殺し合いで始まる異世界転生   作:117

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コロナのせいでリアルが大変過ぎる。
あまり余裕はありませんが、それでも物語を描くことは止められない。
最新話をどうぞ。


022話 ヨークシン・3

 

 ポンズとユアが勝利した戦場に俺が戻る。ポンズは倒れた2人をそれでも警戒して、ユアは長身の男の額に『眠』という文字を書いて完全に無力化する。

 と、そこでようやく警察が到着した。パトカーのドアを盾に、俺たちに向かって拳銃を向ける10数人の警官たち。その中で隊長の男が大声を張り上げてきた。

「警察だ! ゆっくりと両手を上げて頭の後ろで組み、その場で跪け! でなければ射殺する!」

「こちらはプロハンターだ! 攻撃を開始するなら反撃する! だが、話し合いには応じる!」

 対して俺も大きな声で返答し、さりげなくユアとポンズを庇うように一歩前に立つ。強化系の俺は拳銃程度ならば痒いで済むが、ユアとポンズはどうか分からない。操作系と具現化系は強化系から遠く、その防御力には一抹の不安があった。

「っ! 証拠はあるのか!?」

「ハンターライセンスを持っている!」

 そう言って俺はプロハンターのライセンスを掲げる。とはいえ遠目ではもちろん、近くでまじまじと見たとしても警察で現場に出るレベルの者ではライセンスが本物であるかの区別はつくまい。

 やや戸惑った隊長だが、俺の言葉を真実と思うことはできなかったようだ。再度声を張り上げる。

「繰り返す! 両手を頭の後ろで組み、跪け! 投降しなければ射殺する!」

「繰り返す! 攻撃すれば反撃する、会話をする限りこちらから攻撃はしない!」

 話し合いは平行線を辿り、結論が結ばれるはずもない。

 故に、次のアクションは決まっていた。

「撃て!!」

 パンパンパンと乾いた銃声が鳴り響く。が、当然の如く俺には通用しない。この程度でダメージを受ける程度にレベルは低くないのだ。

 全弾を受けきった俺に、呆けた表情をする警察の一団。

「警告はした」

 言った直後、俺は隊長の後ろを取る。アームロックで首に腕を回し、その動きを封じる。ちなみに気管も血管も絞めていないので、呼吸もできれば血の巡りを阻害する事もない。

「ひ」

「もう一度だけ問う。

 会話をするならばこれ以上の危害は加えない。だがもしも戦闘続行を望むならば、このまま首の骨をへし折る」

「っ! 全員、銃を下ろせぇ!!」

 いつの間にか最後尾にいた隊長の背後に居た俺。その動きを捉えられた者は警察の中には誰もおらず、なかば呆然としながらその光景を見た面々は銃を下ろしていく。

 戦意を完全に無くしたことを見届けて、俺は隊長の首を解放した。

「改めて自己紹介だ。

 俺は情報ハンターのバハト、恨みを買って俺の首に賞金が付けられた」

 本当に解放された隊長は、自分の命がある幸運をようやく噛み締めたらしい。その場にへたり込んでしまった。

 そんな彼を無視して、俺は話を続ける。

「俺の首に賞金が懸けられているのは本当だ。だが、だからといって、はいそうですかと殺される訳にもいかない。これは正当防衛であると主張する。

 呑んでくれるか?」

「の、呑む!」

 やろうと思えばこの場の全員を瞬殺することさえ簡単だと理解したのだろう。震える声で返事をする隊長に、こくこくと頷く警官たち。

 その行動には非常に満足だ。この後の要求が通しやすくなる。

「では、俺は捕まえた男2人を尋問する。流石にこの騒ぎになってはタクシーを拾う事も難しい。

 パトカーを一台拝借したいが、構わないな?」

「構わない! その要求を受け入れる!!」

「オッケー、交渉成立。

 あ、この件に関わる諸経費はちゃんと警察に振り込むから安心してくれ」

 そうして適当に見繕ったパトカーの1台を指さす。それに乗り込むユアとポンズ。

 俺は眠らせた男2人の元に行き、軽々と成人男性2人を担ぐと適当にトランクに押し込む。

 さて運転しようかと思ったが、運転席にはポンズが座っていた。後部座席にはユアが居て、俺は助手席に乗り込む。

 啞然とする警官たちをその場に残し、発進するパトカー。もちろんサイレンを鳴らすなんて無意味な事はしない

「で、バハトさん。どうするの?」

「トランクの2人組はバッテラに雇われた賞金稼ぎだろうが、普通に罪に問う事は難しい。下手に警察に突き出してもあっさりと解放されるだろうな。

 適当なホテルに向かってくれ、そこで念能力者を捕縛する専門筋と連絡を取る。それから俺の賞金首の種別が変わった可能性が高い。それも併せて調べるさ」

「種別?」

 後ろからのユアの言葉に、見えないだろうが頷いて言葉を返す。

「ああ。生け捕りのみ有効(アライブオンリー)にしてはアサンの攻撃に手加減がなかった。多分だが、生死問わず(デットオアアライブ)に変わったな」

 なんでもないように言う俺。まあ実際、なんでもない。生かして捕まっても、どうせ情報を絞り出された後に殺される事は分かっていた。今更どちらだろうが大差ない話である。

 運転席でハンドルを握るポンズは平然としているが、バックミラー越しに見るユアはどこか憮然としていた。ユアとしては俺を心配してくれているのだろうが、俺としてはこの2人まで賞金首になっていないかの方が不安である。そしていくらなんでも原作主人公組であるゴンとキルアは賞金首にはすまいとも考えていた。

 あ、キルアは元から賞金首か。

 そんなどうでもいい話はともかく、適当なホテルに着いてチェックイン。焼け石に水だろうが、一応ポンズ名義で部屋を取った。3部屋取ったうちの一室に眠りこけた男2人を押し込み、電脳フロアでパソコンから情報を引き出す。

 結果、やはり俺は生死問わず(デットオアアライブ)に変わっていた。懸賞金は変わらずの10億だが、まあここは変える意味がないと言えばない。バッテラが個別に雇った者には懸賞金を上乗せすればいいだけの話だからだ。アサンなどはどうせ10億に追加した報酬が約束されているだろうし、今回捕縛した男2人もそう。つまりは俺は『敵』に転生者であるとバレたと考えるのが妥当である。情報を抜き出さず、殺しにかかるなどそうとしか考えられない。

 要するに俺の懸賞金である10億は一般向けの、ただ行動妨害を目的とした嫌がらせの額なのだ。まあ、グリードアイランドクリア報酬に500億を積む者が相手となれば納得であるが。本命には更に報酬を上乗せして殺しにかかるのだろう。とりあえず、いつゾルディックに依頼されるか分からないから、とっととグリードアイランドに逃げたい。あそこはミルキも入手が難しかったゲームを介さなければ侵入できないので、逃げるにはうってつけだ。クロロかヒソカは手に入れていたが、そこは気にしないことにしておく。

 そしてユアとポンズもチェックするが、こちらは情報なし。賞金首にはしていないらしい。この2人も賞金首にした方が行動が制限されるが、この辺りが読めなくて不気味である。いったいどういった意図が隠されているのか。

 バッテラの情報も手に入れるが、やはりグリードアイランドの競売に予定を合わせて来訪するらしい。そうすると今週にはギリギリ間に合わない計算になるが、これは仕方ない。グリードアイランドに逃げねば死ぬ予言が為されている以上、ここで逃げない選択肢はないからだ。『敵』とバッテラが接触するのもサーヴァントに確認させたかったが、諦めるしかないだろう。

 おおよその情報を集め終わり、一息つく。信頼できる伝手から得た念能力者の拘束を主とした相手は今夜にも着くらしい。それまでは男2人――調べたところ砂漠の毒針(スコーピオン)という傭兵だった――の監視をしておくべきだろう。『敵』が奇襲してきたらこのホテルを放棄して逃げる算段も立てなくてはならないが、まあ捨て駒にそこまでしないだろうという考えもある。

 ついでに情報にバッテラが雇う者は三流が多く、目的を達成できないことが多いというネガティブキャンペーンも流しておく。こちらも嫌がらせの範疇だが、実際に俺を仕留めそこなっているし、グリードアイランドも未だにクリアされていない。嘘ではない情報を流すことによって、相手の動きを阻害するのも大事なことだ。

 そうこうしている間にアサシンから連絡が入った。ゴンとキルアが幻影旅団に捕まり、そのアジトへ連行されているらしい。

 言わんこっちゃないという気持ちと、彼らが無事で嬉しい気持ち。それから旅団のアジトの情報が入る喜びと、ノブナガと会う前段階に入った緊張。様々な感情が入り混じりながら、俺はユアとポンズに声をかける。

「しばらく外で情報収集をしてくる。ここは任せた」

「分かったよ、お兄ちゃん」

「オーケーよ、任せて」

 そういう彼女たちを後に残し、俺はホテルの部屋を後にするのだった。

 

 ◇

 

「アジトにようこそ」

 パクノダは声を発すると同時にドアを開き、廃墟と化したその場所にゴンとキルアを案内する。

 彼らを捕まえたのは囮となったノブナガと黒髪の男――ミドリ。そしてゴンとキルアを尾行したフィンクスとパクノダ、そしてマチ。

 開かれた扉の先には数人の男女がたむろしていた。フランクリン、フェイタン、コルトピ、ヒソカ、シャルナーク、シズク、ボノレノフ。

(13人に1人足りない。ソイツがリーダーか? それともこの中にリーダーがいるのか?)

 ウボォーギンが戻らないことを知らないキルアは素知らぬ顔で情報を集める。生きて帰れる線が極めて薄いとはいえ、それでも現状で出来る限りをする彼は流石といえるだろう。

 ついでにヒソカの事も気が付くが、ゴンを見殺しにしないだろうという期待から他人のフリをする。ヒソカもそれを分かっているようで、平然とゴンとキルアを無視する。

「あっ」

 それを台無しにするゴンの声にキルアとヒソカは同時に思う。この馬鹿野郎と。

 とにかくそれをキルアが誤魔化し、あれよあれよという間にゴンとノブナガの腕相撲が始まった。そこでノブナガが語る言葉によって、既に旅団の1人が打ち倒されている可能性が高いだろうことを知る。

(……じゃあこの場にいるのが旅団の全員なのか?)

 疑問に思うキルアを差し置いて、ウボォーギンの為に涙を流すノブナガにゴンがキレた。

 怒り全てを込めた力によってノブナガとの腕相撲に勝ち、それによって一部の旅団員の不興を買ってしまう。フェイタンに拷問されかけるゴンだが、ノブナガの取り成しによって解放された。

 そこで改めて鎖野郎と呼ばれる念能力者の確認がされるが、ゴンとキルアの答えは当然ながら否。その判定はパクノダへと委ねられる。

「残念ながら本当にその子たちは鎖野郎について知らないわ」

「マジか」

「じゃあ俺たちに用はない。マチが必要なら引き渡すよ?」

 フランクリンが意外そうに言い、シャルナークがマチに声をかける。

 話を振られたマチはフンと機嫌悪そうに鼻息を荒げる。

「こっちもそのガキたちは要らないわ。外れを引いたみたい」

 その会話でマチが幻影旅団に属していないと理解したキルアは思わず声に出してしまった。

「アンタは旅団じゃないの?」

「違うわよ。ま、同郷だから色々と融通を利かせているけどね。

 今回はバハトって奴を捕まえる為に色々と骨を折っているとこ」

(! コイツがバハトの『敵』か!?)

 思わず体を強張らせるキルアだが、くっくっと笑うフェイタンは彼を無視してマチをからかう。

「マチはアイツにぞっこんね。見てるこっちがやけるね」

「うっさい。あんたらがクロロに向けるのと変わんないわよ」

「マチは優しいし面倒見がいいからねー」

「シズクも黙れ」

 完全にマチをからかうモードに入った旅団たちを見て、シャルナークが軽くため息をついてゴンとキルアに話しかける。

「お前らが鎖野郎と関わりが無いならどうでもいいや。もう帰っていいよ」

「待て。ソイツは帰さねぇ」

 それに待ったをかけるノブナガ。どうやらゴンを旅団に誘いたいようだが、他の団員はあまり乗り気ではないようだ。ゴチャゴチャとした言い争いを始める。

 マチは呆れたため息を吐き、その場を歩いて去ろうとする。

『マスター、どうする? この場に残るか? マチとやらに憑くか?』

『――その場に残れ。マチの情報は惜しいが、ここは予言に従う方がいい』

『了解だぜ』

 バハトは霊体化したアサシンから送られる情報を吟味して、答えを出す。

 どういう経緯かは知らないが、どうやらマチは幻影旅団に入らずにその穴埋めをミドリという名前の黒髪の男がしているらしい。穴埋めとはいえ、幻影旅団に相応しい実力者であることは間違いないとも判断されたが。

 そしてマチがぞっこんと評されるのを察するに、恐らく彼女は『敵』に操られている。多分だが旅団結成前から。クロロへの忠誠心や信頼が『敵』に向いているとなれば旅団に入る訳がない。

 バハトはひとまずはグリードアイランドに逃げるが、後々の方策としてバッテラだけではなくマチを張るのもありだと理解する。むしろバッテラよりもマチの方が『敵』に近いだろうとも思っていた。バハトならば旅団レベルの実力者は重宝するし、『敵』もマチを護衛に使うのは想像に難くない。

 そんなバハトの思考はさておいて、ゴンとキルアをノブナガが見張ることで決着がつく。あぶれたミドリはヒソカと組み、また鎖野郎を探すべく2人が組になって釣りを始めた。

 監禁された2人だが、やがて夜になってゴンがヨコヌキを思い出してその場を脱することに成功。残されたノブナガは円を展開してゴンとキルアを警戒するが、彼らはもう既にアジトから脱出していた。

 この瞬間こそがバハトが狙っていたタイミングである。

 

 ノブナガが待ち構えるその場所に向かって、音を立てながら近づくバハト。

 廃墟の出入り口から聞こえる足音にゴンとキルアへの警戒とは別種の警戒を強くするノブナガ。やがて彼の前にバハトが姿を見せる。拍子抜けしたような顔をするバハトだが、ノブナガの警戒は強くなる一方である。

(強ェな、コイツ)

「折角幻影旅団のアジトを突き止めたのに、居残りが1人居るだけかよ」

「なんだ、テメェ?」

「鎖野郎だ」

 バハトがついた嘘に、ノブナガは大きく目を見開いた。

(こいつが鎖野郎? こいつがウボーを殺した? しかし鎖野郎という呼称を何故知っている、それは旅団内での通称だったはず。まさか背信者(ユダ)が!?)

 そんなノブナガの動揺を更に広げるべく、バハトは大声で宣言する。

「やれ、ウボォーギン!」

「なぁっ!?」

 ノブナガの背後に突如として現れた気配。振り返ればそこには白目を剥いて正気を失い、ノブナガに向かって拳を振り上げるウボォーギンの姿が。

(操作されてやがる!!)

 そう感じたノブナガは戦場でやってはいけない事をしてしまった。すなわち硬直である。これがウボォーギンかクロロ以外の相手であったら、例え仲間といえどもノブナガは斬り捨てていただろう。それくらいの覚悟は彼にはある。

 しかしバハトが演出したこのタイミングは酷すぎた。鎖野郎という怨敵がいきなりアジトを強襲し、裏切り者の可能性を考えてしまう思考の隙。それは死んだと思っていたウボォーギンが現れ、自分に操作されて襲い掛かることで広がってしまう。もしかしたら操作を解けばウボォーギンは助かるのではないかという判断が、ウボォーギンを殺すのではなくその攻撃を受け止めるという判断に至ってしまう。

 そしてたった一振りの刀をウボォーギンに向けた隙を、バハトは見逃さない。

妖艶な吐息(ラシェットブレス)

 1枚の札を切り、バハトはノブナガの意識を闇に沈めるのだった。

 

 ◇

 

「ひゅう。しかしマスターも酷い真似をするねぇ、俺に死んだ親友のフリをさせて襲い掛からせるなんて」

「外道には外法というヤツさ」

「まあマスターが集めた情報を知る限り、因果応報って言えなくもねぇ」

 白目を剥いたウボォーギンが気軽に語り、その姿を一変させる。

 そこ居たのは上半身に入れ墨をこれでもかといれた、長く黒い髪を後ろで無造作に束ねた無頼漢、アサシンのサーヴァントである燕青だ。彼は変身能力を持ち、それを使って俺は彼をウボォーギンに変身させてノブナガへの奇襲に使った。

 今はまだウボォーギンの死が旅団に確定されていないというギリギリの状況で、ウボォーギンと最も仲の良かったノブナガだからこそ効いたであろう奇襲。

 他者が見たら眉を顰める行為であろうが、俺には躊躇う気持ちは全くなかった。自分の命が懸かっているというのもそうだが、幻影旅団(コイツラ)はクルタ族を惨殺した(かたき)でもある。容赦する義理なぞ微塵もない。

「じゃあここでお前は帰すぞ、燕青」

「あいよ。んじゃまあ、魔女サマに殺されないように気をつけときな」

 ノブナガをもう一回念入りに落とした燕青に声をかける。それに飄々とした態度で答える彼を送還した。

 ゴクリと生唾を飲み込み、サーヴァント召喚の呪文を唱える。

「素に銀と鉄――」

 指定するクラスはキャスター、真名はメディア。

 コルキスの魔女と恐れられたその人物を、今ここに。

「――抑止の輪より来たれ、天秤の担い手よ!!」

 魔力が収束し、人型が形を成す。

 俺よりも大分小さなその姿は実体化し、メディアはちょこんと俺に頭を下げた。

「あ、あの。キャスターのサーヴァント、メディアです。

 よろしくお願いします」

 その服は清く可憐。淡い色彩とフリフリのフリルをあしらった服を着ている。

 ……白歴史来ましたー。

(いや、こっちかよ)

 思わず誰とも無くツッコミを入れる。確かにサーヴァント召喚にはクラスと真名しか入れる余地はないが、こっちかよ。

 脱力してしまうが、別段悪くはない。むしろマスター殺しをする可能性を考えれば、こっちの方が断然いい。むしろ今更ながら、エミヤを召喚した時にデミヤが来なかった幸運を喜ぶべきであろう。

 とにかく、攻撃魔術を除いてその技量は幼くても変わらなかったはず。ならば願うことは同じ。

「メディア、悪いがそこで倒れている男の記憶を探りたい。魔術をかけてくれるか?」

「ダメです!」

 強い反発の言葉にやや面食らった。メディアはキッと眦を吊り上げて俺を睨む。

「どういう事情があるのかは知りませんが、人の記憶を覗いていいことなんてありません! 私は絶対にやりませんわ!!」

「いや、しかし俺の命に関わるんだ。無理を承知で頼む」

「イ・ヤ・で・す。どうしてもというなら令呪を使って下さいっ!」

 プイと顔を背けてしまうメディア。

 なるほど、ここでこうやって令呪を使うのな。納得。

「令呪を使えばいいんだな?」

「――そこまでですか」

 三画ある令呪の1つが輝きを増し、その魔力の奔流がメディアに流れ込み始める。

 それを感じ取り、メディアは諦観のため息を吐いた。

「令呪を使うならば仕方ないです。けど、私は反対しましたからね」

「分かっている。が、ここは令呪を使わせて貰おう。

 令呪を以って我がサーヴァント、メディアに命ずる。この男、ノブナガが持つマチと幻影旅団の記憶を俺に寄越せ!」

 回復することがない紅く光るその1画が輝きを失うと同時、メディアの魔術が行使される。それと同時、俺の中にノブナガの記憶が流れ込む。

 

 

―マチ、お前本当にソイツにべったりだな。何がそんなに気に入ったんだ?―

―うるさいね、そんなのあたしの勝手だろ―

 

―俺は、俺たちは欲しいモノはなんでも奪える盗賊団を結成するつもりだ。マチ、お前も一緒に来ないか?―

―クロロ、悪いけどあたしはあの子を見捨てられないよ。ま、何かあったら手を貸すさ―

 

―俺の番号は11にするぜ。1番のお前より1が多い分、俺の方が上だな―

―タコ、数字1つで何勝ち誇ってんだよ、ウボー―

 

―は、疲れたか? ノブナガ。なら俺に任せて休んでおけや―

―あ? 何言ってやがる。調子乗ってるとオメーから斬るぞ―

 

―そいつは新入りか?―

―そ、名前はミドリっていうんだ。よろしくね、先輩―

 

―ったく、盗賊がお宝を壊しかけてどうすんだか。……しかしここの酒はイケるな―

―ああ、美味いな。こんなところで腐らせておくにはもったいねぇ―

 

―ウボーはバカじゃねぇ。相性が悪くても戦って勝てる頭脳と経験は持っている―

―鎖野郎はそれを超える強敵の可能性が高い、か―

 

―ボウズ、旅団(クモ)に入れよ。俺と組もうぜ―

 

 

 記憶をかみ砕いだ時、俺の中で激しい感情が生まれていた。

 それは、怒り。激怒。憤怒。そういった種類の感情がごちゃ混ぜになって出口を求めてはらわたが煮滾っていた。

 ああ、今なら分かる。ゴンがあそこまで怒った理由が。ノブナガの記憶と感情を奪い取り、ようやく理解した。ノブナガはウボォーギンに対して、俺がユアに向ける愛情となんら遜色ない親愛を向けていたのだ。

 それだけの愛を持ちながら、どうして。

「どうして……何故、テメェ等はそこまでの外道が出来るんだぁぁぁぁぁ!!」

 俺は咆哮した。

 クルタ族の虐殺もその1つに過ぎない。人の愛を踏み躙り、悪逆非道を為すこの人間が心底理解できない。これが悪魔や宇宙人ならば、理解の範疇外と割り切れた。しかしなまじ同じ人間であると理解してしまったからこそ、その激情が生まれてしまう。

「――殺す」

 絶対の殺意を持って、倒れ伏すノブナガを睨む。俺にはコイツが、コイツ等が存在することが赦せない。殺して踏み躙り、グチャグチャにしたってこの悪意は消えないだろうと確信する。でも、それを為さないと怒りで頭がどうにかなってしまいそうだった。

 グリンとメディアを見る。彼女はだから言ったのにと、そう言わんばかりの表情で俺を見ていた。

「メディアァ! こいつの尊厳全てを犯しつくして殺せ!」

「イヤです。私はそんな事の為に魔術を修めたのではありません」

「四の五の言ってるんじゃねぇ、命令に従えぇ!!」

「イヤです。どうしてもというなら令呪を使って下さい」

「上等だ! 令呪を以って――」

 ――1つだけなら眠気はない

 ネオンの占いの言葉が俺に冷や水を浴びせた。ふと冷静になれば、メディアは軽蔑の目で俺を見ていた。感じることはできないが、聖杯の中にいる他のサーヴァントもそうだろう。

 今までは俺自身の命が危ないからこそ、高潔なサーヴァントも従ってくれた。仕事人のサーヴァントも汚れ役をやってくれた。しかし俺自身にその価値がなくなれば、彼らはもう手を貸してくれないだろう。

 それは俺の死に直結する。自分の命を懸けるに値する価値が、この男にあるだろうか?

 論ずるまでもない。答えは否だ。

「――いや、すまない。俺が冷静じゃなかった」

「マスターが落ち着いて下さって何よりです。だから人の記憶を覗きたくなかったんですよぅ」

 ぷくーと頬を膨らませるメディアは愛らしく、ふとすれば恐ろしい魔術を行使するサーヴァントだということも忘れそうだ。

 とにかくメディアを送還し、次のサーヴァントを呼ぶ。メディアよりも護衛に向いたサーヴァントを呼び出すつもりだったが、その前に携帯の着信音が鳴った。俺のではない、ノブナガのだ。

 取り出してみれば、そこにはクロロの文字が。少しだけ悩んだが、俺は通話を開始する。

『ノブナガ、今ホームか? 急いでそこから脱出しろ! セメタリービルに向かい、仲間と合流するんだ!!』

「…………」

『……、お前は誰だ』

 俺の沈黙から、電話に出たのがノブナガではないと察したらしいクロロが問いかける。

「そうだな。俺らの事は幽霊(ゴースト)とでも呼んでくれ」

『ノブナガはどうした?』

「まだ生きてるぜ。まあ、意識が戻ることはもうないがな。

 コイツは色々と教えてくれたぜ、色々とな。お前は念能力を盗むんだって? クロロ=ルシルフル」

『――そうか。テメェ、鎖野郎か?』

「なんだそりゃ? どっから鎖が出てきた?」

『分からない、か。色々とノブナガが教えた割には荒いな』

「そりゃあな。最後は見苦しくて仕方なかったから、眠って貰った。これでクモを潰すのに大躍進だが、もうちょっとマシな手足はいなかったのかよ? この程度がA級とか、世の中ヌルいと思わないか? なあ?」

『フ。クモの手足の1本をもいだ程度で粋がる雑魚にはちょうどいいヌルさだろう?』

「失敬。これが残り12だろうが、程度が知れたものでね」

『いいだろう。証明してみせろ、幽霊(ゴースト)

「言われるまでもない、狩りつくしてやるよ。旅団(クモ)

 ぶつりと通話が切れる。

 無機質な音が告げる空白の前の会話は、余りに毒が多すぎたものだった。

 だがしかし、これでいい。復讐のつもりは毛頭無く、ただ俺は幻影旅団が存在することが赦せなかった。それ故の宣戦布告をした事に後悔は微塵もなく、むしろやってやったという爽快感だけが残る。

 だからこそ、俺がすべきことは1つだけ。

「逃げよう」

 グリードアイランドに。

 このまま幻影旅団と戦ったら、恐らく多分予言の通りに来週までには俺は死んでいるだろう。冷静になった今、そこまで近視眼的になる訳がない。

 そもそも原作に沿えば、ヨークシンにてパクノダは死亡してヒソカは離脱。その後、更にヒソカがコルトピとシャルナークを殺してくれる。別に俺が幻影旅団を潰したいわけじゃない、奴らが消えてくれるなら過程を問うつもりはなかった。

 そういう意味ではヒソカと積極的に敵対する意味はないし、クラピカと連携してもいい。まず俺がやらなければならないことは『敵』を殺すことであり、それを見失ってはいけない。

 情報も手に入った。ノブナガの記憶が薄まっていたから大したものはなく、『敵』の名前さえも入手できなかったが、マチがついていったのは少女だったと記憶に残っていた。

 『敵』は女だ。それが分かっただけでも大きな成果であるといえる。

 では、さて。もう起きる事がないノブナガをどう料理してやろうか。

 俺は自分の瞳がゴキブリ以下のモノを見る目であると自覚しながらノブナガを見つめつつ、サーヴァント召喚の呪文を唱えるのだった。

 

 

 


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