Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第5Q これを予見していたんですか

1軍同士の紅白戦。作戦会議のために分かれたベンチで、ボク達は顔を突き合わせていた。相手は現レギュラー陣を多く含む上級生チーム。それに対してこちらは、1年生主体のチームであり、試合経験としては比べるべくもない。

 

「では、作戦会議を始めようか。ええと……では、先輩どうしますか?」

 

赤司君が唯一の先輩に視線を向ける。

 

「いらん気を遣うな、赤司。司令塔はお前だろう?好きにやれよ」

 

そう言って、先輩は軽く肩を竦めて見せる。彼は丁寧に礼を返すと、メンバーの一人ひとりに視線を向け、最後にボクのところで視線を止めた。

 

「先輩と青峰とは、一軍の練習で何度か合わせたことがある。だが黒子君と灰崎君、キミ達は僕らのことを知らないだろう?連携についてはどうすべきか……」

 

あごに手を当てて考え込む赤司君に、ボクは軽く手を上げて提案する。

 

「大丈夫ですよ。ボールが欲しくなったら合図しますから。そうしたらボールをください」

 

「それだけでいいのか?」

 

「ええ。通常の連携プレイでは役に立てませんから」

 

正攻法ではない搦め手。王道ではなく邪道。それがボクの影のスタイルである。下手に連携に組み込まれるくらいならば、むしろ一切無視してもらった方が都合が良い。

 

そうか、と頷いて、彼は灰崎君の方に目をやった。

 

「キミのプレイはこの間の試合で見せてもらったが……。身体能力を生かし、シュートよりもドリブルを好む攻撃的SF。で合ってるかな?」

 

SFには多種多様なスタイルの個性豊かな選手が集まる。最も融通が利くポジションである。アウトサイドからシュートを撃ってもよし。カットインを多用する選手やポストプレイを得意とする選手もいる。点取り屋の多いポジションゆえに、守備に徹するマンマークの職人も存在する。

 

未来の黄瀬君に象徴されるように、オールラウンドな力が求められるのだ。点取り屋と言うと、どうしても青峰君や火神君のいるPFを連想してしまうが、一般的にはこちらである。

 

現在の灰崎君のスタイルはドリブラーに分類される。未来では相手から奪うことにより、3Pシュートからゴール下までこなせるオールラウンダーになるのだが。

 

「断っておくが、ワンマンプレイで暴走するようならパスは回さないぞ」

 

「ん?あー、わかってるって。この間は2軍の連中が雑魚過ぎたからやっただけだよ」

 

「ならいいがな……」

 

軽い調子で返す灰崎君に、小さく溜息を吐く。初見の味方では連携もロクに取れないだろう。それで上級生との対決となれば、司令塔の赤司君としては頭を抱えたい状況のはずだ。しかし、それでもその怜悧な瞳に諦めの色は欠片も映ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

試合開始。ジャンプボールを制したのは、こちらのチームだった。センターの先輩が高さで勝り、赤司君にボールが渡る。

 

「おっ、やるじゃん」

 

「おい、灰崎。誰にタメ口きいてんだよ」

 

「ははっ、すいませーん」

 

そんな話をしながらも、彼らの思考はすでに攻撃にシフトしていた。灰崎君と青峰君が疾風のごとく前線へと到達する。速攻を狙って走り出した二人だが、残念ながら相手の戻りの方が早かった。

 

「チッ……さすがに良い動きするな」

 

速攻の機会を封じられ、青峰君が悔しそうに吐き捨てる。ここでハーフコートでの攻防へと局面が展開した。赤司君がゆったりとボールをつきながら、周囲に視線を巡らせる。攻め方を思案したその一瞬。

 

「もらった!」

 

「……しまっ!」

 

スティールを狙って腕が伸ばされた。とっさにボールを背後に回すことで、相手の魔手から逃れることに成功。だが、現時点ではスタメンの先輩との実力は拮抗しており、赤司君は明らかに警戒を強めた様子だ。低くドリブルをつき、腕を前に構えた守備的な体勢に変わる。とても油断できる相手ではなさそうだ。

 

「赤司!こっちにボールくれよ!」

 

青峰君が声を上げるが、徹底したマークにより、自由にパスを出せない状況にされている。声を掛け合うことで、相手はチーム全体としての意思疎通を図っていた。フリーになるタイミングに合わせて、赤司君への厳しいチェックを行う。仲間と連携することで、赤司君と青峰君との間のパスコースを消しているのだ。さすがは上級生同士のチームワーク。

 

「させねえよ。確かにお前は強いが、相手が悪かったな」

 

「くっ……さすがに隙が無いか」

 

焦燥感を顔に浮かべる赤司君。しかもマッチアップは3年の主将なのだ。必死にボールを奪取されないように堪えるが、もうすぐ5秒のオーバータイムになってしまう。苦し紛れに灰崎君にパスを出す。いや、出すように誘導させられた。

 

不十分な体勢で受け取ったパス。それでは灰崎君といえど一軍レギュラーとの勝負はできない。グイグイとボールを奪いに来る相手に押されるようにして後退させられる。舌打ちと共に赤司君へとボールを返した。

 

互いに声を掛け合い、巧妙にパスコースを消し合う上級生チーム。それに対してこちらは上級生と下級生の混ざった急造チーム。しかも、ボクと灰崎君に至ってはほぼ初対面である。この試合序盤では、とても十分な連携などできるはずもない。というか、戦術の統一すらできていないのだ。おのずとフリーになった選手にボールを回すという単調な戦術を取らざるを得ない。仲間達の顔に焦燥の色が見え始める。

 

だが、そんな試合展開を一変させるのが――

 

 

『幻の六人目』たるボクの仕事である。

 

 

「えっ……?」

 

誰かの声が漏れた。その瞬間には、すでにゴール下の先輩の手に渡っていた。それを視認できたのはどれほどいただろうか。姿を消したボクの中継による新たなパスコースの創造を。赤司君から放られたパスは、途中で鋭角に軌道を変更され、ゴール下へと突き刺さる。

 

「うおおっ!何だよ、今のは!」

 

「赤司のボールが曲がった!?いや、弾いたのか?」

 

周囲からどよめきの声が上がる。1軍で披露したのはこれで2度目だが、それでも驚きは大きいようだ。目の前で人が消えるのを体験した相手チームの先輩達は、特に表情を引き攣らせている。

 

「すっげえ、これが黒子の……」

 

青峰君が目を輝かせてつぶやき、赤司君は驚きに目を見開いて声を失う。前代未聞のスタイル。特に前回の試合に参加していなかった先輩達は落ち着いてなどいられない。相手ボールからのリスタートだが、明らかに集中を欠いていた。

 

「隙だらけですよ」

 

視覚外の死角から忍び寄り、スティール。何の反応もさせずにボールを弾き飛ばす。

 

「なっ……!どっから出てきやがった!?」

 

慌てて振り向くがもう遅い。すぐに奪ったボールを赤司君へと戻す。ボク達の速攻だ。赤司君の元へと即座に敵が集まり始める。同時にボクは視線と手振りで合図を出す。

 

「させるな!早めに止めろ!」

 

司令塔を潰そうと試みる先輩達だったが、それを嘲笑うかのように赤司君は誰もいない方向にロングパスを出す。観戦する誰もがパスミスだと思ったろう。だが、神出鬼没の中継役が突如、その場に姿を現した。

 

「灰崎君、頼みますよ」

 

あさっての方向に放たれたパスの軌道を変更。ノーマークの前線へとボールはコート上を縦断する。そのまま灰崎君による単独速攻が決められた。

 

「おっしゃ!よくやったぜ、テツヤ」

 

「お疲れ様です」

 

満面の笑みで駆け寄ってきた灰崎君とタッチをかわす。中学時代はあまり組むことがなかったが、動きのタイミングもだいぶ分かってきた。現時点で言えば、最も精確に合わせられるのが彼だった。

 

「覚悟しとけよ。こっからは無敵状態だからよ」

 

勝利を確信した表情で、灰崎君は宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

そこからは独壇場だった。

 

赤司君に合図を出し、無数のパスコースを創造する。変幻自在、予測不能の戦術に対抗することなどできやしない。そもそも二軍メンバー相手に敗北した彼らに勝ち目など始めからなかったのだ。

 

「くそっ!今度は青峰かよ!」

 

ボクから中継したパスを受け取った青峰君がレイアップを決める。先ほどから続くパターン。為す術なく開く点差に相手チームの顔が次第に強張っていく。

 

「これ、すげー気持ちいいな。あっさりとノーマークでシュートできるぜ」

 

「おい、テツヤ。オレの方にももっとよこせよ」

 

「ちょっと待てよ、灰崎。オレだってまだまだ決めたいんだよ」

 

睨み合う二人の様子を微笑ましげに見守る周囲の先輩達。だが、相手チームの方はとてもそんな余裕などない。流れを変えようと、3年の主将が大声で激を入れる。

 

「お前ら、気を引き締めろ!ここは絶対に決めるぞ!」

 

「いいえ、止めさせてもらいます」

 

マッチアップする主将に対する密着マーク。堅実な守備を旨とする赤司君には珍しく、距離を詰めた厳しいチェックである。抜かれるリスクは高まるが、反面ボールの奪取や相手の判断ミスを誘う攻撃的な守備意識。だが、賭けの勝敗は主将の方に傾いた。

 

「ナメんな……っておい!?」

 

赤司君を抜き去った瞬間、しかしその顔はギョッと固まった。彼の死角に紛れていたボクの手が、ドライブ後の無防備な手元を払う。

 

「おおおっ!いつの間にあんなとこに隠れてたんだ、アイツは!」

 

抜かれるリスクを考えて、事前にフォローに向かっておいたのが功を奏したか。だけど、今の赤司君のディフェンスはまさか……。

 

「一本、落ち着いていこう」

 

そのまま速攻に持ち込もうとするが、今回は相手の戻りの方が早かった。PGの赤司君にボールが渡り、仲間達に向けて声を出す。そして。対照的に相手は切羽詰った様子で、主将が悲鳴と紛うほどに怒号した。

 

「お前ら、絶対にフリーにするんじゃない!裏だけは取られないように、一瞬も目を離すな!」

 

了解の声が一斉に上がる。まだ何とか絶望せずに堪えているようだ。最後の願いを懸けた全力のマーク。これが中学最強の帝光中の意地か。密着マークにより他のメンバーがなかなかフリーになれない。

 

「好きに動かすな!止めろ!何としても止めろ!」

 

「……チッ、うっとおしすぎんぜ」

 

忌々しげな表情を浮かべる灰崎君。青峰君とCの先輩も同様で、何とかマークを外すも一瞬で敵に追いつかれてしまう。これでは中継も難しい。どうしたものかと思案していると、突然赤司君の顔に愉しげな笑みが浮かんだ。

 

「えっ?ちょっと、赤司君。そこはまだマークが……」

 

 

――赤司君がパスを出した

 

 

視線の先には密着マークされている灰崎君の姿が。そうだ、今の赤司君はまだ才能の開花前。ボクの知る全てを支配する『眼』を持っていないのだ。未熟な部分が出てしまった。ボクはそう考えた。

 

「……いや、違う」

 

反射的にボクは空中を走るボールの前へと飛びついていた。チラリと視界の端に、それが映ったからだ。ボールが目の前を通り過ぎる刹那のうちに気付く。

 

――この瞬間、青峰君がマークを振り切っているということに。

 

「まさか、これを予見していたんですか?」

 

内心の驚愕が口元から漏れ出る。これは偶然なんかではありえない。ボクが中継に動くのを見抜いて、それを前提に絶妙なタイミングを計っていたのか?

 

いや、思い返せば先ほどのディフェンスにおける赤司君の密着マーク。彼らしくない積極性の裏には、ボクがフォローするという予測があったのでは?あえて抜かせることで、ボクが隙を突けるようにと。だとすれば――

 

 

――強制的に働かせるそれは、もはや連携ではなく支配だ。

 

 

赤司君が実際にボクのスタイルを体験したのは今日が初めてのはず。しかも、実際に合わせたのは、この試合中のわずか数回。それでこの常識外のスタイルを理解して、使いこなしたって言うのか?

 

だとすれば、未熟だなんてとんでもない。未知のスタイルに対応しただけでなく、それを戦術に組み込み、支配する。これはすでに中学生の域を超えている。

 

「なっ……一瞬、逃しただけなのに」

 

軌道変更されたパスは、直前に抜け出した青峰君の手元に絶妙なタイミングで収まった。それは芸術的なまでに完璧な流れであった。

 

 

 

得点が決まり、自陣に戻っていく。そのとき、近付いてきた赤司君が涼しげな様子で声を掛けてきた。

 

「助かったよ、黒子君。もう勝敗は決した。あとはキミの好きに動くといい」

 

「ずいぶんと気が早いですね。まだ第1Qですよ」

 

「いいや、もう終わりさ。さっきのキミのスティールの残像が、先輩達の脳裏には焼きついているはずだ。彼らの心は影に覆われている。もはや積極的なドリブル突破などできはしないよ」

 

自明のように語る彼の顔は、どこか冷たく感じた。まるで、かつての覚醒した赤司征十郎のように。一つずつ丁寧に相手の意識や行動を縛るこのやり口。これはまさに高校時代の彼そのものだった。

 

「ほら、ね。選択肢を削ればこんなものさ」

 

主将がドリブル突破を躊躇した一瞬の隙を突いて、今度は赤司君が独力でスティールした。反撃のカウンターが開始される。マークを外さんと試みる仲間達とそれを阻止する敵のハーフコートの攻防。連続得点で相手チームに動揺が走る中、彼は小さく安堵の溜息を吐く。

 

「ようやくか……。やっと隙を見せてくれたね」

 

「しまっ……」

 

「影に囚われすぎましたね。黒子君に気を取られて、通常のパスコースががら空きですよ」

 

マークを外した灰崎君の手元に届いたパスは、さらに2点を追加させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

第1Q終了のブザーが鳴り響く。

 

互いに一軍メンバーにもかかわらず、ベンチへ戻る姿にはくっきりと明暗が分かれていた。28-10というあまりに大きな得点差。言うまでもなく、1年中心のこちらが圧倒的な優勢である。肩を落としてベンチに腰をおろす相手チームはまるでお通夜を連想させる。勝負は決まった。これ以上はボクの力は必要なさそうだ。

 

「あの、すみません」

 

「……どうした、黒子」

 

先輩達に気を遣って中途半端な盛り上がりの自軍ベンチで、ボクは軽く手を上げた。試合を観戦していたコーチに対してである。異様な結果にその顔を引き攣らせているのがわかる。もう実力は十分に見せられただろう。これ以上、試合をする意味はない。

 

「ちょっと能力の効果が切れそうなので、次の時間からはベンチに戻してもらっていいですか?」

 

「な、何だと?」

 

呆然と目を見開くコーチの答えを待たず、ボクはビブスを脱ぎ始める。

 

 

この日、帝光中学におけるボクのレギュラーの座が確定した。


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