どうかお楽しみください。
勝利の咆哮を上げてから数秒。やや冷静になった頭で考える。
(殺意ってどう消せばいいんだ?)
これである。というか、今までも四六時中『敵』を殺すことばかり考えていた訳ではない。特にアイアイでポンズと爛れた生活を送っていた時とか。
……まあ、その時も死んでいなかった訳だし、気にしても仕方ないのかも知れない。とにかく、転生者を殺すことを考えずに生きていく。それでいい。
次に問題にするのはこの場にいる人間。気を失っているユアとキルア、そして俺の傍に控えているマチ。
「えと、マチ。お前は俺に従っているということでいいんだよな?」
アサンの能力を奪った後から明らかに俺に従っているから間違いないと思うが、一応本人の言葉も聞いておきたい。
不安が多く混ざった俺の声を聞き、マチは俺に向かって片膝をついて頭を垂れる。
「はい。このマチ=コマチネ。バハトさまに身も心も捧げます。粉骨砕身、お仕えさせて貰うわ」
「お、おう」
俺の中で様々な感情が渦巻いている。その内の1つが、
そしてもう1つがアサンから奪った記憶。マチと如何に出会い、そして絆を育んだか。まあ操作した奴を相手に絆を育むも何もないのだが、アサンがどれだけマチを愛したのかの記憶もばっちり奪ってしまっている。
問題なのは、愛した記憶と共に感情も俺に流れこんでしまったことだ。なんで感情までと心底思う。そりゃ、記憶と共に感情まで手に入れればより臨場的な追体験ができるだろうが、そのせいで俺はマチを心の底から愛してしまっている。
どうやらアサンはレズビアンだったらしく、奴の能力で操れる共通の条件として女であることが絶対条件だったらしい。男に傅かれる趣味はないという訳だ。そして当然そこに愛欲が混じらないわけがなく、夜の相手もさせていた。俺はその記憶や感情まで引き継いでしまっているのだ。
(まあ、そのなんだ)
つまり、俺はマチともシたい。今は見えないが、マチだって飛び切りの美女だ。そんな女性が何でもしますとか言った日には、その、俺も男だし?
(置いておこう)
今はそれどころではないと、無理矢理に思考を変える。後でいくらでも時間がある。違う、だからそういった場合じゃないんだって。
目が見えない現状、円による感知が最大の情報源だ。シソの木の側、倒れているユアとキルアの元へ向かう。
「生きているな」
「ああ。ユアが死んで死者の念に目覚める方が厄介だとあの時は思っていたからね」
「なるほどな。キルアは?」
「アサンから聞いた歴史ではキルアは重要な位置にいたからね、極力殺さない方針だったわ」
原作は大事にしていたか、やはり。まあ無意味に原作ブレイクをしてもいいことはないしな。
ともかくだ、ユアのペンに左手で触れてと。
「
ユアのペンの贋作が俺の右手に生み出される。これで24時間限定とはいえ、ユアの
今のうちにどんな取引にするか、その内容を考えておかなきゃな。更にその方向へ誘導する為の話術も欲しい。
軍師系のサーヴァントでも召喚するか?
「さっきから気になっていたけど、シズクのデメちゃんやコルトピの
「というよりアサンから奪った。奴の特殊能力は知った全ての発を使える発、
「なるほどね、流石だ」
褒められるとちょっとこそばゆいな。アサンの特殊能力にここまで嵌まると想像していなかったんだが。
ちなみに奪った発は失明した俺の瞳の中に封印される。つまり、右目を奪われれば全ての発を使えなくなるし、それを他人がその身に取り込めばそいつが全ての発を扱えるようになる。間違っても俺の右目はメルエムに食われる訳にはいかないし、そもそも奪われるだけでもマチへの操作が切れるから恐ろしいことこの上ないんだが。
と、ポーンと音がしてバインダーから声が響く。
『他プレイヤーがあなたに対して
『バハト。随分時間が経っているけど、どうしたの?』
聞こえてくる声はゴンのもの。彼がしびれを切らすくらいには時間が経っていたらしい。
ほんの少しだけ考える。
『バハト?』
「いや、すまないゴン。俺の『敵』が待ち伏せていてな、ユアとキルアの意識がない」
『!! 大丈夫なのっ!?』
「ああ、命に別状はない。だが、俺はこれから『敵』と決着をつけてくる。悪いがユアとキルアを迎えに来てくれ」
『分かった!』
『
さて、これで2人は大丈夫。俺もしばらく時間が欲しいしな。
「マチ、これから神の共犯者で姿を隠す。俺が合図をしたら
「分かった。ブック」
マチがバインダーを開き、
多分ゴンだとは思うが、万が一にも第三者だったら気を失っているユアとキルアが危険だ。マチに触れて条件を満たし、神の共犯者を発動させる。
着地。果たしてそこに居たのはゴンとビスケだった。
妊婦のポンズを置き去りかよ。いや、俺に文句を言う権利もないが。それにポンズは敵の接近には敏感な方だ。心構えさえしていれば逃げることは可能だろう。スペルもあるしな。
「ビスケ、こっち!」
「分かってるわさ!! ……でも、ここで何があったの? この破壊痕、普通じゃない」
ゴンはキルアを見つけて真っ先にそちらに向かうが、ビスケはこの場の痕跡に一瞬目を奪われていた。
まあ、クーフーリンが彼と伍する相手と戦うと平地とはいえ派手なものは残ってしまう。
(今となってはどうでもいいがな)
息を止めたままポンとマチの肩を叩き、
「
誰にも聞こえない声でマチが叫び、俺とマチは一瞬でその場を移動する。
十数秒の滞空時間の後、着地。円で確認した限り、周囲は林の中にある少し大きめの穴だった。高さ3メートル、奥行きは15メートルといったところか。その最奥に、明らかに自由を奪われた体勢である人間が一人。
「マチ、アレは?」
「ケリツよ。手足は糸で縫い付けているし、目は潰して耳には蝋を流し込んでる。猿轡も噛ませているし、まあただの目印」
うっわエグい。やっぱりこいつはマチだ。ケリツとやらは人としてほとんど死んでるようなもんじゃねぇか。
「ま、まあいい。まずは情報を整理しよう」
アサンから奪ったのはあくまで『伝えたくないこと』のみ。伝えても伝えなくてもどうでもいい情報は奪えなかった。
それに俺も自分の状態を正しく把握する必要があった。
(ち、除霊されたせいかクーフーリンは召喚できないか)
これはかなり痛い。強さといい魔力の少なさといい、俺はクーフーリンを相当頼りにしていた。アサンを殺すのに必要な犠牲だったとはいえ、痛くない訳ではない。
ただし魔力は戻ってきている。クーフーリンは召喚できないが、サーヴァントは召喚できる。先ほどの戦いで相当に魔力を消費してしまったが、今からすることを考えたらサーヴァントを護衛として召喚しておくのは絶対だ。おもむろにサーヴァント召喚の呪文を唱え始め、
「――抑止の輪より来たれ、天秤の担い手よ!」
そして唱え終わる。俺の魂に付随した聖杯から呼び出した彼は魔力を物質化した身体を持ち、俺に向かって傅く。
「サーヴァントセイバー、ディルムッド。召喚に応じ、参上いたしました」
「よく来てくれた、ディルムッド。頼りにしているぞ」
「ご期待には必ず応えます」
俺に騎士の礼をするのはフィオナ騎士団筆頭、ディルムッド・オディナ。Fate/Zeroではランサーとして召喚され、散々な目にあった彼だが。
とにかく、彼は俺が最も頼りにするサーヴァントの1人であり、これから数時間の警護を任せるには適した男だ。
「では、警戒させていただきます」
そう言って霊体化するディルムッド。消費魔力の多さから自分で霊体になるあたり、流石できる男は違う。
さて、次は驚くマチに声をかけなくてはな。
「おい、マチ」
「あ、ああ。なんだい?」
「お前は今、操作されている。間違いないな」
俺の言葉に、マチは頷いて返す。
「ああ、アサンから聞いた。あの女の能力で
そんなもんに操作されているとは不思議な感覚だけど、アサンの野郎にはもう何の感情もない。いや、操ってくれやがった嫌悪感とバハト様に攻撃させて不快感はあるがね。
そして今、私の全てはバハト様のもの。そう言い切れる」
「ホント恐ろしい能力だこと。
で、だ。万が一にもこの操作が外れて俺に敵対することがないように、お前には楔を打ち込んでおく。
いいな?」
「いいわ。それで、どんな楔?」
俺は
それを見たマチはしかしそれでも一切の躊躇いなく首肯する。
「その鎖をさっさと打ち込んで。バハト様の寿命が削れるんでしょ?」
「話が早い。
小指から伸びる先端に剣を着けた鎖がマチの胸に命中し、その体内に侵食していく。
掟を定め、その掟を破った時に心臓を貫く致死の念。その悪意はもはや呪いに近い。両親を、親友を。故郷のクルタ族を殺されたクラピカの呪い。
「掟は?」
「俺やその血縁者に害意を持ってはならない。ただし、その内の誰か1人の為に害意を持たざるを得ない時は除く」
「問題ないわ。バハト様やその妹君に害意を持つ位なら、私は死を選ぶ」
「ちなみに俺に今度子供ができるから、そいつももちろん含むぞ。
それからいい加減、様付けはやめてくれ。それからユアに対してもな」
「――仕方ないね。バハトって呼べばいいかい?」
「ああ、それでいい」
とりあえずこれで楔は一つ。とはいえ、何かの間違いで
そこで先ほどコピーしたユアのペンの出番だ。
「それから後で操作を重ねがけるぞ。万が一にも
「分かった。それにはどうすればいいんだい?」
「誓約書を読んでサインしてくれればいいさ」
操作系は早い者勝ち。だが、どこからどこまで早い者勝ちなのかは、実は明確なルールがある。
例えばAという人間の右腕をBが操るとする。そしてAが右腕を操作されたまま、今度はCがAの全身を操作する能力を使ったらどうなるかというと、Aの右腕の操作権はBでそれ以外の身体はCに操作されるのだ。この状態でBの能力が切れると、Aは身体全てをCに操作されることになる。
マチにするのはつまりこういうこと。現在
マチについてはひとまずこれでいいとして、次は俺の左目だ。
これは外傷であるから大天使の息吹で確実に治るのだが、問題は俺の右目。
だから別の手段を取る。
「
ネフェルピトーの人体修復の能力って消費オーラ凄いなこれ!? 左目だけの治療だけとはいえ持つか!?
修理者の下から伸びた管が俺の尾てい骨がある部分と接続し、行動を制限する。この能力を使っている間は他の念能力は一切使えない、使えないが。
(そもそもそんな余裕ねーよ)
俺の顕在オーラの95%以上はこの能力に必要だぞ。つまり、全力の堅のリソースをほとんど全部持っていっている。むしろ100%を超えなくてよかった、流石は護衛軍の能力だな。燃費の概念が普通の人間のものとは隔絶してやがる。
滅茶苦茶疲れるし、とっとと終わって欲しいところだが。
(これが終わったらポンズにマチのことを報告しなくちゃいけないんだよなぁ……)
今から心底気が重い。なるたけ時間を稼ぎたいのと、とっととこの疲れる修理を終えて光を取り戻したいのと。
上げたらいいのか下げたらいいのか分からないモチベーションのまましばらくの時間が経過する。その間にマチと情報の擦り合わせをして重要な情報からどうでもいい情報まで仕入れていく。
重要な情報としては、マチはバッテラと会う方法を持っているということ。つまりバッテラを罠にはめて操作することも容易。アサンの記憶も奪い、マチからも様々な念の情報を聞いた俺は既に100を超える発を扱うことが可能。更にこの上にサーヴァントがいるのだから失敗する気がしない。
どうでもいい情報としては、マチのプレイヤー名がリヴァイでアサンのプレイヤー名がレヴィだったらしいこと。強襲された時のことを考えて、偽名の方に大事な者を入れたらしい。ちなみにマチのプレイヤー名を使っていた奴はアサンの
(人のことは言えないがピーキーな能力だよな)
まあ、その死者の念さえも消す能力でクーフーリンを消去したのだから、上手くいったといえば上手くいったのだろうが。
やや現実逃避をしながら、迫りくるその時に嫌な汗が流れるのだった。
スペルによる移動が終わり、着地した先には心配そうな顔をしたユアやポンズたちといった仲間が勢ぞろいしていた。
「お兄ちゃん無事って後ろの女!」
「そいつお前の『敵』の仲間だぞ!?」
ユアとキルアが大声を上げるが、それを聞いてマチが俺に向かって片膝をつき頭を下げる。見るとなんか武士っぽいな。マチの外見的には忍者か?
「今の私はバハトにお仕えしているわ。ユア、キルア」
「誰が信じるかよ! バハト、離れろっ!!」
キルアが警告を飛ばしてくれるが、まあまあと宥める俺。
「落ち着け、キルア。マチは『敵』に操作されていただけだ。そしてその『敵』は俺が殺した。彼女は敵じゃない」
「……本当か?」
俺の言葉は信じられる要素はあったらしい。キルアはひとまず冷静になる。
だがしかし、ユアは冷たい目をしたままだ。
「そうだとしてもさ、そんな家来みたいにお兄ちゃんに従う訳ないじゃん。絶対に裏があるわよ、そいつ」
「裏はないさ。俺に操作されているだけだから」
その言葉にビスケ以外の全員が絶句した。ビスケだけは興味深そうに俺とマチを見ている。
「でも、バハトは操作系は不得意だったわよね。となると、緋の目を発現した時のみに特質系になれるとかいうのが原因かしら?
眼帯が左右逆になっているのとか気になるわさ」
ずばり言い当てるビスケすげぇな。
「その通り。俺の特質系は、見た相手の能力と記憶と感情を奪取する。
代償に失明するがな」
そう言って左目から右目に移していた眼帯を外す。右の焦点が合わない緋の目を見てビスケ以外が絶句する。
「お兄ちゃん、それ……」
「ああ。俺の右目は二度と光を宿さない。
だが、その価値はあった。俺は『敵』を殺し、その念能力と女を奪い取った」
「――女??」
ぴしりとその場のほとんどが固まった。
「お兄ちゃん、今、女っていった? つまり、なに? マチを女としても奪ったの?」
「あ~~、うん。えと、これは不可抗力というか、『敵』から能力を奪った際にその原因となった感情までも奪ってしまってだな、決してそういう意図があった訳では――」
「お兄ちゃんにはポンズさんが、い!る!で!しょ!う!がぁぁぁぁぁ!!!!」
やばいやばいやばいやばい。ユアが怖い怖い怖い怖い。
ずんずんずんと近寄られ、むんずと胸倉を掴まれた。妹に。
それからマチ、落ち着け。俺の胸倉が掴まれてもユアに殺気立つな。これは確かに俺が悪いから、俺が責められてもユアに対して怒ってやるな。
「ポンズさんは妊娠してて、お兄ちゃんを心配して、信じていて!!
何してんのお兄ちゃん!! 人として、何してるの!!」
ユアの言葉が痛い。
そりゃ、俺だってポンズの心を踏みにじりたくはなかったさ。ただ操作しただけなら、愛するなんて感情は絶対に向けなかった。
けれど記憶を感情ごと奪ってしまって。アサンがマチを愛するのと同じ感情が混じりあって。それは俺がポンズを愛する感情よりもずっと強くて。それでもポンズを愛した俺が主だからポンズも心から愛したままで。
――結局、俺はポンズとマチを心から愛したまま。それが、ポンズをどれだけ傷つけるか、想像できなかった訳じゃない。けれども、俺にとってポンズもマチも大事なんだ。
こんな感情、言える訳がない。察されているとは分かっていても、俺の口から言える訳がない。黙って俯いてしまう。ユアの怒りはポンズの怒りだ。
「ポンズさん、お兄ちゃんに何か言ってやって!!」
「別にいいんじゃない?」
「ほら、ポンズさんもこう言っえぇぇぇ!?」
『え』
おい、今全員の声が重なったぞ。マチやディルムッドの声まで重なったぞ。
思わずポンズを見れば、普通の顔色。無表情という訳でもなければ、怒りを通り越している訳でもない。文字通り、普通の顔色だ。
「ワ、ワンモアプリーズ、ポンズさん」
「うん。だから別にいいって」
「どういう過程でそういう結論になったのだわさポンズっ!!」
「まさかバハト、お前ポンズを操作してねぇよな?」
キルア、気持ちはわかるがそれは流石に酷い。
これは異常事態と思ったゴンが険しい顔で俺とポンズを見比べる。
「ポンズ、どうしてそんなことが言えるの? グリードアイランドを出たらバハトと結婚して、子供を産むんでしょ? なのにバハトはマチっていう別の女性とも付き合うんだよ」
「? うん、そうね」
それが? と言っているポンズに全員が混乱する。ポンズでさえ混乱し始めているように思う。
「あ」
マチがふと気が付いた。
「あのさ、流星街で変わった故郷の習慣の話とか聞いたんだけど、もしかしてあんたの国って――一夫多妻制?」
「そうよ?」
さらりと頷かれたことにより、一気に疑問が氷解した。
「イップタサイセイって?」
「1人の男に複数の女性が嫁いでもいいってことよ。カキンとかに関わらず王制のとこでは珍しくないわ。私の国では一般的にそうだっていうだけよ」
ゴンが純粋な疑問をあげるが、ポンズがあっさりと答えてくれる。
「女が妊娠中だと他の女に手を出すのとかむしろ普通よ。私にも同い年の兄弟が2人いるわ」
いや、まあ確かにポンズの家族とか国の事は聞いてなかったけどさ。
えー。
俺が言うのは違うって分かってるが。
えー。
「私とバハトさんは、私の国の方式で結婚すれば問題ないじゃない」
えー。
なんでポンズが一番さらっとしてるの? ありがたいんだけど、納得できねぇ。
「ま、まあ俺は助かるけどさ」
「お前はそういうしかないよな」
キルア、黙れ。
「俺もポンズが文句がないなら何も言わないけど」
「あたしは聞いているだけでムカつくから何も聞かない」
ゴンもしぶしぶ矛を収め、ビスケはノータッチらしい。
そしてユアはふらふらと頭を抱え、バインダーを取り出す。
「――ちょっと、一人で頭を冷やしてくる。
光に包まれて、ユアがこの場から消える。
単独行動は少し怖いが、あいつも弱くはない。ゲンスルーたちと出会っても、スペルで逃げるくらいはできるだろう。
確かにユアは身体よりも心の方が心配だ。
「で、ポンズの国の夫婦ってどんな関係なんだ? なんか普通と違ってるみたいだし、ちゃんと聞いておきたい」
ユアはさておき、ポンズに話を振る。
俺の言葉を聞いたポンズは、んーとちょっと考え込む。
「一夫一妻制とはちょっと違うけど、おおよそ変わらないわよ。夫はいくらでも女性を嫁に迎えて良くて、迎えた女性を幸せにすればいいの」
「不幸にする気はもちろんないが」
「でしょ。まあ女性が不幸だと感じたら、嫁は旦那を殺していいんだけどね」
「え」
ちょっとポンズさん、とても不穏な単語が聞こえましたよ。
他の仲間たちも何か聞き間違えた? みたいな顔してるし。
「大丈夫よ、嫁を不幸にしなければいいんだから」
そう言ってにっこり笑うポンズが怖くて仕方ないんですが。
制度もそうだが、ポンズって場合によっては結婚する予定の俺を殺す気があったの?
え、これ、どういう夫婦関係を築けばいいの?
助けを求めるように回りをみるが。キルアもビスケもゴンすらも俺と視線を合わせてくれない。マチだけが俺と目を合わせてくれた。
「バハトはあたしが守る。安心しな」
「ありがとう。ありがとうなんだけど、ちょっとかなりズレてるから」
……とりあえず、ポンズの国の婚姻制度についてもっと詳しく調べないとな。
『敵』は殺したのに、命の危機と気苦労が消えないのはとても辛いです。
◆
マサドラにやってきたユアは、ホテルをとってシャワーを浴び、ベッドに潜り込む。
思い出すのは今日のこと。
キルアと共にハンター試験に挑み、1次試験で他の受験生を全員脱落させ、文句なしの合格を勝ち取った。その高揚のまま、バハトの元に戻ろうとグリードアイランドに入ったら、ゲームの入り口で待ち構えていたアサンとマチにあっさりと無力化され、意識を落とされた。
気が付いたらゴンやビスケ、ポンズのいる場所にキルアと一緒に連れられていた。気を失う直前にバハトの姿を見ていたユアは即座にバハトのところに向かおうとして、ビスケに止められた。
「あんた達が相手にできるレベルじゃない」
そう言われて、反論は全くできなかった。キルア共々マチ1人に無力化され、捕らえられた。バハトのところに行こうとも、足を引っ張るだけなのは火を見るより明らか。
バインダーのリストを見ながら、バハトの名前の横にあるランプが消えないように祈って待つこと数時間。
バハトは帰ってきた、浮気相手を連れて。
新しい女はマチ。アサンと一緒に襲ってきた女であるが、バハトの『敵』に操作されて使われていたらしい。そいつがどんな下種かは知らないが、マチは女としても搾取されていたのだろう。
その思考と共にマチの操作権を奪った兄が汚らわしく。
「くふ」
そして同時に誇らしく愛おしい。
ユアはたった独り、ベッドの中で邪悪な笑いをこぼす。
マチは強い。ユアとキルアの2人かがりで傷一つ負わず、こちらはほぼ無傷で捕らえられた。ユアの兄は、バハトはそんなマチすらも屈服させることができるのだ。
大好きなお兄ちゃんが強いことに、ユアは全く不満がない。
もちろん、バハトに懸ける想いはそれだけではない。純粋にたった独りの妹として兄を愛する気持ちはある。だがしかし、それと同時にユアには歪んだ征服欲が幼い頃からずっとあった。
お兄ちゃんが欲しい、お兄ちゃんの全てを手に入れたい。お兄ちゃんは私のもの。
小さい頃は僅かだったその狂気は、幻影旅団によって両親を含んだクルタ族がバハト以外殺されたことで加速する。
ユアにはバハトしかいないのだ。
その悍ましさに自分で自分に強い嫌悪感を覚えることも多い。汚らわしい自分と、大好きなお兄ちゃん。
やがてそれは目覚めるユアの念能力にも反映されていくことになる。
対象を書いた通りに操作する
誓約書の内容を遵守するように操作する
そして念能力を譲り受ける
大好きなお兄ちゃんであるバハトはやはり強かった。ずっと警戒していた『敵』を殺し、その念能力や女まで奪ってきたのだ。
そんなバハトがどこまでも誇らしくて欲しくて。
「くぅぅぅぅぅ」
実兄を求める浅ましい自分が醜くて嫌いだ。
ユアは醜悪に笑いながら、自分が情けなくて涙を流す。
バハトの全てが欲しいという悍ましい自分。大好きなお兄ちゃんを傷つけたくないという想い。
冷徹な理性でバハトを操作する為の計算をする自分。ただ純粋な感情で兄を慕う自分。その両方ともがユアという少女であることは間違いない。
「誰か……助けて」
苦しみながら、嗤いながら、喜びながら、泣きながら。ユアは独り、ベッドの中で丸まっていた。
夜明けは、遠い。
◆
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
この話を以って1章を終了させていただきます。
次の話からは2章となります。が、別に急に何かが変わる訳ではありません。
引き続き殺し合いから始まる異世界転生をお楽しみください。
まあ、次回には少しお時間をいただくかもしれませんが。
それでは皆様、良い年を!