殺し合いで始まる異世界転生   作:117

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弱音を吐いていいですか。
コロナ、辛い。
でも、できるだけ執筆は頑張りたいと思います。


023話 ヨークシン・4

 ※

 

 『バハトの敵』は気配を殺して潜んでいた。

 オークションが始まって既に3日目。未だ彼女の『敵』は動かないが、時間の問題であると確信している。

 監視をしているのは幻影旅団の3番の番号を持つ男、ミドリ。原作とは違う唯一のクモであり、彼はマフィアの賞金首にも載っている。ならば彼女の『敵』がミドリを調べない筈がない。それ故の確信であり、彼女はマチと共にマフィアを虐殺するミドリを監視し続けていた。

 彼女と共にミドリを監視するマチは、彼女が最も信頼する友である。

 『バハトの敵』である彼女が持つ念能力は『指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)』といい、その人生で最大10人までの人間を操作し、その能力を持つ者に最大限に気に入られようとするよう思考回路を強制する。操作した人間を手駒として大事にするか捨て駒として扱うかはさておき、操作した人間というのはほとんど全て彼女にとっては『駒』に過ぎない。

 だがしかし、彼女にとってマチだけは違う。マチだけは彼女にとって友であり、家族であった。

 彼女がこの世界で初めて意識を得たのは流星街、世界のゴミ箱である。ここの住人は捨てられた全てを受け入れるが、しかしそれは懐に入れた全てを大事にするという訳ではない。むしろその本質は排他的かつ独善的であり、赤子の内から教育をして流星街に都合のいい思考をするように洗脳する。それに染まらない子供などは同胞とは認めず、殺す事さえ稀ではない話だ。

 前世に日本人という経歴を持つ彼女にとって、流星街は死と隣り合わせの場所だったといっていい。纏が使え、特殊能力があるとはいえ、周囲全てが敵であるといえるその状況で生き延びるのは甚だ難しかったと言わざるを得なかった。

 そこを助けてくれたのがマチだった。なんとなくマチは無垢な子供が死ぬのを嫌がったと、後に操作した彼女本人から聞き出した。それは流星街にすら染まらない『バハトの敵』に、やがて流星街でも異端の存在と言われる幻影旅団の素質を見出したのか、はたまたもしかしたら仲間になったかも知れない男に評されたように彼女がただ単に優しかったからなのかは今となっては分からない。

 とにかく『バハトの敵』はそこに愛を見出した。そしてマチがやがてクロロに心酔し、幻影旅団として自分から離れることに耐えられなかった。だからこそ水見式すら試していない、練も辛うじてできる時分にマチを操作した。自分に依存するように、自分から離れないように。

 ほんの数歳の子供が執念染みた発を使う事を考慮できる訳もなければ、当時のマチも10歳になるかならないか。マチはあっさりと彼女に操作され、彼女が望むように彼女の家族であり最も近しい友になった。

 『バハトの敵』にとって、自分が操作系だったのは幸運だったのだろう。例え自身が操作系とは対極の系統である変化系でもマチを操作する事に違いはなかっただろうが、メモリに大きな枷をかける事がなく済んだ。それどころか自身の発として完成させて、マチ以外にも駒を最大で9体も作り出せるというのは僥倖以外の何物でもないといえた。

 彼女は既に8本の指を使っており、そのうち3本の指は切り落とされている。残り5本の指の内の1つはマチであり、動かせる駒は4体。しかし更にうち1体はメイドとして扱っており戦闘向けではなく、更にもう1体は保険として大分前から別行動をさせている。現状、マチの他に動かせる駒は2体。

(十分だ)

 『バハトの敵』たる彼女はそう思う。既に相手を捕捉し、たまに監視をしている現状からして奇襲のタイミングは計れる。今のところ彼女の『敵』が動いている気配はないが、やりようはいくらでもあるのだ。もしかしたら仲間や兄妹を上手く使っている可能性もある。

 そう、だからこそヨークシンでは手が足りなくなるからしてマチをグリードアイランドから呼び戻したのだ。

 彼女はバッテラを支配下に置いている訳ではない。同盟の相手として上手く持ちつ持たれつの関係を築いているのだ。彼女が『敵』を殺した暁にはバッテラの婚約者を治すというのも約束の一つだし、それまでの間にバッテラの手伝いをするというのも一つ。とはいえ、手伝いとしてツェズゲラに手を貸した訳ではない。マチが行ったのはグリードアイランドにおけるプレイヤーの殺害である。

 バッテラが所持するグリードアイランドの量は全体の3分の1にも及ぶ。その中でプレイ中のグリードアイランドを手に入れた事もあり、バッテラが選考できる念能力者はおおよそ150名強。だが、このうち半分はもはやクリアはおろかゲームからの脱出を諦めている。いわば半分の容量を無駄にしている訳だが、これらのプレイヤーをマチが殺すとすればどうなるだろうか? マルチタップに繋いでいるプレイヤーならば8人で、そうでないバッテラと関係ないプレイヤーならば2人でグリードアイランドを1つ手に入れるのと同義の価値を持つのだ。グリードアイランドがヨークシンオークションで100億を超える値が付くと考えれば、バハトに10億の賞金首をかけるのになんら問題のない取引といえるだろう。

 そうしてバッテラと適度な距離を持つ彼女は、当然『敵』の特殊能力を警戒している。エリリの行動が筒抜けになっていた辺り、監視能力を持つという事は当然予想の範疇だ。なので自分はおろか、マチすらも必要以上にバッテラに近づかせない。操る駒の一つが携帯で連絡を取るという手段を取っている。情報ハンターを相手にしては当然の警戒といえるだろう。

(さあ、いつでも来い……!!)

 ここを逃せばミドリの足取りは掴めなくなる。ただでさえ原作から外れた存在であるからして、今がミドリを攻める最後の時である。緊張を最大にして『バハトの敵』はミドリを監視し続ける。

 

 だがしかし。

 日をまたいでもミドリが攻撃されることはなく、彼女たちは貴重な時間を無駄にしてしまうのだった。

 

 ※

 

 ドサリと死体をホテルの部屋に投げ捨てる。

 俺が拠点となるホテルに戻り、砂漠の毒針(スコーピオン)を捕縛してある部屋にノブナガだったモノを投げ捨てた音である。

 幻影旅団(クモ)には、クモ自体か仲間か以外への恥辱は無意味。そう解釈した俺は、ノブナガに屈辱を与える事を諦めた。いや、あっさりと捕らえられた上に情報を漏らしたと思われる事がノブナガにとって最大の屈辱だろう。それをノブナガに自覚させることも一瞬頭によぎったが、幻影旅団(クモ)の意識を一瞬でも戻す事の危険性が勝った。速やかにノブナガを殺害し、その首級としてホテルにその死体を持ち帰ったのだ。もちろん人目に触れさせるという不手際は犯していない。

 そしてノブナガだったものをに一瞥も向けず、ユアとポンズがいる部屋へと向かう。

 果たしてそこには全力でくつろいでいる2人の女の姿があった。

「あ、お兄ちゃん。お帰り」

「遅かったわね」

 ホテルに備え付けられているコーヒーを飲みながらソファーにゆったりと腰かけている2人を見て思わず苦笑が浮かんだ。

「遅れたか?」

「別に時間は約束してなかったわ」

「そういうお兄ちゃんは何か収穫はあったの?」

 幼子が起きている時間ではないが、深夜というにはまだ早い。持て余した時間でお喋りを楽しんでいたであろう2人に爆弾発言を落とす。

「旅団の1人を仕留めた。それから次いで、仕留めた旅団の男から旅団の情報を抜いた」

「――」

「……マジ?」

 絶句する、絶句せざるを得ないコーヒーを飲んでくつろいでいた女性2人。

 苦笑いをしながら、俺はカップにコーヒーを注いでソファーからやや離れた椅子に座る。

「本当さ。

 そして俺はこの情報を流す。残る12人全ての、表層とはいえ情報を得られたんだ。今までの功績を考えればシングルは貰えるだろ」

 俺はアマとしても活動をして、プロならばシングルクラスとの評を得ていた。むろんそれらは全てサーヴァントのおかげだが、知らなければ俺の功である。

 そして合わせて幻影旅団の念能力。これならば情報ハンターとしてシングルを貰えるという確信が俺にはあった。

 当然ながら自分はもちろん、仲間の情報を簡単に吐くバカがA級賞金首になる筈がない。言い換えれば、俺にはA級賞金首からすら情報を搾り取れる手段があるという訳だ。拷問にすれば想像に絶するだろうし、そういう能力ならば極めてレアな上に戦闘に向かない事が多い。どちらにせよ、稀有な才能であるといえる。A級賞金首から値千金の情報を奪えるというのは、情報ハンターとしてシングルと呼ばれるのに問題ないレベルだろう。

 例えばこれがノブナガを仕留めただけならば、もちろん星は貰えない。幻影旅団の13分の1、しかも替えの利く戦闘員。これだけで星を与えては、星の価値がなくなる。せめて幻影旅団を壊滅させなくてはシングルの称号は貰えない。そしてそれはもしかしたらトリプルよりも難しい偉業かも知れないのだ。

 だが、情報を奪って流す。それを元に他の賞金首ハンターが幻影旅団を狩る。この連携の起点になるのならば話は違う。これが幻影旅団のみに限らないかも知れないとなればなおさらで、その下積みを俺は成し遂げている。

 そしてシングルになって何を為すのか。別に何も為さない、シングルハンターという希少価値の情報流出を防ぐという一点のみに俺は注力した。星が多くなればなる程に貴重になると同義で、その扱いは繊細になる。己の身が情報ハンターであれば尚更だ。

 幻影旅団にはシャルナークとクロロ、ついでにヒソカがプロのハンターで在籍している。奴らに喧嘩を売った以上、情報漏れの危険は出来るだけ排除しておきたい。その為にできれば星を得たかったのだ。ここまで手を打てば、幻影旅団が俺の情報を得るのは難しくなるだろう。

「いや、幻影旅団に喧嘩売ってるんじゃん、お兄ちゃん。どうするのよ?」

「考えはある。とりあえず、ゴンとキルアへの伝言その他諸々に1人は向こうに合流して貰いたい。もちろん、今すぐという訳ではないけどな」

「バハトさんはどうするの?」

「俺はひとまず身を隠す。その手段は隠したいから、俺に付いてくる相手にしか明かせない」

 ほんの少しだけ重い沈黙が流れる。ポンズはもちろん、ユアにさえ俺は強制する権利はない。しかし俺はポンズの師匠で、ユアの兄だ。いわばこれはお願いの形を取った脅迫、恩があるなら情があるなら言うことを聞けという傲慢に相違ない。そして仲間に甘い彼女らはおそらくこの要請を受けるとも思っていた。これが仮に幻影旅団ならば、クロロの命令でなければこんな要請は受けないだろう。

 やがて、諦めたようにポンズが口を開く。

「ユアちゃん。貴女が決めていいわよ」

「分かった。じゃあ、私がゴンとキルアの伝言を受けるわ」

「「え?」」

 思わずというか。俺とポンズの驚きの声が重なった。

 いや、てっきりユアは俺と一緒に来るかと思ったが。

「――護衛なら、私じゃなくてもできる。けど、お兄ちゃんにとっては伝言の方が大事なんでしょ?」

 いや参った、そこを見抜くか。

 実際、俺は旅団の情報を流したらすぐにグリードアイランドに逃げる心積もりであった。そして傍らにサーヴァントが側にいる以上、俺の側の危険性はかなり低いといっていい。

 そんな安全圏に居る俺よりも、クラピカへの伝言を任せたり幻影旅団に接触する危険がある原作合流組の方がよほど心配で、そして重要だ。

 俺の中での優先順位としては。安全な方にユアを連れて行って、そちらをポンズに任せたかったのだが、それを見抜いて自分からやるといっているユアを無視する訳にもいかない。そしてこの流れで否定する訳にもいかないし、ここで無理を通せばむしろ記憶を読み取るパクノダを相手にすれば危険が増す。

「分かった」

 ある程度立場が対等な以上、全部俺が決めるのは不自然だと思ったツケを払うべきだろう。とても、とてつもなく不安だが、ここは無理を通せない。そもそもユアが危険な目に遭うとも限らないのだから。

「ポンズは俺と一緒に来て貰う。ユアには、いくつか頼みごとをするから、できれば聞いて欲しい。

 ただ、無理はするな。命の危険を感じたら即座に逃げろ」

「分かったわ」

「――なんか重い仕事を請け負った気しかしないわ」

 力強く頷くユアに、肩を落とすポンズ。

 ユアはともかく、ポンズはユアから最愛の兄との同行を請け負ってしまったに等しい。まさか自分がそっち側に行くとは思っていなかったという感想には同意したい。

 実はポンズ側が安全ルートだとしてもだ。

「色々と、手紙を書く。内容を把握したら逆に危険だからこそ手紙にする。

 後、ゴンとキルアへの伝言は後で考えがまとまったら口で説明する」

「分かったわ」

 力強く頷くユアを尻目に、かなり疲れた表情のポンズを視界に入れつつ、俺はこの部屋を後にする。

 ポンズの名義で取った部屋は3つ、捕虜の部屋と女部屋、そして俺専用に等しい男部屋だ。すぐ近くにあるそこに向かいながら、俺は手紙に認める内容と砂漠の毒針(スコーピオン)を引き渡した後の行動について考えていた。

 と、その僅かな間でピロンと携帯にメールが着信する。こんな時に一体誰だと思いつつ、画面を見れば件名にはヒソカ♣の文字が。

「…………」

 そういえばハンター試験でホームコードを渡していたなと思い、内容を検める。

『仕事の依頼をしたい♥

 幻影旅団の能力を調べてくれ♦

 報酬は1人につき5億払うけど、最低条件は過半数♠』

「…………」

 何が目的なのかさっぱり分からない。ヒソカは既に半分の旅団の情報を、表層とはいえ仕入れている筈である。っていうか、旅団の能力を過半数で1人5億は、割に合うのか合わないのか。1人だけならまあ戦って逃げるという方法を取れなくもないが、半分以上は流石に無理がある。普通に考えれば断る案件であるし、実際ノブナガから情報を引き出していなければ断っていただろう。

 だが今現在は、旅団を裏切るであろうヒソカとは最低限の信頼関係を持っていたい。いずれ敵対するかもしれないが、旅団が敵であるならばヒソカとの縁は大切だ。5億はどうでもいいが、ヒソカという戦力は捨てがたい。

 俺は原作知識とノブナガから仕入れた情報をまとめてヒソカへ返信することを選択した。

 

 ◆

 

 バハトから送られてきたメールを見てヒソカはニィと嗤う。

 今は仕事終わり。マフィアからお宝を巻き上げて、とりあえず乾杯のビールを開けたところ。幻影旅団には欠員が2人居て、それはウボォーギンとノブナガである。

 アジトの場所がバレていると看破したクロロにより、サブの合流地点で再集結。シャルナークが急遽手配した人気のない廃屋を拠点とし、シズクのデメちゃんからお宝を引き出して確保した段階で一区切り。仲間に死者が出たとはいえ、仕事自体は完遂だ。献杯の意味を込めて酒を呷る幻影旅団たち。

 マフィアはフェイクの死体に釘付けだろうし、競売にかけられた品物が偽物だとは想像もしていないだろう。これらの偽物が消え失せる20時間を超える時間が彼らの味方だ。

 ここで幻影旅団には2つの選択肢があった。仕事を完遂したとみなしてヨークシンから離れるか、旅団に敵対した相手を殺すかだ。その決断は団長であるクロロに委ねられているといっていい。

「一息入れたら撤退するぞ」

 そしてクロロの選んだ選択肢は撤退だった。団長命令に異存がある訳ではないが、一応根拠くらいは聞いておきたいのだろう。シズクが生徒のようにスっと手をあげる。

「別にいいんですけど、ウボーとノブナガの仇は取らなくていいんですか?」

「命令なら従うがよ、できれば俺も歯ごたえのある敵を殺してーな。無理にとは言わねーけどよ」

 シズクの言葉に乗るのはフィンクス。撤退も命令なら従うが、ウボーとノブナガを殺した相手をそのままというのも寝覚めが悪い。出来るなら敵をスッキリ殺してこの地を去りたいものである。これではまるで殺されたのが怖くて逃げだすようではないか。その感想に近いのはフェイタンであり、彼も殺せるならば敵は殺しておきたいのだろう。

 言外に納得させろという仲間たちに、クロロは彼がネオンに占って貰った予言を見せる。

 それを見て、内容が理解できた団員は顔色が変わった。

「これは……」

「そう、未来予知の念能力だ。俺がある女から奪った。自動書記で予言された為、ウボォーギンやノブナガの事など知る由もない女だ」

「霜月と睦月の眠りの暗示。これは死ぬってことかな?」

「俺はそう読み取った。実際に『孤独に自宅で眠る睦月』の表現を見た後、俺はノブナガに電話をした。

 が、手遅れだった。ノブナガは敵の手にかかっていた。情報も抜かれていたようだったしな」

 シャルナークが現状から見た予言に口を出すが、クロロが口にしたのは更に意外な言葉。最古参であるノブナガから情報を抜かれていたということは、この場にいる多くの念能力がその表層とはいえ透けている事になるのだ。奥の手まで見透かされているとは思いたくないが、ノブナガがそこまで見切っていれば話は別。背中に薄ら寒いものが奔ったのは1人だけではない。

 パクノダがやや声を硬くしてクロロに問いかける。

「団長、説明を」

「分かっている。

 俺がその予言を見た後、ノブナガの携帯に電話をかけた。出たのはノブナガではなく、幽霊(ゴースト)と名乗る男だったがな。

 奴は俺が念能力を盗むということは知っていたが、鎖野郎という単語に反応を示さなかった。また、自分たちを示す言葉として複数形を使っていた。

 これらから、鎖野郎とは違う複数人の敵勢力がいることが確定。また拷問や苦痛でなく、操作やパクノダに似た特質系の能力で情報を抜き出した事も読み取れる。自分に必要な情報だけを抜き出すのでなければ、ノブナガから鎖野郎という単語は拾えたはずだ」

「なるほど。そして『血塗られた緋の眼が地に伏す傍らで、貴方の優位は揺るがない。例え手足が僅か3本になろうとも』。

 つまり、団長を除いて7人が死ぬんですね?」

 ミドリの言葉に頷くクロロ。13人の団員の中で死亡したのは2人であり、残りは11人。クロロを含めて4人しか生き残らないとなれば、7人が死ぬ計算になる。幼稚園児でも分かる話だ。

 だがそれも来週の話。クロロは予言の説明を続ける。

「その詩による予言は4分詞から5分詞から成る1つの章が週の1つを表しているらしい。手足が3本になる予言は来週、つまり今週にヨークシンから離れればその予言は成就しない可能性が高い。

 故にいったん撤退だ。ウボーとノブナガの仇は、態勢を整えて討つ」

 もしもバハトが敵対の意を表に出していなければクロロもここまで強硬姿勢を見せなかったかも知れない。マフィアのお宝を狙った盗賊が返り討ちにあった犠牲の範囲として許容していたかも知れない。……バハトを敵として見ない未来もあったかもしれない。

 だがしかし、バハトは幻影旅団を相手に明確な敵意を見せてしまった。それが最大の失策。襲われる前に殺す、それが幻影旅団にとって当然なのだから。

 更にバハトが犯してしまったミスがもう一つ。それはヒソカが味方になると思ってしまったことである。

幽霊(ゴースト)とやらにはボクが心当たりがあるよ♣」

 ヒソカの言葉に旅団全員の視線が彼に向かった。

 ヒソカは読んでいた、クロロが予言能力を奪ったという意味を。つまりその予言能力によりここにいる団員は全て占われる可能性が高い。しかしつまり自動書記ということは、紙に書かれた上でその内容はクロロが把握しない可能性が大。ならば誰にも明かしていない能力である薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)を使えば予言の改竄によって幻影旅団の行動を支配することも可能。そう読み切った。

 そしてその想定は図に乗った。クロロは自分が盗んだ能力である天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)を疑わず、ヒソカから渡された紙に書かれた『懐郷病に罹った蜘蛛』の記述を鵜呑みにしてしまう。仕方がないとはいえ、ここはヒソカが勝った場面であるといえるだろう。

 改竄された予言から、ヒソカは獅子身中の虫でありながら『敵』との接点で有り得ると判断したクロロの誤解によって話が進む。

「ヒソカ、お前が言える範囲でいい。鎖野郎と幽霊(ゴースト)について全て言え」

「もちろん♥ とはいえ、鎖野郎に言えることは何もないね♣ 理由はまあ、察した通りと言おうかな♠

 だけど幽霊(ゴースト)に関して言うなら何も問題ないよ♣ おそらく僕と同期の情報ハンターで、名前はバハト♥

 彼はこのタイミングで旅団の情報を得た上に、さっき調べたらシングルハンターへの昇格が検討されていたらしい♦ まあ、ノブナガから奪った情報を流したんだろうね♠」

 容易くバハトを売るヒソカ。これにより、ヒソカは鎖野郎に操作されつつも旅団の一員という見方が増した。ヒソカにとってもバハトは金で売れる程度ならばここは売る。クロロと戦う予言があるのだ、売らない理由がない。

 かくして幻影旅団全てに敵と見做されたバハト。もしも彼がグリードアイランドに逃げずにヨークシンに留まっていたのならば、バハトの命は風前の灯火と言えただろう。

 とはいえ、安全である訳がない。

「今期のプロハンターで情報が専門?」

「どうしたシャル、心当たりがあるのか?」

 考え込むシャルナークに、クロロが問いかける。シャルナークは隠さずに『バハトの敵』に依頼された話をする。すなわち、今期のプロ合格者に不審な者がいるという話である。

 それを聞けば全員が関連性があると思うのは道理。かくしてバハトは幻影旅団(クモ)の標的になってしまう。

「で、どうするのさ? 団長」

「残ろう」

 かくして幻影旅団はヨークシンに残る決断を下す。

 尤も、既にヨークシンから脱出したバハトに命の危機が迫る事はないのだが。

 一歩間違えれば命を失うヨークシンからバハトが脱出できたのは、やはりネオンの予言のおかげという他はないだろう。

 

 ◆

 

 

 


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