殺し合いで始まる異世界転生   作:117

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038話 修羅場・1

 ◇

 

斬首王の慈悲(ギロチン・マーシー)

 手に紅き槍(ゲイボルグ)を携えて、クーフーリンは切っ先の丸い剣を具現化したアサンを見て楽しそうに哂う。

(期待しちゃいなかったが、どうにも運が向いていたみてぇだ)

 バハトの殺し合い、召喚された身として仕事はしていたがあまり乗り気ではなかった。聖杯戦争のような強者が出てくる保証がなければ、決戦の時に自分が喚ばれる保証もない。

 上がらないモチベーションでバハトに頼まれた仕事をこなすも、それらに歯ごたえは無く。これは決戦も期待できないなと思っていた。

 しかし、その予想は良い意味で裏切られる。相対したバハトの『敵』であるアサンは、己に勝るとも劣らない威圧感を出していた。

(いい気合いだ)

 互角の敵と殺し合い、その首級を取る。それが戦士としての仕事で、そして栄誉であり、何よりも快感を感じること。クーフーリンが会心の笑みをこぼしてしまうのも仕方ないといえるだろう。

 背後にいる黒子に操作されつつ、手に具現化した剣を振りかざすアサン。その剣筋に粗さはなく、剣の英霊(セイバー)としてもやっていけるだろう。まずは小手調べと、クーフーリンは槍を合わせる。

 生半可な武器ではゲイボルグと打ち合う事さえできずに両断されるしかないが、アサンの剣はしっかりとゲイボルグの穂先を受け止めていた。

(そうこなくっちゃな!!)

 オーラによる強化か、この剣の効果か、はたまた別の念能力か。もしくはそれらを組み合わせたか。過程はともかく、戦いになると確認したクーフーリンは一気に燃え上がり、最速の英霊に恥じぬ速度でその槍を繰り出す。

 その攻撃に、アサンは苦しそうな表情をしつつもついて来る。操作された為かアサン自身では反応できない攻撃にさえ対応し、手に持った剣で打ち合う。本気で殺す気のクーフーリンに対し、戦闘といえる行為を営めるのは異常という他ない。

 1秒に10回程の攻撃を繰り返すクーフーリンだが、この速度で宝具は撃てない。ゲイボルグに魔力を注ぐ為に僅かとはいえ時間が必要であり、また宝具を撃つにはそれに相応しい間合いと槍の繰り出し方と云うものがある。いくらクーフーリンとはいえ、全力の攻撃を繰り出しながらこれらの条件を整えるのは現実的ではない。

(まあ、問題ないっちゃないが)

 十全に攻撃を繰り出すクーフーリンにはほんの数秒先の結果が見えていた。確かにアサンはクーフーリンの攻撃に今のところは対応できている。そう()()()()()()

 だが、数秒が過ぎればどうなるか。

 アサンの剣を大きく弾き、その防御に穴を開ける。

「殺った」

 狙いはその左胸、なくてはならない臓器である心臓。バハトに心臓を貫けと言われたし、問題は全くない。

 無音でアサンの体に槍を突き刺したクーフーリンは、顔に僅かな驚きを浮かべた。手ごたえがなかったのだ。

蠅の王(ベルゼブブ)

 見れば貫いた胸が粒子状のナニカになり、刺突のダメージを無効化していた。

 情報だけは確かにあったが、なるほど。全ての念能力を自在に使えるとは確かに厄介だ。英霊によってはこの能力だけでも相当に攻めあぐねるだろう。

 最も、クーフーリンならば簡単に突破できるが。

「アンサズ!」

「ぎ!」

 異常を感じ取った瞬間にアサンは槍から抜けるように動いていた。それが功を奏し、ゲイボルグの穂先から舞い上がる炎に僅かに身を焦がす程度の被害で済んだ。

 キャスターとして召喚された訳ではないとはいえ、彼にとってルーン魔術というのは手に馴染んだ攻撃方法だ。槍が通じないならば炎を使うくらいの機転は利かせられる。

 とはいえ、困るといえば困る。魔術はランサーの彼にとって得意分野ではなく、好みの攻撃方法でもない。できれば槍で殺したいものなのだ。

(なら宝具っきゃないが……)

 距離を取ったアサンは、それでも隙はない。ランサーの宝具、刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)は心臓を射抜く。蠅の王(ベルゼブブ)で細分化できるとはいえ、本体は確固として存在するのだ。回避しようもなく、それを最優先で警戒するのは当然のこと。

(どうすっかねぇ)

 炎でチマチマ削っても悪くはない。クーフーリンだって他に方法がないなら勝ち方にこだわる気はない。下手したら負けるのだから、それよりかはずっといい。

 だが、アサンの念能力に回復系のものがないとは思えない。削った分だけ回復されたらキリがない。

 まあしかし、とりあえず。

(戦いながら考えるか)

 そうしてクーフーリンは槍を振るう。余裕が出ればアサンも思考を回すだろう。この女の手数の多さは底が知れない。時間を与え、下手に反撃の手段を生み出されたら目も当てられない。

 アサンの余裕と体力を削り取るため、クーフーリンは再び全力の槍を振りかざすのだった。

 

 ◇

 

 ランサーが飛び出し、幾つかの念を発動させたアサンに襲い掛かるのを辛うじて目でとらえた。

 アサンはといえば、背後に黒子無想(テレプシコーラ)を作り出した上で手に剣を具現化した。尋常でないオーラを黒子無想(テレプシコーラ)による操作で繊細に操り、有り得ない速度での流でまともにランサーと戦うのは異常の一言だ。接近戦を得意とするサーヴァントと武器で戦うとか、もはや人間業じゃない。

 とはいえ、意外とはいえども予想外ではない。俺がサーヴァント召喚能力を手に入れているのだから、『敵』も同等の特殊能力はあって然るべき。一筋縄ではいかないのは当然なのだ。

 それに、だ。俺も暇な訳ではない。

「あの青色の化け物、アサンとやり合えるとはね。

 いいさ、その隙にオマエを仕留めれば済む話」

 眼前にはマチの姿。完全に落としたと判断したのだろう、キルアとユアに糸は巻き付けられていない。

 マチも全力だ。全力で俺を殺しに来る。

「ふっ」

 堅。俺もマチも、同時にオーラを全開にする。顕在オーラは、おそらくそう大きな差異はない。俺が強化・変化系能力者で、マチが強化系よりの変化系能力者だとすれば肉体の強化率も変わらないだろう。少なくとも圧倒できるレベルでは違わない。肉体の強度も、俺がクルタ族だということを考えればこちらの方が上かも知れないが、幻影旅団に所属したかも知れないマチに慢心はできない。それに最も大きなところで俺はディスアドバンテージを持っているのだから。

 それは殺意。もちろんこの期に及んで殺しが嫌だと泣き言を言う気は毛頭ない。チャンスがあれば殺すし、その稽古や練習は散々積んできた。だが、それは言い換えれば人を殺すのに練習が必要な程、俺は殺人に関して忌避感を持っているということに他ならない。元日本人の精神が大きく足を引っ張っているのだ。

 対してマチにそれがあると期待する方が間違っている。原作で幻影旅団に属していたということは言わずもがな、現在はアサンに操作されているだろう彼女は俺の死に何よりの歓びを感じるだろう。俺限定の快楽殺人者と思えば妥当か、それ以上か。

 この殺人に対する価値観は、念の戦闘において間違いなく顕著な結果を導くだろう。だが、もう一度言うが、今更そんな泣き言を漏らしても仕方ないのである。

煌々とした氷塊(ブライトブロック)

 俺はオーラを棍状に変化させ、その硬度を強化する。マチは両手を合わせ、その掌に無数の念糸を作り出し、それをひゅんひゅんと振り回す。

 重さがないはずの糸をここまで自在に操るとは、驚けばいいのか呆れればいいのか。敵対している以上、警戒すべきか。

「破っ!」

 先手は俺。氷棍で真っ直ぐに突く。払いに極めて弱いとはいえ、相手の武器は糸。払いを可能とする武器ではない。

 ならば最短距離を最速で往くこの攻撃方法は極めて有効。俺はそう判断した。強化系が愚直に真っ直ぐに攻撃するのだ。単純故に隙はなく、有効であるならこれをこの戦いのメイン技にしてもいい。

 だが、そこで隙を作るからこその搦め手。マチは掌の間に無数に束ねた糸で、俺の突きを絡めとる。ただのオーラなら突き抜けた自信があったがしかし、無数の糸を相手にしてはそれができなかった。細い一本一本の糸が俺の棍の先端に触れ、進行方向を僅かに逸らす。上下左右どこにいくのか分からないそれが無数。あっという間に勢いが殺され、マチの掌の距離を往くことも叶わずに棍が止まる。

「「っ!」」

 俺とマチの二人が同時に顔を歪めた。俺は攻撃が無効化された故に、マチは攻撃を受けた反動が故に。

 当然ながら殺す気の俺の攻撃はそう簡単に無効化されるものではない、そう簡単に無効化されてたまるか。マチの糸は半分以上が千切れ、また糸を支える両腕も筋肉が隆起している。俺の氷棍を止めるにはそれだけの力が必要だったということ。

 マチは絡めとった氷棍に更なる糸で縛りにかかるが、それは悪手。俺は棍を消し、今度は自分の腕で殴り掛かる。

 とはいえ、マチの念糸に腕を突っ込むようなアホな事はもちろんしない、棍の代わりに俺の腕が絡めとられ、切断される未来がありありと見える。だから俺は拳の先に氷で1メートル程の巨大な杭を作り、それを打ち込むように殴り掛かったのだ。

「ち」

 棍よりも太いそれを念糸で止められないと判断したマチは即座に回避を選択。ダッキング気味に体を下げ、低い姿勢のまま攻撃を仕掛けた俺との距離を更に縮める。

 タックル染みた体当たりの狙いは俺の脚、目的は両手に張った糸による切断。看破した俺は脚のオーラを氷に変える。互角であるからこそ、変化させた後の物体の強度がものをいう。氷と糸、硬度に優れるのは氷だ。

 だというのに、マチはニヤリとした笑みを浮かべたままその糸を氷ごと俺の脚に巻き付ける。堅の氷、凝の糸。

 本当に勝てるのか、心によぎる不安。それは念を弱くする。

 それでも勝つ、心で固める覚悟。それは念を強くする。

 ばきりという音で氷が罅割れ、糸が食い込む。切断は、されない。ぎちぎちと僅かずつ侵食は許しているが、それ以前にマチは俺の足元で組み付き、俺は立ったまま両腕がフリー。堅を維持したまま、即座に肘を振り下ろす。

「がっ!」

 ドゴンとマチの後頭部に肘を叩き込むが、マチは凝で防御。同レベルが相手だと流ができないのはマジで辛いな。折角の好機だったのに、ダメージがほとんど通っていない。

 だが、勝った。立ったままの殴り合いなら分からないが、この体勢になった時点で俺は確実にマチを殺せる。何故なら、組み付いたマチの腕は、俺の脚から離せないから。

「なっ!?」

「柔軟性が糸だけの特権だと思ったか? 氷も本来は無形なんだよ」

 驚きの声を上げるマチに声を投げかける。

 大した手品ではない、マチが掌に生み出した糸の密林。その合間を全て氷で満たし、マチの掌まで凍り付かせたのだ。ダメージとしては冷たいだけだが、俺の脚とマチの掌は氷で接着して固定される。そして俺の両手はフリーで、マチは凝で防御しなくては防ぎきれない。

 俺が上手かった訳でなく、マチの攻め気が過ぎたの原因。俺の脚を一瞬で切断できなかった時点で引くべきだったのに、俺の脚を削ぐことに執着し過ぎたのだ。恐らくはアサンに操作されたせいで奴に褒められたいが余り、引き際を間違えた。幻影旅団のマチでは決してしないだろうミスである。

 やや呆気ないと思えたのは嘘ではないが、勝負とはこんなものだ。確実に殺せる敵を見逃せる余裕はない。確実に反撃を封じるべく、堅を維持したまま拳を振り上げる。マチは器用に脚を畳んで両腕の間からアッパーに似た軌道で俺の上体を蹴り上げようとしている。両手が固定された今では新体操のような動きになるだろう。その柔軟性は素直に感服するが、予備動作は丸見えだ。覚悟さえしていれば蹴りは食らっても氷の固定は解除しない。そして渾身の蹴りを終えたマチは、腕だけではなく身体全てが死に体となる。

 勝てる。マチの蹴りを拳で相殺し、氷で固定した腕を捻り上げるような体勢に押し込む。一回転したマチをその状態にするのは容易で、抜け出す術もまたない。そしてマチが脚を伸ばして蹴りを、

「隙ありぃ」

 耳の後ろからアサンの声が。マチを無視し、振り返りながら背後にエルボー。

(馬鹿な、どうやってランサーと戦いながら俺の真後ろまで、)

 俺の肘は空を切る。そこにアサンは居らず、ずっと向こうでランサーと切り合っている。

 混乱する俺の背中にマチの蹴りが突き刺さり、伸ばされた脚によってマチの掌の皮膚が引き剥がれつつ氷の拘束から逃れられるのを感じる。

 そこでようやく、ようやく俺はアサンが何をしたのかを理解した。

「エリリの無限に続く糸電話(インフィニティライン)っ!!」

 声を届ける念能力。それで俺の背後から声をかけ、マチが脱出する隙を作った。

 してやられた。そう思うと同時、一気にアサンが劣勢になった。ランサーの突きで体中に穴を開けられるが、血は流れない。シャウアプフの蠅の王(ベルゼブブ)で物理攻撃を無効化しているのか。

 だが、シャウアプフのように翅をもった分体が作れる訳ではないのか、粒子状になった体が拡散する気配はない。いや、下手に分裂させてしまえばランサー相手ならば何もできずに殺されるという判断か。

 仕留めるならばやはり宝具!

『ランサー!』

『構わねぇ、やれ! マスター!!』

 マチに蹴られた勢いで地面に叩きつけられる寸前だが、受け身は取らない。取っている場合じゃない。

「令呪を以って命じる、宝具を使えランサぶっ!」

 地面に叩きつけられ、セリフは言い切れない。だが、俺の腕から指向性のある魔力が流れ出し、ランサーに注ぎ込んでいた。そもそも令呪は意思の力が必要で、言葉はその補佐をするに過ぎない。言葉はなくとも令呪は発動するのだ。

刺し穿つ(ゲイ)――」

 2画目の令呪を使い、ブーストをかけるとはいえ宝具の発動には一瞬の隙ができる。だが、その隙はアサンがマチを救うためにこちらに献上し、ランサーが十分に広げていた。粒子状になったアサンがその姿を取り戻す一瞬で、その魔槍は紅く鈍く輝いている。

 そして呪いが発動した。

「――死棘の槍(ボルグ)!!」

 蛇のようにその心臓を探し出し、ずぞるという何とも言えない音を立てながらアサンの身体にゲイボルグが突き刺さる。

 同時、アサンの身体が儚く消えた。

「「なっ!?」」

 俺とランサーが同時に声を上げる。いや、わかる。見覚えがある消え方だ。あれはカストロの分身(ダブル)

 だが、アサン本体がどこにもいないのは……?

 一瞬の思考の空白は、ランサーとランサーの視界が唐突に消えることで更に大きくなる。ランサーが消えた!? 違う、そうじゃない。ランサーの視界は黒い、暗い。これは目隠しをされている。しかし、なぜランサーがいきなり目隠しされている? それにランサーがいきなり消えたのは何故だ?

(メレオロンの神の不在証明(パーフェクトプラン)! そして奴がランサーに触れたから神の共犯者が発動したんだ!!)

 気が付く。気が付くが、遅い。ランサーは視界が消えた時点で前に槍を繰り出しているが、アサンに物理攻撃は通用しない。反撃は食らわざるを得ない。

 一撃は仕方ない、完全試合を目指していた訳ではないのだ。

タクトを折れば歌劇は終わる(エンド・オブ・ジ・オペラ)!!」

「は?」

 その一撃で、ランサーが消えてしまわなければ問題ないのだが。

 奴が声を出したことでアサンとランサーが俺の視界に現れる。だが、ランサーは既にほとんど消滅していた。あのランサーが、一撃で。

 ありえない。だが、すでに感覚共有は消えてしまっている。

 呆ける俺に念糸が絡みつく。

「しまっ!?」

「遅いっ!!」

 腕と胴を縛り上げられ、脚にも糸が絡みつく。さっきとは逆に、凝で強化された糸で体中を縛られてしまえば俺に脱出する術はない。糸を切るには硬かそれに近い凝が必要だが、そんな隙を晒せばマチは防御が薄くなったところを攻撃してくるのは必至。

 いや、それ以前に。ランサーと戦えた女が、今ではフリーだ。

「ナイス、マチ。離すなよ」

 アサンが俺の眼前に現れて、俺の首を掴んだ。そしてそのまま仰向けに地面に叩きつけてくる。

「かひゅ……」

 首が、締まって、呼吸、できない。1秒、欲しい。1秒だけでいい。だめだ、間に合わない。1秒より早く俺は縊り殺される。

「お前が超越者とした会話を教えろ」

 1秒後、俺は生きていた。その代わり、そんな質問を投げかけられて、そう言ったアサンの手には銃が握られている。

(ああ…)

 理解する、理解した。こいつは、アサンは、俺の記憶を消すことによって、俺を殺そうとしている。パクノダの能力である記憶弾(メモリーボム)は、その記憶を元の持ち主に打ち込めば記憶を消すことができる。

 敵対者の殺意を失って死ぬという条件付けは、転生者のみ。この方法ならば敵対者を間違いなく殺すことができる。記憶を失うという死に関わらない方法で即死すれば、そいつは間違いなく敵対者なのだから。

 アサンは銃口を俺に向ける。その表情は冷徹の一言、躊躇も容赦も一切存在しない。その姿を、俺は一つだけ残った瞳で見つめる。

「死ね」

 アサンの声、引き込まれる引鉄。俺にはそれを見ることしかできず。

 その姿を最後に俺の右目は永遠に何も映すことはなく、視界は暗転するように昏く光を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ねぇぇぇぇぇーーーー!!!!」

「がはぁぁぁぁぁ!?」

 これ以上ない憤怒と殺意がこもったマチの声が暗闇の先から響き、アサンの痛みの声が激しい困惑と共に漏れ出る。同時、俺にかかっていたアサンの重みが消えた。

(円!)

 何も見えない俺はオーラを広げ、周囲の状態を把握する。円を広げたら堅はできないが仕方がない。現状を把握する方が優先的だ。

 俺の真横には蹴りを出したままのポーズの人間が一人、おそらくマチだろう。そして弾き飛ばされる人間が一人、こちらはアサンだな。やや離れた場所に倒れる二人、こちらはユアとキルアか。

 マチだろう人物がアサンへ向かって走り寄る。

「マチ、殺すな!」

「っ! ちぃ!!」

 俺の声に反応したマチらしき人物は攻撃態勢から捕縛態勢に変わり、両手を複雑に動かしていた。ぶっちゃけ、動きが複雑すぎて円では追いきれん。

 だがそれにより、アサンっぽい奴が両腕両脚が真っ直ぐのまま地面に倒れ伏した。

「おらぁ!!」

「がぶっ!!」

 マチは倒れ伏したアサンに蹴りを一発入れた。今度は声で確認したから間違いない。

 俺は円を頼りにアサンとマチに歩いて近づく。

「マ、マチ……?」

「よくも……よくもアタシを操作してくれたなぁ!! しかもアタシを使ってバハト様を捕縛させるなんて、よくも、よくもぉぉ!!」

 怒りが収まらずにマチは更に一発、アサンに蹴りを入れる。呻き声をあげるアサン。

 ま、アサンが死ななければいい。蹴りくらいは思う存分入れればいいさ。

「私の指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)が!? いや、黒子無想(テレプシコーラ)斬首王の慈悲(ギロチン・マーシー)も、全部!?」

 そこでアサンは首を動かして俺を見る、多分。

「てめぇ、私に何をしたぁ!! ……緋の目、クルタ族!? 特質系かぁ!?」

 正解。まあ、教えてはやらんがな。

「さてね、緋の目になったらオーラが増えるだけじゃねぇの?」

 緋の目になった時、俺も特質系になる。だが、実はこれは結構怖いのだ。

 俺の元の系統は強化系を含む。それが真逆の特質系になるとどうなるか。言うまでもなく肉体の強化率が下がる。そりゃもう、ガクンと下がる。銃を食らってもノーダメージであると確信できたところから急転、銃を食らえば死ぬと確信できる位には弱くなる。己が一気に弱くなるのを実感してしまうのだ。

 クラピカが独りで戦い抜くに最適なのは強化系と考えたのは大正解だったと思う。強化系として生を受けた後に特質系になると心細いことこの上ない。だからこそ俺は特質系の能力は普段使いしないことにした。そして普段使いしないから更に飛躍して『敵』と戦う時専用の能力にしたのだ。

 瞳に秘めた簒奪者(シークレット・グリード・アイ)。それが俺の4つ目の能力、緋の目が発動した時のみ使える特質系。

 効果は、対象を一人としてこの瞳で見た全ての念能力を奪い取ること。代償に使用直後から永遠に光を失う。

 だから俺は左目をくり抜いた、失明するのは片目で済むように。ただし改めて左目を戻したとしても、視神経はそう簡単に繋がってくれないだろう。オーラで強化してもまともに動くか怪しくて、オーラで強化しなくては視ることさえ論外になる。

 要は、俺は『敵』と戦いその念能力を奪うことを対価に視力というものを差し出したのだ。それがここまでアサンに嵌まるとは思わなかったが。

「てめぇ…返せ、返せぇ! 私のマチを返せぇぇぇ!!」

「誰がテメェのだぁぁぁ!!」

「ごぼあぁ!」

 一層強力な蹴りがマチから繰り出され、アサンにめり込む。

 それを無視し、俺はアサンの首を掴む。ってか、オーラが普通に戻ってるな。さっきまでの化け物じみたオーラはどうした。

 まあ、いい。

「お前が俺に伝えたくないことはなんだ?」

「っ!!」

 アサンがパクノダの能力を使っているところを俺は()()。だからこそ、この能力も使えるのだ。

 記憶が流れ込んでくる。

 

 

―ちょっと待ってよ。カイトみたいに死んでから転生したら殺し合いはどうなるの?―

―あ? そりゃ、記憶が戻ってから再開だろ。そもそもそういう特殊能力にするかもしれねぇじゃねぇか―

―そう。じゃあ記憶を消して殺す方法が最善ね。

 決めた。私は全ての発を使いたい―

―全ては無理だ。そうだな、『知りえた全ての発を扱える発』ってな能力はどうだ?―

―うん、それがいいわ―

 

 

―流星街!? まずい、ここじゃあいくら転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)があるとはいえ生き抜くのは……!!―

―アンタ、独りかい? 行く当てがないなら一緒に来るかい?―

―マチ!?―

 

 

―マチは誰にも渡さない、クロロにも渡さない。マチが私に依存するように、操作する!―

―私を愛する能力、指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)

 

 

―最大10人の、いやマチを除いて9体の駒。『敵』を殺すには多分足りない―

―できた……。駒の命を使うことで死者の念すら除念する能力。タクトを折れば歌劇は終わる(エンド・オブ・ジ・オペラ)

 

 

悪意ある小さき者の仕業(ストーカーワークス)殺意ある鋭き者の攻撃(ストライク・ダム)

―いい能力だ。これを使えば私は放出系を偽れる―

 

 

斬首王の慈悲(ギロチン・マーシー)無限に続く糸電話(インフィニティライン)

―悪くない。順調に能力が集まっている―

―だがオーラが漏れるのは問題だ。顕在オーラを増やす修業はやめよう。決戦の時は黒子無想(テレプシコーラ)で無理矢理オーラを引き出せばいい―

 

 

―エリリを殺しただろうあの男が『敵』だとは考えにくい。そんな目立つ位置に行くメリットはない―

―奴の周辺に操作系がいる。間違いなく『敵』は私と同じタイプだ―

 

 

―奴の妹は操作系。ズシの記憶を読んで正解だった―

―ユア、それが私の『敵』か。絶対に奴の記憶を消し、生き残る―

 

 

―NGLにも手駒を送っておこう。万が一私が負けて死んだ時、蟻に食われれば転生の可能性は残る―

 

 

 

―私は生き残る、生き残ってマチと一緒にこの世界を生き抜いてやるっ!!―

 

 

 俺は無言で銃を具現化し、手に入れた全ての記憶を弾に込める。

「ひ。や、やめて……。私からマチの記憶を奪わないでぇ!!」

 銃を向けられたアサンが恐怖の声を上げるが、それはできない。コイツにマチの記憶を残せば何らかの形で死者の念を残しかねない。

 それ程までに、アサンがマチへと向ける愛情は強い。

「その無念さえ消える、心配するな」

「いやぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」

記憶弾(メモリーボム)

 泣き叫ぶアサンに銃口を向け、引鉄を引く。具現化した弾が銃口から飛び出してアサンの額に突き刺さり、その体内に溶けるように消える。

 同時、痙攣の一つもせずにアサンから力が抜けた。見えないから分からないが、恐らく。

「死んだ」

「デメちゃん」

 マチの声に呼応するように、シズクの能力であるデメちゃんを具現化する。

 スイッチを入れつつ、対象を口にする。

「アサンの遺体を吸い取れ」

 円で知覚する限り、アサンはデメちゃんに吸い込まれて消えた。アサンは死んだ、記憶を失うことによって。

 つまり、ということは。

「勝った……。

 俺の、勝ちだぁぁぁーー!!」

 右手を空に振りかざしつつ、俺は大きく大きく咆哮を上げた。

 

 勝利の咆哮は、どこまでも遠くに消えていく。

 

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