Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第6Q アイツらはこう呼ばれていた

放課後、人気のなくなった3軍用体育館。かつての未来では、居残りで毎日自主練をしていたコートである。この歴史では3軍にいたことはないのだが、慣れとは恐ろしいもの。他に使用者もいないことだし、そこでボクはシュート練習を行っていた。

 

「ってか、あいかわらず適当なフォームだよな」

 

「だよなー。打ちづれーだろ、それ」

 

「……失礼ですね。これでも自分に合わせて、適切に作り上げたものなんですよ」

 

この場にはボクだけではなく、灰崎君と青峰君も練習に来ていた。1軍専用体育館と違い、居残り練習をする人がいないのでがら空きなのだ。まあ、灰崎君の方は携帯ゲームをしているだけだが……。

 

胸の位置にボールを構え、掌で打ち出す独特のフォーム。かつては『幻影の(ファントム)シュート』と恐れられた必殺シュートだ。しかし、打ち出したボールは、音を立ててリングに弾き出される。

 

「……やっぱり、精度はなかなか上がりませんね」

 

リングから外れたボールの軌跡を見送りながら、ボクは小さくつぶやいた。

 

「それ、練習じゃ使わないよな。何でだよ?」

 

「これは他人に見せる技じゃありませんから。言ってみれば奥の手、切り札ですよ」

 

怪訝そうに問う青峰君に答える。

 

未来での、あの悪夢のような経験のせいだ。いまだに忘れられない。今のボクは神経質なまでに目立つことを忌避させられており、そして、それは結果的に影の薄さをさらに強める働きとなっていた。

 

「じゃあ、今回の背番号もそれかよ?もったいないよなー。テツヤならエースナンバーだってもらえるのに」

 

「冗談じゃありませんよ。考えただけでもゾッとします」

 

「へえ、まったく分かんねーけど、そんなもんか」

 

ただでさえコートに足を踏み入れた瞬間は注目されるというのに、そんな目立つ番号なんて。かつての洛山高校との対戦時の悪夢を思い出す。あの試合における数多くの絶望のひとつが、自身の影の薄さを喪失するというものだった。ブルリと身震いする。

 

「背番号18、そのくらいがお似合いですよ」

 

事前に直談判しておいた甲斐があった。やはり白金監督は有能だ。乱用すると効果が薄くなる。試合での起用は最小限に。前代未聞のボクのスタイルの弱点に理解を示してくれたのだから。

 

「ま、いっか。それより自分の心配した方がいいよな。灰崎、1on1やろーぜ」

 

「何でだよ、めんどくせー」

 

「いいだろ。オマエ、いつまでゲームやってんだよ。よく飽きねーな」

 

携帯ゲームから目を放さずに答える灰崎君に、呆れた顔を見せる。溜息を吐いて、青峰君は手に持ったボールを彼目掛けて放り投げた。それを慌てて避ける。

 

「うおっ!危ねえだろーが、せっかくノーミスでここまで来たってのに!」

 

「オレもずっと個人練ばっかじゃ退屈なんだよ」

 

「チッ……そういや、初めて勝負したときの借り。返してなかったよな」

 

ゲームの電源を切ると、獰猛な目付きで灰崎君がコートに足を踏み入れる。ダルそうな様子はなりを潜め、次第に彼の意識に集中力が研ぎ澄まされていく。楽しそうな表情で青峰君はボールを投げ渡す。1軍昇格初日に戦ったとき以来だろうか。再びの1on1。

 

「言っとくが、今のオレはあの時とはモノが違うぜ」

 

「だったら見せてみろよ」

 

ゆったりとしたドリブルから始まり、次第にテンポが上がっていく。灰崎君の全身が脈動した。激烈な左右への揺さぶり。予想外に洗練されたフェイクに青峰君の顔が凍りつく。それはボクも同じ気持ちだった。驚愕の現実に思わず息が漏れる。

 

まさか、普段の状態で使えるようになったのか?かつて、極限の集中によって修得したあのドライブを。アレ以来、使用不可能とされていた脅威の才能を。

 

 

――小刻みな左右へのハーキーステップからの、高速ドライブ

 

 

「マジか……!これは虹村先輩のっ……!?」

 

「おらよっ!」

 

気合一閃。裂帛の掛け声と共に灰崎君が脇を走り抜け、ゴールが決まる。一瞬の出来事だった。シュートを終えた彼が、自慢げに口元を歪めて振り返る。

 

「どうだよ、オイ。決めてやったぜ」

 

「ハハッ、いいな。本当に虹村先輩の技を使えたのかよ」

 

驚いた様子で目を見開く。だが、やられたままで黙っている青峰君ではない。同じく彼も口元に笑みを浮かべた。

 

「今度はオレの番だ」

 

ボールを左右に大きく振るトリッキーな動き。ストリート仕込の、1on1に特化したドリブル技術に翻弄され、思わず灰崎君は舌打ちする。上体が泳いだ一瞬、青峰君の姿は消えていた。ネットを揺らす音が耳に届く。

 

――早い

 

彼の所有する才能のひとつ、『敏捷性(アジリティ)』。人間の限界に迫るその反応速度は、恐ろしいまでの緩急を生み出すことを可能にする。そう、灰崎君を抜いた今のドライブのキレのように……。

 

未来のものには程遠い速度だし、本人は意識できていないだろう。開花とはいえない程度の才能の発露。だが、その片鱗をたった今、垣間見た。明らかにボクの知る未来よりも早い。

 

「よっしゃ!次はオマエの番だぜ」

 

「上等だ」

 

再び繰り出したのは、虹村先輩の得意とするドリブル技術だった。間違いない。灰崎君の、完全なる才能の開花は近い。

 

 

 

 

 

 

 

「それで結局、どっちが勝ったの?」

 

夕陽も沈み、薄暗くなった帰り道。桃井さんが二人に問い掛けた。禁断の言葉に灰崎君の顔が怒りに歪む。誇らしげに青峰君が答えた。

 

「ああ、オレだよ。いくら凄いドリブルでも、さすがに同じ技をあんだけ続けて使ってりゃな」

 

「うっせえな。好きでアイツの技ばっか使ってるわけじゃねーんだよ」

 

視線を向ける桃井さんからそっぽを向くようにして、つまらなそうに言い捨てる。ああそうかと、ボクは得心した。青峰君の技を奪えなかったのもそのせいか。

 

「……通常時には、新たに技を真似ることはできないんですね?」

 

「通常時ってなんだよ。いや、まあそうだよ。あの時の試合だけは、何かやけに頭が冴えてたっつーか」

 

当時の感覚を反芻したのか、自分でも困惑した様子で彼は口を開く。現時点での灰崎君が技を奪うには、やはり驚異的な集中力が必要なのだろう。強敵との対決で才能を開放していった高校時代の『キセキの世代』の皆のように。

 

「あの時の感じを思い出して、どうにかアイツの技だけは使えるようになったんだよ。チッ……次はぶっ倒すからな」

 

「受けて立つぜ。また明日も勝負な」

 

一度覚えた技だけとはいえ、それだけでも十分すぎる。並外れた身体能力にあのドリブルが加われば、まさに鬼に金棒。本家本元を超える、中学バスケ界でも屈指のドリブラーであろう。青峰君にはドリブルのパターンやクセを見抜かれてしまったが、普通は分かっていても止められないレベルだ。もうすぐ開催される『全中』でも対抗できる相手などそういないはず。

 

「明日は無理じゃない?だって、灰崎君って確か2軍の同伴で練習試合に行っちゃうし」

 

「ああ、そっか。で、オレらはオレらで別の学校と練習試合だよな」

 

桃井さんの言葉に青峰君が思い出したかのように手を叩いて答えた。明日のことなのに忘れていたんですか……

 

「ったく、面倒くせーな。何で休みだってのにわざわざバスで他の県まで行かないとなんねーんだよ」

 

「はは、残念だよね。1軍の試合だったら向こうの方から来てくれるんだけど……」

 

「しかも、相手はそんな有名じゃないとこだったよな?こっちは全国常連校が相手だぜ。悪いな、強い方をもらっちまって」

 

嫌そうな表情を隠そうともしない灰崎君と対照的に、嬉しそうに笑う青峰君。しかも、3校合同の練習試合のせいで2軍チームの帰りは夕方になるそうだ。早朝からの移動だし、正直ボクじゃなくてよかった。

 

「他に同伴は誰だっけ?」

 

「あとはたしか……緑間君と副主将だったと思います」

 

「ただでさえ面倒だってのに、それだよ。アイツ、合わねーんだよな。クソ真面目すぎて」

 

明日の苦労が思われるな、と緑間君に同情する。試合結果については全く心配していないが、性格的にこの人選は無しだろう。副主将も同伴だし、全中の直前の今の時期にあえてなのかもしれないが。

 

「まったく仲良くしなきゃダメだよ。せっかくチームメイトなんだし。私とテツ君みたいにね!」

 

「……そうですね」

 

ボクの腕に組み付きながら桃井さんがこちらを向いた。どうも、1軍で活躍する姿を見て気に入られたらしい。人目が少ないとはいえ、公衆の面前での行為だが、桃井さんの行動には慣れている。ただし、青峰君と灰崎君は形容しがたい表情でこちらを見ているは気になるが。

 

「じゃあな。オレは帰りゲーセン寄ってくから」

 

「おう、またな」

 

「じゃーね!明日はサボっちゃダメだよ!」

 

ゲームセンターの前で、いつものようにボク達は別れた。かつての未来では想像もできない光景に、自然とボクの口元が綻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

翌日の練習試合。今回の1軍の相手は全国常連校であり、さすがに苦戦するであろうというのがおおかたの予想だった。結果は――

 

「テツが出るまでもなかったな」

 

 

104-85の圧勝だった。

 

 

数字ほどにチームの実力差はなかった。本来ならそこそこ拮抗した試合ができたかもしれない。しかし、ボクがスタメンから出てしまったせいで、第1Qにダブルスコアがついてしまい、相手の戦意を一気に削いでしまったのだ。

 

「万全で挑んだのが仇になりましたね。ボクが出なければ、もう少し良い経験が積めたでしょうに」

 

「メチャクチャ余裕の台詞だな、テツ。たしかに物足りなかったけどよ」

 

呆れた風に笑う青峰君だった。我ながら相手を見下した言い方になってしまったが、客観的な事実である。ボクが出れば勝ってしまうというのは、他の皆のためにはならない。むしろ、2軍での試合の方が緊張感という点では良い経験になるんじゃないだろうか。

 

「そういえば、そろそろアイツらも帰ってくるころじゃねーか?」

 

「……噂をすれば、ですね。灰崎君たちが戻って来たようですよ」

 

体育館の扉が開かれ、他県での練習試合を終えた2軍が入ってきた。3校合同の練習試合の帰りである。すぐに先頭の灰崎君と緑間君、それと副主将の姿を視界に捉えた。

 

「ずいぶん疲れた顔してるな。灰崎と緑間が問題でも起こしたか?」

 

「それはない、と言い切れないのが残念ですね。副主将も大変だったんじゃないですかね」

 

からかってやろうと青峰君が2人の元へ駆け寄る。内心で小さく笑いながら、それに続いた。しかし、彼らの口からもたらされたのは、思いもかけない言葉だった。

 

 

――帝光中学が2連敗した。

 

 

「え?んなバカなこと……」

 

青峰君の顔が硬直した。そして、それはボクも同じだった。

 

「両方ともただ1人のエースに完封されたんだ。灰崎も緑間も、何もさせてもらえなかった。それどころか、それぞれのチームの、大半の得点を一人で決めてやがる」

 

「……信じられません。灰崎君と緑間君を相手に……?」

 

「アイツらはこう呼ばれていた」

 

副主将が悔しげに唇を噛み締める。強く自分の拳を握り締めながら、血を吐くようにその言葉を口にした。ボクのよく知る名前を――

 

 

 

――『雷獣』葉山小太郎

――『夜叉』実渕玲央

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