殺し合いで始まる異世界転生   作:117

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017話 念・4

 

 全身で練ったオーラを、開いた精孔から一気に放出する。

 ――練!

「……マジなの?」

 ユアが呆れていた。呆れるしかなかった。ゴンとキルアは練の概要を聞いてから、たった半日で練の習得に成功してしまったのだから。

 彼女だって練の習得には2日かかったのに。

「2日も異常な早さだからな、十分」

 俺は一応ツッコミを入れておく。ユアが遅いと言うのならば、世界には凡人の居場所が無い。

 しかも早く覚えればいいというものでもない。練の習得はいわばスタート地点であり、練の持続時間――すなわち堅をどれだけ維持できるかが重要なのだ。それから流、オーラ攻防力の移動速度。そしてそれらを行う際、いかにオーラの消費を抑えるかの熟練度と潜在オーラ量。などなど。

 いくら練を覚えるのが早かろうが、相対した時にそれらの技術で劣っていたらなんの意味もない。実戦では更に発や純粋なる戦闘技術が加味されるからして、半日で練を覚えられたというのはなんの慰めにもならないのである。

 まあ、練を早く覚えられるということは、念に才能があるという意味でもあるので、なんの慰めにもならないは言い過ぎかもしれないが。一喜一憂をしたらすぐに切り替えるくらいでちょうどいい。

 ちなみにポンズは暴走した際に練の感覚は完全に馴染んだようで、つまりこれで全員が練までに至った訳だ。

「っていうか、ポンズって大分雰囲気変わったよな」

「そう? 自覚ないんだけど」

「う~ん。なんというか、自信に溢れてるよね。過信じゃないしさ」

「貫禄が出ましたよ、ポンズさん」

 和気あいあいと話す彼らの話題は、練をしたことによって一気にイメージが変わったポンズ。

 今までの彼女はどこかオドオドしていたというか、自信無さげなところや突発的な事態に狼狽することが結構あった。突発的な事態というのはまだ起こっていないが、少なくとも泰然と構えているような安心感を見るものに与えている。

 その上で今までの彼女と同じように冷静で頭の回転が早いところなどは変わっていないのだから、精孔を開いて内部に溜まっていたオーラを解放したことで心境の変化があったのだろう。力に溺れる様子が全くないのがポンズらしい。

 とにかく、これで前提条件はクリアした。

「じゃあウイングさんのところに行くか」

「眼鏡兄さんのところに? なんで?」

「全員が練を覚えたら行く約束をしていたんだよ。ズシと一緒に水見式をする事になっている」

 水見式? と、ユア以外が首を傾げるが、どうせウイングのところで説明することになるので割愛。向こうで説明するとだけ言い、ウイングに電話をかけてゴンとキルアが練を習得したことを報告。

『もう…ですか』

「俺はもうこいつらに関して驚かない事にした」

 電話口で唖然とした声を出すウイングには同意だが、実際、俺は原作知識で知っていたので驚かない。

 ともあれ、条件は満たしたという事で水見式を始める事は承諾して貰った。全員を連れてウイングの元へ向かう。

「私も?」

「お前も」

 系統が分かっているユアが一緒に行く意味はないが、1人部屋に残す意味もないので連れていく。それにユアは他人の水見式を見たことがない。実際にどんな反応を示すのか自分の目で見るのもいいだろう。

 そしてはるばる200階から降りて、ウイングが取っている宿へ。ズシはやはり50階をうろうろしているらしいが、12歳という事を考えたら十分優秀だ。ウイングも念の使用を禁止していたし、今は体術を鍛えて戦闘経験を積んでいる時期だと見た。普通ならみんな通る道なはずなのだが、例外が揃って歩いている気がしてならない。

 だがまあ、えてしてそういう天才は寿命が短いと相場が決まっている。キルアはゾルディックで経験を積んでいるし、その上慎重な性格だから数に入れないとして。ゴンは何で生きていられるのか本当に不思議だ。原作のハンター試験でもゲレタが致死性の毒を使っていたら死んでいたし、天空闘技場でも一歩間違えれば死んでいた。一事が万事この調子で生を繋いでいるので、俺や『敵』という異分子がいるこの世界だと何かが間違って、コロっと死にそうで結構心配である。

 とめどなくそんな事を考えていたら、ウイングの宿へ到着。ぞろぞろと人数が入っても、あまり圧迫感を感じない広さだ。心源流の師範代はそれなりにいいお給金を出して貰っているらしい。もしくはズシの養育費が特別手当的に出ているのか。

 ウイングの説明中、暇な俺はそんな事を考えて時間を潰す。俺が系統を知らないのはポンズだけであるので、もしこれがゲームならばイベントスキップをしているところだ。

「では早速始めましょう。バハトさんから」

「分かった」

 俺は水が湛えられた透明なグラスを手で包み、やや強めに練。ゴボリと一気に水が増大する。

「おおっ!?」

「水が増えた!?」

「水の量が増減するのは強化系。ですがバハトさん、少し手加減して下さい」

「すまんすまん」

 明らかに増え過ぎた水はテーブルを濡らし、コップの水は並々と。ウイングはテーブルを拭くための布巾を用意して、俺は水をいったん捨てて新しく汲み直す。

 このちょっとした小芝居は言うまでもなく、水の味の変化を悟らせない為である。俺は自分の系統が強化系だということで通すことにしていて、ウイングもそれを承知してくれた。現実に強化系と変化系の習得率が最もいいのだから、特異な例を出す必要が無いという判断である。

 ウイングが次を試す前に、グラスの下に受け皿を用意する。そして水見式を継続。

 ウイング、ゴン、ズシ、キルアは原作通り。続いてポンズ。

「じゃあ次は私ね」

 ポンズがグラスに手を添えて練。するとゴボリと黄金色をした粘性の物体が水の中に出現した。

「わあ、綺麗」

「琥珀っていうか、蜂蜜みてーだな」

「ウイングさん、これは?」

 ユアがそれに見惚れ、キルアは冷静に評する。ゴンは結果に興味があったようで早速ウイングに訊ねていた。

「水に不純物が混じるのは具現化系です」

 特質系ではなかったか。

「とはいえ、彼女はもう物体の具現化に成功しているので分かっていた結果ではあったのですけどね」

「あ、そっか。ポンズはもうビンの具現化に成功してたんだ」

「忘れてたのかオメー」

 天然を発揮するゴンにしっかりとキルアがツッコミを入れていた。いいコンビである。

 教える立場のウイングは追加で説明を続けた。

「本来ならば具現化系は、物体を具現化するイメージ修行に長い時間をかけます。それを省略できたのは幸運でもありますし、不幸な側面もあります」

「不幸っすか?」

 七面倒な修行が省かれるならばいい事しかないと思うのだが。そういったニュアンスを込めてズシが聞いてくる。

「ええ。無意識の物体具現は資質のみを現しやすい。つまり、本人がこんな能力を付随したいと追加で思っても反映されない事がほとんどなのです。

 もしも1から自分で物体をイメージすれば、例えばポンズさんの場合だともう少しビンの口を広くしたり底を深くしたりという余地が生まれたでしょう。しかし一度具現化してしまえば、そういった本人の工夫は生まれにくい」

「ウイングさんの言う事は分かりますが、そこまでのデメリットには思えませんよ?」

「それはポンズさんの具現化したものがビンだからです。例えばこれが剣の具現化ならば、短剣を具現化してしまえば普通の剣を更に具現化する事は大変に難しい。もしも剣術を修めた者ならば致命的といっていい齟齬になります。

 具現化系はイメージをして実体化させることが最も困難で時間がかかる。なので、もしも皆さんが将来弟子を取ってその人が具現化系ならば、安易に具現化をさせてはいけません。インスピレーションはもちろん大事ですが、それでも本人に見合った物を具現化するように指導するのですよ」

 ユアの素朴な問いにもしっかりと答えるウイング。

 流石は心源流の師範代。っていうか、俺要らないなこれ。師匠として、また念使いの注意すべきところの教え方の巧みさが全く違う。やっぱりユアを連れてきてよかった。

 ともかく最後はユア。とはいえ、コイツはもう操作系という事が分かっているので、浮かべた葉っぱを動かすのを見るだけである。

 ユアがグラスに手を当てて練をしたと同時、葉っぱがすごい勢いでグルグルと回り始めた。

「葉っぱが動くのは操作系。私の系統よ」

「動くっていうか、回転してんじゃねーか」

「動いて回転してるじゃない」

「……自分と葉の動き方が全然違うっす」

 地味にショックを受けているズシだが、才能の化け物であるクルタ族が3年も基礎修行に明け暮れれば当然の差であるとは思う。

 俺もユアもクルタ族という事をバラす気はないので、ズシにはショックを受けてもらうしかないのだが。

 ウイングもこの年でここまでの練を行えるユアに僅かに目を開くが、彼は即座に呑み込んだ。何せユアはオーラを暴走させたポンズに操作を成功させて絶にしたのだ。強いオーラがこもったモノを操作させるのは相当に難しく、ペンで書く程度の工程であれを成功させてしまったユアの技量を思えばむしろ納得である。

 さて、これで全員の水見式が終わった。

「じゃあこれからは水見式を基準に練の訓練だな。最終的には水見式では計れなくなる位、練でオーラを生み出して欲しいが、今は基準をここに置こう」

「「押忍!!」」

 ゴンとキルアがズシを真似して返事をする。最近の彼らの流行りである。そんな同い年をユアは呆れた目で見て、ポンズは微笑ましい目で見ている。年齢の違いが如実に現れていた。

「師範代。自分がゴンさんたちを送っていっていいですか? 水見式について少し話をしたいっす」

「ああ、構わないよ。お互いにコツを教え合うのもいいだろう」

 にっこり笑ってウイングが許可を出す。それに喜色を浮かべたズシは、ゴンやキルアに近寄って話を始めた。

「話は帰りながらな」

 促して帰路につく。夜遅いという時間ではないが、ここで長話をすれば本当に遅くなってしまう。

 男の子3人で固まって話をしている為、俺はユアやポンズと話をする。

「そういえば200階クラスで試合をしたのってゴンだけよね」

「俺はあれを試合と呼びたくない」

「いや、そういう話じゃなくて、私たちは何時になったら試合をしていいのかって話でしょ? バハトさんは練が形になったらって言ったけど、まだなのかしら?」

 ユアの言葉に俺は見当違いの返事をしてしまったらしい。ポンズが補足を入れてくる。

 少しだけ間を置いて、どのラインで試合すべきかを考える。

「勝負になるというなら、まあ今でもならなくはないと思う。が、ゴンやキルアはまだ練の熟練度が足りないな。相手の防御を超えるオーラを出すというのは、結構難しい。

 ポンズはその点はクリアしているが、出せるオーラにムラがある。安定感が増せば文句なしの合格なんだけどな。

 ユアは7勝くらいまでは楽にいけるはずだ。ただ、それを超えると応用技を使ってくるから、どれだけ熟練度があるかだな」

「応用技?」

「ああ。纏、絶、練を組み合わせる、もしくは特化させる技術だ。これを使いこなせてようやく一人前。

 ユアは俺に隠れて前々からやってたから、多分コイツはいけると思うけど」

「嘘っ! お兄ちゃん、気が付いていたのっ!?」

「カマかけただけだバカ。やっぱり四大行だけじゃなくて、そっちにも手を出してやがったな」

 思わず驚きの声をあげたユアをギロリと睨む。アサシンなどで覗いた訳ではないので、マジでカマをかけたのではあるが、まあ予想はしていた。ユアは秘密主義であり、秘密は()()()()()()()()()()。俺に隠している秘密なんてそれくらいしか思いつかなかったのだから。

 睨まれて身を縮めるユアだが、俺だって本気で怒っている訳ではない。はあとため息を吐いて、ユアの頭を撫でる。

「別に全部を見せる必要はない。自分の手を隠したくなるのも分かる。だが、間違えたやり方をしていたら問題だから、せめて兄ちゃんには多少は成果を見せてくれ」

「はい、ごめんなさい」

 このやり取りを見て、ポンズはくすりと笑う。

「仲がいいのね、2人とも」

「そりゃ、たった2人の兄妹だからな」

 気負う事無く答えた。

 そして天空闘技場の入り口でズシと別れて、200階へ向かうエレベーターに乗る。

 そこでキルアが口を開いた。

「ところで俺たちはいつになったら200階で試合していーんだ?」

「それ、さっき私とポンズさんも聞いたわ」

「まあ、今日やった水見式の修行で合格を出せば試しに戦ってもいいだろ。

 相手もそこまで強いのと当たらなければいいし」

「俺は強いのがいいんだけど……」

「だからゴンは順序を守れや」

「っていうか、弱いの選べんの?」

 キルアの至極真っ当な問いに、俺は簡単に頷く。

「新人狩りの連中だよ。念に目覚めた後で負けを怖がるなんて、ロクな修行をしてないだろ。ゴンほど行き過ぎろとは言わんが、向上心が感じられない。

 最初に戦うにはちょうどいい雑魚さ」

「なるほど。ウザイ奴らだと思ってたけど、ちゃんと使い道があるんだな」

「キルア、言葉が悪いわよ」

「他にも洗礼役として便利だな。ギドなんかだと死ぬほどの怪我は負いにくいし」

「バハトさんも言葉を注意してね」

 女性2人が結構常識的な事を言うが、新人狩りなんてせこい事をする相手に誠意を尽くしたくない。

 さらりと注意を無視して雑談に話を咲かせるのだった。

 

 ※

 

(っ! か、体が動かない!? 声も!?)

「少年、悪いけど用があるんだよね」

 

 ※

 

 200階に着き、廊下を歩いてそれぞれの部屋に向かっている最中に電話が鳴る。キルアのだ。

「?」

「どうしたの?」

 取り出した携帯を見たキルアが不思議そうな顔をしたのを見てポンズが問いかける。

「ズシからだ。なんか忘れ物でもあったのかな?」

 先ほど別れたズシからの着信に、キルアは首をひねりながら軽い調子で電話に出る。

「ズシ、どうしたー?」

『少年なら眠っているよ』

「!? テメェ、誰だ」

 静かな廊下なせいで、携帯から漏れる声が全員の耳を打つ。

『なに、しがない200階闘士さ』

「……新人狩りか」

『好きに呼んでいいよ。だけどこっちはただの親切で電話したんだ。道で眠っている少年を見つけて、わざわざ電話してあげたんだから、言葉には気を付けた方がいいよ? 大事な友達なんでしょ?』

「前置きはいい。要求はなんだ、早く言え」

『いや~、話が早いね。別に要求って程でもないよ、ただのお願い。俺たち、キルア君やゴン君、それからユアちゃんと是非戦いたくてね。お願いを聞いてくれないかな?』

 ちらりとキルアが俺を見る。電話を渡すようにジェスチャーをすると、キルアは躊躇うことなく俺に電話を渡してきた。

「俺じゃダメか?」

『――誰だ?』

「バハト」

『ダメだね、あんたの念は並じゃない。俺たちがやりたいのはさっきあげた子供たちさ』

 ――ユアの熟練度に気が付いていないのか。単に子供だからって侮っている三流以下だな。しかも下劣。

 だが、こういう手合いは今の様に手段を選ばないから性質が悪い。

「正直に言おうか、俺は天空闘技場で勝つ気がない。俺でいいなら、不戦勝を3つくれてやる」

『くどい、断る。お前が試合を棄権する保証がない以上、勝てる相手としか戦わない』

「……分かった、条件を呑もう。ただし、1週間はインターバルを貰う。下手なコンディションで取り返しのつかない怪我を負わせるくらいなら、俺はズシを見捨ててお前らも殺すぞ」

『オーケイ、1週間なら俺たちも準備期間内だ。今から2人、受付に行って貰おうか。そうだな、ゴン君とキルア君がいい』

「その前にお前とズシがどこに居るかを言え」

『天空闘技場を出て、すぐ右の路地裏だよ』

 ブツリと電話が切れる。

 ツーツーと無機質な音を電話を睨み、全員が全員怒気を上げている。ゴンは激しい怒りを表情に表し、ユアは嫌悪に顔を歪めている。ポンズはギリと歯を食いしばり、キルアの無表情は殺意を示していた。

「1週間であいつらをぶっ倒せるくらいに強くなれば問題ない。特にユアは思う存分にやってやれ」

 全員が頷き、俺はキルアに携帯を返す。その足で受付へと向かうキルアとゴン。

 俺とユア、それにポンズは登ったエレベーターを再び降りる為に踵を返す。

『アサシン、先にズシの元に行って様子を見てこい。霊体化と気配遮断は解くなよ』

『承知』

 百貌のハサンのうち、俺の護衛につけている中の1人を先に下へと向かわせる。基本的に天空闘技場で不審者を探させていることが仇となったか。

 まあ、少し冷静になればこれは原作にもあった出来事。しかも圧勝するイベントだ。わざわざ目くじらを立てるまでもない。

 すぐにハサンから念話が入り、左腕がない男の側でズシが寝かされているらしい。左腕がないとは、サダソか。となれば、ゴンとキルアが戦うのはギドとリールベルト。ゴンに勝ったギドが再戦するのが自然な流れで、となればキルア対リールベルトか。わざわざ墓穴を掘りやがった。

 ともかくだ。俺たちは1階まで降りると、指定された場所へと足早に進む。そこにはニヤニヤと笑いながら携帯電話を耳に当てるサダソの姿が。

「よく来たね、約束通りに大切なお友達は無事だとも。

 もちろん、上にいるお友達が大事なら今から俺と一緒にユアちゃんは――」

『マスター!』

 即座にユアを抱えて横に飛ぶ。直後、ユアのいた場所に硬質な音が響いた。

 狙撃! しかもユアを狙って!?

 アサシンの警告が無かったら危なかった。

 音は路地裏の奥に響いて消える。跳ね返った弾がそちらにいったという事は、狙撃手は反対側。俺も、ユアも、ポンズも。サダソさえも驚いてその方向を見る。

『青い屋根の上、女の狙撃手です!』

「青い屋根の上に女の狙撃手がいる!」

 アサシンの言葉通りの場所を見れば狙撃手。間違いないと判断した俺は、声に出して全員に伝える。

 狙撃手は姿を見せても焦ることなく次弾を装填し、銃口をこちらに向けてくる。狙いはやはりユア。

「く」

『マスター、後ろ! 念能力者です!』

 アサシンの言葉を疑うことなく、前に進みながら堅。ただの銃弾ならば痛いで済むが、念はマズい。どんな能力が付加されているか分かったものじゃない。

 前から撃たれた銃弾は、銃口から弾道を見切ってユアを抱えていない方の手で防御。掴むことはできないが、ライフル程度では俺の念は貫けない。それと同時、体を捻って後ろから来た銃弾をかわす。周が為されたその弾は、普通に脅威だ。

「すばしっこい!」

 後ろから叫び声が上がる。

 何が起こったのか分からず、呆けた顔をするサダソは無視。近くにズシが倒れているが、正直そちらまで手が回らない。

 俺の背中を守るようにポンズが陣取り、2人の間にユアを隠す。と、背中の服がめくれる感覚が。

存在命令(シン・フォ・ロウ)

 お兄ちゃんとポンズさんの背中に命令を書いたよ。『銃弾に反応しろ』って。文字が消えない限り、私の命令のブーストがかかるから」

 俺とポンズにだけ聞こえるように囁くユア。同じように囁き返す。

「ナイスだ、ユア」

「助かるわ」

 いきなりの襲撃に面食らったが、狙撃されるといえば心当たりがある。

 バッテラに雇われた傭兵集団、海獣の牙(シャーク)とか言ったか。リーダーのアサンとやらは念能力者で狙撃の能力があると聞いたが、屋根の上から撃ってきた女は念を込めた攻撃ではなかった。生け捕りだから手加減したのか。

 背後から来る相手も念能力者だが、俺1人で両方相手にする訳にもいかない。

「ポンズ、狙撃手は俺がやる。もう1人は任せた。他にも伏兵がいるかもだから気を付けろ。

 ユアはズシを回収して、天空闘技場に逃げ込め」

「任せて」

「分かったわ」

「よし、行くぞ!」

 合図と同時に全員が動き出す。

 ユアは素早くズシを回収し、天空闘技場に入り込むことに成功。その間に狙撃手の女から一発の銃弾が放たれたが、ユアの操作のおかげかしっかりと弾道が見切れている。ユアを狙ったその攻撃は堅をした片手で掴み取った。

「こそこそ遠くから狙いやがって、殺す」

 狙撃手の女を睨みつけるが、相手は己のペースを乱すことなく次弾を装填している。

 ――どこに『敵』の目があるか分からない以上は手札を晒せない。近づいて、殴る。

 突如として銃声が響き、パニックになる街を舞台に唐突な戦いは始まった。

 

 

 


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