Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第54Q だが、勝つのはオレ達だ

 

 

 

かつて、誠凛高校バスケ部はウィンターカップ決勝で惨敗を喫した。

 

ボクも火神君も、当時絶対的な存在であった赤司君に全てを封殺され、成す術なく蹂躙されたのだ。ゆえに、過去に戻ったボク達が行ったのは、地獄を見たトラウマの払拭。全てを見通す『天帝の眼』の攻略は必須だった。対策へのアプローチは違えども、二度とあの悪夢を繰り返したくないという気持ちは同じ。

 

火神君が選んだのは、身体能力と技量を強化した上で、自力で『ゾーン』に没入するという強引過ぎる荒業だ。未来を見通しても対応しきれないほどの実力を得る。それが彼の単純かつ確実な方法。

 

ボクが選んだのは、『天帝の眼』からすら逃れる視線誘導術の習得。ミスディレクションの深化。赤司君に限らず、『鷲の眼』などのコートを俯瞰できる広域の視野に、たびたび苦戦を強いられてきた。死角を利用した神出鬼没が通用しないからだ。構造的欠陥と諦めていたが、そうではない。

 

ボクのスタイルの要諦は視線誘導。視線すなわち意識を逸らすことにある。死角に潜むのが最良だが、存在感の強い別の選手やボールなどに注目させるのが常套手段。とはいえ一瞬なので、自由に動き回るには死角に這入ることが必要というだけ。広域の視野を有する相手にも視線誘導は通用する。相手の広域視野を前提として、ミスディレクションを複数組み合わせることで、数秒間まで自身の存在を隠蔽する。長年、視線誘導の技術を磨き上げ、対『天帝の眼』として組み上げたのがひとつ目の秘奥――

 

――『影の視線誘導(シャドウミスディレクション)』である。

 

 

 

 

 

 

 

赤司君が横に出したパスが鋭角に方向転換。予測不能の軌道変化で相手チームの表情が驚愕に固まった。ナッシュは口元を歪め、舌打ちする。『眼』からも逃れたため、声出しによるフォローは無い。マークを外した灰崎君がジャンプシュート。放物線がリングを通過する。

 

「チッ……なぜ、ここに来てオレの眼から消え出した」

 

「油断したぜ。わざと前半は隠してたな。これがお前の『天帝の眼』対策か」

 

火神君が楽しげに口元を緩ませる。

 

 

 

 

今度は相手の攻撃。火神君が高速ロールからダンクを叩き込む。すぐさま得点を奪い返される。やはり1on1では厳しいか。ダブルチームを解除すると、生じた余裕で暴れ出した。

 

ここからは再び、殴り合いの展開に突入する。変幻自在のパス回しで翻弄する帝光。圧倒的な個人技で押しつぶす『Jabberwock』。一進一退の攻防が続く。しかし、不利を感じているのはボクの方だった。

 

相手の予想を外すボールの急加速。さらに手札を解禁する。

 

 

――『加速する(イグナイト)パス』

 

 

灰崎君の出したパスを、後方からさらに掌で強く叩きつける。これまでの軌道を変更するパスではない。速度を変更するパスなのだ。ゴール下では紫原君がすでに跳躍している。シルバーが手を伸ばすが、急加速で到達時間が早まったため、指先がかするに留まる。紫原君が空中でキャッチして、そのままシュートを決める。

 

「よしっ!また得点だ!」

 

会場が盛り上がるが、ボクは苦々しさを覚えていた。今のはスティールされても不思議ではなかった。ナッシュの声出しを封じたのに、紙一重の勝負になってしまっている。

 

火神君とシルバーの『野性』解放。ただでさえ埒外の瞬発力を有する二人が、さらに反応速度まで上げてきた。意表を突いたとしても、パスを届けるのは至難の技。もはやパスカットされるのも時間の問題だ。

 

『Jabberwock』側の攻め方も変わってきた。これまでにない変化。火神君に回すだけの単調な攻めから、選手同士が連携したものへ。

 

「ヘイ!こっちだ!」

 

ドリブル突破でペネトレイトを狙うアレン。インサイドへ切り込みつつ、呼び声が耳に届いたのだろう、ノールックで背面越しにパスを出す。自然な流れでふわりとボールが放たれる。受け取るのは、連動してマークを振り切った火神君。

 

「ナイスパス!」

 

慌ててヘルプに飛び出る紫原君。そのままインサイドで勝負、と思いきや一転、後方へと鋭くボールが撃ち出される。同じくマークを振り切った氷室さんにパスが届き、外側から3Pシュートが決まる。

 

「よしっ!」

 

「カウンターだ。黒子、頼んだ!」

 

エンドラインから即座に赤司君がボールを出す。立て直す時間は与えない。灰崎君がすでに前線へ駆け出している。狙いを定め、ボールを手にして一回転。遠心力を利用してコートを縦断する一閃を放つ。

 

 

――『長距離回転(サイクロン)パス』

 

 

灰崎君に繋がり、単独速攻からレイアップ。だが、放たれたボールは後方から突如現れたシルバーの手で弾かれる。強烈なブロックショット。

 

「オレ様をナメんじゃねーよ!」

 

「くっ……お前、そんな戻るの早いキャラじゃなかったろーが」

 

巨体でありながらも、『神に選ばれた躰』と謳われるジェイソン・シルバーの瞬発力や脚力は非常に優れている。これまで守備は手を抜いている印象だったが、全力を尽くすようになってきた。その効果は絶大。火神君、シルバーと人間離れした守備範囲を有する危険地帯を掻い潜るパスを出し続けなければならないのだ。今回のように到着後に奪われるリスクも上がる。

 

 

 

 

 

予備動作を排したナッシュの高速パス。ハイポストに陣取った火神君は、それをワンタッチでタップパス。目まぐるしく周囲が動く中、正確にアレンの手元へ。マークの灰崎君の反応が一瞬遅れる。ドライブに備えたところを、バックステップからのフェイダウェイジャンプシュート。

 

「これは鮮やかだな。とんでもなく巧い」

 

「チームプレイし始めてから、『Jabberwock』が押してきてるぞ……!?」

 

今のアレンという選手のプレイ。バックステップの動作ひとつとっても、膝を抜いて瞬時に地面を蹴るという高等技術を駆使している。派手で奇抜な動作を好むストリートの技術ではない。明らかに幼少期から優れた指導者の下で学んだバスケエリートの動き。

 

「スクリーン!」

 

赤司君に対してアレンのスクリーン。人の壁を利用してサイドからナッシュがペネトレイトを仕掛けた。灰崎君にマークチェンジ。ドライブからの1on1を仕掛ける。呼応してアウトサイドの氷室さんがマークを外し、ピック&ロールでアレンもインサイドに這入りこむ。待ち受ける灰崎君の脳裏をよぎる複数の選択肢。

 

このままドライブで右か左、あるいはパスか……。

 

「右っ!……と見せ掛けてレッグスルーで左?」

 

「そうか、コイツは赤司と同じ『眼』を!?」

 

 

――アンクルブレイクで灰崎君が膝から崩れ落ちる。

 

 

その場でナッシュは悠々とジャンプシュートを決めた。

 

 

 

 

 

反撃の速攻。青峰君とボクの二人で駆け上がる。迎え撃つのは火神君とアレン。後続を待たずに2on2で勝負。青峰君がドリブルで突っ込み、火神君がマークにつく。トリッキーなボール捌きで揺さぶりを掛けるが、やはり1on1では分が悪い。

 

「青峰君!」

 

勝負したかったのだろう。残念そうにボクへとボールを戻す。火神君はワンツーを警戒。パスコースを潰す動きを見せる。後続が追いつくまで数秒。パスを諦め、ボールをキャッチする。目の前のアレンが初めて見せる動きに警戒感を示し、半歩下がった。好都合だ。後方からやってくる味方の位置は確認してある。視線を彼らに誘導し、自らの姿をくらました。

 

 

――『消える(バニシング)ドライブ』

 

 

「何だとっ……き、消えた?」

 

ドリブルで相手を抜き去り、レイアップを決めた。

 

 

 

この試合、初めてのボクの1on1とその勝利に会場中にどよめきが生じる。棒立ちで抜かれた相手は、茫然とその場で立ち尽くしている。振り返り、信じられないものを見る目がこちらに向いた。

 

「オイ、何をボサッと抜かれてんだよ」

 

「シルバー……わ、わからない。目の前で、アイツが消えたんだ…」

 

「ハア?」

 

錯乱状態のアレンが身を乗り出すように話し出す。氷室さんも困惑気味の表情。タネを知っている火神君は、やはり静観の様子だ。

 

「落ち着け、アレン」

 

「だ、だけどナッシュ、本当なんだ!」

 

冷静さを欠いた仲間をナッシュは片手で制して説明する。もう片方の手で、他のメンバーを呼び寄せる。

 

「おそらく視線誘導の技術を利用したトリックプレイだ。確かに特異な能力だが、対抗策はある」

 

「ど、どうすれば……」

 

「異常性はともかく、スピードやテクニック、高さは凡庸だ。オレ達であれば、抜かれてからでもブロックが間に合う。落ち着いて対処すればいい」

 

ナッシュの冷静な言葉に、他の面々の顔から焦りが消える。超一流の個人戦力だけでなく、分析力・統率力も高水準で保持しているのか。火神君も感心した様子で頷いている。

 

 

 

 

 

第3Qを戦ってきて、いくつか分かったことがある。

 

まず、『ゾーン』による火神君の疲労。黄瀬君が下がってから、相手チームは火神君一辺倒の戦い方を変えてきた。いかに世界最強といえど、火神君もまだ成長期の中学3年生。無制限にゾーンを使い続けるなど不可能。同格の交代要員もいない。現在は体力の消耗を抑えている段階だ。最終Qに向けてスタミナの温存を図っているのだろう。

 

もうひとつは、『Jabberwock』が本気で勝利をもぎ取りに来たということ。ボク達を強敵と認め、全能力を結集し始めた。相手をおちょくるような奇抜な個人技は鳴りを潜め、戦術を駆使したチームプレイで正面から打倒しにきた。相手も必死だ。火神君という強すぎる個をサブに置くことで、むしろチーム全体の連携が円滑に回り始めた。

 

恐れていた事態が起こる。ついに、ボクのパスもカットされてしまう。

 

「うらあっ!」

 

紫原君に向けて、パスを鋭角に方向転換。虚を突いた連携だったが、シルバーの反射神経が優る。若干、攻めすぎたか。指先がボールをかすめ、握力で強引に弾き出される。ボクのパスが阻まれ、仲間達から驚愕の空気が伝わってくる。

 

ルーズボールを火神君が手中に収め、カウンターの速攻。矢のようなショルダーパスが敵陣めがけて放たれる。

 

「『Jabberwock』のカウンターだ。前にいるのはナッシュと青峰」

 

単独速攻を仕掛けるナッシュと高速で回り込んだ青峰君。両者睨み合い、1on1の勝負が幕を開ける。

 

右からわずかに遅れて赤司君とアレンが駆け上がってくる。ナッシュはそちらへ意識を割いた、というフェイク入れる。しかし、青峰君はそれを無視。赤司君のカバーを信頼して、選択肢をドリブルとシュートに絞った。

 

一秒に満たぬ間に、ナッシュは数種類のフェイクを織り交ぜて相手の隙を作ろうとする。あえて、ボールを操る手元を甘くして誘いながら。

 

『野性』による予測と俊敏な反応で、青峰君も積極的にプレッシャーを掛ける。反撃のスティールを狙いながら。ヒリヒリとした緊張感。ここでナッシュは究極を繰り出す。

 

 

――『悪魔の眼』の開眼。

 

 

ナッシュが未来を見通した。青峰君のスティールを絶妙なタイミングで回避し、そのまま手首を返してバックチェンジで左へ。

 

「かわした!」

 

「いや、踏みとどまってる。これなら抜ききれない」

 

外した場合も考慮していたのだろう。青峰君の重心の戻しは早い。体勢はやや崩れて不利だが、まだ勝負は続く。獣のごとく獰猛な笑みを浮かべ、戦線に復帰する。この未来も読んでいたのか、ナッシュは安易にそのままドライブを仕掛けたりはしなかった。

 

「ほぅ、やるじゃねーか。だが、勝つのはオレ達だ」

 

その場でナッシュはドリブルのボールを強く弾ませた。青峰君の頭を超えて、上空へと球が浮かされる。そこで青峰君も気付く。前方から凄まじい速度で駆け寄る巨体に。

 

「ありがたく頂くぜ!ナッシュ!」

 

コート最深部から、一気にここまで駆け上がってきたのか。たっぷりと助走をつけたシルバーが、フリースローラインの遥か手前で踏み切った。高く高く跳び上がる。目標は上空に届けられたボール、および帝光のリング。

 

誰の眼にも、この先の未来が視えた。

 

「しまっ……間に合わねー」

 

体勢の崩れた青峰君は、この状況を咎められない。同じく『眼』を有する赤司君はこの高さに届かない。長い長い滞空時間。シルバーが空中でキャッチし、轟音と響かせながら叩き込む両手持ちダンク。何人たりとも抗えない完璧な連携。

 

 

――これが未来を見通すナッシュ・ゴールドJrのゲームメイク。

 

 

圧巻。

 

『Jabberwock』とは、ルイス・キャロルの作品《鏡の国のアリス》で語られる怪物の名前だ。森に棲む鋭い牙と爪をもつ怪物とされている。いまや怪物といえば火神君という認識だが、本来、この名を冠していたのは彼らだった。これまでの激闘を経て、バラバラの個にすぎなかった彼らが、一個の怪物として生まれ変わろうとしている。

 

 

 

 

 

タイムアウトのブザーが鳴った。展開的にも体力的にも苦しい時間帯だ。皆でベンチに戻り、腰を下ろして一息吐いた。水分補給しつつ、タオルで汗を拭く。格上と戦う機会の少ない彼らにとって、やはりこの激闘の体力消費は厳しいか。

 

「ったく、信じらんねーくらい強えな。黒子込みのメンバーでこれかよ」

 

顔にタオルを乗せ、天を仰ぐ灰崎君の言葉に皆が内心で頷く。明らかに後半に入ってから手強くなった。得点差もじりじりと離され続け、すでに2桁に突入している。このままではマズイ。

 

「休みながらでいい。聞いてくれ」

 

白銀監督が正面に立って声を掛ける。この状況でも冷静で落ち着いた声音。

 

「相手チームはいよいよ完成に近付いているようだな。過去の試合映像よりも明らかに強い。もはや断言できる。バスケットボールという競技が誕生してから、お前達と同年代で考えるならば、歴史上最強のチームだろう」

 

静かに監督の言葉を傾聴する。

 

「だが、お前達も匹敵するポテンシャルを持っている。ここからの追い上げは十分に可能だ」

 

「で、どうすりゃいいんだよ」

 

灰崎君の疑問に、監督は一拍置いて口を開く。

 

「青峰と緑間をチェンジだ」

 

「オレ!?せっかくいいところなのに」

 

驚いた様子で立ち上がる青峰君。

 

「火神大我。実物を見たが、確かに常識を踏み越える強さだ。疲労こそ窺えるがまだ回復の範囲内。おそらく試合終盤にもう一度『ゾーン』に入れるよう、体力を温存するつもりだ。その時にガス欠では勝負にならん。お前はベンチで体力回復に専念しろ」

 

後ろ髪をひかれながらも、青峰君は渋々腰をおろした。世界最強プレイヤーの火神君とマッチアップし続けたのだ。体力の消耗度合いはチームで一番だろう。終盤の追い上げには、彼の『ゾーン』が必要だ。赤司君も同じく独力で没入できるものの、求められることの幅広さから交代要員がいないのだ。残念ながら体力消費の激しいゾーンに入る余裕はないだろう。だからこそ、青峰君には回復してもらわねば困る。

 

なにせ、過去に戻ってから編み出した、最新にして最深の視線誘導。『陰陽のミスディレクション』のもうひとつには使用条件があり、おいそれと使えるものではないからだ。

 

「緑間、点差を詰めるにはお前のチカラが必要だ」

 

「任せろ。すべて撃ち抜いてやるのだよ」

 

眼鏡の位置を直しながら、緑間君が自信を込めて言い放つ。続いて赤司君がこちらに視線を向ける。

 

「オレに考えがある。いざとなれば『アレ』を使おう」

 

「……最後まで体力は保ちますか?」

 

確信の表情で赤司君は頷いた。それならば任せよう。『アレ』とはすなわち、ボクのもう一つの切り札のこと。いよいよ披露する機会が訪れるか。

 

 

――『光の(シャイン)ミスディレクション』

 

 

その使用条件とは、味方が『ゾーン』状態であること。

 

 

 


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