「んっ」
先ほど立ったまま白目を剥いて気絶したユアは、今は横になっていた。もちろん地面にそのままというほど、俺は薄情な兄ではない。修行中だったからロクなものではないが、薄い布を敷いた上でやはり薄い毛布を被せてやっている。
ビスケの教育方針で、眠る時に襲われた場合に咄嗟の動きを阻害するものは身に纏わせないことにしているらしいが、体を温めるものくらいは旅の一式として最初からカード化して持っておいたのだ。もう冬も深まってきたことだし、下手に雑な扱いをして風邪でもひいたら大変だ。ハンター試験に差し障る。こんな下らないことで大天使の息吹は使いたくないぞ。
で、小一時間くらい経ったあたりでユアがかすかに声を上げて瞼を開ける。白目を剥いたままにさせるのは忍びなかったので、そっとその瞼を下ろしておいたのだ。ちょっと縁起が悪いとも思ったが。
「ユア、大丈夫?」
「ゴン…? えと、ここは?」
ユアにしては珍しく現状が把握できていないらしい。眠りと気絶では種類が違うから仕方ないかもだが。
ぼー、としたままユアは彼女の顔を覗き込んでいるゴンに瞳の焦点を合わせて、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「ひどい夢を見たわ、お兄ちゃんがポンズさんを妊娠させるっていう悪夢よ。
まだ結婚もしていないのに、お兄ちゃんがそんなことをする訳ないのに」
「……」
どうしよう、ユアの無垢な信頼が痛い。
ユアも13歳になり、もう俺と一緒にお風呂に入る事もなくなった。彼女はしっかり思春期に突入した女の子である。
だからこそ人一倍潔癖な面も見せ始めるし、唯一の肉親である俺が子作りしているのなんて、想像するのも口にするのもイヤなのだろう。具体的には白目を剥いて気絶するくらい、精神に負荷がかかってしまった。
ただの悪夢で処理していたようだが……現実は残酷だ。
「えっと……」
言いよどむゴンの声を聞いて、寝起きで赤みが戻ってきたユアの顔がみるみる青褪めていく。
ガバリと起き上がって周囲を見渡すと、そこには気まずそうな顔、顔、顔。
「…………」
「ユア?」
絶句するユアにおそるおそる話しかけるが、表情筋を筆頭に一切の動きがない。
よもや、また気絶したか。そう危惧するくらい無表情だったユアは、やがて俺を見て笑う。無理矢理作った痛々しい笑みを浮かべる。
「お、めでと。お兄ちゃん」
「あ、ありがとう」
これ以外、なんて答えればいいんだ。多分俺は、2回の人生で今が一番困っている。
ランサーが同情の視線を向けてきているくらい修羅場になっている。ガチ目に笑えない。
「ユアちゃん」
「――ポンズさん」
複雑な色を乗せて、ユアがポンズを見る。ユアもポンズにどう接していいのか分からない感じだ。
半年以上同性の仲間として接してきたのに、こんな形で関係変化が起きてしまったら気まずくもなるというもの。
しかしポンズは怯むことなく、ユアに向かって柔らかな笑みを浮かべていた。
「ユアちゃんが寝ている間にバハトさんと話し合ったのだけど、グリードアイランドから出たら正式に結婚することにしたわ」
「そ、そう」
子供ができたのだ、俺としては責任を取る以外の選択肢は無い。ユアとしても感情はともかく理性では納得できるだろう。賢いということが、今ほどユアを苦しめていることもあるまい。
そして結婚するに当たり、決めたことが一つ。
「それでね、ユアちゃんにこの子の名付け親になって欲しいの」
ポンズは自分の下腹部を撫でながら、そうユアに話しかける。
その言葉を聞いたユアは驚いて俺を見た。びっくりして目を真ん丸に開いている。そんなユアに言葉をかける。
「ユアの外で出来た家族だけどさ、いやだからか。ユアにもちゃんと家族になって欲しい。
その証として、名前はユアが付けて欲しい。その方がお姉ちゃんとして張り合いも出るだろ?」
俺の言葉をゆっくり吟味して、やがて震える声を絞り出すユア。
「私で、いいの?」
「もちろんだ」
「もちろんよ」
俺とポンズが口を揃えたところでようやくユアはふにゃりと弛緩し、ゆっくりと息を吐き出して心を整えていた。
そして冷静になったところで、力強く頷いて俺とポンズを見る。
「うん。赤ちゃんの、お兄ちゃんとポンズさんの子供を名付ける役割、承りました」
もう大丈夫。そう思える強さをユアは取り戻していた。
まあなんだ。仕方ないとはいえ、ユアは俺に相当以上に依存していた。そんな俺をポンズと新しく生まれる子供に取られてしまうと思えば、一種の錯乱状態になってしまうのも分かる。
錯乱状態だからこそ上手に着地できるかが恐ろしかった。気を使えば使うほど、より一層の拒絶を返してくる可能性も十分にあったのだから。
結果として、ユアもこれから家族として一緒だと伝えたのが心の安定剤となってくれたらしい。ポンズと子供という新しい家族は加わるが、そこはなんとか上手くやっていくしかないだろう。より深く関わっていくからこそ、想定しないことも多く出るとは思う。しかし、それを乗り越えていってこその家族だろうから。
「めでたしめでたしってとこね」
「だな」
ビスケとキルアがそう言って締めた。まあ、悪くない落としどころだったのではないかと思いたい。
ひとまず落ち着き、少し早めの夕食も食べ終わる頃。
彼方からスペルによる飛来音が聞こえてくる。タイミングとしてはおそらくニッケスだろうが、敵対者の可能性も十分に存在する。俺が前に出るフォーメーションを取り、訪れる者を迎え入れる。
「すまない、時間がかかった」
「ニッケス!」
現れたのはやはりニッケス。凝で他者のオーラで操られていない事も確認する。ゴンやキルア、ユアにポンズもちゃんと凝をしていた。よしよし。
「メシは?」
「食ってきた。ツェズゲラとな」
さらりと返してくるニッケスに、そうかと簡単に頷く。ゲンスルーたちの情報を話すとなれば、やはりかなり込み入った話になったのだろう。
そこから導き出される結論として、ニッケスがグリードアイランドで出来る事はもうないという事だ。ゲンスルーに狙われている現状、ニッケスは俺から離れることはできない。かといって彼の実力では俺に付いて来ることはできないし、ニッケスの都合に合わせる気もない。
クリアに最も近いツェズゲラにゲンスルーの情報を渡したとなれば、一矢報いたと十分に言えるだろう。少なくともツェズゲラたちに
「もういいな?」
「……ああ、世話になったな」
後悔の残る顔と声で返事をするニッケス。あと数日で彼はグリードアイランドから去るだろう。
まさしく敗走といえる。それでも彼は自分の命は持ったままこの島から退去できるのだ。死ぬか島から出られない者も多い中で、結果としてはまずまずと言うしかない。
そこでふと思いついたようにユアが口を開いた。
「そういえばニッケスさんがいない時に私の念能力についてさわりだけ話したの」
「ああ。俺を除念していたのはポンズだったな。
「そういうの込みでニッケスさんにも説明するね」
こっち来てと手招きをしつつ、俺たちから離れようとするユア。
――怪しい。
『ランサー』
『おう』
一体何をするつもりやら。ユアにランサーを憑けて様子を見る。
「あんま離れんなよ」
簡単に言って距離を取る許可を出す。他の仲間たちも違和感は感じてはいるようだが、見える範囲で内緒話をするくらいならと気にしないようだった。
声は聞こえないくらいに離れたユアとニッケス。ランサーとラインを繋いで様子を窺えば、いつになく真剣な顔をしたユアがそこにいた。
「それじゃあ説明をするけど、その前にこれを読んで」
ユアがポケットからA4くらいの紙を取り出し、ニッケスに手渡す。
その紙の最上部には『遵守』という文字が大きく書かれており、その下に条件が書かれている。ユアは己の念能力の説明に嘘をつかないこと、そしてそれを聞いた者はユアの念を他者に伝えないこと。要約すればそんなところだろう。
「これは?」
「私の能力、
念を込めて書いた誓約文を強制遵守させる操作系。発動条件は納得した上で誓約書にサインをすること。そうすることで誓約を遵守するよう己が縛られるわ。自分で自分を操作するから解除はほぼ絶望的、除念からも自発的に逃れようとするからね」
「…………」
「もちろん、これを聞いたのにサインをしなければどうなるか分かっているわよね?」
(被ってた猫を捨てたな、ユア)
今までになく真剣な顔をするユアにそう思う。自分の念能力をいきなり明かしやがった。
しかしなかなかエグイ状況を作る。ニッケスの命綱は俺と除念しているポンズ。少なくとも俺は確実にユアの味方に回るし、ポンズだってユアかニッケスならばユアを取るだろう。
となれば、ユアの提案を断れば俺とポンズが敵になる。っていうか、仲間たちが全員ニッケスの味方ではなくなるだろう。除念もまだ終わっていない現状で俺たち一行から離れる訳にもいくまい。幾重にも予防線を敷いた脅迫である。
「いいだろう」
その現状を理解しているだろうニッケスは淡々とサインをする。
サインを確認したユアは他人の能力を模写する
「わざわざ俺たちから離れて何を企んでいるんだか」
一方こちら側ではキルアが胡散臭そうに口を開いた。今は休憩中であり、時間をどう使おうがユアの勝手なのだが、ロクなことはしていないだろうと言いたげな口調だ。
否定できないので兄としては苦笑するしかない。
「細工を仕掛けているのは当然でしょうけど、私たちに聞かれたくないとなると相当に重要な内容でしょうね」
ビスケもキルアに同意して、しかもニッケスに好意的な事もしていないだろうというニュアンスも含ませる。
それを聞いたゴンも難しい顔だ。
「うん。ニッケスの戦略は好きじゃなかったけど、それはそれとしてユアがひどい事をするようなら止めなきゃ」
そういえばニッケスはグリードアイランドのことを殺戮ゲームだとか言ってゴンの不興を買っていたか。ならばゴンがニッケスに対して持つ感情も良いものではあるまい。実際、ニッケスに対する心配というよりユアの方を気にかけているような口ぶりだ。
そんな仲間たちの言葉を聞いてポンズも俺と同じように苦笑いだ。
「みんな、もうちょっとユアちゃんを信じましょう」
「…………」
微妙な沈黙が流れる。
まさか、な。
心に微かな違和感を感じ、その原因となった人物を注意深く探りつつ、ユアの言葉にも意識を傾ける。
「――拒否の言葉を聞かない限り、私は見た能力を模写できる。
そしてこれは前段階。更に条件が整った時、私は対象の能力を入手することができる」
きた、本題だ。
「その条件とは?」
「相手が能力を譲ると、明確な意思表示をすること」
なるほど、これは確かに達成しにくい。発を渡すなんて普通は言わない。よほどユアが優位な立場にあるか、相応の対価を払わなければ達成できないだろう。
しかしユアは他人の能力を使うタイプか。こうして見るとそれぞれで性格出るよな。クロロは窃盗、メルエムは捕食、レオルは拝借、そしてユアは譲渡といったところか。
「もちろん私に能力を譲ってもらったとしても、その後に拒否をすれば能力は手元に戻るわ」
「……そこまで言うという事は、お前は俺の能力を手に入れるつもりだな?
だが自分で言うのもなんだが、俺の基礎能力はお前たちに大きく劣る。役に立てるとは思えないが」
「
発を使ってもいいという許可を取る事は、才能や適性も手に入れることが出来るわ。
ニッケスさんの能力の上に、私のオーラを乗せることも可能よ。
そして強化系に近い能力は私が欲するところなの」
「――なるほど、お前の希望は分かった。
だが、それと俺が自分の能力を渡すのは別問題だな」
「でもニッケスさん、あなたはポンズさんに除念してもらってるけどその恩はどうやって返すの?
お兄ちゃんにも命を助けてもらったし」
ピクリと、気にかけていなければ分からない程度の僅かな反応。
まさか、が。やはりに変わる。
「――ポンズとバハトにはそれぞれに恩は返す。
それにお前は自分の念能力をあの二人に話すつもりはないのだろう? 説得できないと思うが」
「まあね。じゃあ、別の提案。
ニッケスさんはバッテラさんの報酬500億が目当てだったわよね。
能力を譲ってくれれば5億払うわ」
「なに?」
「このままグリードアイランドを出てもニッケスさんには一銭も入らない。だけど能力を譲ってくれれば、5億は手に入る。
悪くない額だと思うけど?」
「…………」
「それからそうね、ゲンスルーも殺すわ。
どちらにせよ、除念師であるとゲンスルーに認識されている私は狙われる。
ニッケスさんの無念を晴らす意味も込めて、あいつを殺してあげる。
能力をくれないなら、殺すとは約束しない」
少しだけ考え込むニッケス。
「ユア、お前は幾つだ?」
「? 13歳だけど」
「そんな子供が気軽に人を殺すなんて言うんじゃない。人を殺すという事は、お前が思う以上に取り返しのつかない事だ。
そうだな、考えてみれば俺のせいでお前もゲンスルーに狙われるんだ。その詫びも兼ねて、5億なら
それから、できればいいからゲンスルーは殺すな。それも条件に加えよう。人を殺す意味も分からん子供が道を踏み外そうとしているのを止めるのも大人の役目だからな」
「…………」
「これが俺の出す条件だ。どうだ?」
「分かった、いいわ。
「ない」
誓約書を作成するユアからは意識を逸らす。
なるほど、譲渡の利点か。発を奪うのではなく譲り受けるなら、
条件は厳しいが、達成できればかなり強力な能力だ。しかも相手の発を封じるとなれば利便性は更に増す。例えばだがヨークシンで捕らえた
そうだな。余裕があればそういう筋と連絡を取って、念能力をユアに渡して強化させてもいいかもしれない。想定外のところで戦力が増えそうで、嬉しい限りだ。
まあ、ユアの地力が上がらなければ話にならないんだけどな。
そんなことをぽつぽつと思っていたら、ユアはサインされた誓約書を燃やし始めた。
「あいつ、何燃やしてるんだ?」
「さあ?」
ちょっと飽きてきたキルアの声に、ゴンが首をひねりながら答える。
サインが終わった誓約書を燃やして証拠隠滅するのだろう。あれさえなければ
なかなかよく考えている。
さて、それはそれとしてだ。
「ポンズ」
「? どうしたのバハトさん」
お前の手札も暴いておくぞ。
ユアが帰ってくる前に、だれてきたキルアとゴンの隙間を縫うように。ポンズにささやきを投げかける。
「お前、ユアの話を聞いていただろ」
「!? どうしてっ!」
言ってしまってから、はっと正気に返るポンズ。ユアの話を聞いていたと認めたな。
「ユアがあからさまに怪しいことをしているのに、お前だけはユアを信じろって言ったのが引っかかった。
無意識だろうが、ユアは潔白なことにしておいてその黒さを自分だけが知っておこうとする。
秘密を暴いたり覗いたりする奴の基本的な心理だからな」
「…………」
「俺と、同類」
ちょっといたずらな笑みを浮かべると、ポンズはまさかといった表情になる。
「バハトさん、もしかしてあなたも?」
「それからユアがポンズの名前を出した時に反応したのが失敗だったな。
聞いていると思って見ていれば、反応した事は分かったぜ」
言外にその通りだと言っておく。
まあ、ひとまずはここまでだな。これ以上ポンズの能力は探らなくていい。最低でも盗聴能力があると把握しただけで十分な収穫だ。
帰ってくるユアに、知ったことを知られないように改めて仮面を被りなおす。
3日も経てばニッケスの除念が終わり、そろそろハンター試験の時期という事で港へ向かう。ユアとキルア、ついでにニッケスの分もおまけで通行チケットを取る。
「世話になりっぱなしですまない。この恩はいつか返そう」
「期待しないで待っているよ」
ニッケスに素っ気なく言葉を返すが、俺としてはユアに人殺しについて説いてくれた事に十分な恩を感じていたりする。
人を殺してはいけませんって、俺が言っても説得力が皆無だし。そもそもユアの殺人に対するハードルの低さは俺が原因な気もする。
「それからユアにキルア。グリードアイランドに戻ってくる時は正午ジャスト、忘れるなよ」
「忘れねーよ。そっちこそ12時5分にバインダーをチェックするのを忘れんなよ」
ゲームに戻ってきた時、いちいちマサドラまで戻るのも手間だから入島時刻を決めておく。そうすれば
そして港の奥へと消えていく三人を見送った。
「って、あ」
「どうしたの?」
ニッケスのバインダーに登録されているマチのことを忘れてた。
ま、いっか。またマサドラで
……ってかフィンクスに襲われた時に労働力を見捨てたな、そういえば。今更思い出したが、気が付かなかったことにしよう、うん。バレたら普通にゴンに怒られる。怒られるじゃ済まんかも知れんし、言わぬが花だな。
「何でもない」
「ふ~ん?」
何か言いたそうな表情のポンズはスルー。
これでいったんユアとキルアが離脱した。残るのは俺とポンズ、ゴンとビスケ。
「キルアが帰って来たらゲーム攻略開始ね、それまでゴンは修行だわさ。
それからポンズは激しい運動は禁止。流れちゃったら目も当てられないわ」
「オス!」
「今はお腹の子を優先よね。医療都市ボセラで検診も受けてくるわ」
「それがいい。今は大事を取らないとな」
そしてまた日にちが過ぎた。
新年が明けて幾日。
特に他はともかく『敵』はもう少し積極的に殺しに来るかと思ったのだが、こちらがマチに
というか、向こうが積極的に仕掛けてきたのはバッテラが雇った賞金稼ぎによる攻撃のみ。そのおかげでこっちも相手の尻尾を掴めないが、どんな動きをしているのか全く見えない。
だが、グリードアイランドの外ではゾルディックに依頼をしているくらいは覚悟せねばなるまい。そう考えれば俺がグリードアイランドを出るのを待っているのか? ゾルディックに狙われれば俺もサーヴァントを解禁せざるを得ない。
情報が大きく漏れれば、こちらもなりふり構ってはいられない。バッテラに侵攻を仕掛けねばならないだろう。それをするに、ゴンたちがグリードアイランドをクリアするまで待つのはあまりに遅いと言える、ユアが帰ってきたら即座に動くべきだ。
そう、動く時期はユアが帰還してから。バッテラかマチ、そのどちらかに仕掛ける。
ここから先は俺と『敵』の距離が一気に縮まり、戦いはその様相を変えるだろう。その先手は俺が取る。今まで後手を踏んだ分、今度はこちらから攻め立てる。
「あ。キルアとユアがゲームに戻ってきたよ」
と、バインダーを操作していたゴンから声がかかった。
ユアを回収したら、攻撃開始だ。
「分かった、迎えに行ってくる。
俺は光に包まれて高速移動を始める。
ほんの十数秒で移動が終わり、シソの木の近くに到達。
そこには4人の人間が居た。
「は?」
そのうちの一人、キルアは気を失った上で糸で縛られている。為しているのはマチ、その念糸にてキルアとユアを捕縛しつつ、油断なくスペルで移動してきた俺を睨みつけていた。
ユアの意識はあるが、その首に手を掛けられて苦しそうにもがいている。声も出せず、身動きも取れず。生理的な涙が溜まった目で、俺に助けを求めるように見ている。
そしてユアの首を絞めている人物、その女は勝ち誇った顔で口を開いた。
「お前が超越者と会話した内容を教えろ」
対象に触れて、質問をして、その記憶を読む。パクノダの能力だ。だが、その女はパクノダではない。
だがその能力を使った事は間違いない。質問をした後、得られる予定だった答えがなくて驚愕に表情を変えたのだから。
いや、待て。だからアイツはパクノダじゃない。なのに何故、パクノダの能力を使う素振りを見せた? 特質系ですらない、放出系のアイツが。
放出系なのにパクノダの能力を使える。それは――念能力によらない特殊能力を持っているからじゃないのか? 例えばそう、『全ての発を使える』ような特殊能力があればいい。そんな能力があれば、パクノダの能力を使えることも納得だ。
そしてそんな特殊能力を持つとすれば、俺以外の転生者に他ならない。
思考を高速で回す俺に、その女はユアの意識を落としてからゆっくりと俺の方を向く。
なんでアイツがユアを転生者と勘違いしたのか知らないが、ユアから情報を引き出せずに転生者でないと判断したのならば。
原作からの逸脱者は、俺かポンズか。ポンズは原作にも出た人物であるし、もう転生者は俺でしかありえない。
視線が絡み合う。
無機質な瞳を見て、確信する。俺も、アイツも。
お互いがお互いに『敵』であると。
「限界を超えて舞えぇ!!
「奴の心臓を射抜け、ランサァァァー!!」
『敵』の背後に巨大な黒子人形が現れて、その両手の糸が『敵』の体中に接続されていく。
俺の背後で実体化したクーフーリンが飛び出していく。横を通り過ぎる時に見えた表情はこの上なく楽しそうで、そして攻撃的だった。
さもあらん。彼が向かう先にいる『敵』のオーラは、有り得ない程に膨大。俺とは比べるまでもなく、遭った事はないがもしやキメラアントの護衛軍に匹敵するのではないか。いや、まさか
(メルエムのオーラ捕食かっ!!)
すぐに思い至った、全ての発が使えるならば当然メルエムの能力も使えるのだろうと。
つまり。
アイツ、人を喰いやがった。
そこまでするかという畏怖を持って『敵』を見る。
その服装はどこかチグハグだ。下にはジーパンを穿き、上はへそ出しのタンクトップ。そして長い黒のコートを羽織っている。
それが『敵』の正体だった。
バハト・陸の悪魔であるバハムートより。
アサン・海の悪魔であるリヴァイアサンより。
ちなみに今までの話で、※で区切ったところはアサン視点だったりします。