耳は
すなわち、
まず、アベンガネを殺すメリットだが、当然クロロの除念がされない事になる。クロロがクラピカによって
これにより、
対して生かすメリットは、ヒソカによってシャルナークとコルトピが殺害されることがほぼ確定するという事。更にヒソカと
これらだけを比較すれば、どちらかと言えばアベンガネを殺す方に心は傾く。俺が『敵』を殺すまで、
だがこのメリットを相殺するどころか無視せざるを得ないデメリットもまた存在する。すなわち、原作ブレイクの危険だ。
俺と『敵』が存在する以上原作ブレイクも何もないと思うかも知れないが、原作というのは俺と『敵』を繋げる鎖なのだ。それは俺がノブナガを殺したのに『敵』がクロロの念能力を縛るのを見逃したのにも表われている。
現状、俺と『敵』は分かりやすく原作に関わっている。俺はゴンたちに付いていて、『敵』は
そういう意味では、ノブナガを殺した俺は既にある程度やらかしている。ノブナガが原作でそこまで大きな関わりがなかったから今現在はまだその齟齬は表立ってはいないが、ノブナガが居ない歴史というのは確実に原作とは違う結末を引き寄せるのだ。再三言うが、俺や『敵』が存在する以上今更過ぎる話ではある。『敵』もマチを手駒に加えて、
また、原作と違う流れの源流にいるのは俺か『敵』しか有り得ない。つまり原作ブレイクを起こせば起こす程、この世界の異物である事を自ら曝け出していく事になる。
俺はもう顔も名前も割れて賞金首まで懸けられているが、俺がやらかせばやらかす程に『敵』の痕跡も見つけにくくなっていく。これから先に原作と異なる事柄が起きて、それを調べていったら原因はアベンガネを殺した事でした、とかなったら間抜け以外の何者でもあるまい。
さて、どうするか。
(……よし、決めた)
アベンガネは殺さない、原作の流れを重視する。
これには俺が掴んでいる『敵』の情報が少なすぎる事に起因している。俺が分かっている事と言えば、マチを従えている事とバッテラと繋がりがあること。そして女であるという事だけだ。名前も顔も分かっちゃいない現状、僅かな情報さえ惜しい。
それにアベンガネを見逃す事がデメリットしかないならともかく、シャルナークとコルトピを始末できる上にヒソカを
置いておいて、心が決まった以上はアベンガネの言葉に神経を集中させる。原作ではゴンとビスケしか聞き役はいなかったが、現在は6人もがアベンガネの言葉に耳を傾けている。こういった些細な違いさえも原作との齟齬を生みかねないのだ。
「犠牲になるのは最初に奴らに飛びかかる何人か、または十何人かになる訳だ。
心理的に誰がそんな役をのぞむ?」
っていうか、アベンガネむっちゃ話し上手だな。思わず聞くことに引き込まれる。
しかも嘘を見破るのが得意な筈のビスケが気がついていない。まあ、彼の言葉に嘘は殆どないから仕方ないか。隠しているのは自分が除念師であり、おそらく
アベンガネは殆ど本当の事を言い、都合の悪い事は嘘を吐くのではなく話さないタイプ。こっちの方がポピュラーだろう。後々、言い忘れただけとかの誤魔化しもしやすいしな。
「今まで
何しろ
そして進んでいく話に、今だからこそ分かる重さというのを感じる。
実際にグリードアイランドをプレイしてみると、
これらを全て失う上に10日以内にシソの木から戻ってくる事を考えると、まあ相当にエグい
そういう状況を経たからこそ、ゲンスルーも
「少なくとも決して奴等にゲームクリアなんてさせないでくれ…!」
色々と思考が散らかっている間にアベンガネの自称遺言が終わりに近づいていた。まあ、彼は放置する事に決めたので比較的どうでもいい。せいぜい自分だけ生き残ってくれ。
そうしてアベンガネは
残された俺たちに、僅かな沈黙が漂う。
「ブック!」
――ことなく、ポンズが即座にバインダーを取り出した。一切時間を無駄にしないその行動に全員の視線がポンズへと集まるが、彼女は全く意に留めない。僅かな時間も惜しいと言わんばかりにカードを取り出して
「
『なんだ!?』
バインダーから余裕がない、荒々しい男の声が聞こえてくる。
想定された当然の反応だ。何をしているのかという仲間の視線を無視して、ポンズは淡々と言葉を紡いだ。
「ニッケス、私はあなたたちの現状は理解しているわ。その上で
『
複雑な感情を乗せたニッケスの言葉が聞こえてくる。それとバインダーから不穏な言葉も。
『おい、ジスパのカウントが10を切ったぞ!』
『どうにかなんねぇのかよ、どうにかなんねぇのかよぉぉぉ!』
『もうダメだ、ジスパから離れろぉ!』
直後、ドゥンという腹の底に響く爆発音が聞こえた。同時にバインダーから漏れる阿鼻叫喚。
ジスパーの死を嘆く声、凄惨なその光景を見て喚く声、そして同じ爆弾が取り付けられている絶望の声。
仲間たち、特にゴンの表情が険しい。
『ジスパ、ジスパ……』
『即死よ、ジスパは即死なのよ! 肩から胸にかけて木っ端微塵じゃないのよ! 見て分からないの、ニッケス!』
『何でもいいから
「ニッケス1人で私のところまで来なさい。時間が無いことは分かっているわ」
ポンズはそう言い捨てると、
意味が分からないんだが。
「何をするつもりだ、ポンズ?」
そう問いかけるが、ポンズは真剣な顔で口を閉じたまま。ついさっき
仲間を見渡すが、ゴンもキルアもビスケも首を傾げるだけ。ユアだけは違ったが。
「ユア?」
「ポンズさんが覚悟を決めたのなら、私に口出しできないよ」
ユアだけはポンズの行動に疑問を持たないようだが……マジでなんなんだ?
疑問に思う時間も僅か。遠くから
「さあ、来たぞ! なんだ、お前達が
「
ニッケスの言葉を最後まで聞かない。ポンズは即座に瓶を具現化し、ニッケスの肩に取り付けられた爆弾にそれを被せる。
「
え、と思う。
おい、まさか。
空き瓶の中に具現化された
ポンズは唇を噛みしめるが、まだ諦めない。
そのまま数秒。
ニッケスに取り付けられた
「な!?」
「驚いた~。ポンズ、アンタって除念師だったんだ」
驚愕の声を上げるニッケスに、あまり驚いた様子を見せないビスケ。ゴンやキルアはその凄さが分からないのか、ややキョトンとした表情でこの流れを見ていた。
俺はといえば、もう、頭を抱えたくて仕方ない。え、ここでニッケス助かるの? 俺の予定に全くないんだけど。
そんな心情は露と知らず、ポンズは真剣な表情で言葉を紡いだ。
「この念能力、
だから急いでカウントを刻む機能と遠隔爆破機能だけを
そのポンズの言葉にニッケスの顔色が真っ青になる。
「オイ、ちょっと待て。遠隔爆破機能って言ったか?」
「ええ、私の念能力はいわば解析。除念が専攻じゃないの」
「違う、そうじゃない! 遠隔解除機能じゃないのか!? 遠隔爆破機能なのか!!?」
「? え、ええ。こんな殺意ある能力に、遠隔解除機能は普通付けないと思うのだけど」
そりゃそうだと得心するビスケ。だが、ニッケスはそうではない。
冷静さを保つのが難しい状況だったとはいえ、ゲンスルーが
しかし解除機能が無いならば、取引をしたら用済みとなった自分たちは間違いなく殺される。
そこに考えが至ったニッケスは即座に行動に移った。出しっぱなしだったバインダーから、最短の速さでカードを取り出す。
「
何年もこのゲームをプレイしてきたニッケスは遭遇プレイヤーもそれに比例した数になる。横からバインダーを覗いてそれらがずらりと並んだリストが見えたが、ライトが消えた名前も多い。
次の瞬間、一気に数十ものライトの輝きが同時に消えた。それは、同じ数のプレイヤーの命が消えた事も意味する。
「あ、あ、あ……」
絶望したようにバインダーのリストを見るニッケス。その視線を探れば、やがて一つの名前にたどり着いたらしい。
ゲンスルー。その横にあるライトは、明るく輝いていた。
「ぁぁぁぁぁ」
腰が砕け、その場にへたり込んでしまうニッケス。
彼にかける言葉は、俺にはない。仲間達のほとんど全員がそうだろう。
「――除念を続けるわ。どれだけかかるか分からないけど、完全解除しなきゃ安心できないから」
ポンズだけがすべき事を口にできるのみだった。
◇
ハメ組に仕掛けた爆弾を爆発させたゲンスルーたちは上機嫌でマサドラに来ていた。
適当に見つけたプレイヤーからカードを強奪した上で殺害し、
サブとバラはともかく、ゲンスルーは何年もグリードアイランドをプレイしている。マサドラのトレードショップには当然大金が預金されていた。
「ゲンの作戦が見事にはまったな」
「ああ、残り10種。チョロいもんさ」
数十人を殺戮したとは思えない軽い口調で話すサブとバラ。だが、ゲンスルーはここで表情を固くした。
「いや、あいつらはクズの集まりだ。当然するだろう不正は織り込み済み。俺らが手にしたのは80種ってとこだな」
「?」
「? どういう意味だよ、ゲン」
「こういう意味さ。ランキングを教えてくれ」
ショップの店員にゲンスルーが注文すると、店員は笑ってランキングの情報を渡してくる。
ゲンスルーは1位で、カードは82種。サブから全てのカードを受け取っているから、指定ポケットには90枚あるにも関わらずだ。
「なっ!?」
「やはりか。おそらく
「おいおい。しかしあいつらもクリアできねーだろ、それじゃあ」
「そんな計算もできないクズの集まりだったんだよ、あいつらは。5年以上付き合わされたんだからそのぐらいは分かっているさ」
ぺッっと唾を吐き捨てながら言うゲンスルー。
「4種は
他のカードは聖騎士の首飾りで確認せざるを得ないが、奪ったカードで
「まあ、仕方ないな。
「ゲンの苦労を馬鹿にしやがって、あいつら……!」
カードを強奪した上で殺したとは思えない言い草で、好き勝手に死者を罵る
落ち着くまで、満足するまで悪口を言い合った彼らは。そこからようやく有意義な行動に移っていく。
それはある意味、現在トップを強奪できた安心感が生み出したものでもあったのだろう。
そんな彼らを襲う者は居なかったが。例え襲っても一流の戦闘力を持つ
※
『バハトの敵』は持ちうる全ての情報をマチに話している。それはマチへの信頼の証でもあったし、また依存の形でもあった。
バハトは気がついていないが、未来の情報というのは抱えるだけでストレスになる。例えば今回のようにハメ組数十人を見殺さなくてはならない場合、頭で理解しても心に負担がないとは限らない。バハトがどれだけのストレスを抱えているかは、彼自身も分かっていないだろう。
それも誰かに話すだけで楽になれることはあるのだ。その点、『バハトの敵』はバハトよりも有利であるといえるだろう。
他にも利点がある。別視点からの観点を持てる人がいるという事は、すなわち相談ができるのだ。
「だいたい煮詰まってきたね」
マチはそう口にする。
彼女たちが『敵』を殺すのに、やはりグリードアイランドのシステムを利用しない手はないと結論が下された。それほどに
「あたしたちの『敵』がゲームから戻ってきた時を狙う。最初のチャンスが最大のチャンスだ」
マチの言葉に頷く『バハトの敵』。
これは原作にない行為であり、つまり相応に情報が漏れる事を覚悟しなくてはならない。また、原作から大きく逸れる事も覚悟しなくてはならない。
リスクが大きい事を理解しつつも『バハトの敵』が強引な手を打つ理由は手詰まりだから。『敵』の顔や名前は分かり、監視も盗聴もしているのに特殊能力が依然として不明なのだ。原作組に付いていくとはずいぶんとお粗末な話だとは思ったが、まあ相手の顔を思い出せば分からなくもない。それにここまで徹底して特殊能力を隠すということは、それだけその切り札に自信があるとも取れる。
故に強行する。罠かも知れないが、罠があると覚悟して臨めば対処もしやすい。少なくとも、ただ漫然と時間を無駄にして『敵』のどんなものかも分からない攻撃を待つよりかはいいだろう。
もちろん、この手を打ってしまえば原作と乖離して先の展望も読めなくなってしまう。だが、それ位は覚悟の上だ。原作を守らざるを得ないという意味で『敵』はゴンやキルアを人質にとっているようなもの。そこで主導権を取られても面白くない。殺したくはないが、キルアが死んでもいいつもりで仕掛ける。
おおよその流れを『バハトの敵』は口にして。マチは或いは聞いて、また或いは補足する。
「最低でも『敵』の特殊能力の一端は知らなきゃだね。可能ならば仕留めたいのは当然だけど」
そこまでは難しいと『バハトの敵』も思っている。どんな仕掛けがあるか分からない以上、確実に殺せる手段を選ばなくてはならない。
そして彼女は
自信は、ある。恐怖も、ある。
躊躇は、ない。
『バハトの敵』はゆっくりと覚悟を決めるのであった。
※