Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第49Q 高高度からの投げ込み式ダンク!?

 

 

 

いよいよ決戦当日。東京体育館のセンターコートの中心に立ち、騒がしい場内をぐるりと見回す。高い天井に満員に埋め尽くされた観客席。楽しげに盛り上がる人々のざわめきが耳に届く。全中で来た時に比べると、やはり観客の年齢層は高めか。参加者が見学していた部活の大会と違って、いかにもスポーツ観戦な人々の装いはむしろ新鮮に感じる。

 

他に目立つのは、1階席2階席の四方に設置された撮影用のカメラと外国人らしきスタッフの姿。アメリカのTV局の企画であることを改めて感じた。これまでの試合とは別物だと、気を引き締めた。

 

「次、シューティング!」

 

赤司君の号令に合わせ、皆が動き出す。試合前のウォーミングアップである。動作の確認をするように、各々が散らばり、コートを使ってシュート練習に移った。方々から山なりにボールが飛んでいく。緑間君は3Pラインから、紫原君はゴール下でターンを交えて、プレイスタイルごとに基本を確かめる。練習嫌いの灰崎君でさえ、最終調整には余念がない。

 

「にしても、向こう誰も来ないッスね」

 

「……そうですね。予想してはいましたが」

 

呆れた風な黄瀬君の言葉に、ボクは頷く。貴重な練習時間だが、相手コートは無人。他国との試合でもそうだった。練習など不要とばかりに、登場は試合直前。アメリカのメディアでは、「ストリートの流儀」などと好意的に報道されてはいたが。要するに、舐めているのだ。全力を出すまでもないと。彼らが尻上がりに調子を上げていくのはそのため。

 

「その油断は、火神君にも存在する」

 

無人のコートに向けて、ボクはつぶやいた。強者の孤独ゆえに彼は、相手の力に合わせて自身の力を小出しにする傾向がある。こちらの歴史で生まれた悪癖。勝敗を度外視して、あえて試合を拮抗させたがる。最初から最後まで全力で来られたら、さすがに勝機は薄い。ボクは薄く笑みを浮かべる。チーム『Jabberwocks』――その隙、突かせてもらいますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ウォーミングアップも終わり、ついに試合直前。最後のミーティングの時間である。ベンチ前に全員が集合し、白金監督がメンバーを発表する。

 

「開幕はスタメンで行く。赤司、青峰、紫原、緑間、黄瀬。作戦に変更は無い。まずは先取点に集中しろ」

 

序盤は『キセキの世代』フルメンバー。5人の顔つきが変わり、戦意が格段に高まりだす。控え選手達はベンチに戻り、応援の準備を整える。さすがに今回の試合、強豪校とはいえただの中学生が太刀打ちできる相手ではない。不測の事態が起こらない限り、出番が来ないことは誰もが理解していた。そして、『キセキの世代』と練習をしている彼らは、彼我の実力差を痛いほど知っている。残念ながら試合に出ても闘志を持ち続けることはできないだろう。応援要員である。実質、帝光の選手は7名だけと言える。

 

「いいのかよ、黒子を出さなくって」

 

灰崎君の疑問に、白金監督が答える。

 

「あくまで彼の本領は奇襲・変化だ。はじめに正攻法を見せた方が、効果は高い」

 

まずは力戦、真っ向勝負。そこで押し合えれば、勝機も見えてくる。序盤の戦いが、試合の趨勢を占うだろう。ここで押し込まれれば、敵の瀑布のごとき圧力に押し流されてしまう。

 

スタメンの皆はベンチを離れ、コートへ向けて歩き出す。白のユニフォームを纏い、この大舞台でも緊張の固さはない。相手が相手だけに、若干の気負いはあるか。だが、戦意の高揚も考えればコンディションは上々。

 

「どう思う、テツ君?」

 

桃井さんが尋ねる。監督とボクの間に座る彼女が、顔をこちらに向けた。手元には隅々まで書き込まれたノート。相手チームはもちろん、帝光メンバーも含めて、戦力分析は入念に行っている。火神君に頼んだところ、これまでの全試合の映像を贈ってくれたのだ。彼にとって、こちらの勝率が上がるのは望むところなのだろう。桃井さんと一緒に長い時間を掛けて、調査は済ませている。監督とも会議を重ね、複数の作戦案を練り上げた。だからこそ、彼女の最大の関心は現在の状況。

 

「みんなの調子は良いと思います。昨日までも、さっきの練習でも、きちんと体調はピークに持ってこれています。緊張も適度なものでしょう」

 

「うん。私もそう思う。問題はチーム『Jabberwocks』。直近の試合も調べてるから、予測と大きくは変わらないはずだけど」

 

確かに、そこは気になるところだ。分析したのはあくまで過去のデータ。火神君の性格上、不都合な試合を隠すことはないだろうが。しかし、手の内を全て晒していないことは有り得る。事実、かつての歴史で使っていた『最強の技』を、アメリカでは一度も見せていない。考えても仕方のないことだ。頭を振って気分を変えると、観客のざわめきが耳に届いてきた。ようやく到着ですか。

 

「出てきたぜ、あれが火神大我だ」

 

「他のメンバーも、凄い強そう」

 

黒のユニフォームを纏い、相手チームのスタメンがコートに現れる。メンバーは予想通り。やはり間近で見ると、強者の風格を醸し出している。肉体の厚み、大舞台での落ち着きよう。火神君、ナッシュ、氷室さんは十分に集中した様子で張り詰めている。ただし、残りの2人といえば――

 

「……何か感じ悪いね」

 

「ですが、好都合でもあります」

 

明らかに気の抜けた様子で、彼らは馬鹿話に興じている。シルバーは大口を開けて下品に、アレンはくつくつと肩を揺らして笑う。試合とは関係ない内容であることが容易に想像つく。どう考えても、こちらを舐めている。

 

「野郎……!」

 

「へえ、上等ッスね」

 

青峰君と黄瀬君が同時につぶやく。他の面々も、その挑発的な行為に怒りを隠しきれない。闘争心を高めつつ、彼らは中央で円を描くように動き出す。相手も同じくジャンプボールの位置についた。

 

センターラインを挟んで立つのは、両チームのC同士。紫原君は静かに闘志を燃やし、シルバーはニヤケ面のまま、腰を落とし、視線を交える。東京体育館が徐々に静まっていく。その瞬間を、誰もが固唾を呑んで見守る。

 

試合開始。

 

審判がボールを高く投げ上げる。ジャンプボールを制したのは――

 

「おっ……!?」

 

――紫原君だった。

 

彼の掌で弾かれたボール。狙い通りに赤司君の手に渡り、即座に前線へとショルダーパスが放たれる。広いコートを縦に切り裂く一閃。ここまで開始後わずか数秒の出来事。観客が声を上げる暇もなく、戦況が大きく動く。

 

「うおっ!いつの間にあんなところに!」

 

ジャンプボールの結末を見る前に、すでに駆け出していた青峰君にボールが届く。速度を落とさず、さらに先へ。彼の前には誰もいない。単独速攻。まずは先制点奪取を狙い、跳躍。開幕のダンク。

 

「いただいたぜ!」

 

 

――だが、横から伸びた手によって、ボールが弾き飛ばされる。

 

 

「させねえよ!」

 

「なっ……火神っ!?」

 

空中で大きく右腕を振り、火神君がこちらの攻撃を弾き返した。青峰君が思わず目を見開く。帝光の連携速度に普通の選手なら間に合うはずがない。ただ、この事態を予期していたのだろう。青峰君へと追いつき、間一髪で自陣の防衛に成功する。

 

「……さすがだな。それでこそ世界最強だぜ」

 

即座に守備に回る青峰君だが、その顔には好戦的な笑みが浮かんでいた。それにしても、あの距離から追いついてブロックするとは……。やはり規格外の速度と跳躍力だ。だからこそ、自信を付ける意味でも初手を決めたかったのだが……。

 

ルーズボールを手にした火神君が、ゆったりとドリブルを開始する。

 

「さあて、今度はオレらのターンだぜ」

 

帝光の選手たちが警戒感をあらわにする。待望の先取点を阻まれた今、このまま相手に飲み込まれてはマズイ。序盤戦を取るためにも、敵の攻撃をまず止めたいところ。こちらの陣形はマンツーマン。ハーフコートまでボールを運んだ火神君には、最速の反応速度を有する青峰君が付く。両者の間の緊張感が高まる。

 

そこで、火神君は一旦ボールをPGのナッシュに戻した。会場の空気が一瞬緩む。だが、直後に彼はゴールへ向けて走り出す。即座にナッシュのリターンパス。

 

「また火神にボールが渡った!」

 

「いや、青峰も付いていってるぞ」

 

急加速からのドリブル突破。数歩でトップスピードに乗り、右足で踏み込む。ミドルレンジからの火神君の『超跳躍(スーパージャンプ)』。タイミングを合わせて、青峰君もブロックに跳んだ。だが――

 

「た、高い……!?」

 

身長はほぼ変わらないのに、頭二つ分は抜けている。人間の常識を超えた跳躍力。まるで重力が消失したかのよう。青峰君の顔が驚愕に固まる。火神君は左手でボールを掴み、振りかぶり、ダンクの態勢に移行した。だが、ここで観客も気付く。

 

「確かに高いが、これじゃリングまで届かないぞ!」

 

「ジャンプの失敗か?」

 

跳躍の軌道は真上。角度が悪い。リングのある前方ではなく、その場で高く跳んでしまっている。ジャンプシュートならともかく、ダンクができる距離ではない。それなのに、彼は上空で左腕を大きく振り下ろす。失敗か?いや、そうではない。ボクは思わずパイプ椅子を蹴って立ち上がる。

 

「高高度からの投げ込み式ダンク!?やはり、これは――」

 

全ての跳躍力を上方へと注ぎ込み、その高さは青峰君のブロックを大きく超える。最高到達点にて力を集約し、繊細なタッチによって撃ち込む必殺の弾丸。唯一の障害を越えて、放たれる直線的な橙の軌道。かつての歴史では、『ゾーン』の超集中力を以ってしてようやく成し得た奇跡。それを今の彼は、素の状態で完成させるのか。無敵を誇ったその技の名は――

 

 

――『流星のダンク(メテオジャム)』

 

 

神域から雷霆が轟いた。

 

会場がどよめきに包まれる。開幕点として叩き込まれた一撃が、世界のレベルの高さをまざまざと理解させた。火神君以外に、中学生でこれを成し得る者はいないだろう。見せつけられた埒外の能力。

 

「こんなの……勝ち目あるのかよ…」

 

こちらのベンチメンバーから、不安の声が漏れ出る。意気消沈。元々、数合わせの彼らに出番は無いが、同級生達の戦意が早くも喪失しかけていた。これはマズイ。無敗ゆえの脆さが出たか。このままではチームの内側から敗戦ムードに侵食される恐れが……。焦りと共に顔を横に向けた。

 

「監督、ボクが出ましょうか?」

 

ボクの進言に、監督は毅然とした態度で首を横に振った。

 

「仲間を信じろ。ほら、まだ目は死んでいないぞ」

 

コートに目を移すと、誰も戦意を失っていなかった。全員が闘志を漲らせている。杞憂か。どうやらボクは甘く見過ぎていたようだ。ベンチに深く腰を落とし、相手選手の分析に専念する。この第1Qは赤司君のゲームメイクに任せると決めた。

 

「さあ、落ち着いてじっくり行こう」

 

赤司君がゆったりとドリブルで運びながら、皆に声を掛ける。開幕直後に叩き込まれた先制点。戦意は削がれておらずとも、動揺はしているはず。浮き足立つ彼らに時間を与え、冷静さを取り戻そうという意図だろう。

 

相手の陣形もマンツーマン。これは1対1の戦力差がモノを言う。勝てるところから攻めるのが鉄則。赤司君は広い視野を活かして、状況を俯瞰的に把握する。

 

「ヘイ!赤司!」

 

青峰君が雪辱を果たさんと声を上げるも、今回はスルー。対峙する火神君のマークが外れ切っていないし、この攻撃を潰されれば流れは相手のモノ。この場で青峰君に預けるのはリスクが高い。ならばどこに預けるかといえば――

 

――やはり、あの2人か

 

無敵に見えるチーム『Jabberwocks』だが、この序盤、まだ狙い目はある。赤司君も同じく気付いたはず。こちらを舐めているのか、試合に集中しきっていない連中がいる。

 

PGとして対峙するナッシュはいまだ様子見。彼の有する超越能力『魔王の眼』は開いておらず、ディフェンスの圧力も比較的弱い。今年、公式戦で赤司君が全力を出したことはない。データ不足のため、ナッシュは注意深く観察している。前回からの成長具合を確かめている、といった様子だ。そして、こちらの事情だが、ナッシュに対抗できるのは彼だけだ。事前に監督から、スタミナの温存を指示されていた。状況を見定め、パスを出す。向かう先はSF黄瀬涼太。

 

「黄瀬が仕掛けた!」

 

ボールを受け取り、ドリブル突破を狙う。マッチアップはドレッドヘアーの黒人選手アレン。右から左へとフェイクを入れ、クロスオーバーで一気に抜き去る。

 

「なっ……速い!?」

 

完全に反応が遅れ、愕然とした表情を浮かべるアレン。そのままインサイドへと切り込み、リングへ向けて跳躍する。お返しとばかりにダンクを狙う。空中で右腕を掲げ、裂帛の気合を込めて振り下ろす。

 

「オレ様の前で、調子に乗るんじゃねえ!」

 

寸前で黄瀬君の正面に塞がる巨体。『神に選ばれた躰』と謳われる怪物、ジェイソン・シルバーが俊敏な反応速度でブロックに跳んでいた。頭一つ分以上、高さに差があり、さらに筋力も明らかに相手が上。掲げた右腕を即座に下げ、冷静にパスを選択する。

 

「チッ!」

 

ボールが相手の脇を通り過ぎる。慌てて左手で遮るも、わずかに間に合わない。シルバーが舌打ちする。軽く浮かされたパスは、同じく跳躍する紫原君の元へ。

 

「頼むッス、紫原っち!」

 

「了解~」

 

マークの外れた彼が空中でボールに触れ、そのままタップシュート。ふわりとリングのネットを揺らす。得点ボードに2点が追加された。ホッと皆が息を吐くのが見える。世界最強のチームであろうとも、戦えない相手ではない。連携で同点に追いつき、重くなりかけていた会場の空気が爆発する。

 

「決まったあああ!」

 

「得点入れ返したぞ!ここからだ!」

 

大歓声が上がり、会場の雰囲気は帝光に傾いている。観客の声援は確かに選手のプレイを後押ししてくれる。だが、勘違いしてはならない。依然、相手は格上。今の鮮やかな攻撃は、あくまで試合に集中していなかった2人の油断を突いただけだ。

 

「やってくれたな……」

 

「このオレ様にナメた真似しやがって」

 

彼らの目の色が変わった。シルバーとアレン、両者が明らかに怒りを表している。こちらを倒すべき敵と見なしたらしい。本番はここから。

 

 


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