Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第7Q させないよ

無数の天井のライトが照らす中、広大な体育館の内のひとつのコート。そこに観客達の視線が集中している。地区予選のまばらな客席だが、唯一そのコートの注目度だけは段違いだった。

 

「灰崎君」

 

「おっしゃ!ナイスパス、テツヤ!」

 

赤司君からのパスを軌道変更。密集地帯への本来ならありえないコースでボールが突き進む。相手はもちろん、試合を観戦している観客達ですら何が起こったのか分からないだろう。いつの間にかボールの渡っていた灰崎君がシュートを決めた後、一拍遅れて驚愕のマグマが会場中から噴き上がる。

 

「うおおおおおお!すげええええ!」

 

「いつの間にかボールが届いて決まってる!?」

 

「おい、いま何がどうなったんだ?」

 

「わかんねえ、見逃した!」

 

「何か知らんがすげえこと起きてるぞ!」

 

これがボクの、公式戦初披露の影のスタイル。困惑と戦慄の混ざったどよめきに、灰崎君は得意気な様子だ。アシストをしたボクとハイタッチを交わしながら口を開く。

 

「さっすがじゃねーか。大騒ぎだぜ」

 

「あまり注目されたくないんですが……」

 

「そりゃ無理ってもんだろ。こんな訳わかんねーバスケ、見たことないだろーし」

 

呆れた風に溜息を吐く。すぐに相手の攻撃ターンに入るが、それは視界外からのボクのスティールで止められる。帝光中のカウンター。先輩に渡ったボールは、前線を走る灰崎君の元へ。

 

「させるかっ……ま、曲がった!?」

 

間一髪でカットに入る選手の顔が驚愕に固まる。直前でボクがその軌道を変えたからだ。反転して進むボールの先には3Pラインギリギリに佇む緑間君の姿がある。

 

「申し分ないな。ナイスパスだ」

 

じっくりと狙いをつけて放たれた3Pシュートは、リングにかすりもせずに決まる。パサリとネットを揺らす音が耳に届いた。

 

「すっげ。相変わらず全然外さねーな」

 

口笛を鳴らしながら灰崎君が小さく感嘆の声を上げる。相手の心を折るダメ押しの一撃。ボクも安堵の溜息を吐いた。聞こえないよう小声でつぶやく。

 

「……どうやら二人とも、敗戦のショックは引きずっていないようですね」

 

あの日の、帝光中の連敗という戦慄の出来事からは立ち直ったようだ。むしろ、敗北を糧に練習を重ねることで、以前よりも凄みが増したようにすら思える。

 

帝光中学の『全中』初戦――のちに『キセキの世代』と呼ばれる彼らの伝説は、ここから始まった。

 

 

 

 

 

それから数週間。ボク達、帝光中学は全中予選を破竹の勢いで勝ち進む。苦戦すらすることはない。そんな余裕のまま予選最終日、準決勝を先ほど終えて観客席で昼食を取っていた。

 

「にしても、地区予選とか面倒くせーよな。相手弱すぎるし」

 

「そんなことを言っていると、足元をすくわれますよ」

 

コンビニの弁当を口に運びならが、灰崎君がだるそうにぼやく。しかしそれも仕方ないことだろう。それほどまでに帝光中学の戦力は他を圧倒していた。

 

灰崎君を筆頭とした、歴史よりもわずかに強力な、のちに『キセキの世代』と呼ばれる1年生。ローテーションで試合に出る全国最強の先輩方。そして何より――

 

 

――出場すれば確実に試合を終わらせる『幻の六人目』黒子テツヤ

 

 

負ける要素など存在しない。

 

そのせいで、予選から勝ちあがるにつれて、ボクの出番はむしろ減ってしまうほどだった。スタメンではなく交代要員として、というボクの意向が通った形だが、ここまで出番が必要ないというのは正直退屈である。

 

土日で4試合。1日2試合のダブルヘッダーで、午後からの決勝戦で全国出場が決まる。ハードな日程のはずなのだが、ボクの試合時間は10分もなかった。しかも、全てが優勢なときのダメ押しとしての投入である。スリルも緊張感もない、何の興奮もしない使われ方だ。

 

「決勝では、もう少し楽しめるといいんですが……」

 

ペットボトルのお茶をしまいながら、小さく溜息を吐いた。目ざとくそれを発見した灰崎君が笑う。

 

「オマエだってダルイと思ってんじゃねーか」

 

「……さすがに一方的すぎるので」

 

未来の青峰君の気持ちを、少しだけ実感した。勝利が確定した戦いに、喜びを見出せない。率直に言えばボクは飽きていた。ならば、やはり求めるべきは結果でなく、その過程。別の目的を持って試合に臨まなくては、この中学生活は無為なものとなってしまうだろう。

 

「テツくーん!次の対戦相手のデータとってきたよ!」

 

「桃井さん、早いですね。ありがとうございます」

 

「ふふーん。がんばったでしょ」

 

満面の笑顔で桃井さんが隣の席に腰をおろした。その手には真新しいノートがつかまれている。ボクの目の前で開かれたそれを、灰崎君が覗き込む。

 

「うあっ!見てるだけで頭こんがらがってくるぜ」

 

「えー!結構、整理して書いたのに!」

 

「灰崎君が例外なだけですよ。すごくよくまとまってます。ありがとうございました」

 

青峰君以上に勉強嫌いの彼は苦い顔でそっぽを向いてしまった。不安げに桃井さんがこちらを窺う。パラリとページをめくる。チームの全体像から、各選手の情報まで詳しく記載されており、見事な出来栄えだった。

 

「……先輩もスカウティングしてるから、たぶんそっちの方が分かりやすいかも。私も初めてやったし」

 

「いえ、そんなことありません。非常に良く調べてありますよ。それに、――桃井さんが調べてくれたということが一番大事ですから」

 

両手を合わせて、瞳を潤ませる桃井さん。確かに高校時代ほどの精度はまだない。相手選手の成長すら想定して作戦を立てる『未来予測』。その域には達していないが、その片鱗は窺える。中1の段階からスカウティングを始めれば、さらに将来の『未来予測』の精度は高まるだろう。

 

「まあ、将来は敵に回ってしまうんでしょうけど……」

 

誰にともなくつぶやく。これも味方のサポートに特化した故の性質か。ひとつの影として、ひとりの凡人として、輝ける才能を隠しておくことなどできない。たとえ、高校で強敵として立ち塞がることになろうとも。

 

 

 

 

 

 

「この決勝。スタメンは1年で行く。メンバーはいつものローテーションだ」

 

試合前のベンチで白金監督はそう宣言した。監督を中心に扇形に集まり、その言葉に返答の声を上げる。

 

「赤司、青峰、灰崎、紫原、緑間。この5人だ。状況によって黒子を入れていく」

 

全中予選ではずっとこの布陣である。1年生チームと上級生チームを、前後半のローテーションで使っていくという戦術。昨年の優勝メンバーと、来年以降を担う1年生メンバーで組み分けたものだ。だから、メンバー自体には特に異論はない。ただ――

 

「作戦は普段通りのマンツーマンだ。状況に合わせて赤司が組み立てを行え」

 

自身の意志を込めて、監督に視線を向ける。それに気付いただろう監督だったが、あえてそれを無視。その反応から、このオーダーの意図を悟る。

 

――監督、意外と大胆なこと考えますね

 

内心で感嘆の声を上げる。なにせ、ボクも同じことを考えていたのだ。しかし、勝利を何よりも優先すべき監督が、おそらく相当なプレッシャーだろう、それでもこんな策を打つことに驚いた。

 

「よっし、じゃあサクッと潰してきますか」

 

「今日も出番はねーぜ、テツ」

 

灰崎君と青峰君は笑いながらコートへと向かっていった。しかし、その表情はすぐに曇ることになる。それをボクは予感していた。

 

試合開始のブザーが鳴った。

 

 

 

 

 

第2Qも前半が終わり、帝光中は劣勢を強いられていた。会場中にざわめきが漏れ出す。

 

「おいおい、これ。帝光ヤバクねーか?」

 

「つーか、何か動き悪いよな」

 

観客にも分かるほどに、彼らの動きは精彩を欠いていた。理由は明らか。

 

 

――体力不足

 

 

いかに技術や素質に恵まれていようとも、あくまで彼らは中学1年生。年齢的な上級生との体力差はどうにもならない。

 

「あり?……やっべ、外した」

 

青峰君のシュートがリングに弾かれる。スタミナの不足は、一つひとつのプレイの精度や思考までも低下させる。それは青峰君も例外ではない。

 

「ふむ……やはり課題は体力面か」

 

ベンチで監督が小さくつぶやいた。その声色は平静そのもので、この状況に戸惑った様子は無い。

 

「監督も、やっぱりこうなると分かっていたんですね」

 

そうだ、と監督は頷いた。まったく、人が悪い。劣勢に陥る経験を積ませるために試合に出すなんて。桃井さんのデータを見たボクには予想がついていた。相手チームはこの土日の3連戦、ロースコアで勝利していた。時間を目一杯に使った体力消費を抑えた結果だった。

 

 

この最も疲れの溜まる決勝に照準を合わせた、――乾坤一擲の奇策。

 

 

それを感じ取った。

 

「これまでとは打って変わって、ラン&ガンでのハイスコアの点の取り合い。前線からの強烈なプレスと速攻の応酬。攻守を目まぐるしく変えるスピード競争。それらの目的は、体力勝負に持ち込むためでしょう」

 

技術や才能では相手にならない。総合力においても同様だろう。彼らにとって唯一の勝機はスタミナにモノを言わせた体力勝負。

 

「残念ながら、相手の奇策に乗ってしまいましたね。ラン&ガンの走り合いの土俵に。赤司君といえども、初参加の全中での疲労度は読めなかったようですね」

 

「本人達の気付かぬうちに疲れが溜まることもある。2日間の連戦の疲労、帝光中の勝って当然という精神的重圧。それらを経験させるのは予選の今しかなかった」

 

「余裕ですね。予選の今なら勝てると言うんですか?」

 

「違うかな?」

 

問い返す監督の言葉に、ボクは一瞬だけ呆気に取られて、すぐに薄く笑みを浮かべた。

 

「もちろんですよ。ボクを出してください」

 

監督も余裕に満ちた表情で頷いた。

 

「ただし、このQは好きにやらせてもらいます。せっかくの劣勢なんですから。相手チームには彼の糧になってもらいます」

 

訝しげなに視線で問う監督。それに答えるように、ボクはコート内に顔を向けた。

 

「赤司!こっちだ!」

 

灰崎君の手元にボールが渡る。好戦的にギラついた瞳でドリブル突破を目論んだ。彼につくマークマンは小柄な少年。桃井さんのデータでは、灰崎君と同じく1年生である。ルーキー同士の対決。

 

――小刻みに左右に揺れるハーキーステップからのドライブ

 

自身の使える最優の、虹村先輩の技で突っ込んだ。しかし――

 

「チッ……抜けねー」

 

俊敏なDFで揺さぶりについてきた。攻めあぐねる。虹村先輩をも抜いた、彼の最強ドライブが通用しない。その事実に灰崎君の顔色が変わった。

 

この状況の理由はふたつ。

 

最も大きな理由は、心身の疲労。明らかに今の灰崎君の動きは本調子ではない。抜群の身体能力も、虹村先輩の技巧も、どちらも切れ味が鈍っていた。普段の彼ならば、あっさりと抜ききれただろう。

 

そしてもうひとつ。

 

「ハハッ、させないよ」

 

マンマークの相手を封殺した歓喜に、相手の顔に笑みが浮かぶ。ボクは彼を知っている。懐かしい顔だ。古武術をバスケに応用した独特の身体操作。彼が体調万全で立ち塞がっていた。この時代からあのスタイルを使えたのか。

 

 

「ひさしぶりですね。津川くん」

 

 

のちに『キセキの世代』黄瀬涼太すら封殺するマンマークの専門家。津川智紀に向けて、内心で挨拶の言葉をつぶやいた。


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