Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第8Q タネさえ分かればこっちのもんだ

この試合は楽勝だと、オレは思った。

 

『全中』決勝の相手は聞いたことのない中学だった。セットプレイを多用したロースコアゲームを得意とするチームらしい。興味も無かったが、昼飯のときにテツヤの横で桃井が話していたせいで覚えていた。

 

しかし、過去のデータとは信用ならないもんだ。相手チームが予想を覆す作戦変更。選択したのは、まさかの帝光の得意とするラン&ガン。攻撃的なハイスコアゲームだったんだからな。正直、マジで馬鹿だと思った。玉砕覚悟だと。事実、序盤からオレ達がリードを奪い、チームの総合力も明らかにこちらが上だった。

 

オレのマッチアップの坊主も、地区予選ではトップクラスの実力者のようだが、全力のドリブルで抜けないとは思えない。普段は偉そうにしてやがる虹村だが、その技は相当使えるのだ。こと1on1においては絶対の自信を持っていた。だというのに――

 

「何なんだよ、こりゃ……」

 

それが蓋を開けてみれば、第2Qも半ばに入って――帝光の5点ビハインド。

オレ達がまさかの劣勢に陥っていた。

 

「くっそ。オイ、赤司!」

 

前線へと走るオレの合図に、赤司からのボールが投げられる。カウンターの速攻。敵陣にはギリギリで戻った坊主頭がひとりいるだけ。1on1の勝負。

 

――左右に小刻みに幻惑するハーキーステップ。

 

速度を落とさずに全力の技巧的なフェイクを行う。スピード+テクニック。虹村の野郎から奪ったこの技は、絶対だ。

 

「うっお、やっぱスゲー」

 

坊主の身体が泳ぐ。その隙を狙って、方向転換の切り返しで抜き去る――はずだった。

 

「えっ……?」

 

マジかよ……。オレの足がもつれ、コートに崩れ落ちる。上体から床に叩きつけられた。バタリと体育館中に音が響く。無様にコケたオレの手から零れ落ちたボールは、そのまま坊主に奪われてカウンターが決められた。

 

通常では考えられない事態。この時点でようやくオレも悟る。この試合で負けそうになっている原因に。

 

「……やられたな。どうやら罠に嵌められていたらしい」

 

頭に手を当てて赤司が固い表情でつぶやいた。アイツも気付いたらしい。そして、ベンチも……。

 

選手交代のブザーが鳴った。敗戦のピンチに交代で出されるのは、もちろん試合の流れを変える、試合を終わらせる切り札しかありえない。緑間と入れ替わりで小柄な少年が表舞台に現れる。

 

「あれ?何か地味なの出てきたな。大丈夫か、帝光は?」

 

「何かあんま強くなさそう。ってかアレ?どこいった?」

 

「おい馬鹿、知らねえのかよ。アイツは……」

 

観客達からは困惑と少しの期待の声が聞こえてくる。決勝だけを見に来た連中には分からないだろう。だけど、アイツこそが帝光中の切り札。

 

 

――どこかで誰かが『幻の六人目』とつぶやいた。

 

 

「メンバーチェンジ、帝光18番」

 

黒子テツヤ。帝光中で最も弱く、最も薄く、最も脅威の男がコート上に足を踏み入れた。

 

「さあ、逆転しましょうか」

 

初めての全中予選決勝の大舞台で、テツヤは普段通りの平静そのものといった様子だ。あの冷静沈着な赤司でさえ、普段よりも口数が少なくなってるってのに。こいつに重圧(プレッシャー)ってもんはねーのかよ。

 

「……なさそうだな、コイツには」

 

メンバーの誰もがホッと安堵の溜息を吐いた。同時に勝利を確信した。全国最強の帝光中レギュラーを、2軍のチームで下したという比類なき実績。凡百のプレイヤーとはまるで別物。そんな前代未聞、前人未到の極地に立つのがこの男なのだ。帝光中ではあの試合は伝説として語り継がれていくだろう。もちろんオレもいた訳だが、テツヤの貢献は群を抜いていた。それほどにコイツへの信頼感、期待感はでかい。

 

「灰崎君、頼みますよ」

 

「おう、任せとけ。って言いたいが、悪いけど体力が限界だわ」

 

ぜいぜいと乱れた呼吸を直しながら、オレは肩を竦めて見せた。一度意識してしまったら、もう身体の重さは尋常ではない。正直、もうベンチに戻りたいくらいの疲労度だった。

 

試合再開。赤司のパスが途中で軌道変更される。

 

「って、いきなりオレかよ!?しかもマーク外れてねーぞ!」

 

何でオレに渡すんだよ……。

 

荒い息のまま、仕方なくドリブル突破を仕掛けていく。だが、明らかに動きが鈍い。自分でも分かるほどに歴然だ。刃の錆び付いたドライブ。そんなナマクラが通用する相手ではない。坊主頭にあっさりとスティールされる。

 

「チッ……ムカつくが、今のオレの体力じゃ無理かよ」

 

「ハハッ、ずいぶん疲れてるみたいだね」

 

馴れ馴れしく話しかけてきやがった。しかも嬉しそうに笑みまで浮かべてやがる。神経を逆なでする野郎だぜ。思わずイラッとくるが、それを無視して自陣へと戻る。この坊主、必ずぶっとばしてやる。拳をキツク握り締めた。

 

相手の攻撃でさらに点数を奪われ、再び帝光のターン。全員の体力消費を抑えるため、赤司は時間を掛けた遅攻を選択する。オーバータイムぎりぎりまで攻めるのはストップ。呼吸を整えるようにゆったりとパスを回す。赤司からオレにボールが渡る。

 

「あれ、来ないの?怖気づいちゃった?」

 

「うっせえ、クソ坊主が」

 

我慢我慢。今の状態で突っかかっても勝てる見込みはない。挑発を受け流し、赤司にボールを返す。そこからテツヤへと続く。だが、あろうことかアイツはそれを弾き返して軌道を変更する。

 

「オイ、何でまたこっちに……!?」

 

またしてもオレにパスをよこしてきやがった。裏を取っていない、通常のポジションに立っているオレに。だから、全然フリーになってないだろーが!

 

「何考えてんだ。仕掛けろってのかよ、こんな状態で……」

 

「おっそいよ」

 

気付いたらオレの手からボールが弾き飛ばされていた。

 

早え……!? 全く反応できなかった。動き始めがわかんねー。疲れたせいだけじゃねーぞ。コイツ、何かやってやがるな。

 

「待てや、コラ!」

 

怒りを込めて叫ぶ。坊主によるカウンターの単独速攻。全力で追いつき、対面に立ち塞がる。最高速度はやっぱオレの方が断然上みてーだな。ふと、テツヤの言葉が思い返される。そりゃそうか。コイツ、まだ同じ1年だったよな。そこらのやつに身体能力で負けるはずないよな。そこで脳裏に浮かび上がる疑問。

 

何でこんな体力があるんだ?

 

試合開始時から違和感はあった。何となく普通とは違う動き。独特な身体操作をしていたような気がする。だとすれば、それがコイツのスタイルの肝か?

 

……集中力を最大に高めて観察に専念してみるか。相手の一挙手一投足を脳内にインプットしてやる。次第に周囲から雑音が消えていく。全身の神経を相手の観察のみに集中。脳内をフル回転させ、その動作の意味を解析する。洞察の結果、導き出された結論は――

 

 

――動作のタメや捻りのない、力感を極限まで消したドライブ

 

 

まるで始動が見えない。事前動作を消してあるのか?見たことない動きだ。筋肉の動きを省いているのか?オレの知る身体の使い方じゃない。重力を利用することで、力を溜める動作をなくしている。

 

「おっしゃ、悪いね」

 

予備動作なしのドライブは、こちらの反応を遅らせる。気付いたときにはすでに相手は準備万端の状態でスタートを切っていた。最高速度ではなく、始動速度を早めることで最速のドライブを体現している。

 

 

――筋力ではなく、重力を利用したドライブ

 

 

これが坊主の早さの仕組みだったのか。直後、オレを抜いてのレイアップを決められた。自慢げにこちらを振り向いた坊主だが、その顔はオレの傲岸不遜な笑みによって怪訝なものに変わる。

 

「……見えたぜ。テメーの秘密」

 

続いて帝光の攻撃ターン。赤司は体力回復のため、時間を掛けてボールを運ぼうとするが――

 

「うおっ!やっぱテメエも叩き潰せってか」

 

赤司のゲームメイクを無視して、ボールをこちらに飛ばしてくるテツヤ。今ならその意図を理解できる。執拗にオレに1on1をさせ続けた意図を。こういうことだろ?

 

――この特殊技法を奪えと

 

速攻で敵陣へと走りぬけるオレの横を走るのは、これまで煮え湯を飲まされた坊主。横目でその身体操作を観察する。右手と右脚を、左手と左脚を同時に動かす奇妙な走法。最高速度こそ劣るものの、身体の捻りを無くすことで、体力消費を大幅に抑えている。

 

「なるほどな。体力勝負を仕掛けられるはずだぜ」

 

同じ距離を走っても、筋肉を酷使するのと、無駄な動作を省いているのとじゃ雲泥の差だ。ロースコアで抑えた昨日からのゲーム展開に加えて、この独自の省エネ身体操作法。これがテメエの秘密かよ。

 

「だが、タネさえ分かればこっちのもんだ。さっきからそのニヤケ顔にはムカついてたんだよ」

 

走りながら、さっきの独特の身体操作法を瞬時に思い起こす。これまでの坊主の動きを脳内で反芻する。その技法の仕組みを推測し、応用法までもを想像。見せてやるよ、このオレの固有能力『強奪』を――

 

速度をわずかに緩めた瞬間、横を走っていた坊主がオレの前に立ち塞がった。小さくフェイクを入れるが、さすがに通用しない。有り余るスタミナで機敏な反応を見せる。

対してこっちは疲労困憊。手足は鉛のように重いし、息も絶え絶え。とても普段の速度を出せる状態じゃない。絶体絶命の状況に、しかし愉しみを覚えたオレは口元を歪める。だからこそ、使えるはずだ。

 

筋力ではなく、重力を利用したこのドリブルを――

 

「なにぃいいいい!?」

 

坊主の口から驚愕の叫びが吐き出される。気付いたら抜かれていた。それが正直な感想だったろう。即座に気付いたはずだ。予備動作を極限まで削ったドライブ。これは自分の技であると。

 

 

「その技は、オレがもらったぜ」

 

 

シュートを決め、振り返りながらオレはそう言い放った。

 

 

 

 

 

固有能力『強奪』。坊主の使用する特殊な身体操作技法を、オレは奪い取ったのだ。

 

敵チームの連中や観客達はまだ把握できていないだろう。見た目でパッと分かるほど特徴的な動きじゃないからな。最初はオレも違いに気付かなかったくらいだ。だが、当人である坊主だけは別。コイツだけは、オレの埒外の才能を目の当たりにしてしまった。自分が作り上げたスタイルを一瞬で奪われたことに対する恐れで、さっきまでのニヤケ顔は引き攣っていた。

 

「んなバカな……。ま、まぐれに決まってる」

 

続いて相手チームの攻撃。わずかに声を震わせながら、何とか戦意を昂ぶらせドリブル突破を仕掛けてきた。自身の意地を振り絞り、放つのはヤツ固有のドリブル。小さく目を閉じてオレは嘆息した。

 

「……もう無理だ。そりゃ、オレのもんなんだって」

 

予備動作を消したスティールで坊主のボールを叩き落す。オフェンスだけと思ったか?もらったって言ったろ。攻守ともに、相手の特殊技法は根本の部分から理解したんだよ。

 

「そんな……。古武術を応用したスタイルを、こんなあっさり……」

 

今度こそ顔面が蒼白になり、凍りついた。呼吸がズレてる、タイミングも合ってない。総じてバランスがメチャクチャだ。目の前でわずかに我流にアレンジされた技を見せられたせいで、無意識に自分のリズムが崩されたんだろう。この分析はテツヤの受け売りだけどな。

 

「灰崎君、あとはお願いしますね」

 

「おう、任せろよ。これで終わらせてやる」

 

噂をすれば、テツヤに合図をしてワンツーでボールをリターンさせる。2人での速攻だ。もちろん、テツヤにドリブル突破できる能力は無い。即座に戻されたボールで仕掛けるのはオレの仕事だ。

 

「こりゃ楽なもんだな。全然、疲れねーよ」

 

「その走り方まで……!?」

 

敵陣へと疾走するその走法は、坊主の使っていた右手右脚、左手左脚を同時に出すという特殊なもの。身体の捻りやタメを無くしたそれは、体力消費を大幅に軽減する。互いの均衡は完全に崩れ去っていた。

 

動揺からか、焦った様子でオレを止めに掛かる。チェックに来る坊主を、しかし余裕をもって待ち構えられた。精神面でも完全に優位に立っているのを実感する。もはや、コイツは敵じゃない。格付けは済んだのだ。

 

「ありがとよ。結構、使い勝手が良さそうだぜ」

 

先ほど奪ったばかりの技で抜き去り、あっさりとレイアップを決めた。自陣へと戻る最中、坊主をチラリと見やると、この世の終わりかのような絶望的な表情で、呆然と立ち尽くしていた。

 

コイツ、もう終わりかもな。

 

特に感慨もなくそう思った。技さえ奪えれば、もう使い道なんてない。興味を失ったオレはすぐに視線を外した。だが同時に、自然とそんな発想が出てきた自分自身に少しだけ驚く。これが才能の開花ってもんなのか……。

 

オレは相手のことを、『技を奪う対象』として見ていたのだ。RPGの敵キャラが経験値に見えるように。

 

「ナイスシュートです」

 

相変わらずの無表情で、テツヤが手を差し出してきた。一瞬だけその顔色を観察して、その掌にタッチをぶつけた。

 

「なあ、どこまで計算してたんだ?」

 

「はい?何のことですか?」

 

あえて疲労の溜まっていたオレにボールを集めたこと。それは全てこのためだったんじゃないか?

 

執拗にオレと坊主との1on1勝負に持ち込ませたこと。ボールを集めて体力を消費させたこと。前者は特殊な身体操作法を幾度も見せるため。後者は体力を削り、筋力に頼らない特殊技法を模倣しやすくするため。

 

――この試合、初めからオレに『強奪』させようと思っていたんじゃないか?

 

「さて、どうでしょうね」

 

かすかに無表情を緩めて、アイツは自陣へと戻っていった。

 

 

 

 

黒子テツヤ。初めて会ったときから一貫して抱いている印象がある。仲間にすれば頼りになるし、負けるところも想像できない。かといって存在感は希薄で性能はお世辞にも高いとは言えない。そんなチグハグなアンバランスさ。強いとか巧いとか、そういう分かりやすいものじゃない。

 

 

『得体が知れない』

 

 

それが、初対面のときから変わらないオレの感想だった。

 

 

 

 

このあと、全力のパス回しで試合を支配したテツヤによって、帝光中は『全中』本選への切符を手にすることになる。


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