この場を借りて感謝申し上げます。
「はぁ!? 俺の情報が漏れた!?」
朝。一晩中ビクビクしながら円を展開していた俺に、唐突にかかってきた電話。恐る恐る出てみれば、予想していたのとは違った最悪の情報が飛び込んできた。
『スマン、これはこちらのミスだ。金を掴ませられた末端がお前の顔写真と名前を流出させちまった』
情報をくれたのは、懇意にしている情報ハンターグループの幹部。ハサンを使って集めた情報を売り渡す俺のお得意さんでもあるし、今回ハンターになった事を隠すようにお願いした相手でもある。仕事として情報の隠蔽を頼まれたのに、それを為せなかったことにかなりの責任を感じているようだった。
『裏切り者にはこっちから制裁を加えておく。で、詫びとしてこの電話で伝える情報は全部タダにしよう。それで手を打ってくれないか?』
「……いきなりハイと言うにはちょっと頭が追い付かない。とりあえず聞くが、誰に情報を漏らした?」
『ゲーム狂いだ』
「バッテラか。――バッテラ!?」
ちょっと待て。なんでいきなりここでバッテラが出てくる。
奴はグリードアイランドを集め、その情報を外に出さないことのみに全労力を割いている。俺も狙われる心当たりがないとは言わないが、流石にいきなりバッテラに情報を抜かれる心当たりはない。
『ついでにお前は賞金首にもなったぞ。依頼主はやはりバッテラで、10億ジェニーなんてバカげた金額も懸けられた。
10億ジェニーはバッテラにとってははした金だろうが、世間一般では十分な大金だ。とはいえ、やはりバッテラがわざわざ俺を捕まえる意味が分からない。
――普通に考えれば、これは『敵』の攻撃だろう。が、バッテラが動く意味はなんだ? というか、バッテラを動かせる方法が分からない。今のバッテラに有効な脅しは死にかけている恋人か彼本人を殺すというくらいだが、そこは大富豪である以上相当に強い警備を敷いているだろう。とりあえず言うことを聞かせたとはいえ、いつ寝首を掻かれるか分からないというのは相当に怖い、少なくとも俺ならやらない。もしくはバッテラを操作したか。
いや待て、もう1つある。恋人を治す対価としてバッテラを手駒にするというものだ。念能力ではほぼ不可能だが、神から貰った特殊能力次第では十分あり得る。どちらにせよ『敵』はバッテラを取り込んだ可能性が非常に高い。
そして俺の賞金首を
「賞金首になっているのは自由か?」
『まあそうだわな』
この世界では大きく分けて3つの賞金首が存在する。そしてほとんどの有力者はこれに名を連ねていると言っても過言ではない。
1つ目は表。政府やそれに関係する組織が、犯罪者や反政府勢力を相手にした賞金首だ。この賞金首を狩るのが普通の賞金首ハンターといえるだろう。ここに名前が載っているビノールトなどは言うまでもなくもう末期である。
2つ目は裏。これはマフィアンコミュニティを始めとした闇の組織が依頼する賞金首で、有名どころのハンターはだいたいがここに名前を連ねている。ジンなどは情報隠蔽が上手すぎて載っていないが、ネテロですらここには名前が載っているのだ。ちなみにヨークシン編で幻影旅団がかけられたのもここである。
3つ目はそれ以外、通称自由。雑に言ってしまえば、他の2つに載せられなかった賞金首は全部ここに載る。一処に情報が集まらないので誰が賞金首かを知るのでさえ情報収集能力が必要とされるが、今回の俺のように億を超える賞金首が載ることもザラでありここを狩場にする者も珍しくない。
俺は重犯罪がばれた訳ではないので表に名前が載らず、バッテラは裏とも関りが薄い為にそちらにも名前を載せられない。必然、3番目の賞金首になる。
「俺を賞金首に懸けた以外にバッテラはどう動いた?」
『傭兵集団を雇い入れたようだ。海獣の牙』
「海獣の牙? 聞いた事がないな、詳しく教えてくれるか?」
『海獣の牙、通称
人手が必要な時には金で非念能力者を雇う事も珍しくない。中の上くらいの実力だな、だいたい』
「目的は俺のハントか?」
『確定ではないが、タイミング的に間違いないだろうな』
まあハンター試験に出て原作と関わった以上、『敵』が行動するのは予測済み。このくらいでいちいち慌てはしない。
真に問題なのはこっち。
「ちなみにゾルディックに動きはあるか?」
『? ゾルディックに大きな動きはない。っていうか、ゾルディックは
まあ、これ以上の情報は入らないか。ひとまず、アサシンを使って探りを入れてみよう。
李書文は一戦一殺を心掛けている。
とはいえ、マスターであるバハトがゾルディックと敵対したくないということから、執事たちを殺すのはやめておいた。
(まあ、これも従者の務めよな)
圏境にて気配を絶ち、ユアの警護に務める。が、意外な程にゾルディックからの手出しはなかった。バハトを敵と認定すれば庭先でうろちょろしている彼の仲間に手を出すかと思ったが、一晩が経ってもその傾向はない。
これはどういう事かと思って念話でその報告をしたら、それを聞いたバハトから情報収集をするように指示が来た。具体的にはラインまで行き、カナリアと話をして来いというもの。
「……お兄ちゃん、大丈夫かな」
「心配すんなって。バハトは十分強ぇし、あの達人が一緒にいるんだ。そう簡単には負けねぇだろうよ」
帰ってこない兄を心配するユアを、一生懸命に慰めるレオリオ。
言葉にはしないが、クラピカの表情も優れない。やはりゾルディックの敷地に入って一晩音沙汰なしというのは心情的にとてもよくない。
だがターゲット的な意味ではひとまず彼らは大丈夫だろうと判断し、李書文は一気にカナリアのラインまで向かう。そこには髪を編み込んだ少女が1人、立っていた。
「頼もう」
圏境を解除して姿を現した李書文に、その少女――カナリアはびくりと反応する。
「――昨日の侵入者ね」
「いや、侵入者と言われては返す言葉もない。悪意や害意がなかったとは言い訳にもならぬ。
そんな儂らへの追撃がなかったことから、これはどうしたことかと疑問に思ってな」
「イルミ様からの指示はゴンと共に来た念能力者をラインの内側に引き込むことと、その排除。
ラインから撤退した以上は追いかける必要もないし、そもそもあなたは念能力者でもない」
なるほど。殺せではなく、排除か。ならば追い出しただけでも排除には該当するし、いちいち敵を追うほどゾルディックは暇ではないということ。
まあ、イルミの指示を喜んで受けている感じもしない。それに言っては何だが、話した感じだとイルミはあまり人望はなさそうだ。イルミ本人も人望に価値はなく、命令に従うならいいと思ってそうだが。
「ふむ。では庭先を借りているくらいでは手出しをしないと?」
「今のところはね。新しい命令が来れば話は別よ」
「呵々。こわいこわい」
ともかく、ゾルディックはバハトをそこまで敵視していないというのは収穫だ。というか、この程度は結構あることなのだろう。逃げた敵までいちいち追って潰していてはキリがないと思われる。
ならばユアたちの元に戻るのに問題はない。そう判断して念話を入れると、その返事の口調はかなりほっとしたものだった。
「ではな、小娘。また会わない事を祈ろうぞ」
「ええ。ゴトーたちが勝てなかった相手なんて、私が勝てる筈がないしね」
くるりと背を向ける李書文に、カナリアは知らず肩に入った力を抜く。間違いなく念能力者ではないが、それが逆に怖い。オーラで強化した訳でもないのに、ゾルディックの執事5人を手玉に取った男なのだ。緊張するなという方が無理というもの。
それが危害を加えずに去っていくという事に、大きな安堵を覚えるのだった。
「ただいまー」
「「「「「遅いっ!!」」」」」
必要以上に朗らかにゼブロの家に帰って来た俺に、一同総ツッコミが入る。
俺としてはゾルディックと決定的に敵対しなかったという安堵で朗らかになってしまったが、そうと知らない仲間としては心配していたのに凄いニコニコと帰って来た俺は苛立ちの対象だろう。ちょっと反省。
とりあえず昨晩から今朝にかけて、イルミに嵌められて執事と一悶着あった事を話すとだいたいの人間の顔が青くなった。
「お兄ちゃん、あまり危ない事をしないでね?」
「まさかゴトーさんたちから逃げ切るとは……」
ユアが俺の心配をして、ゼブロが驚きを以て俺を見る。いやまあ、タイマンならともかく5人に囲まれたら俺1人だと相当に厳しいです。
これをなんなく切り抜けるサーヴァントは本当に規格外としか言いようがない。無傷で平然としている李書文に向けられる視線はちょっと畏怖の念が混じっていた。
「とまあ、俺のミスとはいえ、入ってきたら殺すって言われちゃったし。悪いがキルアを迎えに奥まで行くのは難しくなっちまった」
「…………」
「悪い、ゴン。俺は『敵』を殺さなくてはいけないから、これ以上ゾルディックと敵対する訳にはいかないんだ」
「うん。バハトの事情も分かるよ。仕方ないよね」
「その代わり、ちゃんと鍛えてやる。それにゴンがキルアを連れて帰ってくるまでここで待っているからな。
ゼブロさん、構わないでしょうか?」
「もちろんですとも。キルア坊ちゃんのお友達を泊めるのにこんな小屋で申し訳ないくらいです」
しかし本当に人がいいな、ゼブロさん。なんでゾルディックで掃除人をしてるんだろう。まあ人生には色々あるし、つっこむのも野暮か。
ともかく、俺としてもこのままゴンになんの助力もなしというのは心苦しい。常に持ち歩いている水筒を取り出して、ゴンに差し出す。
「バハト、これは?」
「霊験あらたかな不思議な水さ、体の回復を早める効果がある。これを毎日飲めば、ゴンの腕の治りも早くなるだろ」
俺の言葉にちょっと信じ難いような顔をするゴンだが、これはマジである。この水は俺の念能力だからだ。
とはいえ、俺は具現化系はそれほど得意ではないのでそこは神字で補っている。水筒の見えないところに神字を書き込んだ上で、
腕が治った方が李書文からの指導もより効率的に受けられるし、悪い事ではないはず。
「とりあえず試しの門を開けることが目的か。
行けそうか?」
「やるしかないしな」
「もちろんだ。キルアでも3の扉を開けたというなら、私たちも1の扉くらいは開けないと立つ瀬がない」
「……私はここで過ごすだけで大変だけど、頑張るわ」
レオリオ、クラピカ、ポンズの言葉を聞いて頷いておく。
ただなポンズ、これからその重量を身に付けたままで李書文からの指導が入るから。これで大変なんて言っていると、先が遠いぞ。
俺の勝手な願望としては、仲間を鍛えて『敵』と共に戦ってくれるのが理想。
俺も『敵』を誘き寄せるエサになるし、相手はポンズの動向も探らなくてはならないから手間は増える一方だろう。
そこで出した尻尾を情報ハンターとして捕まえる。バッテラも、海獣の牙とやらのアサンも捨て駒に過ぎない。そんなのをいちいち相手にして『敵』を見失う方がよほど怖い。
今回はミスをしたが、ミスなく全て上手くいくなんて楽観は持たないからそこは仕方がない。どれだけ無様だろうと、最終的に『敵』を殺せれば俺の勝ちだ。
少しずつ動き出した殺し合いに、俺はより一層気合いを入れるのだった。
時は流れるように過ぎた。
李書文の指導である、相手に拳を当てる技術だけのレベルでも全員相当体捌きに修正が入り、特に野生児であるゴンは四苦八苦していた。李書文もゴン本来の資質を殺さずに指導するのが難しいようで、教える側も四苦八苦。下手に合わない技術を身に付けさせると本能的に最善手を選ばせるという事に支障が出かねないので、最終的にはゴンへの指導は実戦形式の組手のみになった。そこから好きなように技術を学び取れという方針らしい。
対してポンズは多少体は鍛えていたようだが、本格的な武術を学んでいなかった為に変なクセもなくて中国拳法に結構染まっていた。ただし体力が一番無いのも彼女なので、しごきに一番苦しんでいたのも彼女である。
クラピカとレオリオは技の一部や原理を学び、自分の戦い方に組み合わせていった。李書文の弟子というほど染まらなかったが、彼らなりに武術を活かしてくれればいいと寛大な言葉が贈られてお終い。マスターである俺の顔を最大に立ててくれていて、ありがたいやら申し訳ないやら。
俺やユアは昔から指導を受けているので、その続きといったところ。奥義などは教えて貰ってないが、そこらの念能力者ならば練を使わなくても勝てるくらいにはなっている。武術の最大の利点として、当たらなければどうということもないというものがあり、とにかく攻撃を逸らすのに時間を費やした。まあ、相手も武器を使ったりオーラを飛ばしたり、そもそも肉体強化が異常な奴らも多いので無敵という訳でもないのだが。
こうして体も鍛えられ、全員が試しの門を開けられるようになってようやく先に進むことを決めたみんな、というかゴン。彼の意地のみに付き合わされるのはもう諦めている。
「じゃあ俺たちは先に進むね」
「ああ。こちらはキルアが帰って来るまで修行しておく」
ゴンとクラピカにレオリオが先に進む。俺とユアとポンズ、そしてアサシンはゼブロの小屋で待つことになった。
原作の流れを知っているから1日で帰って来る事は知っているし、俺も賞金首になったばかりという事もあってちょっとナーバスになっていることは否めない。原作の流れから外れた組は一括りになってサーヴァントに護衛して貰いたいという本音がそこにはあった。
特にポンズがこれ以上ゾルディックの敷地を進まなくていいことに、相当ほっとしていた。李書文にしごかれることは憂鬱そうだが、彼女のスタート地点がかなり後ろなので諦めて欲しい。
とにかく手を振りながら森林の間に作られた道を進むゴンたちを見送る。
「じゃあ指導をお願いします、師父」
「お願いします、師父」
「ショブンさん。よろしくお願いします」
「うむ。任された」
そうして1日を鍛錬に過ごし、夜になってキルアと共に戻って来た一同を迎え入れる。
「お、バハトにポンズ。それから話は聞いたよ、ユアだろ?」
「おー。キルア、思ったより早いな」
「ああ、まあな。積もる話もあるけど、とっとと家から出よーぜ。多分監視されてるし、落ち着かねー」
「良いと思うわよ。町に行って、ホテルでゆっくりしましょう」
ポンズが頷いて場所移動。数十キロ離れた町までそれなりの速度で走るが、それで息を乱す者は1人もいない。
大分馴染んだな、ポンズ。
そして適当なホテルを取り、男部屋と女部屋に分かれる。ゼブロの小屋では男も女もなかったせいか、ポンズがかなりリラックスしながらユアを連れて部屋に向かっていた。
正直、デリカシーに欠けてすまんかった。けどどうしようもなかったんだ。
誰が聞くでもない言い訳を心の中で呟き、適当に身支度を整えてホテル備え付けのレストランへ。がっつりと注文をして、食べながら話をする。
「しかしバハトもやるよな。ゾルディックに依頼したいからってイルミに掛け合うとか」
「ぶっちゃけ、まだ諦めきれない部分はある。親父さんかお爺さん紹介してくれない?」
「いいけど、最低10億はかかるぜ。ターゲットによっては100億超えることも珍しくないし。払えんの?」
「――意地でも絞りだす。最悪、ハンターライセンスを売る」
「そこまで追い詰められてんのかよ」
呆れるキルアは俺と『敵』の殺し合いの事を知らない。殺したい訳ではなく、自分の命を守る為だから正直ハンターライセンスで済むなら売っ払う。
「そうそう、ちゃんと挨拶をしてなかったな。ユアだっけ? よろしく」
「キルアって言うのよね。私はユアよ。よろしくね」
自己紹介もちゃんとして一区切り。
これからどうするかという話になり、クラピカがヒソカからクモの情報を聞いていたことを明かす。
「9月1日、ヨークシンのサザンピークオークション……!」
「ああ。再会はそこにしてはどうだろうか? 私としても契約ハンターとして雇い主を見つけたいしな」
「俺も医者になる為に、大学受かんねーと話にならねーからな。帰って勉強しねーと」
「私もインセクトハンターとして――」
「ポンズはまだ鍛え終わってないからダメ」
「――はい」
他はともかく、ポンズを自由行動させる訳にはいかない。
(お兄ちゃん、なんかポンズさんのこと離さないね。付き合ってるの?)
(そういう感じはしないけど……。なんか不思議なくらい心配されてるのよ)
(……私のお義姉さんになったり?)
(あ、あははは。どうかな?)
聞こえてるぞ、そこの女子2人。
内緒話をするユアとポンズは置いておいて、キルアが独り言のように口を開く。
「俺はどうしようかな。当てもなく世界巡っても仕方ねーし。
いやその前に、ゴンがヒソカを殴る為に鍛えるならそれに付き合わないとだな」
「え? 遊ばないの?」
呑気な事をいうゴンに全員でツッコミを入れる。お前はヒソカを殴るのに何十年かけるつもりかと。
「金もやべーし、あそこ行くか。天空闘技場」
「お、いいね。ユアやポンズもいい加減実戦を経験させたかったし、俺たちも行こうかな」
キルアの案に便乗する。
レベルの低い念使いもいるし、最初の修行場所としては悪くない。ユアもいい加減練習だけではなく、敵との戦いに慣れてもいい頃合いだ。
そして何より、ゴンやキルアとポンズに念を教えるのに最適の場所でもある。
「儂は食事を終えたらお暇させて貰おう。ある程度の手解きはしたしな」
そして李書文はいったん送還する。彼のコストはあまりかからないとはいえ、いざという時に魔力切れを起こすなんて間抜けな事はしたくない。
教わる事は教わったし、ひとまずは御帰還願おう。
「じゃあ、今日ゆっくりしたらクラピカとレオリオとはお別れだね」
「ああ。まあ、マメに電話でもしよや」
「あ、俺携帯持ってないや」
「買えよ、携帯くらい」
「ハンターじゃなくても必需品よ?」
くじら島では必需品ではなかったんですね、分かります。
そんな下らない話をしながら食事を続け、楽しい時間を過ごす。
願わくば、こんな時間をもっともっと続けていけますように。
そう祈ったが、あの神はたぶん叶えてくれねーな。
くだらないことを思いつつ、笑って話を続けつつ。夜はゆっくりと更けていくのだった。