Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第52Q 心置きなく全力を出せることへの

 

 

 

――火神大我の『野性』解放。

 

獰猛な翼竜のごとき、肌を刺す強烈な威圧感。コート上に、最強の怪物が現出した。爆発的な得点力を有するプレイヤーが猛威を振るわんと睥睨する。青峰君に呼応するように、火神君も全力を発揮し始めたか。

 

これでさらに状況は一変。相手の有利に流れが傾いた。これはマズイ。得点を一気に引き離されると直感する。慌てて視線を帝光ベンチに向けると、監督がタイムアウトの指示を出している。ありがたいタイミングだ。プレイが止まれば実行される。

 

こちらが得点を決めたところで試合を切りたいな。

 

「青峰君」

 

「テツ……さっきのヤツをもう一度か」

 

赤司君が周囲を見回し、ゆったりとしたペースでドリブルをつく。その間に青峰君に合図を出し、再度の連携を伝える。先ほど火神君を抜いた敏捷性勝負で決着をつける。

 

マンツーマンで両者が睨み合う。一旦、青峰君に渡ったボールがあらぬ方向に放り投げられる。待ち構えるは『幻の六人目』。ここからワンツーでスピード勝負、と見せ掛けて――

 

 

――パスコースをコート最深部へと切り替える。

 

 

今の火神君との勝負では、いかに青峰君といえど厳しい。両者共に反応速度が向上しているので、良くて勝率は五分。なので、より確実な方法を目指す。

 

広大な視野を有するナッシュも、この状況ならばワンツーと誤認したはず。声出しによるサポートは間に合わない。狙うはリング前方。すでに紫原君は跳躍し、アリウープの体勢。

 

「黒ち~ん、ナイスパ……」

 

「うざってえんだよ!クソザルがぁっ!」

 

 

――巨躯の怪物、ジェイソン・シルバーが直前で弾き飛ばす。

 

 

「なっ……!?」

 

ボクの口から思わず驚愕の声が漏れる。想定外の位置から追いつかれた。

 

確かに人間離れした反射神経と身体能力を持つシルバーだ。相応に守備範囲は広い。しかし、それを加味した位置とタイミングだったはず。視線誘導(ミスディレクション)も機能していた。まさかこれは……。

 

「灰崎君!」

 

「しゃあねえな」

 

反撃のカウンター。ルーズボールを奪われ、火神君にボールが回った。このまま一気呵成に突破されてしまう。灰崎君に指示を出し、ディフェンスに加わってもらう。青峰君とのダブルチーム。超一級の天才達の二人掛かりの封殺である。火神君がドリブルで左右に振り回すが、さすがに攻めあぐねる。何とか対応が間に合ったか。

 

「オイ!いつまでテメエだけでやってるんだ!オレに回せ!」

 

不満を隠さず、怒号を上げるシルバー。その声に合わせるように、背面を通してパスを出す。映像で観たストバスの大会のように、熱くなっていない。冷静にパスを選択する。自分にダブルチームでついているなら他は手薄。フリーのアレンにボールが届き、紫原君がヘルプに飛び出る。

 

「シルバー」

 

「ようやくオレ様の出番かよ!待ちくたびれたぜ!」

 

そこからバウンドパス。ついに受け取ったシルバーが跳躍し、両手持ちのダンクの体勢に移行する。寸前で紫原君がブロックで割り込む。互いにボールを押し合い、拮抗する刹那。シルバーが溜まり切った怒りを解放する。圧倒的な膂力で相手を跳ね飛ばす。

 

「ぐわっ!」

 

両手持ちダンクが炸裂。紫原君は力比べに敗れ、コート外へと投げ出されてしまう。何という破壊力だ。

 

悠々と着地したシルバーがゴキリと指を鳴らす。これまでの鬱憤を全て晴らすかのような、猛々しい殺気を振りまいている。古代の恐竜と対峙したかのような錯覚。火神君だけじゃない。こちらも解放してきたか。全米屈指の凶暴性を誇る強烈な『野性』――

 

「思う存分暴れさせてもらうぜ。全員ブッ潰してやるよ」

 

 

――『神に選ばれた躰』ジェイソン・シルバーの全力解放

 

 

 

 

 

 

ブザーが鳴り響き、タイムアウトで一時中断となった。

 

「火神だけでなく、シルバーまで力を発揮してきたな」

 

「ったく、とんでもねえヤツらだな」

 

ドリンクを口に含みながら、灰崎君が肩を竦めて見せる。他の面々もどう対処するか考えている様子だ。司令塔の赤司君も目を閉じて首を横に振る。

 

「悪いが、オレもナッシュの相手で手一杯だ。派手な動きはしていないが、すでにお互い『眼』を使って牽制し合っている」

 

赤司君の『天帝の眼』とナッシュの『悪魔の眼』。どちらも人智を超えた異能だが、同種のチカラゆえに均衡を保てているのか。赤司君が抜けてしまえば、一気にナッシュの独壇場になってしまう。形振り構わぬ体力消耗は避けたい。

 

「黒子と黄瀬を交代する」

 

白銀監督が口を開いた。ベンチの全員の視線が集まる。

 

「火神相手にダブルチームは必須。ここは青峰・灰崎で抑える。ナッシュ、シルバーは引き続き赤司、紫原が。そして、残りの2人を黄瀬――お前に任せる」

 

ザワリと空気が揺らぐ。あまりに無茶な指令。何せ、他の2名も『キセキの世代』に準ずる能力の持ち主。しかし、黄瀬君は薄く笑みを浮かべて見せた。

 

「アレをやれってことッスね?」

 

白銀監督が頷く。

 

「だが、最後の手段だ。できれば第2Qは温存したい」

 

黄瀬君の有する切り札。アレには使用制限がある。

 

「別のところから攻めさせる。紫原、お前に頼みたい」

 

「了解~。アイツにはムカついてたし、絶対ヒネリ潰してやる~」

 

紫原君の肩に手を置いて声を掛ける。先ほど跳ね飛ばされた苛立ちと共に、彼が立ち上がる。残りのメンバーも気合を入れ直す。試合再開のブザーが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

第2Qも残り3分弱。赤司君のディフェンスが変化した。位置取りや意識の配分を絶妙に調節。シルバーへのパスコースを開けた。広大な視野範囲を持つナッシュは即座に意図を読み解く。

 

「ククッ……フリーの連中にやられるなら、いっそシルバーと直接対決だぁ?」

 

こちらを見下すように嘲笑うナッシュ。

 

「誘いに乗る義理はねえが。その思い上がりは正しておかねえとな」

 

ノーモーションで放たれる高速パスがシルバーに届く。完璧なタイミングで正確無比なパスワーク。当然ながらスティールは困難。

 

計画通りのC勝負。ローポストから、背後に紫原君を背負ってのパワードリブルが仕掛けられた。耐える紫原君だが、あまりの激烈な圧力を受けて表情が歪む。同世代において、間違いなく全米屈指の圧力が襲う。規格外の膂力。まるで巨大な樹木のような。対抗できるのは、粗削りだったフォームを正しく修正してきたからだ。

 

「パワーはなかなかのモンだな。だが、オレ様について来られるかよ!」

 

フェイクを入れ、逆方向への高速スピンムーブ。巨体であることを全く感じさせない動作のキレ。押し返すのに意識を割かれ、紫原君の反応が一歩遅れる。追いつけず、豪快な両手持ちダンクが炸裂。

 

「なら、今度はオレらの番ッスよ!」

 

続く帝光のカウンター。ミドルレンジに切り込み、黄瀬君がストップからのジャンプシュートを放とうとする。しかし、シルバーのヘルプが間に合った。『野性』の超反応で飛び込んできた。両者、同時に跳躍。直後、黄瀬君に自信の表情が浮かぶ。

 

 

――『陽炎の(ミラージュ)シュート』

 

 

手首を返し、一段目のフェイントを仕掛け、再度ボールをキャッチ。二段目の本命を放つが……

 

「まだ、跳んで……!?」

 

「オラアッ!」

 

強烈なブロックショット。

 

勢いよくボールを弾き飛ばす。火神君を彷彿とさせる『超跳躍』。目を見張る光景。これが力と速度と高さを兼ね備えた『神に選ばれた躰』ジェイソン・シルバーの実力。

 

 

 

 

 

 

その後もシルバーの独壇場。力と高さは互角でも速さ、平面の対決で優位を取られてしまう。

 

「ハッ……遅すぎだぜ!」

 

ハイポストでボールをもらい、ターンアラウンドからジャンプシュート。そう見せ掛けつつ、体捌きでかわしてフックシュートを決める。練習嫌いで有名だそうだが、やはり天性のモノか。一つひとつプレイの質は非常に高い。

 

 

 

再び帝光のターン。紫原君のポストプレイ。手を挙げてボールを呼び込んだ。平面の対決は厳しい。互角に渡り合える押し合いで勝負を挑む。背中越しに相手を押し込むパワードリブル。

 

「動かない……紫原でも厳しいのか」

 

「オレらじゃ、3人掛かりでも吹っ飛ばすのに……」

 

帝光ベンチから絶望の声が漏れ聞こえる。公式戦でも練習でも、才能が開花してから紫原君が全力を見せることは滅多になかった。いや、必要がなかったのだ。同じ『キセキの世代』ですら、力勝負をする対象ではなかった。力を制御することが日常。彼は全力を解放した戦いに慣れていない。

 

ゴール下へのステップインからジャンプシュート。だが、一歩遠い。

 

 

――シルバーのブロックショット

 

 

「ぐっ、こうじゃない……」

 

「ハッハァ!サルがオレ様に勝てるかよ!」

 

弾かれたボールを氷室さんが拾い、ナッシュへと繋ぐ。『Jabberwock』のターン。全員が反撃に備えて駆けだした。

 

 

 

 

 

一対一では、紫原君が不利か。しかし、火神君を止められる人間がいない現状、ナッシュとシルバーは各々で何とかしなければ試合に勝てない。何か突破口はないのか。焦燥感と共に彼に視線を向ける。

 

敵陣へ走る紫原君の顔に、純粋な笑みが浮かぶのが見えた。

 

「ムッ君が笑ってる?……珍しいわね」

 

桃井さんのつぶやきに、ボクも同意した。その言葉に返したのは、意外にも白銀監督だった。

 

「ついに出会ったということだ。自分の全力を心置きなく出すことのできる相手と」

 

「全力を出すことのできる相手……」

 

「これまで無意識に力を制限していたはずだ。相手を怪我させるかもしれない、と。同じく規格外の体格と力をもつ相手との一対一、ついに制限を外せると思ったのだろう。あの笑みは強敵を前にした興奮。そして――」

 

 

――心置きなく全力を出せることへの喜び

 

 

 

 

 

 

 

第2Qも残り1分を切った。紫原君が合図を出し、手元にボールが届く。マッチアップは『神に選ばれた躰』を有するシルバー。つい先ほどと同じポストプレイ。ローポストで背中越しに相手を押すパワードリブルを仕掛ける。

 

「何度やろうとムダなんだよ!」

 

舌を出して嘲笑をぶつけるシルバー。焼き直しの構図が繰り返される。ただ、異なる点がひとつ。帝光ベンチがどよめく。

 

「シルバーが……押されてる…」

 

顔面を苦渋に歪ませ、相手が一歩後ずさる。あまりにも大きな一歩。ようやく生じた勝機に紫原君の目の色が変わる。裂帛の気合と共に足を踏み出した。ゴール下へのステップインからダンクシュート。ブロックのために、シルバーが両手を伸ばして跳躍する。パワー勝負。これまで両者は互角だった。しかし、ついに紫原君の規格外のパワーが完全解放される。

 

「うああああっ!」

 

「グウッ……まさか、このオレ様が…」

 

 

――埒外のエネルギー量が、行き場を求めて荒れ狂う。

 

 

「決まったぁ!」

 

ぶらさがったリングから、紫原君がゆっくりと降りる。迸る圧倒的な熱量。

 

 

 

 

 

 

第2Qも残り21秒。最後の攻撃は『Jabberwock』。決めて終わりたい、その統一見解の元、ナッシュがゲームメイクする。どう攻めてくる。火神君にはダブルチームがついている。手薄な氷室さんとアレンに回すのか、それとも……

 

「オレ様にくれ、ナッシュ!コイツ、ぶち殺してやる!」

 

「……いいだろう」

 

わずかな逡巡の後、ノーモーションでシルバーへパス。予備動作無しで放たれたボールが、絶妙なタイミングで手元に収まる。この男にパスの選択肢は無い。こちらもC勝負のポストプレイ。紫原君にパワー勝負で敗れたものの、決してシルバーの攻めが止められた訳ではない。依然、速さでは不利なままだ。

 

「バカな……。あの野郎だけでなく、オレ様が二度も負けるなんざ、有り得ねえんだよ!」

 

シルバーには多くの選択肢が存在する。ターンアラウンドを起点とした、速さと技術を活かした平面の対決は依然有利だ。人並外れた敏捷性の効果は大きい。しかし、紫原君にも突破口が一点。そのため、彼には読み合いを差しはさむ余地が生じている。

 

――パワー勝負は無い

 

相手の選択は、バックステップからのフェイドアウェイ。

 

正面に向きを変え、高速で距離を取ってのミドルシュートだ。力比べではない、相手をかわすプレイ。インサイドに切り込んだこれまでとパターンを変えてきた。意表を突いた選択肢。

 

逃げの選択肢。

 

「勝てばいいだろうが!喰らえ……何だと!?」

 

――紫原君のブロックショットが炸裂

 

シルバーの脳裏に、ほんの一瞬の怯えがよぎったのか。その選択肢は読まれている。パワーで上回ったことで、紫原君との間に駆け引き、読み合いが生まれた。ここからは一方的な戦いではない。後半戦に向けての準備は完了。

 

 

 

 

 

 

ここで前半戦が終了。得点は42-48。望みは十分に残っている。

 

互いに手札を切り、盤面も整ってきた。ただし『キセキの世代』と『Jabberwock』、双方ともに手札を晒しきってはいない。体力の都合や使用制限、長いハーフタイムで対策を練られるのを避けるため。火神君なら相手の実力に合わせて、という余裕もあるか。このまま順当に進むなど考えられない。

 

 

 

第3Qは変化のラウンド。前半戦で使用した影のスタイルはまだ基礎編、今度は応用編を見せてあげますよ。

 

 

 


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