足りない。悪いがここからは、オレ達の独壇場だ。

 

アレン、タイガと高速でボールが飛び、フリースローラインを右足で踏み切った。常識枠外の跳躍力。タイガの身体が遥か上空へと浮き上がる。

 

「これは、レーンアップか!?」

 

「うおおおっ!高い!」

 

観客の度肝を抜く『超跳躍(スーパージャンプ)』。さらにボールを掴んだ左腕を大きく回転させる。これはウインドミルダンク。数秒後、高高度から叩き込まれる一撃が轟音を響かせた。

 

主導権はこちらが頂いた。そこからは一気呵成の攻めが続く。予備動作なく放たれるナッシュのパス。そこからシルバーのパワードリブル。こと1対1において、あの男の激烈な重みに耐えられる者など滅多にいない。対するCの選手はその稀有な例であったが、それもターンによる俊敏な変化には対応しきれない。相手の表情が驚愕に歪む。

 

「遅えよ!オレ様にはついて来られねえだろ!」

 

圧倒的な敏捷性(アジリティ)によるドリブル突破。敵がカバーに入る隙など与えない。相手を翻弄し、瞬時にかわして両手ダンクを叩き込む。力・速度・高さ。『神に選ばれた躰』と謳われるほどに、シルバーはそれらを最高位で兼ね備えていた。

 

「ヘイヘイ、こっちも忘れんなよ」

 

続いてドレッドヘアーの黒人選手、アレンがスティールからの速攻。敵陣へと切り込んでいく。シルバーには劣るが、身体能力は十分に超一流の域。ストバス仕込みの派手なドリブルを見せつつ、意表を突いてバックステップからのジャンプシュートを決めた。

 

巧い、と思わず声を漏らしてしまった。何気なくこなしたが、高等技術の組み合わせである。ストバスだけではない。正統派バスケットの鍛錬を積んでいることが分かるプレイ。

 

「Jabberwocksの連続得点かよ。一本止めろ!」

 

「まだまだ、ここからだぞ。諦めるな」

 

歓声に焦りの色が出始める。世界有数のバスケ先進国スペイン。代表チームがここまでやられるとは思っていなかったに違いない。実際、オレやアレンと彼らにそこまで地力の差はない。だが、タイガ・ナッシュ・シルバーの3人は頭一つ抜け出ている。それが戦況を大きく左右したのだ。

 

マーク1枚で対抗できる戦力差ではない。だが、マークを増やせば隙を喰い破られる。彼らにできたのは外からの攻撃を捨てて、2-3ゾーンでインサイドを固めることだけ。それでもタイガとシルバーは隔絶した性能差で敵を踏み潰す。得点差は開く一方だった。

 

相手にとって不幸なのは、彼らが一流の選手だということ。ゆえにナッシュは『魔王の眼』を、シルバーは『野生』を、それぞれ解放した。全力のチーム『Jabberwocks』。その強さは並ぶ者なし。

 

 

試合終了のブザーが鳴り響く。95-38。オレ達の圧勝で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

試合後のロッカールーム。淡々と帰り支度をする彼らに声を掛ける。

 

「みんな、TV局の方から対戦相手のDVDもらったんだが。これから観るかい?」

 

「見る訳ねーだろ。じゃあ、オレ様は帰るぜ」

 

「たしか次は日本だろ?一番どうでもいい国じゃねーか」

 

着替えを終えた彼らは、くだらなそうに言い放つ。練習嫌いで有名なシルバーは当然として、アレンも同意見のようだった。派手な服装でロッカールームから去っていく。恒例行事であるが、一応声を掛けただけだ。

 

事実、相手チームの研究(スカウティング)などせず、ここまで圧勝を重ねている。それはナッシュも同じこと。だが、意外にも彼だけは、部屋を出る前に立ち止まり、こちらを振り向いた。

 

「ヤツらが出るんだな?」

 

視線の先にはベンチに腰掛けてドリンクを飲むタイガへ。それに気付いた彼は、無言で頷いた。

 

「ああ。そうだぜ」

 

「……後でデータだけ、オレのPCに送っておけ」

 

驚くべきことに、珍しくナッシュが前情報を求めた。次の対戦相手を、日本の中学生を、唯一彼は警戒している。オレがその言葉に頷くと、ナッシュも退出した。挨拶も無しに。これがチーム『Jabberwocks』。試合でのみ結び付く男たち。

 

オレ達は仲良しチームではない。強さのみで交わった面々なのだ。別に無理に足並みを合わせる必要はない。

 

「さて、タイガ。オレ達も帰ろうか」

 

「おう、そうだな」

 

「ちなみに、お前はコレ、見るかい?」

 

確認のために問うが、タイガも首を横に振った。そうだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。自室のベッドに腰掛け、テレビの映像に目を通した。本日、受け取った対戦相手の試合映像に。『キセキの世代』と謳われる彼らの研究のためだ。日本における同世代の最高峰、全国中学バスケットボール大会。通称『全中』で、彼らは優勝した。

 

前人未到の三連覇。しかも、地区予選からの全試合で百点ゲーム、かつ無失点。

 

「……参考にならないな」

 

思わず溜息が漏れる。たしかに、とてつもない偉業だが、所詮はバスケ後進国の日本でのこと。明らかに彼らは手を抜いていた。例えば、先日、宣戦布告を果たした緑間君。本領たる超長距離3Pを見せていないし、そもそも動きの速度が数段遅い。年末にタイガと共闘した赤司君も、まるで別人のようなヌルさ。手の内を明かすつもりはないと、雄弁に語っている。

 

興奮した様子でコレを持ってきた、男性プロデューサーを思い出す。連戦連勝でマンネリ感の出てきた世界遠征。期待していなかった日本チームが、話題性を有していることに喜んでいた。だが、あくまで彼らはテレビ屋。帝光中学の選手達が手を抜いていることなど気付かなかったらしい。もう少しちゃんとしたデータを入手しておいて欲しかったな。これらの試合を分析したところで意味は薄い。

 

「ぶっつけ本番での勝負か。まあ、それも悪くない」

 

気持ちを切り替え、オレはつぶやいた。世界最高レベルのチームとこれまで戦ってきた。オレより強い選手もいたし、連携の巧いチームもあった。だが、どの国も『Jabberwocks』――特に異次元の性能を有するあの3人の牙城を崩すことはできていない。

 

 

 

 

 

 

 

決戦前々日。日本に到着するオレ達だったが、ホテルに向かうまでもなく早々に空港で別れた。オレと大我、それ以外に。

 

「頼むから試合前に問題起こすんじゃねーぞ?」

 

「うっせえな、指図するんじゃねえよ」

 

タイガの忠告に、シルバーが青筋を立てる。数人の関係者がビクリと肩を震わせた。以前はここで揉めたりしたが、今更うるさく口を出したりはしない。軽く溜息を吐いて、肩を竦めてみせるだけだった。酒、女、ドラッグが日常のストリートの連中である。ライフスタイルが違うオレ達と話が合うはずもない。

 

「飯でも行こうか、タイガ。何が良い?」

 

「寿司がいいな。あ、通訳は必要ないんで大丈夫ッス」

 

訪日する上でTV局から付けられた案内人に断りを入れ、別行動とする。試合外まで彼らと一緒などゴメンだ。取材のインタビューさえ乗り切れば、あとはお互いに試合当日まで用はない。ホテルも別の階で予約してもらっている。このチームにそれ以上の相互理解は不要。

 

 

 

 

 

 

 

昼食はホテルの近くにある回転寿司へ。TV局も旅費は出してくれたが、食費は自腹である。昼下がりの時間帯ゆえか、それほど混雑はなさそうだ。4人掛けのテーブル席に座ると、オレは成田空港の書店で購入した雑誌を広げてみせる。

 

「へえ、『月バス』か。最新号?」

 

「ああ、明日の試合が特集されてるらしいよ」

 

なぜか日本の雑誌に詳しいタイガが、食い入るように顔を近づける。今月号は翌日に迫ったオレ達の試合告知が表紙を飾っている。アメリカと違って、全中三連覇を果たした帝光中学がメインである。スタメン5名の写真と基本データが載っているページを開く。見込みを聞いてみた。

 

「タイガのマッチアップはPF青峰大輝だね。どう見る?」

 

『DF不可能な点取り屋』の異名を持つ、日本屈指のドリブラー。ストバス仕込みのスキル、圧倒的な敏捷性(アジリティ)、そして異常なまでの得点能力。帝光中学のエースである。

 

「強えよ、まぎれもなく。1on1の技術なら、シルバーともタメ張るだろーな」

 

「今年の映像を見た限り、そこまでとは思えないが……。いや、去年の全中から考えれば有り得なくもない、のか?」

 

「だとしても、オレの相手には不足だな。ダブルチームでようやく五分ってとこか」

 

好戦的な笑みを浮かべ、タイガは唇を舐める。口にした言葉とは対照的に、期待感が声音に滲んでいる。

 

「シルバーの相手は、C紫原敦。日本人離れした体格だけど、このマッチアップはどうだい?」

 

「決まってるぜ。認めるのは癪だが、シルバーの身体能力は尋常じゃない。残念ながら、アイツの圧勝だろーな」

 

嫌そうな表情でタイガは断じる。確かに体格の差はあるが、オレは別の見解を持っていた。今回の全中の映像を観て、最も違和感を覚えたのが彼だった。ポジション取りや押し合いの態勢など、いやに基本に忠実なプレイをしていた。どこか力任せな印象をタイガの話から受けていたのだが……。

 

「で、アレンは黄瀬か……。ここは五分、いや若干黄瀬が上か?」

 

ドレッドヘアーの黒人選手、アレンも卓越した技量を有している。しなやかでバネのある筋肉、反射神経、ストバス風のドリブル技術。そして何より、時折見せる優れた技量。同じチームメイトのナッシュからも醸し出される、幼少期からの積み重ねであろう正統派バスケットの強固な土台。まぎれもなく世界クラスの選手である。

 

黄瀬涼太は、たかだか2年のキャリアでそこに足を踏み入れた。

 

確信がある。今の彼ならば、オレのあの『技』すらも模倣(コピー)しうると。日本で宣戦布告した際、彼の目には諦めの色は微塵も浮かんでいなかった。

 

「そしてオレの相手は、緑間君だね。あの3Pシュートは要注意だな」

 

「いや、心配いらねーよ。たぶん、そこは穴だぜ」

 

意外な台詞にオレは思わず息を止めた。

 

「なぜだい?彼のコート全域から発射できるシュートは脅威だよ」

 

「決まってるさ。アイツのシュートには、弾数制限がある。大半は普通に3Pラインから撃つはずだぜ。それに、できるのはシュートだけだ。オレやシルバーが中にいるからな。カットインなんかできやしねえ。シュート一択の選手なんて、タツヤの敵じゃないぜ」

 

自信満々に言い放つタイガ。

 

「……やけに詳しいな。最後はPG赤司君か。マッチアップはナッシュ。彼らは以前アメリカで対戦済みだったね」

 

「だな。そして、そこで結論は出てる。ナッシュが上だ」

 

互いに未来を見通す眼を持つ者同士。だが眼の精度と実力、両方でナッシュが上をいく。タイガさえいなければ間違いなく世界最高ランク。

以前の対決で、赤司君は『ゾーン』状態でようやく互角だった。いかに自力でゾーンに入れるとはいえ、尋常でない体力消費を考えれば試合ではせいぜい数分が限度だろう。試合全体で見れば圧倒的にナッシュが有利。まあ、自力で『ゾーン』に入れるとは凄まじいが……。

 

「スタメン以外だと灰崎だな、……アイツは正直よく分からねえ。黄瀬より格下なのは確かだろうが」

 

「まあ、優先すべきは黄瀬君だろうね。どのポジションもできる保険として、重宝するだろうけど」

 

雑誌を閉じる。例の彼はここに載っていない。姿を隠しており、取材には応じていないのだろう。全国誌に特集されることは非常に名誉なはず。中学生なら勇んで応えようとするだろうに……。この徹底した隠匿振りには驚かされる。

 

最後は、タイガの最も注目している彼だ。帝光中学に棲まう怪物。チームメイトにすら畏れられる突然変異種。生で見たプレイは数えるほどしかないが、その噂は届いている。

 

 

――黒子テツヤ

 

 

「タイガの旧友って話だけ……っ!?」

 

視線をタイガに戻した瞬間、獰猛かつ闘志剥き出しの表情に息を呑んだ。十二分に理解した。彼こそがタイガの最も警戒する選手なのだと。そして同時に最も心待ちにしていたのだと。

 

あとは本番で当たるのみ。その実力、確かめさせてもらおう。

 

 

 

 

 

そして、いよいよ試合当日を迎える。アメリカ最強『Jabberwocks』と帝光中学『キセキの世代』が激突する。

 


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